第五十二話 - ブルグント南東部 〉〉 戦略級魔法士たちの激突
「契約に従い顕現せよ!」
宝石が淡い光を放ち、ジャマーの騒音を上塗りするほどの魔力的な雑音を散らす。
爆発的に魔力があふれ出し、形を作っていく。
大きな曲がった嘴。
金色に輝く翼。
獅子の下半身。
六メートルを超える巨大な化け物。
「グリフィンか」
召喚獣だ。
一口に召喚獣と言っても様々だが、これは魔物を従える召喚だ。
召喚魔法と精神干渉魔法で強迫観念を埋め込みつつ強制的に従わせる服従の魔法。
強力な魔物ほど従わせるのが困難になり、下手をすれば召喚者自身がその場で食われることすらもある。
だがそれほどのものを使役できるのならば戦況を覆すことだってできる――というのが定説。
「魔狼各員、明日の飯は白湯スープでどうだ」
「グリフォンを煮込むんですかい……なんとも不味そうだ」
「いっそ焼き鳥にしましょうよ。下はスパイスたっぷりのステーキにでも」
「いやいや、からっと香ばしく揚げたから揚げなんてのもいいんじゃないか」
ここにいるのはそう言った定説の外側にいるものたち。
「まあいいか、そっちが召喚を使ったんだ。こちらも使わせてもらおうか」
スコールが白い宝石を掲げる。
「内なる真名はレキエル。誠実なる天の御使いよ」
……………………。
なにも起こらない。
ドカッと降り立ったグリフォンがドゥの命令を待ち続けるのみ。
「契約不成立……?」
誰かがぽつりと漏らした。
スコールは再び宝石を掲げる。
「内なる真名はラグエル。光に反する御使いよ」
……………………。
…………。
またもなにも起こらなかった。
ドゥの召喚による影響で使えない、そんなことはない。
原因があるとすれば契約期間が切れたか、相手が呼び出しを拒絶したか、その他の原因なのだが。
「はったりか、お前?」
ドゥにそんなことを言われ、白い宝石をポケットにしまうと腕を組んでしばし黙った。
契約を行うほかに、供物として召喚石を使う事でも喚び出すことは可能だ。
ならばこの供物である白い宝石が不良品なのか?
しかしそれはありえないと首を振る。
なにせ自分の神力を圧縮して作り出したのだから悪いものではないはずだ。
「……まさかな。おいステップ、フェンリル以外の男どもはどこに行ってる?」
「全員出払ってる。睦月のとこもいないし閏月の悪魔連中もいない。ついでに天使たちも異世界で何かやるって言っていた」
「そういう原因か……」
男女比率が偏り過ぎだとはいつも思う。
だが仕方がない。
はぁ、とため息をつく。
「フィー、久しぶりの外だ。怖いかもしれないが出て来い」
スコールの背に神力が集い、光の粒子が舞う。
そして、唐突にぶわぁっと溢れ出したそれが人の形を作っていく。
肩甲骨のあたりまで伸びた金色の髪。
細身の体に整った顔立ち。大きな目の中にある真ん丸の瞳は蒼に近いかもしれない青。
小柄な女性だ。
もしくは気弱そうな少女と言ってもいいかもしれない。
ただ……胸元は詰め物を入れているのを疑いたいほどに豊満な二つの膨らみが。
そこから足先までをすらりと覆い隠す白い衣が体のラインを隠しきれていない。
周囲の狼たちから「でけぇ」とか「あのスコールに女がいたとは」とかなんとかと漏れ、白い顔が瞬く間に赤く染まっていく。
「あ、あの……」
「戦わなくていい、後ろにいろ。それとテメェら余計な事言ったら逆さ吊りにするぞ」
一般的に召喚獣――魔物だろうが人だろうが生き物全般――を呼び出したなら矢面に立たせて戦わせる。
後方に置くとすれば支援系、微弱な精霊だけだ。
この場合は一応”元第九位の天使”であり、諸事情により人間恐怖症とも言える症状を患っている。
かくいうその原因の一つは、ここにいるスコールが関わっている。
