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第四十九話 - ブルグント娼館街 〉〉 如何わしいホテルの彼ら

「さて、そこの路地裏で危険な野宿か、あっちのケバケバしいピンク色の看板が目立つ如何わしい目的で入るホテルで一泊か。どっちがいい?」


 街に着いたのは夜遅く。

 行き交うのは軍服を着た者たちが多い。

 それも正規軍から抜けたごろつき紛いの傭兵連中ばかりだ。

 そんな中で三人は浮いていた。


「えっと……普通のホテル」

「金がない」


 即、却下された。

 普通の女の子ではないが、女の子としてそういうところにそういうことをするわけではないとはいえ入りたくないのである。それがいくらビジネスホテルよりも安かろうが。


「ねえ、ウェイルンのとこに泊めてもらったら?」

「…………」

「おーいどしたのスコール」


 黙り込むこと数秒。


「仕方ないか……あの蛇女のところに行くか……」


 至極嫌そうな顔でそう言った。

 周りを見ればガラの悪いお兄さん方が寄ってきていた。

 スコールは二人の手を引いて雑踏の中へと足を踏み出した。

 夜だというのに昼よりも目に突き刺さる光。

 それに慣れてくると、見えなかったところがだんだんと目に入ってくる。


「ひどい街だね」

「まあ、ブルグント側じゃ端のほうだからな。警備隊(CDF)も金で何とかなるほどには腐ってる」

「うわぁー治安最悪な……」


 老朽化した建物は、派手な宣伝用の張り紙と落書きでカムフラージュされ、路地の隙間に積みあがった廃棄物の合い間には倒れた人の姿。

 道行く者たちも、人間に混じって本来独自のコロニーを築く亜人種までいて妙にピリピリしている。

 まるで戦争直前のように。


「やけに兵士が多いな……」

「ここって東側だよね?」

「そうだ。西側はセントラとの短期決戦目的で軍が集まってるが……」


 眺めてみても軍服は統一性がない。

 バラバラの迷彩パターン、バラバラのカラーリングに徽章。

 どれもこれも軍事請負会社だ。


「あの”大戦”の名残りか……」


 レイが呟くように言う。


「確か、ロストした軍隊の代わりにPMCが一時的に入って、それが原因で急成長してそのままってやつ?」

「そうそう。いつの間にか正規軍はPMC部隊の監督として小隊に二、三人だけってな」


 薄汚い街を歩き続けることしばらく。

 大きなビルが見えてきた。

 そのビルだけが、周りと比べて綺麗で屋上に大きく娼館であることを示す看板を掲げていた。

 ここに規制するための治安部隊などいない、やったもの勝ちだ。

 スコールはそこに向かう足を止めた。


「……はぁ」

「嫌なの?」

「嫌っつうかなんつうか……あの蛇女ラミアも一応は仲間だけどな……はぁ」


 よほど気が重いのか、ため息が増える。


「ああ、行くぞもう……嫌だけど」


 言いながら腰に下げたポーチの上から、中に仕舞っている拳銃のセフティーを解除する。

 何かあれば即座に撃つつもりだ。

 周りの建物も少しばかり違う。近づいてよく見れば補修され塗装の上塗りで誤魔化されている。

 出入りするものを見ればそこがPMCの待機所のような場所であることは容易に想像できるだろう。

 両隣に兵士の詰所、その真ん中にある如何わしいホテル。

 何か騒ぎがあればすぐに出入り口が固められ、逃げることなどできずに封殺される。

 ホテルの自動ドアを入ると、すぐに受付があり、女連れの兵士が多数見受けられた。


「いらっしゃいませ、本日は」

「ウェイルンに用がある」

「失礼ですが、所属と階級を」

「死を記憶せよ。それだけ伝えれば分かる」


 受け付けは怪訝な顔をしながらもどこかへと電話をつなぐ。

