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第四十六話 - ブルグント南大陸南東海域 〉〉 彼らの戦い

 空に浮かぶ赤き月。

 この星が従える二つの月。

 赤き月と青き月の片方。

 その輝きは魔を増幅させ、人間ならば本能の刺激と魔法の力を増大。

 亜人間ならばよりその種の姿に近くなり、ものによっては理性を保ちきれずに暴走するものの現れる。

 そんな、ルビーのような輝きを海原に投げ落とす月の下、彼らは海面に顔を出した。


「テメェだけはここで溺れちまえ! クズ野郎!」

「あんだとこら!」


 スコールとヴァレフォル。そしてスコールにしがみつく蒼月とレイである。


「なにがカーマンラインの向こう側だ、えぇ! もろに大気圏内だぞ! それも水深五十くらいの!」

「どさくさでおめえが転移魔法を描いたからだろが、ボケェ! マントルの下に行かなかっただけでもいいと思え!」


 血のように赤く、体温のように生温い海水に浮かびながら、男二人は互いに溺れさせようと殴り合い、蹴り合う。

 巻き添えを食らう少女二人は泳げないために、なんとしてもスコールを離すわけにはいかない。


「ちょ、スコール、離れる! 離れる!」

「魔法で飛んでろ――――んの野郎! さっさと沈んじまえっ」

「おまえのほうが沈め! 性根から腐りきったガキがぁ!」

「じゃかあっしゃいだぁっとらんかぁ!」

「……素が出てるぞ」


 呆れながら言い、それでも相手を沈めようとする手を止めない。

 双方とも魔法は使えない。

 スコールは術札がなく、奪おうにも集中すれば沈む状況下のため。

 二名は魔法の使い過ぎで魔力不足。

 残る一人は大雑把すぎる魔法しか使えず、ここで使えば全員木端微塵になる。


「……、」

「……、」


 無言で睨み合う二人にレイが水を差した。


「ちょいちょい、あれ見てどう思う」


 向かってくるのは数本の黒い棒……もといまっすぐこちらに向かってくるサメの背びれ。

 ケガをしている状態で騒ぎ過ぎだ。


「スコール、一時停戦といかねえか」

「今回ばかりは賛成してやるクソ野郎」


 睨み合いをやめる。

 さてどうするか。

 魔法は使えない。

 陸地までは二百メートルほど。


「おいクズ、レイを頼む」

「仕方ねえ、来い」


 露骨に嫌な表情を作りながらレイはヴァレフォルに移る。

 その手には採掘などで使う爆砕用の魔法が作られていた。


「ヘンなことしたら自爆するからね」

「言うようになったじゃねえか、んなことしてみろスコールたちも巻き添えだぞ」


 言われてしぶしぶといった様子で魔法を消し去る。

 魔力量だけで見れば白き乙女第一位。

 効率度外視で見れば破壊力も紅月に並ぶほどだ。

 そんなものを碌に制御できないというのに使おうとするのだ、周りの被害は計り知れない。


「サメと鬼ごっこか……」

「お前だけ食われちまえ」

「言ってる間があったら泳ぐぞ」


 そうして男二人、互いに敵同士ながら死力を尽くしての全力を出した。

 が、水泳のプロどころか泳ぎが得意でないスコールと、種族がらそもそも泳ぎが苦手なヴァレフォル。

 速度はせいぜい時速3キロ。

 対するサメは30キロオーバー。

 ものの数秒で追いつかれる。


「レイ、爆裂を使え」

「そんなことしたら」


 自分たちも潰れる、そういう前に催促が飛ぶ。


「いいからやれ、このままだと食われてお終いだ」

「どうなっても知らないよもう」


 水中、サメの進路上に照準を合わせ(たつもりで)水を急速加熱、瞬間的に気化。

 水の膨張を破壊力として衝撃波をまき散らす。

 音速を越えた破壊はサメの骨格――と言ってもほとんど軟骨なのだが――を粉々に。

 その威力がスコールたちを襲う前に追加で障壁――縦横の幅数百メートル超える――を展開して防ぐ。


「さ、さすが……」


 敵であるヴァレフォルが若干、顔を引きつらせながら言った。

 規模こそ大きいものの、照準能力が悪いために前回殺されなかったと言ってもいいくらいだ。


 男二人が砂浜にたどり着くころには、もうへとへとだった。

 片やスコール。短期決戦、待ち伏せを基本得意とする体力のないやつ。

 片やヴァレフォル。召喚魔法により数で圧殺、もしくは独自のルートで裏から手を下す体力のないやつ。

 よって二人はたかが二百メートル+α(波で流された距離)で疲れてしまったのだ。


「はぁ……はっ、あ……」

「ぜぇ……はぁーー……」

「だらしないなぁ」


 泳いでいない貴女にいわれたくありません、そんな表情で男二人は呼吸を整える。

 生温かい海水のお蔭で体温の低下はなかったが、身体に張り付く衣服と塩水のべたべた感が不快指数を上昇させる。

 砂がつくことも気にせず、砂の上に倒れ伏す体力のない男。

 完全にしがみついていただけの少女二人。

 体力の消耗がなかった二人は少し離れた場所で服を脱ぎ、軽く絞って再び着る。そして持ち物を一応確認しておく。特に蒼月はレイアやスコールにもらった大事なものをベルトループにキーホルダーで付けている。それを確実にあると確認する。

