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第五十三話 - 隔離空間 〉〉 譲れない戦い・操られた淡い想い

 霧の魔術師。

 その異名を持つ青年は、ゆっくりと余裕をもって杖を天に掲げた。


「君と本気でやりあって勝てるなんて思ってないよ。でもね、今の君は一定周期の負の領域にある。今だけは、月に数日の今だけは君の切り札である魔力制御の直接干渉が使えない。だから、ここで終わらせる!」


 得意とする戦法は、霧を発生させ、相手を自分の領域に閉じ込めた上での飽和攻撃。

 万能型の魔法士でもあり、ランク抜きで見ていけばすべての系統の魔法を扱える天才。

 穏やかな口調に反して内面はひねくれた悪魔と言える。

 目的・目標のためとあらば味方でさえも洗脳用の魔法で操り、道具として扱うのだから


「…………」


 対するスコールは目を閉じて、無言で構えもしなかった。

 見えないのだから視覚は遮断していい。

 構えたのならより有利な攻撃の仕方を教えてしまうから構えなくていい。

 霧の領域にはすでに複数の魔法が展開されている。

 霧を閉じ込める障壁、そのすぐ内側に接触起爆型の水弾、そこらじゅうに幻獣。

 召喚獣と違うところは己の魔力だけで作り出すゴーレムといったところか。

 普段のスコールならば一気にスティールとリリースを行って形成を覆すことができただろう。

 だが忘れていた。

 相反する力を何の代償もなく使える訳がなく、その代償が一定周期で現れることも。

 魔力への干渉ができない、神力による相殺も今だけは不可能。

 実力だけの勝負になるが、これでは一般人対魔法士の構図だ。

 碌に戦闘訓練に出ていなかったことを変なときに後悔することもある。


「ああ、そうだ。一つ言っておくことがあるよ。君がテンパスの術を使ったら自動的に天体制御魔法が発動されるから」


 霧の中、全方位からハウリングした声が響く。


「慣性によって地球表面の地殻を丸ごと剥離させたら、いくら白き乙女でも抗う術なく潰れるだろうね。いくら本当の世界にいるものたちに影響がないとはいえ、君は失えないだろう? 虚構の世界とはいえ、外から接続しているものもたくさんいるのだから。ここで死ねば、転生も何もなく存在すら消失するのだから」


 笑い声も何もない。

 ただただ真っ白な忌々しい霧の中から事務的に、淡々と言い放たれた。

 目的のためならば、関係のないものたちはどうなっても構わない。


「さあ、諦めなよ、今の君なら対抗する手段がないことくらい分かるだろう?」

「答え、分かって言ってるな」

「うん、分かってるさ。だから別の手も用意している。だけどまあ、一応聞いておこう。どうするんだい?」

「……………………」

「そうか……ざんね、ん? あれ? ちょっと何を」


 急速に風が吹き込んだ。

 音は無いが、不可視の衝撃がネーベルの魔法を砕いたことが分かる。

 視界が晴れ渡り、外が見える。

 いつの間にか、またも空間の隔離が行われたらしく世界が黒一色に染まっていた。

 丸い大地ではなく、どこまでも無限に続くシリコンウェハーのように一切の起伏がない地。

 黒い空と黒い大地の境目に幽かな白色が見える程度か。


「レイズの空間創造を模倣したか」

「うんうん、そうだよ。さすがにプロセスは分からなかったから、結果げんしょうから逆算して見かけだけのものをね。と、それより何をした」

「何も?」


 スコールは手を肩の高さにまで上げてさぁっ? と、自分も分からないと。

 統一された黒の中で二人の肌の色と砂色の軍服が目立つ。

 見渡す限り黒一色で何もない。

 何もないが揺れている。

 外側から強力な魔法で叩かれているかのように、その揺れは物理的なモノではなかった。


「……なんだいこれ? どこかの誰かさんが僕の魔法を力技で押し破ろうというのかい。もしそうだというのなら、慣性のように内部まで効果を及ぼしても、硬い外枠までは壊せないよ」

