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第五十話 - ブルグント娼館街 〉〉 不死身の化け物

「ずいぶんな身体をしとるなあ、君は」


 医務室で治療を受けながら、そんな言葉まで投げかけられた。

 治癒魔法士がかけている回復魔法は、白き乙女で使われているものには遠く及ばないほどのものだ。

 一度使えば細胞の活性、壊れた組織の再生を行い瞬く間に傷跡すら残さずに治してしまう効果などない。

 せいぜい止血して傷口を閉ざし続ける程度だ。

 効果が持続する内になんども重ね掛けし、自然治癒で傷口が癒着するまで続ける必要がある。


「戦場を駆けまわってたらこれくらい普通でしょうよ。そこらの傭兵の方がもっとひどいはずだ」

「しかしそうは言ってもだな……」


 白髭を生やした医者は呆れていた。

 スコールの体は見る限り、太り過ぎでもなくやせ過ぎでもない。

 筋肉は一般兵には劣る程度。単純にトレーニングをサボっていたという事がよくわかる。

 そして問題は、ただ傷痕が多すぎることだけだ。

 魔法による治癒が行われたなら傷痕などまだまだ目立たないほどになる。

 だがこの傷痕ははっきりと分かる。

 火傷に打撲の痕。まるで腕自体を落とされたかのようにぐるり一周する切り傷のような痕。

 ところどころに魔法攻撃によってつけられた傷痕、これは紫色に変色している。


「君のような年ならばまだ訓練生のはずだ」

「でしょうね」

「まったく……近年は兵士の低年齢化も問題になっとるというに」

「セントラの方じゃエレメンタリーですら実験体にされてるくらいですしね」

「ほんとに嘆かわしい」


 注射器に麻酔を用意しながら医者は嘆いていた。

 本当に、ごく最近は末端の兵士たちの平均年齢が下がってきている。


「君は未成年が最前線送りにされることになんとも思わんのかね」

「いいや、まったく」

「……君の所属部隊員の年齢を教えてもらえるか」

「いろんなところを移ってきたが、八歳くらいの女の子がいるところがあれば、学生部隊がそのまま投入されてるところも。今のところで言えば、見た目年齢は中学生と変わりないな」

