第四十七話 - 桜都南西海域 〉〉 お遊びのご褒美は水泳
アカモート。
時折り補給のために着水するため、フロートシステムを組み込んだ浮遊島。
さまざまなはみ出し者が集う都市であり、激戦にさらされることも想定して耐久性能は抜群。
さらに外縁部には潮風にさらされても大丈夫な防衛兵器が多数。
近づくのは並大抵の方法では不可能だ。
強力なジャマーもあって転移魔法すら遮断する。
唯一の弱点は真上と真下。
そんな浮遊都市を目前に、艦載機を一切積んでいない空母は攻撃目標にされていた。
『ティルトローター機、来ます!』
艦内の一室で白月に(性的な意味で)襲われていたレイズは、その放送を耳にするや即座に甲板に飛び出した。
ヘリコプターの飛翔音、バタタタタッ!! という音が響き渡る。
空を飛んでくるのはヘリコプターと双発機を足して二分の一を掛けたような機体。
翼の先に付いたプロペラの角度を調節することで垂直方向、水平方向問わずに推力を切り替えて飛ぶことができる。
滑走路もわずかな距離でよく、ヘリコプターのように垂直離着陸やホバリングができるもので、中型の輸送機程度の大きさだ。
『こちらはPMC魔狼。そちらの所属と飛行目的を明かせ、さもなくば撃墜する』
相手方からの返答はない。
機体下部に付いたカメラで空母を観察しているようだ。
「あれってなに?」
甲板にいた黒月がレイズに訊ねる。
「輸送機を改造したガンシップだな。ほら、横に砲身が出てるだろ」
見れば機体の片側だけに幾本もの黒い砲身が飛び出していた。
七・六二ミリミニガン、二五ミリガトリング砲、一二〇ミリ軽榴弾砲。
ガンシップの戦い方は制空権が確保されている空域で、対地制圧を行うこと。
上空を大きく旋回しながら、対人、対物と大まかに区切られた兵装を切り替えて、途切れることのない掃射を行って殲滅する。そういう凶悪な兵器だ。
レイアもこれと同じような戦闘方式を取る。
もっとも発射されるのは実弾ではなく魔法弾だという違いがあるが。
「あれってうちにはないですよにぇえ」
「白き乙女は基本的に魔法による高速制圧だからな……それと口調、素が出てる」
「あーい」
空を飛んでくるガンシップからは相変わらず返答がなく、変わりに爆音が返ってきた。
一機が唐突に火を噴いて海に堕ちていく。
『交戦の意思ありと確認。各自迎撃せよ』
そんな通達とともに、艦内に待機していたアイゼンヴォルフがぞろぞろと姿を現す。
持っているのはバトルライフルであったり、魔法の補助具であったり。
「……今どっちが撃った?」
『砲身から榴弾が出た直後に分解した』
「えげつないな、おい」
甲板からのライフルを使った”砲撃”が始まると、向こう側にも魔法士がいたのか対物障壁が展開される。
ガンシップから吐き出される砲撃はなく、一気に空母へと向かってくる。
レイズは腰に下げていた無線機を手に取った。
「速度重視の一撃離脱! すれ違い様に左側のヤツを叩き落とせ!」
『右側はどうする?』
「俺が墜とす」
バタバタバタバタッ!! と、空気を押し下げる音がだんだんと大きくなる。
見える機影は一一機。左側に六機、右側に五機。
包囲するには十分すぎる数、尚且つここまで近づかれると防空兵器が使えない。
だが、そもそもそんなものを使う必要もない。
すれ違い様、双方の砲撃が交わされた。
「推進力を奪取、機体上部から下方へ向け解放」
空母から見て左側では一機だけが撃ち落とされずに突き抜け、右側では二機が通り抜けて行った。
急な運動ベクトルの変化について行けるだけの腕があるパイロットに、少々感心しながらも第二射の魔法を用意する。
「うーん、概念魔術はイチイチ言葉というか思考に現さないといけないのがタイムロスだな。魔法なら短縮できるのに」
抜けた二機に視線を合わせると、ちょうど目の前を小柄な黒色が飛んで行った。
そして、ギュァリィィッ!! と甲高い音が響き渡った。
何の音だ? と、迎撃に当たっていた者たちが音の発信源に目を向ける。
その音は上空を飛ぶガンシップから放たれたもの。
黒月の投げ放ったロングソードが一機を貫通し爆砕。
もう一機は、
「……はいぃ?」
ロングソードを黒月に突き立てられ、勢いよく振り回されている。
まるでこどもが遊ぶオモチャのように扱われた巨大な機体は、海原に叩き落とされた。
重力に引き摺られ、暗い海へとパイロットもろとも消えていき、しばらくして大きな水柱が上がった。
その頂点からぴょーんと優雅に飛び出した黒月が甲板上へと帰ってくる。
「……隠密系特化じゃなかったですかね?」
「うん? 私ら月姫って補助具で一通りの魔法は使えるよ?」
「……そりゃそうだが、さすがにな。ああいうことをやると目立つぞ」
なにか怪物を見るような目で、狼たちが猫耳少女を眺めていた。
どこからともなく、投げ放ったロングソードが戻ってくる。
気付けば本格的に擬装魔法が解けてきたのか尻尾までぽろんと……。
「あー、黒、そろそろ魔法かけなおしたほうがいいと思う」
「てへっ、さっきのでなくしちゃいましたぁー……」
「…………」
「ごめんなさい」
「専用の補助具だぞ。あれレイアとスコールの自作品だからメチャクチャ高いんだけど」
月姫たちは殆どがキーホルダーに通して小型の専用補助具を持っている。
