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第五話 - 黒い青年

 カルロたちが部屋に入ると、最初に目についたものにカルロは驚き、少女はため息を漏らした。

 それは、身体のあちこちが黒く焦げ、海水でびしょ濡れになり正座させられているレイズだった。

 少女は面倒事に巻き込まれたくないという表情で一礼してそそくさと部屋から出ていった。事実上の逃亡。

 そしてカルロは唖然として立ち尽くしていた。


「ようこそ、アカモートへ」


 そう言われて我に返ったカルロは声の主へと顔を向けた。

 艶のある長い黒髪で、上下ダボダボのジャージを着ている人だった。


「えっと……まず、なんで俺ここに連れて来られたんですかね?」

「ふふ、とりあえず一通り説明するわ」


 笑顔でそう言って説明は始まった。

 カルロが気を失った後、ギリギリでレイズが勝手に呼び寄せた援軍が間に合ったこと、指揮官たちが我先にと逃げ出したこと、そしてその指揮官たちが自分たちも奮闘したが、兵たちは全滅したなどと報告したことなどをかなり細かく聞かされた。

 一通り聞き終えたカルロは、


「あー……つまり俺って死んだことにされてんすか」

「ええ、そうよ。だからブルグントに戻っても元通りの生活はできないわ」

「…………」


 カルロは何も答えることができなかった。

 なによりも指揮官の行動に呆れていた。


「これからどうしたい? できればすぐに決めて欲しいのだけれど」

「今の俺にどんな選択肢があるんですかね」

「そうねぇ、桜都に売り渡されるか――」


 売り渡される。それはつまり奴隷堕ちということを示している。

 奴隷階級になってしまえば二度と普通の暮らしはできない。

 危険なことがあれば真っ先に戦線に立たされ、新薬の人体実験に使われたりもする。


「それは嫌っす!!」

「それじゃあ、私のしもべになりなさい!!」


 ビシッと指をさされて言われた。そのとき、下から強烈な視線を感じ、見てみるとレイズが鋭い目つきでこちらを見ていた。

 

 ――それだけは絶対に断わるんだカルロ!! 絶対不幸になるぞ!!

 

 レイズの思いは伝わることはなかった。


「それを選んだ場合どうなるんすかね?」

「最低限の生活は保障するし、”いろんな”仕事をしてもらうことになるわね」


 それを聞いたレイズは一人心の中で叫んだ。

 

 ――俺の時と同じじゃねえかぁぁっ!!カルロ今ならまだ間に合う、NOと言うんだその一言で滅茶苦茶人生変わるからっ!!

 

 その叫びも伝わることはなかった。


「じゃあ、それでお願いします」

「よし、ここにサインしてね」


 そういって契約書とペンを渡してきた。

 ペンはいまどき見ることがない古風な羽ペンだ。

 カルロが契約書を読み始めると、メティは机の引き出しに手をかけた。


「それとレイズ、これはどういうことかしらね」


 もう一枚紙を取り出してレイズの顔に突き付けた。

 その紙に書かれていた内容はこういうものだった。


浮遊都市アカモート 市長メティサーナ様

請求書

此度の作戦において掛かった費用を請求させて頂きます

詳細は以下の通りです

武器弾薬使用料:20万G×30人分

特殊兵装使用料:5万G×30人分

各種兵装使用料:5000万G

治療費    :100万G

輸送費    :100万G

人件費    :50万G×30人分

総計     :5450万G

※本総計は特別割引を適用した金額です

振込先:PMSC白き乙女 講座番号xxxxxxx

振込期限:世界暦999年 5月20日

なお、期日までに振込むことが困難な場合は

こちらの提示する条件のもと延長は可能です


 レイズは完全に思考を停止して固まっていた。俗にいうフリーズ状態。


「ねえ、あなたはどうやってこれだけのお金を用意するつもりなの?」

「あ……えっとですねえ……これは……」

「今日は五月十五日よ、たった五日でどうするの?」

「延長してもらいましょう!」


 清々しく言い切った。さきのことは一切考えていない。


「それじゃあ、あなたの貯金と給料から払える分は払って残りは延長ということで」

 