 そしてなぜここまで離れたのか。あの男どもが覗くわけがない、そんなことは分かってる。

 ではなぜ離れたか? それはすぐにでも再開されそうな喧嘩で、砂の応酬を食らわないためだ。

 現に赤い闇夜の中、そちらに目を向ければ、ほら、始まっている。


「ちっ、おめっ、ぶぇっ」

「詠唱させる暇を与えなければ……!」


 砂を蹴り上げ、手でつかみ投げ、合い間にポーチから拳銃型の補助具を取り出し、即座に起動してその銃口を向ける。

 ヴァレフォルは口元を腕で庇い、目も覆って砂を防ぐ。

 魔法士が魔法を使えない状態になった場合、通常は銃火を交えた白兵戦へと移行するものだ。

 だがここにいるのは魔法一筋の男と、白き乙女の戦闘訓練を何かと理由を付けてはサボっていたバカだ。

 路地裏のチンピラの殴り合いよりも低級な戦いに移行するのはなんらおかしいことではない。


「まとめてレーヴァテインで焼き払っちゃおうか……」

「いや、さすがにそれは……」


 傍で見ている彼女たちにも、それは本当に醜い戦いだった。

 むしろ彼女たちならば優雅に一撃で終わらせることができるだろう。

 赤い砂浜、不気味な月。

 殺人事件が起きそうな、いや、起きておかしくない夜だ。


「あっ」


 ドプァァッ! と爆発と共に砂が巻き上げられた。

 相当な量で、離れたところから見ても、まるで砂の波に見える。


「おめっ!」

「避けるんじゃねえ」


 照星の先にヴァレフォルの姿を捉え――砂が巻き上げられた。

 標的の座標を失った魔法が霧散する。

 先ほどと変わり、攻守が入れ替わる(?)状態で戦いはなおも続く。

 両手に得物を持った両者。

 スコールは実弾が込められた拳銃と拳銃型の補助具。

 ヴァレフォルはコンバットナイフと召喚石の欠片。

 互いが狙いをつけ合い、砂を巻き上げ照準を誤魔化す。

 膠着状態だ。

 残弾数の少ないスコール、召喚を行えば奪われるヴァレフォル。

 確実に致命傷を与えられるタイミングで放たなければ負けるのだが、双方ともが手出しができない。

 その機会が来るのならばどちらかが息切れした時。


「ねー蒼ー、あれ放っておいてもよくない?」

「う、ううん、たぶんいいんじゃないかなぁ……?」


 魔力の回復まではまだ時間がかかる。

 そして完全に回復したとしてもあの二人ならば消耗戦になり、再びこの膠着状態に戻るだろう。

 だから彼女たちは、アホな男どもを放って砂浜を歩いた。

 少々歩けば草地に出る。そのまま歩けばすぐそこは暗闇の森へ。

 砂が付く心配がなくなったところで、レイが水を作り出し(サイズはプール一杯分の量を球状にしたもの)、それで身体を洗って随分チクチクする下草に身体を横たえる。


「いつまでやるんだろうねぇ……」


 呆れ声で言うのはレイだ。

 一応レイアの”姉”でありながら、色が真逆で姿は全く同じ。