 そしてすぐに顔が変わった。


「そ、そちらのエレベーターからどうぞ」


 すでに到着していたエレベーターには案内人が乗っていた。

 格好は軽武装の兵士。

 エレベーター内部のスイッチはすべて地下階層のものしかない。

 スコール、蒼月、レイの三人は乗り込むと地下に到着するまで黙っていた。

 否、黙っていたというよりもスコールがまき散らす、今までにない不機嫌オーラに圧迫されて何も言えなかった。

 扉が開くとすぐに長い廊下があり、奥にまた一つ扉がある。

 その扉を開けると部屋には大きなテーブルとイスが配置され、そこに女性がいた。

 下半身が蛇で服装はハデというか……独特というか……とりあえず隠すとこだけ隠しました、そんな一言が似合う。


「あらぁ~、いらっしゃい。なぁに、ついに彼女できちゃったわけぇ?」

「……今すぐに撃ち殺したいんだが」

「そんなに殺気立たなくてもいいじゃないの」

「チッ……さっさと本題に入ろうか、ウェイルン」

「そうねえ、こちらも時間がないことだし」


 スコールが許可も得ずにどかっとイスに腰掛ける。

 それに続いてレイ、蒼月も座るが部屋の主は嫌な顔はしない。

 ウェイルンは用意してあったティーポットに手をかざす。

 するとすぐに湯気が立ち上り始める。

 その場でカップだけの状態で紅茶をそそいで、スコールたちの前に滑るように運ばれた。


「分子振動と重力操作か」

「すぐに分かるのね」

「見慣れてるからな。それに、やはり人間よりも亜人種や天使悪魔のほうが魔法は得意なようだな」

「それはそうよ。魔法を後天的に得た人は先天的に得ている者には劣るわ」

「ま、それはそれでいいんだが」


 レイがカップを持ち上げ、紅茶を一口含んですぐにカップを置いた。

 スコールは紅茶の匂いを嗅いだだけですぐに下ろす。


「そう何回も同じ手段が通用すると思うなよ」

「なんのことかしらぁ?」

「薬入れたろ」


 紅茶を今まさに飲もうとしていた蒼月が、カップを落としかける。


「匂いだけで分かるなんて、ゲ――ひっ!」

「スコールだ。別の名前を出したら脳天に風穴開けるぞ」


 動きが見えないほどの早業だった。

 抜いた音すら聞こえないほどのクイックドロウ、まだ撃ってはいないが。


「分かったわ……。それにしても、あなたもしかしてクオーターの獣人だったりしないの。匂いだけで分かってその速さ」

「違う、とだけ言っておこう。そんなことより」

「分かってるわ、部屋と身分証の再発行でいいのね?」

「ああ。ついでにゴムとニードル、歩兵用の軽装備をくれ」


 するとウェイルンがテーブルのしたから長方形の箱を取り出した。


「ゴムってこれでいいのかしら」

「避妊具の方じゃない、合成樹脂弾の方だ」


 両隣の少女たちが伏せていることなど、気にもせずに言う。

 レイのほうは耳まで赤くなっていることが伺える。


「次ふざけたらほんとに撃つぞ」

「分かったわよもう。連れないねぇ……」


 ウェイルンがハンドベルを鳴らす。

 外で一人待機していたのか、すぐに人が姿を見せる。

 こちらは兵士ではなく給仕ボーイだ。


「この方たちを案内しなさい」

「了解」


 ---


「…………ほんとにいい趣味してやがるなあの蛇女ラミア!」


 案内された部屋はそこそこ豪華なつくりだった。

 と言ってもピンク色が目立つ。

 天蓋つきのダブルベッド、上からは桃色のレースが下ろされている。

 シャワールームはガラス張りで完全に透けて見え、戸棚にはもう説明もしたくないそういう道具が。

 さらに部屋の小さなテーブルの上の箱には即効避妊薬……。


「……はぁ」

「えっ、え? ほんとにこんな部屋に泊まるの?」

「……とりあえず、見ないようにはするからシャワーなり着替えなりどうぞ」