「ネーベル、お前心当たりは?」

「ないね。今回は君を倒すためだけに向こうの厄介ごとは全部押し付けてきたからね。できればセーレたちを連れてきたかったところだけど、生憎の生理だとか。無理やり戦わせるのもさすがに可愛そうだし」

「無駄話はいらん。本当に心当たりは?」

「う~ん……あると言えばあるかなー」

「何をした」

「何って、君を倒すために蒼月を操っていることだけど? それが?」


 遥か遠く、黒に白い亀裂が入った。

 それは触手を伸ばすようにどんどん範囲を広げ、空間を仕切る魔法に干渉していく。


「……ちょっとどころじゃないくらいに不味いね。これ、僕の引き寄せた因果じゃなくて君のだよ」

「はっ?」


 黒い空間に真っ白に輝く剣が突き込まれた。

 引き抜かれたその穴には赤い瞳が。


「あー……さすがに怒るよね、うん」

「白か……」

「大好きなレイズを殺したスコール。それだけあればキレるには十分、ちょうどいいから使わせてもらおうか。おいで、破壊者」


 パチッと指が鳴らされると、黒が消え、凄まじい速度で白月が突っ込んできた。

 その顔はいつものように少しぽけーっとしたものではなく、明確な殺意を含み凛とした顔だ。

 白い髪はふわりと浮いて、その隙間にはバチバチと白い閃光が弾けている。

 白月がスコールの前にトンっと足を付くと、片手に持った剣を両手で持ち、横に思い切り薙いだ。

 空に飛び上がって見えない斬撃を躱すネーベル、スコールはその場に伏せた。

 剣の延長に生み出された斬撃は空振りで終わることがなかった。そのまま黒い世界の端まで届き、内側から空間を食い破って外を、待機していた魔狼を巻き込みながら、根こそぎ木々を薙ぎ払って空の彼方へと吹き飛ばす。


