第五十八話 - セントラ市街戦 〉〉 好色王と悪意の塊
「待て待って! ナイトリーダー、ウィリス、リナ! 俺の話を聞いてくれ!」
縛り上げられたレイズの首筋には三つの凶器が三方向から添えられている。
一つ、ウィリスが扱う魔力可動式エナジーソード。これは複合装甲を溶断できるだけの威力がある。
二つ、先ほどいきなり恥ずかしい思いをさせられたリナが持つ竜人族特性のハルベルト。これは切れ味はあまりよろしくないが、コンクリート壁を破砕できるだけの強度はある。
三つ、騎士団長の持つロングソード。これは様々な魔法で強化された上に天使の加護まで加わったもので、切先の延長線上にあるモノならば、最大出力で戦艦ですらも切断できる。
「さてレイズよぉ。今更なんだが、テメェがアカモートでの戦闘の際にリナを殺そうとしたことについてなんだがなぁ」
雑魚を蹴散らしながら進んでいた際に纏めて吹き飛ばしたのはこのバカだ。
とくにウィリスの方は生き埋めにされている。
言い逃れはできない。
「え、いや、それさ、侵攻部隊に混じってたのそっちだろ」
「あぁん? テメェの技量なら戦いながら魔法で見分けることくらい楽だろ?」
「…………」
正座状態、後ろ手に縛られ足の上には重石。さらに少しでも身を傾ければ鋭い刃でスパッ。
そんなとてつもなく危ない状況下で、最悪と言えるような状況下でさらなる追加があった。
どこかのビルの屋上に認識阻害用の障壁を展開していたのだが、なぜかスコールの姿とその後ろで骨付き肉を頬張る獣人の姿。
「拷問するなら任せろ」
きゅっと、手に持ったやけに丈夫そうなロープを示す。
スコールの主な拷問は一通りすべてだが、レイズが対象になった時に限り”錘付逆さ吊り”や”唐辛子入りファラリスの雄牛”、”劇薬を塗りたくった鉄の処女”その他多数という上級ヴァージョンを平気で使用する。
戦時中に捕らえた捕虜に対しては条約その他もろもろで使える機会がまったくないが、味方であればその辺の”決め事”はどうとでも無視できる。
とくにレイズの場合は”何をやっても死ぬことがない”という特性がある為、より一層ひどい。
「……レイズ、まあアレだ、運がなかったな」
そう言ってウィリスはリナの手を取ってそそくさと逃げた。
「うむ、後は任せた。我々騎士団は別の作戦の為これより行動する」
と、言って騎士団総員もビルの屋上から姿を消していく。
残ったのは動けないレイズとスコール&ルー。
「さて……」
どこから取り出したのか、どう見ても五十キロ以上はある鉄球をロープの端に結び付けるスコール。
「ちょっと待て、お前死んだんじゃ……」
「ああ、確かに死んだよ? 何か知らないけど天界の連中に引っ張られてギリギリ消滅はしなかったけど」
「……お前どこまで顔が効くんだ? というか知り合いが多すぎるし、排他的な種族とまで仲がいいとかおかしいから」
「敵を潰すにはまず敵を減らしていくところからだ。味方に付けずとも敵にならないと分かればそれはそれで一つの手だ」
錘のついたロープをレイズの”首”に巻き付ける。
「……なるほどなぁ、去年の配置換え早々行方不明になったのはそのためか」
「まあな。蒼月には悪かったが、お蔭でそれなりに仕掛けはできた」
またもどこからか取り出した五メートルくらいのロープで動けないレイズの足を縛っていく。
「具体的に何してやがった」
「まあ、フィーアのとこで州軍相手に戦争とフュンフのところで色々と裏から掻き回してたな。で、それが終わってから六月ころに帰ってきて、蒼月と色々、それでまたすぐに出かけて、んでアカモートの戦争の時に本格的に帰ってきたみたいな」
「…………」
去年の六月以降と言えばレイズは森の中で大変な目に遭っていたときだ。
何が起こっていたのかは全く知らない。
