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第五十六話 - 暗がりの死体

 四月を過ぎた頃。

 セントラの安全域と呼ばれる危険地帯で戦闘は起きていた。

 安らぎの無い街(ロストヘヴン)

 海に面したその街には現在複数の組織と軍が駐留している。

 さあ、これが問題だ。

 軍は戦争準備のためにしか動いちゃいない。だから変な連中は思いのままに動き回るのさ。

 何も知らずに一歩踏みだせば、五分で身包み剥がれて十分以内でサメの餌なんてのは冗談じゃない。

 だがまあ、何もこんなだからってそこまで怯える必要は無い。

 何事も基本が大事だ。これさえ知っていればそれなりに楽しめるはずだ。

 ・防犯カメラがあるからといって安心するな、やつらは防犯カメラがあっても150%の確率で襲ってくる。まあ近くに都市警備隊(CDF)の詰所でもあれば6、70%にはなるだろう。

 ・夜八時を過ぎたら家やホテルから一歩も出るな、その時間帯に出歩けば自殺志願者と思われるだけだ。

 ・何も持たなければ安心などと思うな、身包みを剥がれるぞ。特に腕時計はするな、手首ごと持っていかれる。

 まあこんな基本事項は頭の片隅にでも置いておけ。

 最も厄介なのは魔法使いたちだ。

 魔法と言えばブルグントだろ? そんな古いこと言ってるとすぐに焼かれる。長年科学だけで魔法と渡り合ってきたやつらだ、発動プロセスの逆算と妨害くらいはすぐにできるようになった。ならば次はこちらも使えるようにするのが普通の考えだろう。

 そして使えるようになれば、銃が犯罪に使われるように魔法も犯罪に使われるのさ。

 とくに、政府の認可を受けていない”野良”には気を付けろ。


---


 散らかし放題の通り。路地に入ればもっと汚いが。

 そんなところでもしつこく鬱陶しい客引き(キャッチ)が歩く者達に付き纏っている。

 もうすでに危険時刻、それでも人通りがあるのは自称自警団のやつらが目を光らせているからだ。

 とは言っても自称。やっていることはそこらのチンピラと変わりない。自分たちは犯罪抑止に加担していると思い込んでいるようだが……今しがた蹴り飛ばされた者はそうは思わないだろう。


「あぁん? おい兄さんよぉ、このチームエンブレムが見 え ね え の か?」

「こーんな時間に路地裏歩いてたらあーぶないよ。俺たちが保護してあげなかったら今頃死んでるぜ?」


 通りを歩いていた者達は慌てて逃げ、キャッチは店舗に引っこんで難を逃れる。

 他の危ない人間たちも忌避するように散っていく。こんなところでチーム同士の抗争になってもいいことはないからだ。

 そして、この光景を気分爽快といった表情で満足げに眺める自称自警団の実質チンピラども。


「ぉいっしょと。あんちゃんいつまで倒れてんだよ。死ななかっただけありがたく思えよ、ほら、保護してやった俺たちにお礼の代金出そうねぇ」

「……ざけんな」


 倒れていた者はすっと立ち上がるとそのまま歩き出した。


「あぁっ! なに逃げようとしてんだ、こらっ!」

「止まれクソ野郎、誰のお蔭で命拾いしたと思ってんだ!」


 それでも無視して誰もいない通りを行く。


「うぉーいそこなザコくーん……無視して逃げてんじゃねえぞっ!」


 唐突に背後から殴られ、そのまま前のめりにどたっと倒れる。張り付いたガムやごみで黒く汚れた路面はとてつもなく臭い。


「ぼーりょくはこえーよなぁ? 分かる、分かるぜそれ。俺らも痛いのは嫌だからな、だーから大人しく金を出せば終わるんだぞ?」


 チンピラは倒れた者の髪を鷲掴みにして無理やり顔を上げる。

 額に大きな切り傷があって、片口が真っ赤に染まっていた。


「はっ、なんだよどっかでやらかしてきた下っ端か」


 無意味に蹴って仰向けにすると、傷が開いたのか腹部からもじわりと赤い染みが広がり始めた。

 この街では朝から晩まで鉛弾が飛び交ってRPGの弾頭が通りすがりの車を炎上させることが当たり前だ、だからそこらの路地裏で負傷した下っ端が息絶えていても、また瀕死の状態で転がっていてもおかしくはない。

