第五十五話 - 元大陸だった場所 〉〉 別れ
真っ暗な場所だった。
手足を広げるためのスペースすらわずかにしかない。
そもそも暗すぎて自分の体がちゃんとそこにあるのかすら認識できない。
「……どこだここは?」
手だけを動かしてみれば、何やら縛られていることが分かる。
と言ってもロープでしっかりと、ではなく布切れでいい加減に縛ったモノらしく、何度か手首を捻るとすぐに緩み、無理やり引き抜くことができた。
自由になった手で、自分を閉じ込めている空間の縁をなぞると凹みがあった。
そしてすぐ隣に誰かいることも。
なぞっていくとどうも規則性があり、ゆっくりとなぞって頭の中で形を思い描くと、それが刻印魔法であることが分かった。
今分かる形だけで判断すれば、囲んだ範囲内の魔力を吸引、外側に拡散して魔法の発動を阻害するためのものだ。
また外側からの探知用の魔法や魔力波を吸収して、位置を悟らせないようにする機能まであるという厄介な造り。
「……?」
触れた感触は木。
思い切り殴りつけてみると、ドゴッと音がした。
向こう側に音が抜けない。
「まさか……埋められた?」
手と足で空間をなぞれば縦長の六角形。
色々と思いつくものはあるのだが、この場合。
「棺桶かよ……まだ死んでねえぞ」
穿き慣れたカーゴパンツのポケットを探ってもライトなんてない。
こんな閉鎖空間で火を使うのは嫌だが、仕方ない。
パチッと指を鳴らし、その先にライター程度の小さな火を灯す。
ぼんやりとだが視界が確保された。
まずは自分の体を見る。
赤く染まった服とズボン。
明らかに大怪我をしたと言える量の出血があったことが分かる。
背中には柔らかい感触。
引きずり出してみれば、久しぶりに着た白い修道服のような形状のローブ。
レイシス家のシンボルとも言えるこのローブは、できれば着たくないものだ。
しかしなにぶんこれは着ているだけで様々な補助効果があるため、特注で作ってもらったのだ。
とりあえずこれは置いて、隣を見る。
目に入ってきたのは緑色の髪と安らかに眠る顔。
服装を見ればキャミソールと短パン。
何かと白き乙女所属の女子は短パンが多い。
「カスミ、起きろ」
「ぅ……うん?」
「よお」
「え、あ? え、きゃああああああああっ!?」
起きたら目の前にある意味危険人物が。
それで冷静でいられるか? 否だ。
「叫ぶな! 耳が痛い!」
すると今度は拳が飛んできた。
顔面に狂いなく突き刺さる。
「ふごっ」
「なんなんですか!? 何の嫌がらせですか!? 起きたら目の前にレイズがいるなんて! しかもこんな閉鎖空間に二人きりなんてっ」
「カスミ、カスミ! ちょっとその手ごぁっ、止め!」
狭い空間で思い切り体を曲げて回避。
そのまま抜けた拳が棺桶の壁? を叩く。
角の部分からミシィと嫌な軋む音が響く。
「この変態! 女の子には見境なく手を出す色欲悪魔!」
「否定できないけど今そういうときじゃないだろ!」
両手を押さえつけ、頭突きを喰らわせる。
「うぐっ、つぅぅ……ひぃっ!」
「…………」
無言で睨みつけていると、足の方からちょろちょろと水音が。
「…………」
「…………マジか」
先ほどの一撃が効いたのか、棺桶の接合部が開き、そこから水が流れ込んでくる。
しかも臭いからして海水だ。
音が抜けなかったのは埋められたのではなく、沈められたからだった。
さらにこれだけの空気がありながらも浮かばないという事はそれなりの深海。
このまま棺桶が水圧で崩壊したら、そのまま押し潰されて深海で二人仲良く眠りにつくことになる。
「あー……どうしようか」
「どうしようかって、そこをどうにかするのがレイズでしょ?」
「…………」
「どうにもできない……なんてことは……」
「俺だけなら転移で海面まで抜けられる」
「見捨てる気?」
「いいや? お前が抱かれるのを嫌がらないなら連れていくが」