「スコール、やっぱり別世界と行き来すると時間の差が出るな」
「そりゃあねぇ。あっちで三年過ごしたかと思えばまだこっちじゃ半年とか普通にあるし」
縛ったレイズをずるずると引きずって、フェンスの支柱にロープを結び付ける。
このバカもまだ懲りてないらしい。
あまりやりすぎるとまた消し飛ばされるぞ、ということに。
「交換条件だ、スコール」
「は?」
「なんでもやるから逆さ吊りは勘弁願う!!」
「”何でも”つったな」
「あ……」
最も言ってはいけないワードを口にしてしまった。
気付いたところでもう遅い。
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数十分後。
ロストヘヴン某所のモーテルへの途中。
「ま、とりあえず”何でも”と言ったからには”何でも”やってもらおうじゃないか」
「……なぁ、せめて月姫の中から数人を彼女にするとかいう結構ムチャな方向のお願いにしてくれるとほんとにありがたいんだが。とくに白月とか白月とか白月とか!」
その本心は自分の死亡率を下げたいがためである。
しかも彼女云々で言えばすでに蒼月の方からアプローチが始まっているのだが。
「現実的に不可能。今生きてる中でお前に好意を抱いていないのはカスミくらいだろ。洗脳用の魔法で操ってまで”戦力”は欲しくない」
「だからって……あんな美少女”軍団”なんかそうそうお目にかかれな――」
レイズが愚痴のようなことを言おうとしたときだった。
ズドドドドドッ!! と、いきなり弾丸が飛んできた。
まるで強風の後に続く大雨のよう。
そう、まるで強風の後に降りかかる激しい雨のよう。
スコールの仕事はあくまでターゲットの無力化。
まわりの取り巻き連中まで無力化しろとは言われていない。
だから手っ取り早くターゲットだけを潰していくと、当然その下っ端には恨まれる。
突風のように現れては、場を掻き乱して通り過ぎ、オマケの災害を置いて行くのがスコールのやり方だ。
現にレイズだけ残して二人の姿はなくなっている、というかもう逃げた後。
「ふざけんなぁっ!!」
割りをくらうのはすべてレイズである。
白き乙女という枠組みで見たならば上官と部下。
アカモートいう枠組みで見たならば先輩と後輩。
いついかなる時であれ、どんなことでも戦闘中の責任は上官が負うものだ。
ガチャガチャと、なにやらガトリング砲搭載の車両まで持ち出してきた敵を見たレイズは、
「な、なにがなんでも逃げてやる。こんな危険すぎるカオスゾーンから脱出してやる!」
そう意気込んで、おっかなびっくり全力疾走を始めるのだった。
走る速度は人間の限界速度を超えているが、もう色々と人間をやめているので問題は無い。
そんなことより問題なのは後ろから追ってくる脅威だ。
もはや走るというより一歩ごとに滑空するような挙動で通りの角まで移動し、真横に曲がった。
直後に発砲があった。
音はドガガガなどというものではなく、ブゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥと早すぎて連続した音にしか聞こえなかった。
「ちくしょーっ!」
『その先のマンホールの上に誘導』
街路のカメラから見ているのか、無線を通して冷徹に告げるスコールの声。
『あ、そうそうこの辺の地下にIED仕掛けてるからインプロージョンとかエクスプロージョンとかの爆破系魔法は使わないように。最悪誘爆して街の一角にクレーターができる』
「なにさらっと言ってんの!? つかオメェはどこから爆薬仕入てんだこら!」
叫びつつもしっかりと敵さんを挑発して引き付け、オーダーの通りマンホールへのルートに入れる。