「よくもレイズ様を!」

「白、あいつは死んでないぞ、つか、死なない、殺せない」

「関係ない。傷つけただけで許せないんだから!」


 ネーベルが作りだした空間が崩れ、空から再び光が降り注ぐ。

 見上げれば杖を横に倒し、その上で器用にバランスを取りながら飛行するネーベル。

 その傍らには蒼い鎧を着た天使が。

 背中にあるのは純白の一対の翼。頭の上には光る輪があり、双剣を手にしている。

 何よりも兜から流れ出る先端だけが青い白髪が蒼月であることを示している。

 それを見てスコールは、継戦の意思を放棄した。

 ネーベルが言った別の手とやらも見当がつく。


「勝ち目ねえわ」


 白月の次の一撃をわざと腕で受け止め、斬り飛ばされる。

 体にかかる負担は計り知れないが、走って逃げるよりも速い。

 こんなのと戦ったら万全の状態でも勝ち目がない。

 それは分かりきっている。

 ネーベル単体、白月単体、蒼月単体であればどうにかこうにか悪くても引き分けに持ち込めるが、神力使いの白月と天使としての力が戻った蒼月。

 この二人とは相性が果てしなく悪い。

 魔力を扱う相手ならという前提条件の元でほとんどの相手に勝てる。

 神力を扱う相手ならば確実に保有量で拮抗し、実力で押し切られて負けてしまう。

 魔力や神力、それに関する能力を省いてしまえば、スコールの戦闘能力はゲリラ戦で発揮される程度。

 真っ向きってのぶつかり合いでは弱い。


「蒼月、スコールを仕留めてくれ」

「……はい」


 その声に抑揚は無い。

 その顔に感情は無い。

 その意思は自分のものであるが、抑えが完全に消し去られている。

 その意思は彼女のものであって、そうでなかった。

 ほぼ一瞬。

 消えたと分かった時にはスコールは斬撃を受けていた。


「……洗脳ね」


 腕に仕込んだプロテクターから火花が散る。

 着地前にさらに一撃受け、運動エネルギーが加算されたためにより遠くへと飛ぶ。

 進行方向に背を向け、迫ってくる蒼月に穴の穿たれた補助具を向ける。

 演算中枢は完全に砕け散っているが、照準には使える。

 安定しない照星の先に蒼月の姿を捉え、引き金を引く。

 もう魔法は撃ち出されない。代わりに撃ち出されるのは圧縮された神力の弾丸。

 身体に刻み込んだ「銃は引き金を引けば弾が出る」というイメージをそのまま使って、弾丸を神力に置き換えただけ。

 弾丸が弾き飛ばした兜の下、その顔はただ無表情に見据えながらも頬を赤くしていた。

 だがそんなことには構わず額に照星を合わせて撃った。


「あっ」


 蒼月の姿が一瞬ぶれて、消えた。

 極度の緊張状態で思考速度が上昇していたのが幸いしたか、それが神術を使った高速移動であることは分かった。

 移動したであろう方向に目を向けると高速で迫る蒼月。

 再び銃口を向け、狙いを定めて撃つが、貫いたのは残像。

 そして二射目は狙いを定められない。

 神速、というほどではない。

 せいぜい時速一五〇キロかそこら。

 スコールの視界には実像と虚像とが重なり合っていた。


「ここまでか……」


 残像の原因は簡単だ。

 加速、減速、方向ベクトルの転換を次々に行うことで、注視している者の目に残像を作りだしている。

 身体の動き自体を神力によりブーストで始めることで、初動のタイムラグをなくし一気にトップスピードへ。

 そして即座に翼で急減速を掛けつつ方向を変える。

 だがこれは、術者の体にムチャクチャな慣性をかけ、体の内側からぼろぼろにしていくようなもの。

 使い続ければ身を滅ぼす。

 しかし、そんなものはすぐに修復して無いものにしてしまえば気にすることは無い。

 こんなことを白き乙女の者たちは補助具と魔法を使って平然とこなしていた。

 だからこそ、少数で敵地に殴り込みをかけられる。

 だからこそ、PMSCという軍事請負会社ながら国に恐れられていた。


「はぁ……」


 勝ち目がない。

 このままだと障害物にぶち当たって死ぬか、地面か海面に擦り付けられてなんだか分からないナニかになるだろう。

 それか、そうなる前に斬り刻まれるか。

 なんにせよ、”ただの人間”が一秒以上生きていること自体がおかしいと言える戦い。

 勝てないのなら諦めろ。

 どうせ逃げられないのだから。


「終わった……」


 視界に白い閃光が走る。

 真横に相対速度ゼロで白月が合わせてきた。

 ロングソードを構えなんの躊躇いもなく横に薙いだ。

 スコールの真横から放たれた一撃、真横に真上から振り下ろされた一撃。


 その二撃は過剰すぎる威力で、扇状にをも消し飛ばした。


 後に残ったのは海水が流れ込み始めた、元陸地。

 大陸ごと薙ぎ払われたようだ。

 そこにあったモノはどうなった?

 もう分からないだろう。

 星の自転が狂う、そんなことには幸いなっていない。

 ネーベルの魔法はある程度その辺までならカバーできるから。


 ---


 数刻前。


「ねっ、酷いと思わない? だから私はスコールに少しでもいいから女の子として見てもらいたいの」

「……えっと、そんなことを僕に相談されても困るんだけど」


 表向きは如何わしいお店、娼館。

 裏向きはPMCファラスメーネの地下基地でもある場所で蒼月とネーベルの声が響いていた。

 壁に八〇インチの大型テレビが設置された談話所の隅でどうにも回答困る質問を投げられている。

 周りでそれを見物している社員たちは単なる痴話喧嘩なのか、行き過ぎた恋愛相談なのかと思って完全に無視している。

 他人の恋路に手を突っ込んで黒焦げにされたくはないらしい。


「だってスコールと付き合いが長いのってあなたかレイズくらいでしょ? だから少しくらいアドバイスを……」


 だんだん最後の方は顔を若干赤くしながら声をごにょごにょとフェードアウトさせていった。


「それもう何回目になるんだか……」

「ぅー……」


 呻きながらぱたんっとテーブルに突っ伏す。

 衝撃で置かれている飲み物のカップが揺れる。


「いいかい? もう一度言うけどね、スコールは鈍感とかそういうんじゃなくて分かった上で完全無視を決め込むようなやつだよ? それで今までも何人かに同じような相談を僕は受けたんだ。他人の恋の相談ばかりされる僕の身にもなってよ。そもそも碌なアドバイスはない。今のうちに諦めたほうがいいとしか言いようがないよ……諦めきれなくて泣き寝入りした子も何人かいたし」