使用者にまったくと言っていいほどに負荷を掛けないための補助具であり、様々な常駐魔法を支援する高級品。
見れば黒月の短パンのベルトループが一か所切れてしまっている。そこに付けていたのだろう。
あの補助具は首にかければそのままアクセサリーとして使えるほどに小さい。
レイアが分解魔法で削りだしたミスリルをスコールが加工して作る、一人一つの専用品。
お値段は完全に製作者二人の気分次第で、大抵はすべてレイズ持ちになる。というかなっている。
その理由は月姫から依頼を出され、レイズを経由してから届くから。
直接ならば材料費以外一切のお金を取らないのだが、性格が悪いためかレイズを通した場合だけ請求するのだ。
「……はぁ、スコールが戻ってきたらまた頼むか」
「え? 生きてんの?」
「生きてたよ。俺が意識だけ飛ばして別のところ調べたらピンピンしてたよ。なんかこう、単独で神格級を相手に戦ったりもしてたけど」
「神格級ってあの神様とかいうあれ?」
「そうそう。あいつはほんとに魔力絡みだと何にでも勝てるからな」
「そうじゃない場合って?」
「もちろん負ける。いつだったかな……コンビニでたむろしてた”一般人”に絡まれて三人半殺しにして逃げてたし」
「単純に警察が厄介だったんじゃ……?」
『注意! 一機戻って来るぞ!』
撃ち漏らした一機が無謀にもUターンして、再び対地攻撃を仕掛けてくる。
『対人センサークリア、対魔法障壁出力八割で安定』
『火器管制、自動装填、冷却システム、能動防御システム、オールスタンバイ、オールグリーン』
『各自、砲撃に備えてキャンセラー起動』
相手方の会話がダダ漏れだ。
「誰だよ中継してるの……まあ一人しか考えられないけどさ」
ローターのけたたましい音が近づいてくる。
たかが一機、されど一機。
白き乙女のような桁違いに強力な魔法士のいる組織を除けば、どこの軍にとっても陸戦隊の天敵だ。
輸送機並みの積載量を活かして、大量の弾薬を積み込んで大火力で地上を掃射する。
そこに対物障壁を張る魔法士が乗り込めば『制空権が確保されていないと使えない』という条件すらなくなる。
それは高機動戦闘機さえも迎撃対象に収めてしまうほどだ。
『ファランクススタンバイ、対空砲火いけます』
「おい、それって対ミサイル用の迎撃砲だろ」
『使い道がないのでここで使います』
「……なんという無駄遣い。うちの経理部門が生きてたらすぐにお叱りが飛んでくるぞ」
そもそもが全自動防衛兵器。そのシステムを弄るどころか用途外へ使用する。
一発数十万の砲弾がわずか数秒で消えるのだ。
『ちょっと面白いことしてもいいっすかね』
そこへジークの声が割り込んだ。
『何をするつもりだ』
『いえ、俺とカルロのコンビネーションテストをしようかと。失敗してもそちらさんがちゃんとカバーしてくれるっすよねぇ?』
『隊長、どうします、ガキの危険なお遊びに付き合いますか?』
『やらせてみろ。本当に面白かったら後で褒美をくれてやる』
『『アイサー! 楽しみにしますよ!』』
バカ二人の元気な声が通信周波数帯に流れた。
そしてすぐに筒を背負った工兵ジークとライフルを抱えた魔法兵カルロが甲板で構える。
筒の方は大型のグレネードランチャー。スーパーチャージしており一応七〇〇メートルは飛ぶ。
一方カルロは、ライフルをカメラの三脚のように長い脚の支えで固定し、魔法を発動する。
ライフルの銃口、その先に三つの小さな魔法陣が展開され、パイプ状に連なる。
単純に弾丸の加速を三連続で行うだけだ。
だがそれだけでも飛距離は伸びるし、貫通力も増す。
「それで、何するんだ?」
「秘密っすよ」
バタタタタタタッ! と音が近づいてくる。
カルロがゆっくりと照準を合わせ――ドグァンッ! と普通ならばしないような音で弾丸が撃ちだされた。
それは一瞬で加速の魔法を受けて、防弾性のコックピットガラスに大穴を穿つ。
続けてジークがグレネードランチャーの引き金を引く。
バシュッ! と撃ちだされたのはスモーク弾。
割れたガラスの隙間からコックピット内に入り込み、濃密な煙をまき散らす。
気圧調整機能のない機内は瞬く間にすべてが真っ白にそまり、視界を奪われたパイロットは操縦不能に陥って、墜落へと。
「ぃおっし!」
パーンとハイタッチを決めたバカ二人。
後ろからはなにやってんだこいつら、という視線がグサグサと突き刺さる。
『……そんなに遊びたいかお前ら』
「アイゼン、ちょっと俺に考えがあるんだが」
『なんだレイズ?』
「こいつら……アカモートまで泳がせないか?」
『は?』
「アカモートは海面以下に対する防御は手薄だ。機雷があるが、人間くらいなら探知されずに素通りできるはず」
『ふむ、やらせてみよう。そいつらが入ったら俺たちも攻撃を仕掛けよう』
「「ちょっと待ってくださいよ!?」」
「却下だ」
『却下だ』
こうして、名誉ある? 一番槍というご褒美? を手に入れたバカ二人であった。
ちなみに、この後容赦なく海に蹴り落とされたのだが、爆薬数十キロにライフルとマガジンフル装備。
無論フィンや酸素ボンベなんかはない。
まるで沈めるための錘を付けられた状態で、ほとんど溺れながらアカモートに上陸したのであった。




