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第五十七話 - セントラ市街戦 〉〉 戦場のフーリガン

 真昼間から市街地と言う名の戦場を走り抜ける者たちがいた。

 それも三組ほど。

 一つ、総合学校・魔法科の生徒に追い掛け回される臙脂色の軍服を着た不法侵入者。

 二つ、総合学校・総合戦闘技能科に追い掛け回されるレイズ・メサイア。

 三つ、”野良”を追い掛け回すスコールと獣人の少年。

 セントラで学校と言えば総合学校か軍学校かしかない。

 しかも義務教育という観念が相当前に廃れてしまっているため、学校に入って目的の知識・技能を習得したらそのまま辞めてしまうような者が少なくない数いる。

 が、いまここで追いかけっこ……追跡任務にあたっているのはそう言う方向のものではない。真面目に卒業を目指す者たちだ。

 これも授業の一環。総合・軍学校問わずに、一部の科では実地試験と称して戦地派遣が行われている。


 ---


 ドガッッ!! と。

 いきなり目の前に止まっていた車が爆発炎上した。


「あー……どんだけ治安が悪いんですかここは。昼間っから自動車に爆弾とか」


 呑気にまったく慌てず、爆発したそれを魔法でアシストして飛び越える青年。

 薄汚れた金髪に継ぎ接ぎが目立つ臙脂色の軍服を着た彼は、この数日でレイズの常識外れな戦闘行為によってなんだか分からないうちに遠く離れた”あっち側”からここまで連れてこられてしまった被害者だ。