「そうか……変わったなぁ、世の中」

「二、三年もすりゃ常識すら変わる。例えばここのように、ラミアが仕切ってるようなところも出てきてるし」

「じゃろうな。ちと痛いぞ」


 傷口の付近に注射針が突き立てられる。

 注入された麻酔で頬の感覚が消えていく。


「とりあえず縫合しておくよ。一週間は安静に」

「無理だと言っておきましょうか」

「上官に逆らっても医者に逆らうな。聞いたことは?」

「ありませんね」


 言うと、完全に麻酔が効くまえに縫合針がチクッと。


「ぅぐ」

「すこしゃ我慢せえよ」

「はぁ……」


 チクチクと縫われて傷口が閉じる。

 消毒液で拭いて軟膏を塗りつけたガーゼをテープで張り付けたなら処置は終了だ。


「にしても、誰も気づかないでしょうね、娼館の地下にPMCの社屋があるなんて」

「じゃろうて。君も初めて来たときは随分と迷ったじゃろ」

「迷いますよ……地下は迷路同然なんですから」


 部屋の方では蒼月たちがどうしているだろうか、そんなことを思いながらスコールと医者はしばし世間話を続けた。


 ---


 スコールが部屋から出て行った後、数分して洗濯物を回収しに給仕が訪れた。

 そのとき蒼月はまだシャワーを浴びており、レイはベッドに突っ伏していた。

 給仕は洗濯籠に纏められていたものを回収すると、回収した旨を示す用紙を置いてそのまま部屋を後にする。

 シャワーを浴び終えた蒼月は服がなくなっていることが分かると、仕方なくバスタオルを体に巻いてドライヤーで髪を乾かしていた。

 足まで届く長い髪で、全体的に白く先端だけが青味を帯びているのは綺麗に思えるのだが、兎角重たい、洗った後に乾かすのに時間がかかる。

 なにかと手間がかかるのだ。

 バスタオルで雫を吸いながらドライヤーで乾かしていると、先端の青みがかった部分が目につく。

 白い髪ならばまだ分かるが、自然に青色ともなると不自然だ。

 別に染めているわけではない。

 ただ、いつの頃からか気づけば髪の色が抜け、先端だけに、まるで何かが溜まるように青色が現れ始めたのだ。

 単純に魔力の影響という事も考えられるだろう。

 個人個人で魔力の色は異なる。

 レイズであれば赤色。

 レイも赤色。

 紅月も赤色。

 ベインは青色。

 レイアも青色。

 蒼月も青色。

 魔力が蓄積して色が現れているというのは、そうであるとも言えるし、そうでないとも言える。


「うーん、どうなんだろ?」

「髪の色くらい変えられるよー」


 ベッドに突っ伏していたレイがのそりと起き上っていった。


「どうやって?」

「擬装用の魔法だって似たようなもんじゃん?」


 目を瞑ると、溢れ出した鮮やかな赤の魔力が髪の毛に集まっていく。

 すると徐々に根元から黒色に変わっていった。

 これでは黒月と見分けがつかない。


「え、それどうやるの!」

「どうって言われても……。魔力で色素を破壊したり作ったり?」

「えぇっと……それって分子構造に干渉する高難易度魔法だよね……」

「うん。それかこう、髪の表面に電磁バリアを張って、反射光を弄るくらい?」

「あ、あれ? レイって精密な照準ってできないんじゃ……」

「できないよ」

「どうやってるの」

「あたしたち双子はいつでも繋がってるから、レイアの処理能力をちょこっとだけ使えるわけで」

「私には無理じゃん」

「そういうことー。それじゃお休み」


 言うだけ言って再びベッドにばたり。そのまま三秒で穏やかな寝息が聞こえ始めた。


「…………」


 幾分かして髪を乾かし終えた蒼月はバスタオルを巻いたままベッドに腰掛けた。

 部屋のカギをどうするか。

 スコールはカギを持って出ていない。

 ならばこのままにしておこう、地下はどうも上とは違う様子だから変なのが入ってくることもないだろう。

 そう考えてベッドに倒れ込んだ。

 …………………………………………。

 ……………………。

 …………。

 カギの掛けられていない部屋に、音もなく忍び込む一つの影があった。


「うふふ……綺麗な肌、羨ましいわ」


 半人半蛇の女、ウェイルンだ。