敵と見れば容赦なく殲滅がモットー。そんな怪物並みの人間を離れて数周して何度目かの人間になっている化け物、人では敵う訳がない天使であっても余裕綽々で恐怖のどん底に突き落としたために……。
「さて、魔狼対魔鳥で暴れさせてこっちはこっちで撃ち合おうか」
ドゥがギリっと奥歯を噛む。
質で勝って数で負けている。
ならば数を減らして最大の脅威を先に片づけたほうがいい。
「いいだろう……人型召喚獣は最弱だ。勝てるなんて思うな」
互いの構えは一瞬。
上空で鳥に群がる羽虫のように、飛び立ったグリフォンに狼たちが食い掛かる。
地上では省略した詠唱でEランク魔法……基本的に御上の許可がない限りは禁術指定で使用を制限されるものが発動される。
「――顕現せし原初の真人よ」
「エル・コラプス」
わざわざスコールは、ドゥの詠唱終了に合わせて詠唱を完了した。
イメージで魔力を操り、望む状態を、現象改変を起こすのか。それとも詠唱を用いて予め決められた通りに世界を欺いていくのか。
イメージならば自身の能力次第でどんなことでもできる。
詠唱ならば確実な効果を得られる。
一長一短。そして戦闘であれば、補助具がないならば途中で妨害されづらい詠唱を用いたほうが良い。
「終わりだ!」
ドゥが叫び、放たれるは重油のように粘ついた砲撃。触れたものを、あらゆるものを腐食させて塵へと変えてしまう魔法。
対するスコールからは腕を突き出し、そこから光の槍とでもいうべき攻撃を射出。
だが、どぷんっと槍は呑まれてしまう。しかしそれで真っ黒な砲撃が急速にズームアウトするように消えてしまう。
障害がなくなったところで再び。
「エル・コラプス」
背後に寄り添う元天使から光が溢れ、それがスコールを伝って魔を滅する一撃へと形を変える。
今度は槍などという規模ではなかった。
砲撃のような轟音はない。だが撃ちだされたのは直径一メートルの柱とでもいうべき、圧殺するかのような光の凶器。
ドゥが咄嗟に回避行動を取り、わずかに掠る程度に留めた。
だが……掠めただけなのに左腕が真っ黒になり、肘から先は消し飛んでいた。
衝撃波物理的なものに留まらず、戦略級に相応しい大量の魔力、そのほとんどをごっそりと削り取っている。
衝撃と急な魔力の消失で身体が揺れる。
脱力感に襲われてその場に崩れ落ち、膝立ちになってしまう。
魔力に慣れない者は魔力で体調を崩すが、慣れた者は失う事でも体調に異変をきたす。
「なぜ戦略級らしく広域殲滅用の魔法を使わない? あれが使えてこその戦略級だろう」
「中隊規模を消すために土地をダメにしたら割に合わん」
「出し惜しみで死ぬほうがダメだと思うがな。ま、うちのバカ上司を締め上げるために、さっさと姿を晦ませてくれ」
「…………?」
言っていることが分からない。
敵となれば、それも重要なポジションならば拿捕か殺害かするのが戦場でのルール。
「あんたを殺せばとあるPMCの社長が喜ぶからな。仕返しのために生かしてやる」
「……どういうことだ?」
「知るひつよ――チッ! フィー、契約解除」
前後左右上下。
全方向から魔力の波が来た。
地震の初期微動にも似た、魔法が到達するよりも先に到達する改変の波。
その場で柏手をパンっ! と鳴らし、白い光をまき散らすと同時、足元が大きく揺れ、横合いからプラズマの嵐が、空からは凍結した二酸化炭素や、酸素や窒素の雨が降り注ぎ、プラズマとぶつかって大爆発を引き起こす。
盛大に破壊された地形と舞い上がった砂礫で視界が封じられる。
「戦術級か?」
冷静に状況を把握する。
戦略級ならばこの程度で終わるはずがない。
それにブルグントの魔法士でも単独でこれだけの魔法を同時に扱える者は少なく、こんな場所に来ることはありない。ならば複数の戦術級魔法士に囲まれたとみるべきだ。
敵方の増援。
今の攻撃で魔狼のメンバーはそれぞれが勝手に離脱した気配がある。