「最っ低なやつ」
「いやそういう意味じゃねえよ!」
「じゃあどういう」
「俺の転移は触れてなけりゃできないから、しっかりと摑まってろという意味でだな……」
そう言われるとカスミはかなり嫌な顔をしながら、レイズの背に手を回してしっかりと抱き付いた。
若干締め付ける力に悪意が籠っているのは仕方ないだろう。
「それじゃ、行くぞ」
「…………」
より一層ぎゅぅっっっっと万力のように締め付ける力が強まった。
レイズは転移先をイメージしつつ魔法を組み上げる。
それと同時に棺桶に彫り込まれた魔封じの印が魔力を吸引して光りはじめる。
だがレイズの魔力総量は一般人と比べれば破格の量だ。
通常の吸引では追いつかない。
力技で妨害を跳ね除けて転移魔法を完成させ、発動する。
一瞬だけ無重力間に包まれ、そしてバシュッという音が聞こえた途端に海水に包まれた。
「ごぼぉっ!?」
海面まではまだまだ距離がある。
転移ができない理由はすぐに分かった。
機雷のように、プカプカと海中に浮遊しているジャマーのせいだ。
確実に海面かそれより上に出るとばかり思っていたカスミは、いきなりの海水と水圧にパニック状態になっていた。手足をばたつかせて無意味な抵抗を繰り返し、レイズは離すまいと余計に力を加えて更なるパニックへと。
(こうなりゃあいつのを真似するか)
レイズはしっかりとカスミの体を抱きしめながら、爆破魔法をイメージする。
発動座標は自分の足元から円錐形に真上方向。
ボゴンッと鈍い音を発して、無意識に展開している障壁に圧が当たって押し上げられる。
二度、三度と繰り返してどんどん浮上し、何度目かで障壁が砕け散った。
(あいつはこれを障壁なしで、か。俺には到底できないことだな)
そして海面に顔を出した時には服がボロボロで両脚に痺れを感じていた。
カスミは相変わらずジタバタと暴れているが、
「おい、もう出たぞ」
「……………………え?」
ようやく大人しくなった。
次はなんとか上がれる場所を探さなくてはならない。
まだまだ寒いこの季節、ガリガリ体温が削られていく。
次いでに言うと溺れかけもしたのだから早く休んだ方が精神的にもいい。
だが周りを見回しても陸地はどこにもない。
一瞬、転移先の座標入力が狂ったか? とも思ったが、それはないなと切り替える。
ならば陸地が消えたと考えることになるのだが……。
「なんであんなに木が浮いてるんだ……?」
すぐにそれ以外はないことに気付く。
思えばスコールと戦略級魔法士がぶつかっていたではないか。
戦略級は大規模な魔法を扱える、それは広範囲に亘って天候を操作したり、大陸プレートを震わせて地震を起こしたり、海面を陥没・隆起させて津波を起こしたりとほぼ災害を起こすものだ。
そしてスコールは相手の魔法を奪いつつ、一部を除いて誰が犠牲になろうとも構わずに破壊行動を行う。
例えそれが一つの街を滅ぼすことであっても、だ。
「カスミ、とりあえず適当な木まで泳ぐぞ」
「はいはい……」
泳ぎ始めてすぐ、カスミは体を直接撫でる水に違和感を覚えて肌を触った。
キャミソールがない。
もともと二本の紐で肩から掛けるもので、結構長い間使っていたこともあるのだろう、先の爆発の衝撃でつなぎ目が切れてそのまま海の中に流れてしまったようだ。
数十メートルを泳ぎ、レイズが木の上に上がり手を伸ばしてくる。
「どうした?」
「いや……その……」
「早くしろ。風邪ひくぞ」
「そうじゃなくて……」
レイズの目が身体に行く。
そこにあるはずの服がなくなっていることに気付いた。
「俺のシャツかローブ、どっちか被ってろ」
そう言って無理やり引きずり上げた。
「ちょっ、待って!!」
「イチイチ見られる程度で騒ぐな」
「この変態!」
そして数分後、流木の上にえぐえぐと泣く声がしばらくの間響いていた。