 だから、()()()()通すがったところに死体があったとして、それを組織の構成員に見られでもすればその場で殺したと思われて()()()だ。

 ドガッ! と。

 いきなりチンピラの一人が吹っ飛んだ。

 続けて放たれた旋風に押されて通りの外まで、バスケットボールのようにバウンドして転がって、ちょうど走ってきた車に弾き飛ばされて見えなくなる。


「ハロー、お兄さん方。ダチに手を出したからには生きて帰れるなんて思うなよ」


 颯爽と蹴りを入れたのは小柄な少年だった。肩にオレンジ色のスカーフを巻き、暖色系のピッタリした服を纏っている。何より目を引くのは、


「あんだぁ? こんなところでコスプレだ?」


 茶髪の中にピョコンと立つイヌ耳と、腰のあたりから伸びた同じ色の長い尻尾。


「はぁ、知らないってほんとにダメだねぇ。わざわざ滅多に姿を見せない獣人がこんな人里まで出てきたってのに、さっ!」


 突然のタックルでバランスを崩され、立て続けに顔面にストレート、足払いを受けて脳天にかかと落としが加えられ、トドメに針のように鋭い尻尾の一閃。

 わずか二秒の攻撃。


「な、なんだよお前」

「獣の血を引いたボクの身体能力、人間程度が勝てると思うなよ」


 残り三名。そのうち二人に視線を投げ、それは放置して手近な一人を攻撃する。

 右ストレートで顔を殴り、硬直したところに下から膝を蹴り上げひざまづかせる、そしてさらに顔面に膝蹴りを撃ち込んで終わらせる。

 残り二人。彼らには手を下す必要はもうなかった。狂ったように頭をかきむしり、身悶えしなふらつくと、


「やめろ……やめてくれぇ……」

「頭んなかに入って来るなぁ!」


 ばたりとその場に倒れ、


「……かふっ」


 それきり息を引き取った。

 この光景を見てもそばの店舗にいるものたちは悲鳴を上げもしない。これが日常であり、警察が来なくても当たり前なのだから誰も電話すらしない。


「よっす。懐かしい血の匂いがしたから来てみりゃ、お前誰にやられたよ?」


 先ほどから倒れたままだった者はよろよろと立ち上がる。出血がひどい。


「誰だっていいだろ。そのうち追手が来る、死にたくなけりゃ森に帰れ」

「お断りだね。わざわざ三十キロも走ってきたんだ。それになんだよここ、屋上走れば一切監視がないぞ」

「バカ、空の上に監視衛星が浮かんでるよ」

「へぇ……なんで人間って匂いに頼らないんだろ?」

「おめーら獣人に比べたらほとんど劣るからな……ぁ」

「あ、おい」


 出血多量でいよいよダメになったのか、そいつはその場にばたりと倒れて意識を失った。


「お、おい? 生きてるよな、ってかこんなところで死ぬなよ」


 獣人の少年はそいつを背負う……ことは身長差的に無理で引き摺って行った。


---


「う、うめえっ! 人間の食べてるモノうめえっ! ちょっと味が濃いぃのが残念だけど」


 そんなバカみたいにはしゃいでいる獣人の少年を見ながら、メメント・モリの隊長は溜息をついた。

 周囲を見れば厳つい顔つきの軍人ばかり。

 ゾディアック所属のキャンサー隊だ。

 キャンサー。キャンサーではなく悪性腫瘍キャンサーの意味で呼ばれているこの部隊は、あちこちから腫れもの扱いをされている部隊だ。なにせここからあの漆黒武装小隊も生まれているのだから。

 衛星経由で侵入したのは捉えていたが、まさか駆けつけた部隊の銃火の雨を生身で躱して全滅させられるとは。


「それで、ゲイル工作兵。こいつは?」

「知り合いです。南部森林地帯の獣人族」


 そこらのバーガーショップで買ってきたポテトを齧りながら、尻尾をゆらゆらと振っている少年。獣耳と尻尾がなければごく普通の少年にしか見えない。


「なあゲイル」


 別の下士官が話しかけてくる。見た目はこれまた十八前後で若い。


「お前どこまで顔が効くんだよ?」

「自分でも把握していないから分からん」

「分からんて……」


 ゲイル、そうスコールだ。

 確実に死んだかと思えばなぜかギリギリで天界に引き摺られて、肉体は完全に消滅したが精神体だけで生き残った。

 本人としてもなにも保険を用意していなかったので確実に死んだと思ったらしく、天界での最初の一言は「…………?」だった。知り合いの天使集団と色々と話をして一戦交えて色々あって色々して、気付けば瀕死の重傷状態で路地裏に転がっていたのだ。