背後の元天使も契約解除に伴い光の粒子になって体の中に消えている。
味方がおらず、敵は多数。
結局はいつも通りの無茶苦茶な戦闘になる。
「はぁ……めんどくさ」
砂礫が収まると、魔法による破壊で拓けた森に数人の姿が見えた。
治療を受けるドゥ。
それを護るように囲む若い魔法士たち。
いずれも十代だろうか。
ブルグントでは魔法の適性次第では学生でも前線に送られる。
「行くよ、一雫の大地」
ぴちょんと蛇口から一滴の水が落ちるような音が、やけに鮮明に響き渡る。
と、同時に朝日に照らされた世界が、星の煌めく夜へと変化する。
限定的な、世界を隔離する魔法。
現実を模倣して生み出された虚構の世界ならば、いくら大規模な魔法を使おうとも、物理的な形ではなんら現実への影響がない。
レイズも本当に本気を出すときはたまに使用する魔法だ。
これで世界を騙し過ぎて、元の形が分からないほどに壊す心配はなくなった。
スコールにとって有利な状態を敵が創り上げてくれてしまった。
「単独では戦えない雑魚の群れか……。ちょうどいい、世界を安定させるために纏めて消すか」
静かに言うと相手方の一人が一歩踏み出した。
「アハッ! バッカじゃねえのこいつ? 俺らに一人で勝てるなんて思ってやがるよ」
「調子に乗るな」
ドゥがこつんと叩く。
「あいつ、俺の腐食を消失させたぞ」
「マジですかい……」
図体の大きな魔法士が呟く。
数の差は六対一。
通常の戦闘ならばまず勝ち目のない戦闘だ。
だが、
「ごちゃごちゃ言ってないでさっさと来い。どうせ殺す気は満々なんだろ? 一人ずつなんて言わず、味方ごと貫く思いで纏めてかかってきな。そのほうが……手間が省ける」
至極面倒くさそうに言い放つと、数名の肩が震えた。
戦術級魔法士の自分たちを軽く見てバカにしている。
そんなやつは民間人だろうが容赦なく消し去ってやる、そんな様子だ。
「よくわかってんじゃん……」
「バカみたいなカモだね……」
「つっかかって来るってんなら歓迎しましょう……」
「戦闘開始っ!」
スコールの安い挑発? の言葉を買い取る形で先制の魔法攻撃が放たれた。
レーザーの如き速さで飛んでくる火焔を紙一重の差で躱し、ダイヤモンドすら切断する水流も躱す。
いくら速かろうが射出地点が術者の手の平というなんとも分かりやすい位置のために回避できた。
これが虚空からいきなりだったとしたら当たっていただろう。
そして、
「なんのつもりだ」
相手が放ったのが牽制としての意味で、動けば余裕で躱せる位置に撃ってきたのもあった。
「なんだぁ? 障壁すら展開してねえのか」
「いえ、使えないとみるべきでしょう。彼の体内の魔力はまったく制御されていません」
「むしろ暴走してるかな? 無意識の魔力障壁すらないよ」
スコールがどういった対応を行うかを見るための攻撃も兼ねていた。
かといってスコールも、本音を出せばカウンターがメインの戦闘方式のため、わざわざすぐに手の内を明かすようなことはしない。
「だからなんだ。魔法に頼り切りの雑魚ども」
昏い大地を蹴って走る。
何があっても、目的のためには勝ち続け、負けることは許されない。
だからどんな不条理でも乗り越える。
「踊り狂え、獣たち」
一人がナイフを投げた。
何の変哲もない、単なるナイフに黒い螺旋が巻き付く。
そして黒い球となり、弾けて飛び出すのは六六六本の狂気。
触れただけで神経の奥深くまで毒されそうな真っ黒なナニか。
全方位から迫る回避不能な攻撃に、スコールは神力の膜を纏って突き進む。
迫る黒い狂気が白い防護膜に絡め取られて打ち消される。
「何だアレ!? あんな魔法知らねえぞっ!」
「あれが最高難度のあらゆる魔法を消し去るという……?」
「あり得ない、ヤツの魔力は一切制御を受けていない!」
スコールがぼそりと詠唱した。