 相談を受け始めてからもう何時間たっただろうか。

 テレビに目をやって、時間の表示がないのが分かると壁の掛け時計に目をやる。

 時刻はすでに夜中と言っていい。


「スコールって付き合ってる人がいるの?」

「うーん……」


 ネーベルが考え込み始めると、あの光景が脳裏にフラッシュバックした。

 あちら側の世界に行ったときの、レイズと鈴那によく似た白い天使。


「もしかして、天使とか」

「あー……天使ね。天使、天使、あるかもね。あいつ成り行きで助けるためにたくさんの天使と契約してるから。と言ってもほとんど勝手について行ったやつらのしつこさに負けたようなものだけど。ま、そのおかげでああして人間のくせして神力なんて扱えちゃってるんだけど」

「で、肝心なところっ」


 ぐいっと身を乗り出して顔を近づける。


「っと? 告白したのはいたけどそのすべてを、僕が知る限り全部拒否してる」


 ほ、っと胸を撫で下ろして引っ込む。

 意外な事実があったが、今はそちらに思考が回っていない。


「僕から三つ聞いていいかな?」

「うん」

「君はなんでスコールが好きになったんだい? アレはどうみても性格が最悪なやつだよ。見た目もいいとは言えないし、周りを惹きつけるだけのカリスマ的なものがある訳でもないないよ。考え方も重犯罪者並みに危ないよ、あいつ」


 言われてみればどこが好きか、なぜ好きか。

 具体的なものが出てこない。

 考えれば考えるほどに分からなく、思考が泥沼に沈んでいく。


「ううん。そのへん、よくわからない……」

「…………えっとねぇ、客観的に見てみよう。まずアイツは危ない人」

「……うん」


 そこはどうしようもない事実。

 何をしても変えられない部分。


「次に恋愛というものに興味がない。というか、女の子に反応しなさすぎ」

「……うん」


 それは先日の一件でよくわかっている。

 強制的に野獣になるような香り、薬物を吸い込んでも、性獣になるどころか別方向の野獣になっていた。

 もしかしたら、その辺の思考回路が第四版あたりで曲がった方向に書き換えられたか抹消されたか。


「人間関係で言えば不明瞭な点が多すぎるけど、見える部分は女の子が多い」

「そう……だね」


 例えばアイゼンヴォルフの隊員の中でも若い子に頼りにされていたし、暇があれば指導もしていた。

 寮生活をしてときでも、なんやかんやと髪の長い寮生に言い寄られていた。


「気に入らないことがあれば基本実力行使」

「…………」


 仕事柄そう言うことが多かったが、それを差し引いても否定できない。


「ああ、それとなんでもこなせるって言うすごい長所があるけど、差し引きすれば最終的に残るのはマイナスなんだよね。僕が思いつくところが少ないから参考にもならないだろうけどさ、ここまでを単純に知らない人として見て評価したらどうかな?」

「……………………」

「ま、出せないよね。好きっていう感情があるんなら無理か……。僕から見ればかなりいろんな意味で危ない朴念仁ってところだね。近づきたくないほどの」

「そうなの……かな? 結構優しいところもあると思うけど」

「あいつの優しさは機械的判断で弾きだされた、その場で最も効率的な答えだよ。利益がなければ誰も助けなんてしないさ。君の場合は、君がレイズとくっ付いてくれるとあいつの目的が達成しやすくなるから、だと思う。特許を護るために特許を取るみたいにさ、大事なものを護るために助けている、みたいなものだよ」