 数少ない時を操る魔法士であり、その本質は体感時間の停止と物質の相互位置の固定。

 着地した瞬間、今度は普通に道路を走行していたバンが盛大に爆発した。

 一瞬で黒焦げになったそれが、ゴロゴロと転がってくる。

 しかし、彼が腕を向けるとその動きは炎を含めて完全に止まり、オブジェに変わった。


「……あぁ」


 道路の反対側から突き出す筒を見てすぐに何が起きたかを知った。


「RPGを撃ち込みやがったか、まったく近頃の街は銃社会通り越して砲まで民間に流れ始めたのか」


 このようなことに慣れているのか、相当冷静に辺りを確認する。

 一番の問題はスナイパーの存在だ。

 認識外からの攻撃に対しては何の対応もできない、それが普通の魔法士だ。


「まあ、あっちに比べればまだ魔法による犯罪が蔓延してないだけマシか」


 臙脂色という目立つ軍服を着た彼は、オブジェの横を素通りして魔法を解いた。

 その瞬間、再び動きだした。

 鉄屑が跳ねまわりながら建物の一角に激突してさらなる爆発を引き起こすが、それでも”一般人”たちはそれが日常であると言わんばかりに行動する。


記録ログ開始オン、これより戦闘を開始(エンゲージ)する」


 ふと声がして、後ろを振り向けば猟犬のようにしつこく追いかけてくる学生たちの姿が見て取れた。

 紺色のズボンと白い学生用のシャツ、そして片方肩にかけるように下げられた科章つきのケープが目につく。

 本職の魔法士には敵わないが、それでも魔法を扱う疑似魔法士。

 総合学校の魔法科に所属することを示す徽章。

 科の中でもさらに細かな違いはあるが、彼にとっては考えることではなかった。


「はぁ……戦略級の次は学生の相手か……イージーすぎるな」


 向き直り、腰に下げた拳銃に手を伸ばしかけたが、学生相手に使うのは気が引けた。


「降伏しなさい、これ以上抵抗をすれば」


 そんな決まった台詞を途中で遮る。


「ラグナロク所属、時属性テンパスのウィリス」

「……」

「そっちも名乗れ、魔法使い同士の殺し合いの合図だ」

「……」


 学生側はそんなのは嘘だと思っただろう。

 ブルグントの方からそんな情報が流れてきたことは無い。


「まあいいか……いくぞ」


 軍服姿の青年がポケットに手を入れると同時に、学生たちもポーチに手をかけた。

 青年が取り出したのは紫色の宝石、学生たちが取りだしたのは薄型携帯端末、ギア。

 数種類あるギアのうち、C(キャスト)ギアと呼ばれるものだ。

 あらかじめ設定された事象改変を番号で管理し、最速で引き起こす。

 白き乙女で使われている補助具(MOSD)、そしてもう片方のMOPDがこれに近い。


「ウィンド――!」


 詠唱が終わるよりも早く、とても速く淀みなく走らされた指が操作を完了させ、最速で魔法が撃ち出される。

 圧縮された空気の刃、気体を伝わる衝撃波、発せられる真っ赤な炎。

 しかしそのいずれもが青年にぶつかる直前で消え失せた。

 魔法士が無意識に展開する魔力の壁に阻まれたのだ。


「…………その程度か」


 青年が宝石をポケットに入れ、ぼそっと詠唱を済ませると、その姿は一瞬の間もなく消えていた。


 ---


「さすが……それにしてもほんとにあれだけ実力あって学生かよ」


 路地裏を駆け抜けた先で突っ込んできたトラックを()()()()レイズは背後に向かって手を向けた。

 すると路地の出口を塞ぐように、地面が壁の如く突き出す。

 学生は爆発炎上するトラックの横で腰を抜かしていた。

 動きやすい形の学校指定戦闘服で統一された学生たちは、Gグラビティギアとサプレッサー付きのサブマシンガンで武装している。

 腰を抜かしながらも銃口を向ける学生を無視して、レイズは思い切り加速魔法を使って道路を駆け抜けた。

 なぜレイズがこんなところにいるかということを説明すると、一通りの事が終わった後でえぐえぐと泣くカスミともども保護され月姫たちに「女の子を泣かせるなんてサイテー」と言われ、ウェイルンやフェンリルから罵声を浴びせられ、居心地が悪くなった為に別の場所に逃げ、さらに問題を起こしてここに逃げてきた、ということだ。

 すべて自業自得である。

 反論の余地なくすべてレイズの責任である。

 ふと前方に学生の姿が見えた。

 彼らは一様に銃口をレイズへと向け、そのさらに後ろではコンテナを乗せた巨大なトレーラーが移動している。

 シュコココココココと発射音よりもリコイルの音が耳に響く。

 飛んでくるのはパラベラムかサブソニックだ、その程度では常時展開している障壁で弾き落とすことができる。なにせ最近ちょっとばかり力が強まって、少し出力を上げたなら艦砲射撃すらある程度凌げるだけの強度があるのだ。


「冗談だろ……街中であんなもの使うか?」


 トレーラーのコンテナが開き、格納されていたカタパルトが展開され、後続の車両からUAVが乗せられていく。今の時代、戦闘機ですら簡易カタパルトで発射できるのだ。フル装備・複合装甲の無人機ですら簡単に撃ち上げられる。