 ポーチから拳銃型の魔法の補助具を取り出し、ベッドのしたや棚の後ろ、冷蔵庫の隙間に向けて次々に引き金を引いていく。

 そのたびにバチバチッと音がなってきな臭い臭いが漏れる。


「なにやってるの?」

「これだよ……くそ」


 ひょいと隙間に指を入れて、引き抜くと小さな小さなカメラや盗聴器が。

 よく見れば中々性能のいいものだ。


「……はぁぁぁ」


 いろいろな意味でため息が出るのはしょうがない。

 スコールは持ち物を、といってもポーチが四つだけだがそれを外して銃の分解整備を始めた。

 お構いなしに服を脱ぎ散らかして一番にシャワーを浴び始めるのはレイだ。

 恥じらいがないのもどうかと思うのだが。

 レイアに似た……いや、まったく同じ体型で首裏程度まで伸びた赤い髪を揺らしながら呑気にシャワーを浴びる。

 部屋のいかがわしい影響などものともしないスコールとレイ。

 意識するのは蒼月だけだ。


「蒼、変に意識したら負けだ」

「なんでこんなところで二人とも平気なの……」

「なんども同じ手をくわされてるからな、慣れた」

「慣れたって……これ何回目?」

「さあな。それに思い出したくもない」


 再びスコールが分解整備に集中し始めた。

 今度は補助具の方をバラシて内部回路を弄っている。

 手持無沙汰になった蒼月は、自分の愛用のダブルブレードのことを思い出した。

 今どこにあるのだろうか、もしかしてあの戦場に置き去りにされたままなのだろうか。

 そうだとすれば早めに回収しなければならない。

 あれはあれで機密物だ。

 セントラやブルグントに回収されてしまうと厄介。

 セントラ側ならば解析されて補助具用のジャマーを作られる。

 ブルグント側ならばより精密な補助具が製作されてしまうだろう。


「ねえスコール」

「ん?」

「私の補助具って」

「喚べばいい。なんのために専用の魔法を組み込んだ補助具を渡したと思っている」

「……えと、なんのこと?」

「ベルト通しに付けてるやつがあるだろ」

「これって擬装魔法の専用じゃなかったっけ」

「魔法専用じゃない、個人専用だ。登録した武装の召喚魔法もインストールしてるんだから使ってみろ」


 外して手に握る。

 補助具に流し込む魔力パターンを変えると、魔法を呼び起こすためのイメージが意識に流れ込む。

 補助具と言っても様々な形式がある。

 完全に魔法の演算を代替するもの、魔法のイメージを記憶しておくもの、魔法を増幅するもの多種多様だ。


「……ん、来た」


 虚空から光が溢れ、やがてそれが形を作る。

 蒼月の使い慣れたダブルブレード、その長大な輪郭がぼんやりと、そしてはっきりと現れて顕現する。


「こんなこともできたんだ」

「レイズが使ってる複製召喚だって似たようなもんだ」

「ふーん」


 ダブルブレードの確認をしているとちょうどシャワーを浴び終えたレイが出てくる。

 運悪く、というかちょうど見えなかったダブルブレードに足を引っかけて倒れる。


「うわっ…………いったぁ……」


 剣の刃に直に触れて切れていないだけまだマシ。

 だが裸で思い切り転倒したのは痛かったようだ。


「ちょっと、気を付けてよ」

「ごめん」


 空気には甘い香りが混じる。

 シャンプーなどに作為的に混ぜ込まれた強烈なアロマだ。


「……あの蛇女め、わざわざ仕込みやがったな」

「う~ん、これはほんとにきつすぎるよね」


 強すぎる香りはかえって不快感を増大させる。

 この部屋はすでにその香りで満たされてしまっていて、換気扇を最大出力で回しているが一向に収まる気配はない。


「はーあ、あたしはもう寝るから」


 シャワールームから出てきたそのままの姿、裸でベッドにダイブ。


「後はよろし」

「こら」