誰にも聞こえなかった詠唱は『神罰の刃』という、本来天使たちが扱うもの。
ほとんどあらゆる魔法に対して有利な攻撃であり、受け止めるならば数と質と、両方を大量に集めてぶつけるか、反対属性でぶつかるしか防ぐ手立てがない。
「さてぇ……神術の攻撃系統は使いたくなかったが……仕方ない」
「なんだってんだよその魔法はぁ!?」
恐れをあふれさせた表情で、二人の魔法士が魔法を放った。
地面から妙にチクチクする水が溢れ出し、瞬く間に歩きづらい泥沼に変わると、そこからニョキニョキと木が芽吹く。
「死海並みの塩分濃度に……マングローブ?」
ぼそりと言って前に向き直った時には、行く手を阻む木々と蔦が。
塩水が入り込んで重くなった靴を引き上げようとすれば、生き物のように絡みつく根。
ガサガサと風音がすれば、すでに視界を完全にふさぐ鬱蒼とした密林が出来上がっていた。
「動きと視界と音まで遮って……しかも導電性のいい高濃度の塩水となれば……」
すぐに足元に手を突っ込み、泥が跳ねあがるのも構わずに靴を脱いで木に飛び上がる。
数秒遅れてバチッと塩水と根っこの接触部分から火花が散った。
「…………いくらなんでも高圧の電気は勘弁だ」
バチバチと線香花火のように火花が散る水面に気を付けながら、木の枝を支えに移動する。
これだけ視界が悪ければどこからどんな攻撃が来るのかが分かり辛い。
「引き裂きなさい、幻影の赤」
「そうくるか!」
水面に触れるギリギリまで体を下ろす。
それと同時に頭上を閃光をが通り抜ける。
虚空にルージュの光線を引いたような軌跡だけが見える。
「魔力の糸……対飛行魔法用にネットとして使うのが普通のはずだが」
「力なんか使い方次第。魔力でもモノは斬れる」
落ち着いた冷たい声が、どこからともなく聞こえた。
これもまた、魔法で音の発信源を誤魔化している。
「そうかい。無駄な説明をありがとう」
これだけ群生したマングローブを抵抗として見もせずに通り抜ける糸。
どれほど障害物を設置したところで、物理的なモノならば斬り裂かれるということだ。
それが分かったところで起き上って手近なマングローブを蹴った。
すると何の抵抗もなく、ドミノ倒しのように密林が拓けていく。
切断面を見ればまったく凹凸のない、真っ平ら。
人体だったら斬れたと同時に固定しておけば、くっついてしまうほどに綺麗な切断面だ。
「…………」
「踊りなさい、死に疲れるそのときまで」
背筋がぞっとするほどの声と同時に深紅の魔力糸が襲い来る。
「……あら?」
放たれた糸の運動ベクトルを予測し、軌跡を読んで器用にその間に身を合わせる。
白き乙女の魔法戦に比べたら遅すぎる。
円舞曲のように足を滑らせるステップで次々に躱し、どうしても無理なものだけは神力で対処。
「あんたら戦闘慣れしてないな? なんで連携攻撃をしない」
ぼちゃっと水の中を素足で移動しながらふと思う。
一人が攻撃するときになぜか他が手を出してこない。
連携が苦手なのか、できないのか。
相手がギリッと歯をかみしめるのを見ると、回避から攻勢に移る。
一人だけに集中すればいいというのは気が楽でいい。
「とりあえず一人」
「――――ふっ」
糸が絡みつきに来るが、先に拳がぶつかった。
殴りつけた瞬間に一際強い違和感が拳から伝わる。
バチャッと泥水を跳ね上げならがら後ろに下がる。
「ベクトル操作……だな?」
殴りつけた瞬間の感覚を頭の中で解析する。
糸が触れただけで、力が吸い取られるように消えて行ったのだ。
「せ・い・か・い」
「ふむ」
妙に落ち着いたその虚を突いて、足元から捕獲用のトラップのように魔力糸で編まれた網が上がった。
体中に巻き付いて身動きを封じようとしてくるが、
「まったく、誰にでもこれは効きますよああぁっ!?」
その糸を自分から腕に巻き付けて術者を引き寄せる。