「……ヘルファイアにハイドラだと? 民間人の犠牲とか考えてない訳ね」


 すっと足を伸ばして、ちょうどレイズを回避しようとしたバイクを転倒させた。

 ギャリギャリと火花を散らしながら止まったそれを起こし、ライダーそっちのけで急発進。

 割と近くに都市警備隊(CDF)の詰所があって、ちょうど警官が近くにいたというのに、巻き込まれたくないのか全力で見て見ぬふりをしている。

 普段なら事故があればすぐにたかってくる危ない人たちですら寄ってこない。


「まったく……!」


 フルスロットルで逃げたところですぐにゴォッ! と上空から響く音に追いつかれる。

 ミラー越しに見れば、こちらに向いている回転式機関砲。


「雰囲気が世紀末だなぁっ! 街中で遭遇する状況じゃねえぞ!」


 バイクから飛び退いて、そのまま魔法でベクトルを強引に捻じ曲げて角を曲がる。

 するとその先に別の無人攻撃機が中空で停止しつつ、ウィングにぶら下げられた空対地ロケット砲を発射した。


「…………」


 なんでこんなにカオスな街に逃げてきたんだろう、と後悔しつつも障壁を展開して全弾受け止める。

 爆炎と煙の中から飛び出るとすぐに路面を殴りつけてアスファルトを砕き、大きな欠片を浮かび上がらせて、無人機目掛けて投げつけた。

 結果を確認する間もなく、近くの路地に駆け込んで手持ちの無線機を使う。


「おいウィリス、どこかで合流しよう」


 と話しかけてみたはいいがまったく返答がない。

 空を見上げれば先ほど違うUAVが多数旋回していた。

 翼にぶら下げられたトゲトゲした電子戦用の機器と、背面にレドームがあるところからしてそれなりのレーダーまで備えていると分かる。


「あーあー……ジャミングねえ。スコールの無線機なら貫通できたんだろうけどなぁ」


 ---


「と、いう訳だ。仕事は終了、この後どうする?」


 午後八時、危険時刻の入り口にもかかわらず、二人は路地裏を進んでいた。


「どうするって、夜と言えば屋台! 食べ歩きだ!」

「ルー……お前はもう少し身の安全を考えた行動をしてくれ。ここのはほとんど魔力を扱えないやつらばかりなんだ、集団戦になったら負ける可能性が高いんだが」


 夜になってもあちらこちらで爆音と銃声、誘拐なんて当たり前で路上強盗は頻発。

 しかもそのすべては非魔法士、つまりスコールが戦ったらまず負ける相手ばかりだ。

 疑似魔法を使う相手であっても少々厳しい。なぜかと言えば発動がセントラ製の機械任せ、この時点で奪うにしろ無効化するにしろ発動された後からということになる。今のところ発動プロセスへの干渉が主なため、知らない処理方式には対応できていない。

 とはいえ発動された魔法が飛んで来れば、投擲型であれ直接作用型であれなんであれ、触れてしまえば後は身体に染みついた条件反射で勝手に奪い取れるが。


「負けるつっても、おめー里の戦士団を倒したじゃん」

「獣人系は無意識に魔力でブーストしてるから、そこんとこを阻害してやれば気づかないうちに動きが鈍るんだ」


 追いかけていた”野良”は壁にめり込んでなんだかよくわからないオブジェになっている。

 途中で見失って監視カメラに頼ってみれば、運悪くレイズとぶつかって路地裏のポリバケツのように蹴り飛ばされてそのままだ。

 なんであのバカがここにいるのだろうと、スコールは思いながら回収班との待ち合わせである路地の入口で待つ。

 下された処分が都市警備隊や警察では扱えない野良魔法使いの無力化(殺害含む)であり、この二人組にとっては雑用の範疇だ。獣人の少年、ルーの嗅覚と勘で追いかけ、スコールが先回りしてトラップを敷設して追い詰めるというコンバットパターンだ。ちなみにスコールの階級は気づけば降格処分まで入っていたのか一等兵、ルーは民間人を巻き込むのはちと不味いからと暫定階級二等兵だ。まあ年齢的に見ればちょうどいいくらいではあるが。