 身体はどうも急造で再生されたものらしく、生成途中だったがためにあちこち不完全だった。お蔭でチンピラに絡まれてロクな抵抗もできずに殺されかけた……というのがさっきまで。

 なんだかんだで傷の状態まで完全に同じ見た目だが中身がちょっと違う。まずレイズやその他に掛けられていた追跡用の魔法類がごっそりなくなり、あちら側に探してもらえない状況だ。それはこちらから探せないという事でもある。

 他にも色々となくなっていたが、とりあえずの特殊能力はそのままだったため、あまり本人は困っていない。困ることと言えば召喚契約が切れてしまっていることくらいだろう。ハティを呼んでもまったく反応なしだ。これだけは困る、高速移動の手段であり戦いの相棒だから。

 そんなことを思っていると上官に声をかけられる。


「ゲイル工作兵、いままで無断でどこをほっつき歩いていた」

「桜都、ラバナディア、ブルグントに他あちこちですね」

「どこも大規模な戦闘があった場所だが……まさかお前が原因か?」

「…………」


 言葉が詰まる。原因かどうかと言われたら、確かにあの場にいなかったらあんな大惨事(カタストロフィ)は起こらなかったと言えるかもしれない。

 去年の春ごろから蒼月と組み始めて、離反を察知して行動をした。あれはもっとうまくやっていればあんなことにはならなかっただろう。

 ラバナディアの方ではきちんと下準備をしてから出かけていればまだマシな対応ができたはずだ。

 ブルグントに限っては最近のニュースでどこの局も放送するほどの大事件になっている。これに関しては確実にスコールのやりすぎが原因となっている。いくらなんでも南大陸の九割が消失するなど驚天動地だ。

 こうしてみていくと流れ的に次はセントラで何か起こしそうなものだ。そしてこれを言えるか?


「ゲイル工作兵、嘘偽りなく話せ」

「…………Понял(ポーニョウ)


 言ってしまった。

 正直にすべてを吐いた。

 …………。

 くどくどくどくど長い長いお説教。時間にして夜明け頃までの後、


「ゲイル工作兵」

「ハッ」

「君の有給休暇はとっくに干からびているが、これより特別休暇を与える――――今後一年間セントラに帰って来るな!!」

「…………えぇ」

「いい返事だ。そのケツに鉛弾をぶち込まれたくなかったら明日中に国外に出ろ。上にはこちらから話を通しておく」

「いやそんな無茶な。そもそも作り話のようなことを上が承認するとでも?」

「過去、お前がしでかしたことの方が現実味がないのだがな」

「…………」


 反論はできない。

 逃げ道はすべて自分で潰してしまっているのだ。

 パスポートもセントラでのIDもない今、約二十四時間以内に出国するのは少々厳しい。特に空港辺りが。

 ならば港でラバナディア行(というかそれしかない)の輸送船に潜り込むか。


「ちなみに拒否した場合はどうなるので?」

「マスドライバーで君を衛星基地まで撃ち上げる。さすがにそこで問題を起こすようなことはできまい」


 ちなみにゾディアック隊の権限上それは可能だ。

 セントラが運用する兵器の中には衛星軌道上から地上を掃射するものがある。

 桜都での戦争の際、ナノマシンの試験運用の証拠を隠滅するためにレイズのグングニル(メティが無理やり使わせた)に合わせて使われてもいる。


「いや、ゲイルならやるっしょ。単独でマリーンの特殊部隊を遭難させるようなやつですよ? 海が空に変わったところで意味ないと思うんですけどねえ」

「確か数年前の電脳戦で電流の制御システム乗っ取って、貫通電流をメチャクチャにして交戦前に敵の基地を爆破した大馬鹿ですよ」

「そうなると量子通信の通じない場所に送り込むしか手がないと思うんですが」


 口々にいろんなことをしゃべる兵士たち。

 スコールも許可を得ずに一言。


「ちなみに量子通信はAIネットワークにより地下から宇宙までカバーしていますから、どこに行っても意味ないですよ」

「ぬっ……貴様ら、そろってそいつの味方をするか」

「いや、むしろそいつとクラルティ中尉とクライス准尉とかを敵に回すくらいなら……なぁ?」

「だよな……いやだぜ、単独で予備隊扱いされる化け物なんざ」

「つかそもそもハンドガンで航空機を撃墜するとかいう記録からしてありえねえから」

「まあそういう訳ですね。少佐、賢明な判断を頼みますよ」


 受け取り方によっては脅しとも取れる言葉。


「ゲイル工作兵、明日付けで貴様を――――」


 処分は下された。



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