全ての糸は術者の指から。
ならば一斉に引かれたら千切れはしないだろうが、逆に相手に引き寄せられはするだろう。
「面白くない。まったくもって面白くない」
相手を引き寄せたはいいが、体中に糸が巻き付いたこの状態。
攻撃しようとしても一切のダメージは与えられない。
だから、
「ま、自分の糸で死ぬような間抜けはするなよ?」
魔力糸を相手に絡ませて転倒させ、そのまま水没させた頭の上に足を置く。
バシャバシャと水しぶきを上げてもがくが、動かなくなるまでスコールも退ける気はない。
「ごぼぼぼばっ!?」
「さあ電撃でもなんでも来い。あんたらの仲間も一緒に死ぬがな」
囲むように広がっていた魔法士たちは、その手に魔法を顕現させたまま動けなかった。
仲間意識が強すぎる弊害、とでもいうか。
わずかでも傷付けたくないという思いが攻撃を躊躇わせる。
「やれよ、やらなくてもどうせ死ぬんだから」
足元でもがくその抵抗はだんだんと弱くなっている。
後数十秒ほどで意識は落ちるだろう。
「戦術・戦略級として軍属になったからには道具として使い潰されるだけの覚悟は持て。持てないなら戦場に入って来るな」
「…………」
全員が黙った。
そしてスコールに押さえつけられた一人が動かなくなってくると、ドゥが、
「もうやめてくれ! 降参だ、降参っ!」
「認めると思うか?」
「俺はどうなってもいい! こいつらはまだ」
「黙れ。どうなってもいい。ならあんたが消えた後は守る者がいなくなった雑魚が残るだけだ。狩りつくされて全員死ぬか実験体に使われて終わるぞ」
「……くっ。なんでそこまで無慈悲になれるんだよ」
「敵への対応としては少々温い程度だ……。それにぐだぐだ……こんな茶番劇をやらせるんじゃねえ」
掌に神力を集中させると天空へと撃ち上げる。
隔離空間にヒビが入り、砕け散り、太陽の光が差し込む。
外ではすでに解体されたグリフォンが冗談抜きで料理されていた。
スパイスの食欲をそそる香りが風に乗って流れる。
その傍らには土が盛られ、木の枝で作られた十字架が突き刺さっている即席の墓が。
「……俺のグリフォンがっ!?」
「魔狼一同美味しく頂きます」
アイゼンが真顔で言うと、再び調理が再開された。
すでに鳥の部分は白湯スープとして煮込みが始まり、肉はすでに焼かれたり揚げられたり。
哀れ……グリフォン。
「……ん、それであんたらをどうするか、だな」
捕虜にするのは同じ国の者同士少々どころではない問題がある。
かといって魔狼として捕まえたところで情報を聞き出すための労力が惜しい、そして連れていく間のセキュリティ上の問題もある。
「アイゼン、どうする」
「俺ならここで吐かせて埋める」
「ステップ」
「上に同じ」
「クルトー」
「精神干渉魔法の実験がてら吐かせて、壊れたら人格の上書きで捨て駒に」
「「ゲスだな!」」
次々に飛び出す意見に、戦術級魔法士たちの顔白が青ざめていく。
同じ人間とは思えない。まるでマッドサイエンティストだ。
「他に意見はあるか」
隊長格だけでなく、隊員にも意見を求めるが、顔を見合わせて二言三言躱して何もないと首を振る。
ぐるっと見回すが残りの誰もが隊長に同じか何もなしと。
魔狼では基本的に民主的に決定される。即ち多数決。
それで決まらなければコイントスか非殺傷魔法による実力行使か。
そんな集まりだからこそ、意見が出ないとなかなか決まらないのだ。
少数の一存だけで決めるということは、戦闘中以外はほとんどしない。
仲間割れの原因となるから本当に急を要する戦闘中などを除いてしないのだ。
「本当に、他に意見は無いか? ないなら――」
決めるぞ? と言いかけたところで背後から意見が出た。
若い男の声で。
「僕だったら、とりあえず全員昏倒させて魔力をドレイン。その後は人質としてブルグントの軍部を脅すね。一般魔法兵じゃない分、あちら側も無視はできないだろうし」