「はぁ、それにしても、もう一仕事くらいは入りそうだな」


 バタバタと目の前を駆けていく見知った顔。その後ろに続く別の見知った顔。

 確かアカモートの方に行けとスコールは言った覚えがあるのだが、これは間に合わずにレイズがアカモート自体を沈めてしまったために仕方がないだろう。


「あれ? この匂いってリナさん?」

「なんだ……竜人族まで出張って来てるのか……この国の国境警備隊はなにしてんだ」


 ---


「不幸っっっっだぁーー!!」


 と、叫びつつも凄まじい逃げ足は決して緩めないレイズ。

 振り返ってみれば六人。

 追手がどんどん増えている。

 索敵用の魔法を全方位に乱射して跳ね返りで分かっているだけでも三十人前後。

 学生部隊をとりあえずの慈悲で全員精神干渉魔法で眠らせてみれば、強すぎたのか魔法の発動を感知されて本職の軍部に追い掛け回されるという始末。

 さらにそれを感知されないように魔術で終わらせたなら別のサーチに引っかかって追い回されるという今の状態。


『コール、コール』


 通信用の魔法を傍受すればいつかと同じパターンが脳裏をよぎった。


『現在逃走中のレイズに関する情報』


 目くらましにフラッシュバンを数発ばら撒いて路地裏に駆け込み、コンテナのような大きなゴミ箱にダイブしつつ幻影を走らせる。


『ターゲットロスト、エリアスキャンを用意』

『NR第二、上空から索敵魔法を多重展開する』

『でだ、格好はいつも通りの白シャツとカーゴパンツか』

『間違いないですね、なんか青色のネックレスもしてましたが』


 どたばたと過ぎていく足音を聞き届け、ゴミ箱から這い出る。

 ……どうも飲食店のゴミ箱だったらしく、臭いは最悪だ。


「今回はさすがに逃げ切れないよなぁ……」


 前回も捕まっているのだが。


「音は無に、気配は無に、姿は」

「いたぞっ、あそこだ!」

「なんで見つかるんだよ……!」


 前にも後ろにも追って。

 上を見ればいつかのように網が広げられている。


「だぁぁぁっ! くそ!」


 逃げ道はまだある、横は鉄筋入りのコンクリートだ。

 ズゴンッ!! と壁を蹴り壊して駆け込む。


「…………団長、あのバカ殺しますか」

「…………NR五班、六班。先回りして炎壁を展開、囲め」


 建物内に駆け込んだレイズは一瞬だけ立ち止まった。

 どうやら危ない人たちの事務所のようで、突然の侵入者に対してアサルトライフルをガチャガチャと向けてきたのだ。


「は、はろー……お兄さん方、ぁぁぁぁあああああっ!!」


 一気に突き抜ける。

 いくら障壁を多重展開しているとはいえ、至近距離で斉射を受ければあっという間に削り取られる。

 背後から銃弾の歓迎を受けながら、壁をぶち抜いて大通りに飛び出たなら、


動くな(フリーズ)!」


 魔装銃を構えた追手たち。

 アカモートの精鋭部隊『騎士団』の中でも騎士団長ナイトリーダー直属の者。


「…………なんでお前らはそんなに連携が取れてるんだよ」


 ぐるりを囲む炎の壁、そして向けられる銃口。

 口径だけ見れば大したことのないように見えるが、撃ち出されるのは実弾ではなく魔法弾であるため、装甲車程度ならば撃ちぬく威力がある。


「おい無視か」


 じりじりと距離を詰めてくる。

 このまま捕まるのはいくら味方と言えど嫌だ。

 だからレイズは手の中に複製召喚で作りだした手榴弾を握った。

 すでにピンは抜いてある。


「う、動くな」

「…………」


 騎士団はお互いに顔を見合わせ、そして、


「斉射用意」


 一斉に構えなおした。

 せいぜいが手榴弾。

 この至近距離で受けたところで金属片程度は障壁で防げる。


「こいつはミスリルの粉末を混ぜ込んだ特別製だ!」

「なっ……!」


 その一言で数歩だけ引き下がる。

 ミスリルは魔力との相性がいい、そして尚且つ細工次第では魔法の妨害にも使えるもの。

 そんな危険なものをぽいっと、空き缶を捨てるかのように投げた。

 空中でパキンッとレバーが弾け飛び、カウントが始まる。


「のぁっ!? お、おまっ、レイズ!!」

「まだ捕まる訳にはいかないんだよ!」


 包囲の乱れた場所を突っ切って、炎の壁を抜けた先でどかっと人にぶつかり、そのまま押し倒してしまう。


「いた……」


 右手が何やら柔らかいもの(おっぱい)をしっかりとホールドしていて……。


「……………………」


 泣きそうな目でこちらを見ている竜人族の女の子がいて。


「あー…………すまん、リナ」

「きゃああああああああああああああああああああぁぁぁぁっ!!」


 その後、レイズは確保されることとなった。




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