さすがに軍用車両ではなく一般のバンに強引に砲を取り付けてるせいで、砲身を回すことができず、車体そのものを向ける必要がある。
お蔭で誘導はとても簡単だった。
バンがマンホールの上に差し掛かったと同時、ゴバッ! と地面が炸裂した。
正確にはマンホールのふたの裏に仕掛けられたロケット弾の中身が。
ギャリリィィッ! と鋭い音が響き、後続のバンが次々と走行不能に陥っていく。
『よしよし、そのまままっすぐ行ったら交差点がある。そこの信号のスイッチを押せ』
もう何が起きてもいいや、そんな思いで指示に従ったところ、
「…………」
カチッと聞き慣れた地雷の音が聞こえた。
旧規格の踏んで放したら爆発するタイプ、今頃の地雷は踏んだら即爆発か時限式だ。
「なあスコール、何の冗談だ?」
『”何でも”するって回数不指定で言ったろ、だから威力の試験』
「じゃあさ、その前に一つ聞くけどさ。お前なんでこんなところに爆弾なんて仕掛けてる?」
『ここは街という形の戦場。だからいつでもどんな形でも攻撃できるように用意しているわけだ』
「この外道」
障壁を多重展開して指を離した。
大丈夫だろうと思うのは間違いである。
なんせ飛び出して来たのは普通の鉄片ではなくミスリルのニードルだからだ。
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戦利品を死体袋に詰めて、肩に担いで拠点まで戻ったスコール。
目の前にはおんぼろモーテル。
「なースコール、後で食べ歩きに行こー」
「そのちっさい体でどんだけ食うんだ……」
扉を開き、中に入ると変わらないメンツが揃っている。
「ご苦労ゲイ……ル、今度は何を持ってきた……」
上官が苦い顔で固まってしまった。
「国際指名手配犯、賞金首のレイズ・メサイアだ」
ゴミ袋を投げ捨てるようにどしゃりと落とすと、ジタバタと暴れる袋。
バコッと強めの蹴りを入れると途端に大人しくなり、スライドファスナーを下ろすとむくりとレイズが起き上る。
「テメッ、ふざけん――――」
ガチャガチャガチャチャチャッ。
次々と銃器が向けられる。
「動くな!」
さすがに室内なだけあってライフルなどはないが、マグナムやリボルバー、テーザーなどなどそれでも不味い威力を持つものばかり。
「ゲイル、こんな気味悪い男が指名手配犯なのか」
「そーですそーです。白い髪に赤い瞳のアルビノ野郎。特徴一致してますよ、ついでに今は味方なんで銃を向ける必要はありません」
「ふむ……伍長、念のため封具を付けておけ」
「ハッ」
「意味ないですからやらないほうがいいですよ」
部屋の奥へと道具を取りに行った伍長を止める。
「なぜだ?」
「そこらの封具だと過負荷で壊れます。賞金首に指定されるほどの魔力を甘く見ないほうがいいですよ」
とりあえず銃器は下ろされたものの、部屋の真ん中で包囲されているレイズ。
囲む者達はスコールとルー以外が互いに視線を交わしながら、スコールたちには聞こえない会話をしている。
脳内に埋め込まれた生体機械、それがネットワークを介して声を届けている。
魔法側で言えばテレパシーだ。
「なあスコール、ここってなんだ?」
「不良系軍人の溜まり場」
その不良に含まれる意味は”人”扱いではなく”消耗品”扱いで不良ということ。
「クセの強い連中だし、総合的に見れば使えないやつらだが、局所的に見れば敵に回したくないだけの実力がある」
「まさにお前のことだなスコール」
「だろう」
「褒めてないからな!」
「ま、それはそうとして」
言いながらレイズの背中にあるモノを押し付ける。
「……おい、その固いものはパイソンか」
「357マグナム弾使用のな。こんな状況だから一応捕虜的に扱っとかないと上官がうるさいわけで」
零距離で銃口を押し付けられ、手で示された部屋の奥へと歩いて行く。