そちらを向けば、大きな水晶の付いた杖を肩に持った黒髪の青年が立っていた。
背中にはリュックを背負い、黒いマントを付けた旅をしている魔法使い、と言った様子の者だ。
「ネーベル、アレの回収が終わったのか」
「終わってないけど……ちょっとやりたいことがあるからね」
杖を片手で空に掲げる。
「何をするつもりだ?」
「仇討」
言った瞬間に真っ赤な砲弾が撃ち出され、神力を纏わせた腕でスコールは弾いた。
真横に飛び爆散、戦術級魔法士を巻き込んだが……。
「っ! いきなりなっ」
「うるさいから黙っててくれないかな」
先を言わせずに、そちらに杖を向けると赤色の魔法陣が彼らを包み込む。
指定領域の爆砕魔法。
それとすぐに分かった彼らは、同時に逃げることが間に合わないとも理解する。
六人分の障壁を重ね合わせても、領域自体の爆破ならば意味がない。
だから一人が、ナイフを扱っていた者が覚悟を決めて仲間を弾き飛ばした。
磁石の同極同士をぶつけたかのように魔法陣から五人が退避すると同時に、魔法陣の中だけが灼熱の地獄へと変貌する。
それは一瞬、消えた後には灰すら残らず、存在したことさえ忘れさせる。
「なんてことをっ!」
深紅の糸が放たれ、ネーベルへと襲い掛かり、さらにもう一人が金属粉を撒き散らして急速加熱。
プラズマと化した金属原子を、破壊の一撃として放つ。
だがネーベルへと届く前に、糸は勢いを失い、プラズマは拡散して熱エネルギーへ、そして魔法で冷却されて無害化されてしまう。
詠唱など行わずに、イメージだけで複数の魔法を操る。
「僕は黙ってろと言ったよ。それはこちらに手を出すなという意味もあるんだけど」
杖の先端を向けられた、糸を操っていた魔法士が盛大に血……と、細切れになったナニかを吐いて倒れ、プラズマを放った魔法士は体から煙と嫌な臭いを出しながらら崩れ落ちた。
魔法士は他者の魔法を遮るために無意識で魔力の壁を張っているが、そんなものはお構いなしだ。
「うん、流体制御で体内ミキサーと高速振動の加熱。どっちも使えるね」
残ったのは戦略級のドゥと、少女が二人。
それに向かって感情のない顔で杖を向ける。
「おい、ネーベル」
「なんだい?」
それだけでどうでもよくなったのか、魔法士たちから意識を逸らしてスコールに向き直る。
「仇討とか言ってたが?」
「ああ、それね。やっぱり僕は君の邪魔をすることにするよ。長年の相棒を君に殺されたことに加え、君の目的のことも考えるとね。やっぱり許せないんだよ。……だから」
ネーベルは悪魔のような笑みを浮かべて言った。
「ここで諦めてくれ」
「はっ?」
「これ以上、君の理想に近づける訳にはいかないんだよ。僕らの協定を知ってるだろう? 相反する者と戦うために協力はするが、それぞれの目的がぶつかったときはもう敵同士だと。この偽りの世界で望む世界を手に入れるために戦い続けても、最後はそういう仲間とも戦うということを忘れていたんじゃないだろうね」
「忘れてないさ」
「そうかい、ならいいよ。僕の目的と君の目的は、お互いに大切な人の平穏という共通点はあれど、そのために選ぶ君の手段が僕の目的の妨げになるんだよ。だからさ、諦めてくれないかな」
「断る」
「うんうん、そういうと思ったよ。だから、こっちも手段を選ばないことにするよ」
ネーベルがくるっと杖を回して、コンッと地面に打ち付ける。
するとどこからともなく霧が発生し始めた。
不思議とじめじめ感のない、魔法の霧。
視界を塞ぐ厄介な障害物、風で払っても流れ込むのは霧だ。
「さっ、始めようか」
勝てるか勝てないかで言えば、勝てない。
今の状態では勝てない。
だが負けることは許されない。
できるかできないかではなく、無理を承知でやると決めたスコールは戦いに臨んだ。