 カップのお茶を飲み、ふぅっと一息つく。

 ネーベルとしても「常識的に見て誰も寄り付かないはずなのになんであんなに人が寄ってくる?」という考えしかない。

 どうみても、戦力としては大抵の者から必要とされるが、人間として見ればハイスペックだけどデメリットが大きすぎる。


「二つ目。なんであいつに女の子として見てもらいたいんだい?」

「そう見てもらえたら……ずっと、一緒にいてくれるかなぁ……なんて」

「分かるよね? さっきの理由からそれは無意味だ」

「むぅ~~…………」


 またもぱたんっとテーブルに突っ伏した。


「三つ目。君の位階は?」

「位階?」

「…………えっ? それ大事な事なのに思い出してないの? いや、いい。聞いた意味がないや。翼と天使の輪(エンジェル・ハイロゥ)を出してみて」

「……どうやったらいいの?」

「そこからぁ…………はぁ。魔力の方は考えないで、今の君の中にはもう一つ力が感じられるだろう?」

「うん」

「それが神力。体の外側に押し出すようにイメージして。それでいけるはず」


 蒼月が目を閉じて、むむむぅと頑張っている間にネーベルも思いつく限り恋についてリストアップする。

 何かヒントでもあればと思ってのことだ。


 一緒にいると安心できるから?

 精神的な支えになってくれるから?

 自分にないものを持っているから?

 昔の思い出と重ね合わせているから?

 自分を助けてくれるから?

 その相手に尽くしたいと思うから?

 自分と似ていると思うから?

 何かを恐れているから?

 気遣ってくれるから?

 無理に迫ってこないから?

 単純に甘えん坊だから?

 まさか依存体質だから?


 考えていくとどんどん出て来るが、どれもこれも当て嵌まりそうにない。

 そもそも一緒にいるだけでいろんな組織から命を狙われるし、ストレスが溜まるだろ、そう思う。

 そんなことを思っている間に、蒼月は天使の証でもある光の輪と翼を顕現させていた。

 決して大きいとは言えない二枚の翼と控えめな輪っか。

 周りで見ていた社員たちは最初こそ驚きはしなかった。背中に翼を持つ有翼の亜人は竜族をはじめとして多数存在するからだ。だが頭の上にあるモノを見るとざわめき始めた。


「見た感じ第九位の下っ端天使かな?」

「それって最下位の……」

「いいや、一応下から二番目?」

「下はいないはず」

「うんまあ、形だけだから第十位のグレゴリーなんて。でも第九位エンジェルか……守護、専属、導き……いやまさかね、また繰り返すのか」

「繰り返す?」

「いやこっちの話。悪いけど追加で質問良いかな?」

「うん、いいよ」


 そしてネーベルはいくつかの簡単な質問をした。

 マニュアル通りの精神鑑定用のもの。

 なんたら依存症などでよく使われるテンプレート通りの質問を三〇問ほどすると、ネーベルは目元を押さえて上を向いた。

 ああ、やっぱり。そんな感想が聞こえてきそうな様子だ。


「依存癖……ある?」


 そう聞かれて、


「そんなものは……」


 否定しようとして、少し考えると否定できない部分があることに気付く。

 反論の言葉は出て来ることは無く、うつむきながら顔を逸らした。


「依存が悪いって言ってるんじゃないよ。依存しないやつばっかりだと世の中回らないからね」


 指先に桃色や銀色の魔法弾を作り、くるくる回しながらネーベルは言う。


「あいつ、無理やり迫ってくることはないし、置いて行くことも……いや、これはあるか。まあ、依存するのはちょうどいいと思うよ」

「そう?」

「まあ、機械みたいだとかいう感想はあったけど、基本的に求めた分だけには相応の答え方をしてくれるし、最悪な答え方はしないからね」

「求めた分だけ……」

「問題はそこ。付き合ってください、なんていう方向のだけは間違いなく拒絶だ。はっきりと言ったところで分かってもらえない。あいつにはその辺の感情がないからね」

「感情がないって、どういう……?」

「あのバカはねぇ、自己暗示が得意でそれ使って自分の感情を押さえつけてるんだよ。単独で行動するには邪魔だからの一言で。だから相手を必要とする、誰かに必要とされたいって恋愛関係の部分はほぼ抑圧してる」