 この娼館の主にして小規模なPMCを率いるものでもある。

 長い蛇の下半身は五メートル弱。

 まったくと言っていいほどに音を立てずに移動することが可能だ。


「さあて……っ!」

「何をしようって?」

「あ、あらぁ起きてたの……」


 侵入者の気配に関しては相当に敏感なレイだ。

 普段はまったく警戒をしないのだが、ほぼ敵地の内部と言って場所のため警戒していた。

 いつの間にか手に握られているのは、天使の翼のような剣。


「で、あの紅茶を飲んでからずっと……むずむず、するんだけど。何を入れたの」


 切先をウェイルンの首筋に当てながら脅迫する。

 答えなければ相当荒っぽい手段を行使するだろう。


「ま、魔法薬」

「どんな」

「惚れ薬にも使われるあれよ。いくらおこちゃまのあなたにも効くのね」

「く、このっ!」


 一度刃を引き、剣の腹を向けて振るおうとする。


「喰らえ、ラミア秘儀、蛇香っ!」


 小さな穴の開いた容器をカランと落とす。

 そこから白い妙な香りのする煙があふれ出す。


「あうっ……ぁ」


 ぺたんとレイが崩れ落ちる。

 溢れ出す煙は薄らと甘い香りと妙な表現できない香りを放つ。


「うふふふ……これはわたくしたちラミア以外のどんな種族にも効く蛇香ですのよぉ」

「はぁ、はぁ、く、これ……」


 胸元を抑えて苦しそうに浅い呼吸を繰り返す。

 身体からはうっすらと汗が出て皮膚を湿らせる。


「苦しいですよね、苦しんですよねぇ。これはどんな種族にも効く強制発情させる薬ですもの」

「こ、の。ゲス!」

「さあ、もう痒くて痒くてつらいでしょう? そこで自分で鎮めてはどうです」


 話をする間にも煙は部屋中に広がっていく。

 いつの間にか換気扇は止められ、部屋が危ない気配に染まる。


「ふふっ、さあ、さあっ!」


 ウェイルンの手がレイの幼い裸体に伸ばされ、途中でそれ以上進まなくなった。

 まるで見えない壁がそこにあるかのようだ。


「な、なんですのこれ」

「……アイツの呪いも変なときに役立つ」


 レイはよろけながらも立ち上がり、火照る体を抑えながら部屋の隅に座り込んだ。

 そして自分の前に強固な障壁を展開する。

 一切の干渉を拒絶する壁だ、ウェイルンの魔の手は届かない。

 すると矛先を切り替えたのか、蛇香に毒され始めていた蒼月の方へと向かう。

 身体を覆い隠すタオルを剥ぎ取り、どこから持ってきたのか透けすぎのランジェリーを手早く着せていく。

 その手つきは慣れているためかとても早く、寝ているものを起こさない。


「んふふふふ……」


 本人の気づかぬ間に、かなり扇情的な格好にされた蒼月にウェイルンの魔の手が伸びる。


「う、ん。んんぅ」


 PMCを率いているだけあって、戦闘技能として消音能力は一級品。

 加えて表では娼婦の館の主をしているだけあって、その手付きはいやらしい。

 こめかみに手を当て、流れるように輪郭をなぞって首筋を降りる。

 そしてその手は蒼月の控えめな胸元へと。


「綺麗ですべすべ……羨ましいわぁ」


 円を描くように胸を触り全体を揉みしだく。

 ラミア特有とも言える舌先で耳朶を優しく触れる。


「ん、んん、はぁああ」


 胸と耳とを同時に責め立てられ、甘い声が漏れる。

 だがさすがにそこまですれば起きる。誰だって起きる。


「ん? えっ? きゃあああああああああああっ!!」

「うふふっ、お楽しみはこれからですよ」

「やめ、て……いやぁ、やめてください、ん、あぁ」

「スコールの彼女さんなんでしょう? されたことないのかしら」

「だ、てスコールはきゃぅ」


 恥じらいを多分に含んだ媚声が上がる。

 それでもウェイルンは手を止めずに責め続け、蒼月は逃れようとする。

 だが蛇香のせいかランジェリーに擦れてしまう大事な部分から痺れるような感覚が走り、逃げることが叶わない。


「ちょっと、やめっ、いや!」

「あぁぁ、可愛いわぁ。いいわぁ、苛めたくなっちゃうわぁ」

「いやあぁ、ああぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 身体を反らしながら蒼月がピクッと震える。