壁一面のモニターとラックに収納された高性能コンピューター。
そこに直にエアコンの風を当てて効率の悪い冷却をおこなっている。
「あーっと、これだ。見ろ」
「ここの地図か……随分とはっきりしてるな」
「でもってこれが今の状態」
カチッとマウスの操作がされると、水に垂らした油性絵具をかき混ぜるように色が動き始める。
「現状の勢力図だ。昼間にお前らが暴れまわってくれたせいで近場まで学生どもが制圧してしまいやがりましたと」
「それで?」
「伍長! 後の説明頼みます」
「あいよー」
スコールに説明してほしいところではあるが、上官に丸投げしてルーと共に外に消えていった。
代わりにやってきたのは若い男だった。
見た目年齢でいえばレイズより二つ上くらいか。
「とりあえず部外者だから名前は伏せておく、ゾディアック・キャンサー隊の伍長だ」
「……」
「大変だっただろう。夕立のように銃弾が飛んできてあちこちで爆発があったりして」
穏やかな口調で話しつつ、コンピューターを操作する。
次々と表示される情報は街の勢力だろう。
見せていいものだから表示している、そう判断してレイズも勝手に見る。
「ああ、この街はどうなってんだ」
「そうだね、簡単に言うなら世界一危険な戦場、かな。今も洋上ではブルグントの軍と戦争が続いているが、ここはあそこよりも死亡率が高いからね。街を歩くならAIの監視網から出ないこと、一度出たなら頭の中に入られて死亡。当たり前だから覚えておくといい」
「……お前らみたいにチップを頭にぶち込んでねえからそっちの心配はない」
「ああそうかい。魔法士だったら基本はナノチップを入れないんだった」
カチカチとマウスを鳴らし、壁一面のモニターに地図と注釈が映し出されると、現在位置を中心にでこぼこした線で囲まれた。
「えっと、この線で囲まれた範囲内は我々の領域だ。下手に歩き回るとゲイルの爆弾でバラバラになるから。それと……」
「ちょっと待て! こんな街中に仕掛けていいもんなのか」
「ここは戦場だよ。見ただろう、昼間から戦闘機だの戦車だのが走り回っているところくらいは」
「まあな、UAVを撃墜したが」
「ほう、どういう魔法を? そもそも魔法はどういうように使っているのだね」
「自己強化。アスファルトぶん投げて落とした」
「自己強化か……」
そんな感じで数十分ほど話していると、セキュリティ性ゼロの薄っぺらいドアを開けてスコールが帰ってきた。
上半身裸体の女連れで。
「ゲイル一等兵!!」
即座に上官たちの叱責が飛ぶ。
女遊びをしている場合か、という方向ではなく、これ以上厄介ごとを持ちこまないでくれという方向で。
「まーまー。怒鳴ることもないでしょうよ」
「なんだその女は」
「見ての通り竜人族ですが」
「貴様……獣人に賞金首の次は竜人だぁ!? まともなもんはおらんのか!」
「そもそもこの部隊からしてまともじゃないやつらのゴミ溜めでしょう」
売り言葉に買い言葉で返して即座に喧嘩が始まりそうになる。
上官がスコールの胸倉を掴みに手を伸ばし、それを一歩引いて避ける。
後ろの竜人、リナは随分とおびえた表情だった。
「やるなら表に出てください。五十メートル投げで反対側の通りまで投げ飛ばしますから」
「えぇい……! もういい、貴様ら飲みに行くぞ、付き合え!」
「へいへい」
呆れた表情で一人。
「ゲイル、あんま隊長を怒らせんでな」
うんざりした表情で一人。
「戸締りはしっかりするように」
と、もう一人。
残りもぞろぞろと出て行って、流れで逃げようとしたレイズの足にマグナム弾をぶち込む。
「ぎぃ、ああああああああああああああああっ!!」
「うるさい黙れ」
トドメにもう一発、脳天にぶち込まれて沈黙した。