 ――その残りの額って俺の給料何年分に……。


 レイズが姿勢と表情はそのままに心の中で激しく沈み込んでいると、


「はい! 今日はこれで解散」


 そう言ってカルロがサインした契約書を取って部屋を出ていった。

 残された二人は顔を見合わせたが、特に何を言うでもなく退出した。

 廊下に出てカルロはあることを思い出した。


「なあレイズ、お前さ、首切られて死んでなかったっけ?」

「その程度じゃ死なねえよ。心臓壊されようが頭飛ばされようが俺は”死ねない”」

「死ねない?」

「なーんてな、冗談だ。あのあとすぐに治癒魔法掛けられたらしいから、それで助かったんだろうよ」


 あっけらかんとした声で笑いながら答えてどこかへ走って行った。


---


五月十七日


 セントラ国南西部の海岸にてブルグントとセントラの兵士たちが交戦していた。

 双方とも表だって動ける者たちではない。裏の実行部隊、暗部とも呼ばれる者たちだ。

 ブルグントが北極の一件で奪取された宝石を回収するために派遣した部隊は、

 最初こそ順調だったが、宝石を入手し離脱地点である海岸に戻るまでにセントラの複数の部隊に捕捉され、今や三十人いた部隊が六人を残すのみとなっている。


「隊長! ゲートはまだですか」

「あと五分だ、あと五分持ちこたえれば……」


 セントラの兵士たちが近づいて行く。皆、パワードスーツを装着し、手に持つのは徹甲弾を使用できる大型のライフルだ。

 さらにその後ろには浮遊銃座と対戦車ライフルを装備した機械兵が続く。大げさな装備ではあるが魔法を使えない者たちからすれば、士気を維持するためには必要なものだ。


「儂がゲートを開くまで、貴様らは敵を抑えていろ」

「了解!!」


 隊長を中心に五人の魔法士が展開する。二人が障壁を構築し、残りは追っ手に向け火炎弾や狙いを付けさせないための煙幕を放つ。

 それに対し、セントラの兵たちは冷静に対応する。


「やはり魔法使いどもは厄介ですね、少尉」

「そうだな。だが奴らも人間、殺せないわけではない。機械兵を前面に出し、包囲陣系を作れ」

「はっ」


 ガチャガチャと音を鳴らしながら機械兵が歩を進める。

 瞬く間に包囲陣系は完成され、ブルグントの魔法士たちへと集中砲火を浴びせていく。

 しかし撃ち出される弾丸は障壁を貫通することはできず、ヒビを入れるに留まっている。

 ブルグントの魔法士たちには焦りが生まれる、このままでは押し切られてしまうと。

 やがて障壁のヒビは広がっていき、所々に穴が開き始める。再度展開するだけの余裕はない。

 一度解除し、もう一度再構築するとその間に撃ち抜かれるからだ。


「隊長まだですか!?」

「もう無理だ……」

「このままやられるのか……」


 兵たちはすでに生き残ることを諦めかけていた。そこにさらに追い打ちをかける存在が現れた。

 セントラの増援部隊、統一性のない武装した車列だ。

 だがこの増援はセントラ側にとっても予期していないものだった。


「少尉、後方から所属不明部隊が接近中です」

「所属不明?シグナルはどうだ」

「沿岸警備隊のものです。しかし武装は航空基地守備隊のものです」


 少尉と呼ばれた男は無線機を取り出して接近中の部隊へ発信した。


「こちらへ接近中の部隊へ告ぐ、貴君らの所属と部隊名を明かせ。返答なき場合、敵とみなし攻撃する」

「それは言い過ぎでは――」


 言い終える前にその兵士の頭が爆ぜた。

 接近中の部隊が撃ってきたのだ。

 サイレンサーを使用しているのか音はなく、次々と弾丸が撃ち込まれ、セントラの兵たちはパニックになる。

 接近中の部隊は五十メートルほど距離を空け、停止。射撃も止まる。

 そして、一人だけが地面を滑るように走って接近し始めた。

 黒いパーカー、黒いズボン、黒い靴、黒く艶消しされたナイフ、黒尽くめでおおよそ軍人に見えない青年だった。

 少尉と呼ばれていた男は周囲の兵を叱咤激励し、向かってくる青年へ向け銃撃を命じた。