 脱ぎ散らかされた服や下着を回収したスコールがレイの肩に手をかけて無理やり起こす。


「せめてドライヤーかけてから寝ろ」

「い、いいしこれで」

「ダメだ。それじゃ明日起きてから寝癖を直すので手間になるだろ」

「むぅ」


 しぶしぶ起き上がり、ベッドにもたれかかりながらドライヤーをかけられる。

 裸の女の子に至近距離で接触するスコール。

 絵的にアレな光景ではあるが、やられている側が嫌がっていないのでいいのだろう。


「蒼、お前もシャワー浴びるなら浴びとけ」

「う、うん……」


 一つの部屋の中に男一人に女二人、しかも如何わしい雰囲気だというのに、スコールからはまったくもって劣情が感じられない。

 もしかして女の子にまったく興味のない人間なのか、そんなどうでもいいことを思いながら蒼月はシャワールームに入った。

 やはりガラス張りで完全に透けて見える、それだけで恥ずかしさが倍増する。

 部屋の方を見ればくしゃくしゃと髪を撫でられながらドライヤーをかけられているレイと、かけているスコール。

 チラ見しようとする気配すら、微塵もない。


「……スコールになら見られてもいいかな」


 そんな思いでシャワーを浴びるのだった。

 一方スコールはと言えば、ちょうどレイの髪を乾かし終わり、再び分解整備へと戻る。

 補助具を完全分解し、内部回路をむき出しにしたうえで部屋に備え付けの端末に接続。

 もちろん端末側の自動認識やネットワーク機能は完全に落としてある。

 端末に表示されるのは補助具のシステムと0と1のバイナリ表示。


「うわぁ、よくわかるね」


 レイが相も変わらず裸のままでスコールの背中から覗き込む。

 どうも湯冷めなど考えていないようだ。


「二進、八進、一六進の計算は暗算で出来て当たり前」

「それ普通できないから」

「だろうな」


 端末に指を走らせ、入力を済ませると自動的に処理が始まったのか、数字の羅列が流れていく。

 補助具をそのままに拳銃の方を組み立て始める。

 分解整備と言ってもパーツの損耗具合の確認と汚れを拭き取るだけの簡単なものだ。

 いよいよダメになってきたら専門職に見せる。いくらスコールでもその場で修理まではできないのだ。

 ……一応パーツ単位で製作することはできるのだが。


「つかレイ、裸のまま男にくっついてなんも思わんのか」

「べつにー。そもそもこんなことするのもスコールとレイズだけだし」

「……ああ、なるほど」

「うん、スコールなら絶対襲ってこないから」

「レイズには襲われてもいいと?」

「いいよ? ムチャなことしないし、優しいし」

「へぇ」

「なんだったら、今からする?」

「断る」


 組み終わった拳銃、コルトガバメントに似たもののスライドを引いて引き金を引く。

 カチンッ。

 空撃ちしてしっかりと動作することを確認。

 次にマガジンに弾を込め、挿入。

 スライドを引いて給填し、弾薬がちゃんと入ることを確認する。


「ちょっと見せて」

「ダメだ」

「いいじゃん」


 背中側から身を乗り出すレイ。それが原因でバランスを崩し、銃を持ったままの手がテーブルに当たる。

 バァンッ!

 ぽたりと赤い雫が。


「…………」

「あ……ごめん……」


 スコールはすぐに布切れで傷口を抑えて立ち上がった。

 幸い弾丸は頬の皮膚に掠って引き裂いただけ。

 壁にぶつかった弾丸もそこで跳ね返ることもなく落ちたため被害はない。


「何度目だろうな」

 

 それだけ言うと部屋から出て行った。

 残されたレイは顔を赤くして目じりに涙を浮かべていた。

 今まで何度こうして痕が残る傷をつけてしまったか、それを思い出しながら。

 

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