「じゃあ、いつもスコールが見せてるのは?」

「記憶した経験を分析して、状況に合わせて最適解を導き出しているに過ぎない」

「つまり?」

「経験したことがないならば、それには滅法弱いか、まったく反応しないかのどちらか。もしくは思考放棄か」

「気づいてもらうには、私、どうしたらいいの……」

「積極的になるってのは……意味ないか」


 話が煮詰まってきた。

 結論は本当に打つ手無しで諦めるか、それとも玉砕を前提にアタックしてみるか。

 そう考えていると、ネーベルがくるくると回していた魔法弾がぼわっと燃え上がった。

 ロウソクの火が少し大きくなった程度までに拡大された魔法の火は、その中にレイズを映していた。


『なんだよ夜遅くに』


 通信用の魔法だ。

 これは精神をリンクさせるものではなく、空間的に近づけるもの。


「ちょっといいかな?」

『手短に頼む。白月に襲われて今動け、ない、か、ら』

「なんだい……やってる途中かい」


 火の中に映る映像をズームアウトすれば確かに、ベッドに縛り付けられたレイズとその上に跨る白月が。

 それを見た二人には、何人とも関係を持つって……という感想が浮かんでいた。


『どうでいいだろ、それよりなんのようだ』


 向こうからは蒼月がいるのが見えていないようだ。


「いやね、スコールと蒼月のことについてだけど」

『ああ、スコールの方は殺してくれないか? チョコレート渡したらお返しが顔面唐辛子な最低野郎だぞ。告白して振られて引き籠もるとかいうのにはなってほしくない』

「そういうところは言わなくていいから」


 隣で聞いていた蒼月の顔は若干引いていた。

 まさかそこまでやるか? と。


「それより、蒼月はスコールのことが好きらしいけど、自分の思いがよくわからないって」

『好き、ね…………』


 どこか複雑な感情が混ざった声で言う。


『最初に会った時もスコールの作戦で蒼を助けることになったからな。ま、それはありだろ。そんで、よくわからないってのはそうだろ。でもな、好きかどうかも分からないなら守護天使の契約なんて申し出ないだろ、気持ちに悩んでる暇があったら行動しろ。恋なんて我儘のぶつけ合いだろ? 白みたいに我儘を全力で俺にぶつけて、俺も俺で答える。それで幸せならいいだろ?』

「なんか、あんまり参考にならないんだけど」

『恋なんて人それぞれ。正解はどこにないし存在しない』

「ありきたりな答えをありがとう、この役立たずのハーレム野郎」

『それ酷くない!? 俺だって今だってやってるけど、これ強制だからね!? すっからかんになっても夜明けまで搾り取られるこの地獄を』

「うるさい」


 一喝のもと、黙らせる。

 ある意味アレなことは聞きたくもない。


「とりあえずさ、スコールの態度を変える方法はないかな?」

『…………あるぞ。少し前に紅い月が昇ったから、今のあいつは不安定だ。そこを狙って洗脳用の魔法で感情を解き放ってやれ』

「他は?」

『あーそうだな、あいつが気にかけてる子がいたんだが――づぅっ!! ちょ、いたぁっ!? やめっ、白やめぇぇっ!!』

「激痛で昇天するまえに教えやがれこの腐れハーレムチート家出貴族」

『お、折れるっ、手を離せ! 肋骨が、ろっこぉぉああああっ!!』

「おーい」

『れ、れいにぎげぇぇ』


 それきりブツンと通信が切れた。

 なにやら思い切り抱き付かれて腹部からミシミシとプレス機で押し潰される途中のような音が聞こえた気がしたが、聞こえていない。そういうことにしておいた方がいい。


「レイはどこにいる?」

「たぶん、今私が泊まってる部屋に」

「そうかい。なら、今から聞きに行くといいよ。僕はウェイルンを締め上げに行くから」

「あ……」

「どうしたんだい?」

「えっとー……スコールに水をかけられて体調崩してるよ?」

「うん、尚更都合がいい。媚薬入りの紅茶なんか飲ませたツケは大きいよ」


 ネーベルはお茶が入っていたカップをその場で焼却すると、席を立って通路の先に消える。


「さあ、スコールを倒すために役に立ってもらおうか」


 誰にも見えない場所で邪悪な笑みを浮かべて足を進めていった。

 その手の中には着々と組み上げられていく、複雑な洗脳用の魔法がチラリと見えた。

 淡い桃色の光を放つ、危険な危険な魔法が……。

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