 だが、その青年は予め弾道を知っているかのような動きで回避してゆく。

 青年は危険を知らない素振りで一気に距離を詰めると、ベルトからナイフを抜いた。

 あっという間に接近を許したセントラの兵たちは次々と首を切られ倒れていく。

 手近な兵を無力化した青年は次に機械兵のほうへ向かっていった。

 浮遊銃座と機械兵のライフルから銃弾が放たれる。青年は回避する素振りを見せない。

 そして、銃弾は青年の周囲に発生した不自然な空間の歪みによって明後日の方向へ飛んでいく。

 機械兵へ接近した青年は外装の僅かな隙間からナイフを突き入れ、中の回路を破壊し機械兵を無力化する。

 手近な三体を破壊。進路上の障害以外は無視だ。

 そしてその次はブルグントの魔法士へ向かって跳躍した。

 五メートル以上の高さへ飛び上がり、障壁の内側に青年は着地した。

 そのとき、ちょうどゲートが開いた。


「貴様ら、撤退するぞ」


 魔法士たちはゲートへ入っていく。


「ちっ、間に合わないか」


 青年が呟いたとき、遠くの空で蒼い光が煌めき遥か彼方から弾丸が飛来する。

 ゲートにそれが当たると跡形も残さずゲートを消し去った。


「なっ!?」


 魔法士たちは狼狽え、青年はすかさずマニュアル通りの文句を言い放った。


「投降せよ、これ以上の抵抗は無意味だ」


 青年に近かった二人の魔法士は魔法を放とうとして、一瞬で切り伏せられた。


「もう一度言う、投降しろ」


 残りの四人は両手を上にあげこれ以上戦う意思がないことを示す。

 それを確認して青年は咽喉マイクのスイッチに手を伸ばした。


「ハワード隊長、こちらは終わりました。そちらはどうですか」


 返事はすぐ後ろから帰ってきた。


「ご苦労、准尉」


 青年が振り向くとそこにはセントラ暗部の兵を制圧し終えた友軍と隊長がいた。

 その後ろには機械兵が動きを止め、その場に立ち尽くしている。

 制御装置を奪ったようだ。


「例の”石”を回収しろ、後は必要ない殺せ」


 隊長がそう言うと友軍の何人かが命令を実行した。


「些かやり過ぎでは?」

「准尉、前にも言ったが我々は秘匿部隊だ。少しでも知っている者を生かしておくことはできない」


 青年は砂浜に倒れ伏す魔法士たちを見て眉をひそめた。


「何か不満があるか?准尉」


 隊長の右手にはいつの間にか拳銃が握られていた。


「いえ、とくにありません」


 そう言いつつ服装を直す振りをして、パーカー下にある”武器”の確認をした。


「ああ、そうだ准尉。言い忘れていたが、今日でお前にはこの隊を外れてもらう」

「なぜです?理由を聞かせてもらえますか」

「お前ばかりが武功を挙げたら我々が上にどう見られると思う」


 そう言って隊長は青年に拳銃を向け、引き金を引こうとした。

 青年は足で砂を巻き上げ、素早く後退り魔法士の死体を盾代わりにする。


「大人しく死ねばよいものを!!」


 隊長は拳銃を撃つ、しかし拳銃弾で人の体を貫通することはできない。

 すぐに隊長は命令を下し、他の兵は徹甲弾を使用可能なライフルを構えた。

 それを見た青年は即座に空中に跳躍し、海岸に沿って飛び去った。


「これなら追ってこれないだろ……ってもう来たか」


 足にだけパワードスーツを装着し高速で追跡してくるさっきまで味方だった兵たち。

 そのうちの一人が肩に担いでいるのはEMPランチャー。


「悪いな、落ちろ」


 青年に向け強力な電磁パルスが撃ち出される。

 空中でバランスを崩し、五メートルから落下。受け身を取り近くの岩陰に飛び込む。


「くそっ、ギアがやられたか」


 青年の手にはバチバチとスパークを飛ばす携帯端末があった。


「大人しく死んでくれ」


 次々と元味方の、今は敵の兵が追いつき包囲陣形を完成させてゆく。


「死ねるか!!」


 そう言い返したが、お返しに弾丸が飛んできた。

 