 そしてそのタイミングでちょうどスコールが帰ってきた。

 部屋には強制発情を促す蛇香の香りが濃密に立ち込めている。

 部屋に入って大きく息を吸ったスコールの目付きが一瞬にして変わる。

 今までに見せたことがないようなものに。


「…………」

「あらぁ、ちょうどいいとこきゃあああっ?!」


 至極乱暴な手つきでウェイルンの肩に手をかけ、自分の方を向かせると破れることなど厭わずにその衣服を剥ぎ取った。


「ちょ、ちょっと」

「今日ばかりは少々……」

「こ、怖いですわよ……?」


 暗い笑みを浮かべたスコールは、体重数百キロのウェイルンを強引に引きずってシャワールームに入った。


「爬虫類系統の亜人種の共通点って知ってんよなぁ」

「や、やめてくださいましぃ!」

「変温性、つまるところ冷水なんてぶっかけたら身体が動かなくなるわけだ」


 シャワーノズルを取り、水栓に手をかけて思い切り冷水のほうに動かした。

 バシャァァァッと水が出る。


「つっ、冷たぁっ!」


 必死の形相でシャワールームのドアに手を伸ばすが、スコールは無慈悲にロックをかけた。


「いやぁぁぁあああああああああああっ!!」

「今日は前回よりも酷くやってやろう。せいぜい体温の下がりすぎで死なないことを祈れ」

「なんで、なんでですの! なんで蛇香が効かないんですの!」

「薬物全般効きゃしねえんだよ、あほんだら」

「あ、あなひゃもうにんげんにゃんかじゃありみゃせんわぁ!」


 体温が下がったせいか呂律が回らなくなってきたようだ。


「いっそ氷漬けにしてやろうか」

「やぁぁあああああっ!」


 せめてもの抵抗か、長い長い尻尾を鞭のようにしならせた一撃が放たれる。

 だがスコールは一歩下がってつるんっ……。足元に石鹸が。

 避けきれずにダイレクトヒット。

 勢いそのままにガラス張りの壁に叩き付けられブァリィィンッ!!


「あ、はらぁあ? やりすぎまして?」


 当たるとは思ってなかったのか、ウェイルンは呆然とする。

 害意あるものならばほとんど回避する脅威の感知能力があるため、まず当たらないのだが、今日は違ったようだ。


「…………」

「だ、大丈夫でし……あ!」


 砕け散ったガラス。

 枠に残った鋭いガラス。

 左側から溢れ出る生温かい赤色の液体。


「「スコール!?」」


 変な気分になっていた少女二人は、すぐにそんなものを吹き飛ばして平常? に戻った。

 駆け寄って起こそうとするが、状況がそれを許さない。

 今起こせば突き刺さっているガラス片が抜け、更なる出血を起こす。


「あわわわわっ」

「ちょっとこれどうしよっ」

「あ、回復魔法! レイ!」

「ダメわたし使えない。蒼の補助具なら」

「う、うん」


 バタバタしながら補助具であるダブルブレードを手に取り、目を瞑る。

 現在インストール済みの魔法の補助は……。


「ダメ、飛行と攻撃魔法しかない」

「そんな」


 慌てている間にも床を濡らす赤色の量はどんどん広がっていく。

 しかも慌てているせいで碌な魔法のイメージ構築すらできない。

 この場で唯一回復魔法を使えるであろうウェイルンは、浴びせ続けられた冷水で完全にダウン。


「ああ、あああああ! このままじゃスコールが死んじゃう」

「…………」

「「えっ?」」


 何の予兆もなくむくりとスコールは起き上ると、ぼたぼたと血を流しながらも手近にあったバスタオルで首を抑えて、ふらつきながら部屋を出て行った。

 長い廊下には二本目の血の路が描かれ……。


「「……うん?」」


 扇情的な隠すところをまったく隠せていないランジェリーを着た蒼月と、そもそも下着すら身に着けていないレイが、顔だけ出して廊下を見て固まった。


「…………」

「…………」


 本来頸動脈をスパッとヤったなら、脳に血液が行かず、脳内の血圧が低下して体が動かなくなるのが普通である。

 そして意識を失って失血死……それが普通辿るべき一方通行の道であるはず。

 自分で立ち上がって歩けるはずはない……はずなのだが。


「スコールって種族、人間だよね?」

「多分……あたしみたいに半分幽霊とかじゃないはず」


 ---


「この短時間の間に君は何をしたというんだい?」


 真っ白なシーツの敷かれたベッドの上、スコールは首を完全固定された状態で天井をぼんやりと眺めていた。

 視線だけ動かせば両腕に輸血用のパックが繋がれている。


「そもそも動脈を完全に切断した状態でよく歩けたね」

「これでも魔法士の端くれですから」

「君、魔法は使えないはずだろう」

「ええ”魔法”は使えませんよ。言うなれば魔力使いならぬ神力使い、か」

「ふむ。確か古い魔導書に書いてあったけど、天使の力を奪い取って使う魔法のことだとか」

「おおむね間違っちゃいない……はぁ」

「とりあえず、今日はここから動かさないから。医者として患者に命令するよ、絶対に二週間は安静に」

「……それも無理だと言っておきましょうか」

「冗談抜きに死ぬよ」

「死にませんよ。目的を果たすまでは」


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