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「やめなさい白月!」
「うわあああああああああああっ!」
激しい空中戦が繰り広げられていた。
レイズが傷つけられた。それだけで暴走状態に陥った白月が周囲にムチャクチャに破壊行動をしているのだ。それを止めるために紅月は愛用の盾で受け止め続け、杖の上に器用に立っているネーベルは余波を打ち消す魔法を放っている。
白月の行き過ぎた過剰な思いは、以前から誰にも止められない刃になる可能性は十分にあった。
「紅! ここは僕が受け持つから、君は一旦下がって!」
「無茶です。白月の力は魔法を打ち消します」
「そんなのは分かってるよ! だから次元の狭間に引きずり込んで落ち着くまで僕が相手をしてやるって言うんだ」
ネーベルの作戦は”あくまで”蒼月に条件発動型の精神干渉魔法を仕込んでスコールにぶつけ、その戦いの中で”スコールに対して”洗脳魔法を行使することだった。
まともにやりあったところでスコールは殺せない。
そもそも殺すのが目的ではなく、考え方を強制的に変えさせるのが目的だ。
スコールは人の感情・好意には気づきにくい、気づいたとしても無視するのだが、強い思いであれば相応の受け答えはする。それを利用して、スコールに恋心を持つ蒼月をぶつけた。そんな思いがなければスコールは操られるほどの弱い味方ならば必要ないと排除しただろう、だが特別な感情に気付いていた。だから排除されないし、今だけは弱体化しているからうまくいくだろうと踏んでいた。
だが予想外のことがあった。
レイズとカスミの介入だ。
それをスコールが撃破してしまったが故に暴走状態の白月まで呼び寄せることになり、対応不可能な戦力で予定が狂った。万全のスコールならばある程度の対応ができ、その間にネーベルが抑え込めただろう。
だがそれが出来なかった。
白月がスコールに至近距離で放った過剰な攻撃に、ギリギリで真上から紅月が割り込んだが、それでも大陸を余裕で消し飛ばせる威力だった。
巻き込まれたスコールと蒼月は一瞬にして消え去った。
魔法による探知にすら引っかからない。完全にこの世界からいなくなった。
予定が狂い過ぎだ。最後の戦いに不可欠な切り札が一気になくなった。
すべてが終わった後で、本当の世界に帰還する術が消え去った。
「紅!」
「うっ……まだ、まだやれます! あなたに任せる前に削れるだけ削ります!」
一撃ごとに盾にヒビが入る。
盾の裏に張り付けた補助具により多重障壁と自動修復が展開されているのも関わらず、衝撃が突き抜けてくる。
このままでは鞘に納めたままのロングソードを開放しなくてはならない。
白き乙女の戦略級同士がぶつかることは今までも幾度となくあった。
その時は単なる低級なキャットファイトであったり、仕事で仕方なくであったりなど、力を抑えたぶつかり合いだった。
だがこれは本気のぶつかり合いになりそうだ。そうなれば星の半球が人も亜人も魔物も住めないほどに荒廃するだろう。
そこまでならないように、ある程度まで力を削り取ったらネーベルに託す。
「もういいよ、後は僕が受け持つ。君たちの武具は壊れたら替えがないんだから」
「しかし、あなたが死んでは」
「優先順位を考えろ! 現状の一番はレイズだ、その次は君たち月姫で僕はもっと下だ」
「でもそれでは」
「感情論を出すな。何が必要で、何が不必要か、それだけで十分だよ」
ガツンッ! と白月の一撃を受け止め、余波で海面に大きな波紋が生まれる。
綺麗な赤い髪が千切れ飛ぶ。
「後は僕が」
紅月の前に割り込んだネーベルが素早く詠唱を済ませる。
場が歪み、紅月が弾かれ白月は引き寄せられ、ネーベルともども歪みの中に消えた。
「頼みますよ、大切な仲間を」
しばらくその場にとどまり、そして紅月は飛び去った。
飛行魔法は補助具なしでも継続して維持できる。