 ――どうするかな、強引に突破するのは無理だし、海に潜ってもグレネード撃ち込まれたらやばいし……。


 必死に打開策を練っていると耳につけている無線機から少女の声が聞こえた。


『そこの黒い人、今から支援するから動かないでね』

「その声、もしかして……」

『話しは後で、今は動かないで』


 水平線の少し上で蒼い光が連続して煌めき、蒼い弾丸が飛来する。

 青年を包囲している兵たちに片っ端から命中していき、弾が当たった兵は一瞬ノイズが走り、真っ黒になった後、塵すら残さず消え去った。

 後に残っているのは兵たちが持っていたライフルやEMPランチャーと”石”だけだ。


「魔法……なのか?」


 青年は呟きながら”石”を拾いに行った。ふと気配を感じて後ろを振り返ると、さっきまで隠れていた岩の上に青い髪の小柄な少女がいた。

 肩に担いでいるのは二メートルを超えるライフルだ。本来であれば、特定の場所に固定して装甲車などの固い目標を撃つために使うものであり、五十キログラム

を超える重さのため一人で持ち上げるようなことは困難なはずのものだ。


「あなたもそれが目当てなの?」


 少女が言っているのは”石”のことだ。


「そうだ、と言ったらどうする?」


 少女は静かに青年の額に銃口を向けた。


「撃つよ」

「これ、そんな価値のある物なのか? 普通の紫水晶(アメジスト)にしか見えないんだけど」


 そう言いながら青年は石を持ったまま両手を挙げた。少女が手を伸ばすと、石は

その手に吸い寄せられるように飛んだ。


「うん、とくに異常はないみたいだね。あなたはこれからどうするの?」


 ライフルを突き付けながら少女は天使のような笑みで優しく尋ねる。

 表情とやっていることが真逆だ。


「本来の所属に戻るさ、じゃあな」


 青年は踵を返して歩き去って行く。


「ちょっと待って、さっき飛んでたよね。確かあれって”ギア”っていうものが必要なんだよね?」

「なんでそれを知っている」


 青年の目つきがより強い警戒に変わる。


「まだ一部にしか支給されてない実験段階の兵器だぞ」

「セントラの薄っぺらいセキュリティなんて簡単に突破できるの。だからネットワークに上がってる一通りのことは知ってる」


 ギアの情報があるネットワークは完全に隔離されている。そのことを知っている青年はどうやって侵入したんだ、と驚いていた。


「それで? お前は何を聞きたいんだ?」


 少し口調が早くなっている。動揺していることは自分でも分かっているが隠しようがない。


「特にないよ、ただ実物を見てみたいだけ。それに、あなたのギアは壊れてるんでしょ?」


 さっきまではちょっと変わった少女だと思っていた青年だが、だんだんとコイツは危険だと思い始めた。


「だったらなんだ」

「直してあげよっか?」

「……はい?」


 青年は呆気にとられた。セントラの技術の産物を、明らかにセントラの技術者ではない少女が直すと言っているのだ。

 しかも、道具も設備も何もないこの状況で。なおかつ敵かもしれない相手に向かって。

 少女はライフルを手放して、不用心に青年に近づきパーカーの下から携帯端末型のギアを抜き取った。


「あ、おい!」

「ふーん、普通の携帯と見た目は変わんないんだね」


 少女はギアを弄びながら細かなところを見ていく。


「それじゃ、ちゃっちゃとやっちゃおうか」


 突如ギアがパーツ単位でバラバラに分解され、宙に浮かんだ。

 EMPによるサージ電流で破損した箇所が映像の逆再生をするかのように修復されてゆく。

 さらに、最初はなかった金属の被服などが追加され、あっという間に元通りになった。


「はい修理終わり。それとちょこっと改造したから」

「はあ、なんか……魔法ってなんでもありだな」

「万能じゃないけどね」


 少女はまた不用心に今度は背中を向けライフルを拾いに行く。


「お前、少しは警戒とかしないのか?」

「必要ないからね、敵意を持って私に触ったら一瞬で消滅するから」

「ていうことは、ああいうものとかも消えるのか?」

「そうだね」


 トラックの走行音が近くで止まり、兵の足音がバタバタと地面を蹴った。

 いつの間にか追いついてきた残りの敵に囲まれていた。


「数は約百二十、半々でどうだ」

「いいや、百は私が」


 二対百二十、絶望的な戦力比だ。

 しかしこの後、敵は十秒で壊走に移り、五十秒で一切の痕跡を残さず世界から消失する事となった。


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