 燃えるような赤、破壊の象徴。照準能力の不足からしばしば味方に被害を出し、転移魔法は何か”目印”になるものがなければ使えない。いくら攻撃力が高くても、矛先の制御が出来なければ邪魔者扱いだ。どこへ行っても除け者、そんな自分を命がけで助けてくれたのはレイズ、力の制御方法をある程度教えてくれたのはスコール、そして居場所は鈴那のもと……。


「多分、いつまででもやるんじゃないかな。スコールって、ヴァレフォルが相手になるとリミッターが外れるって言うか、なんかいつも以上に体の負担を考えずに動いているような気がするの」

「リミッター……ね。なんでスコールがあそこまでするのか知ってる?」

「え?」

「知らないんだ」

「う、うん。一緒の作戦に出始めたのも八月ころだったから。あんまり……教えてもらってない」

「そっ、かぁー……んーっん」


 身体を大きく伸ばした。

 この下草の上で野宿するのはいささかチクチクしすぎている。


「最初はね、スコールもレイズもあたしも、みんなもヴァレフォルを仲間だと思ってたんだよ。でもあの日――――」


 長い長い話が始まった。

 スコールにとってはほぼ黒歴史認定がなされるほどの内容だ。

 まだある意味スコールが”優しかった”ころの内容から始まり、今の敵対状態に至るまでがある程度纏められて蒼月に伝えられる。

 内容は、兎角詳細は誰かさんのために語りはしない。


 ---


 透き通る青い空。

 突き刺す痛い風。

 二月の寒風を身に受けながら、夜通し続いた戦闘? はまだ終わりそうにない。

 スコールが補助具を虚空に向け、引き金を引く。

 風が吹く、空気の分子が流れているという事象が強制的に書き換えられ、流れが変わる、爆発に。

 破裂音と共に瞬間的に真空吸引が働く。

 ヴァレフォルがバランスを崩す。


「なんだ、もう手詰まりか」

「まだだぜ?」


 その手に黒い魔力を宿らせながら立ち上がり、砂浜に叩き付ける。

 全身黒一色、重油のようにべたついた獣が現れる。

 犬を模しているのか四足で尻尾までついている、ただし足と言っても犬に見合わない爪に、尻尾も針のように尖ってはいるが。

 黒犬は一度身を伏せると、一直線に飛び掛かり……空中で停止した。


「ホロウの弱点は、コア無しは魔力のみということ」

「チィッ。確かおめえは流れの制御が」

「そっちじゃあない。分かるよな、唯一使える魔法が何か」

「時間の巻き戻し……常に進む時間に巻き戻しを掛けて疑似的な静止状態を……?」

「くくっ」


 小さく笑うと、黒犬ホロウに触れる。

 魔力で構成された形が分解される、強引に破壊されただの魔力に変えられる。

 スコールの手の中に納まった真っ黒な魔力。


「勝手に解釈して誤解しろ、誰にも正解なんて教えやしない」


 腕を横に薙いだ。

 漆黒の槍が撃ちだされ、ヴァレフォルを貫いた。


「かはっ……あ」

「今日こそ終わりにしてやる。ようやくだ」


 一切の躊躇いなく、補助具の照星の先にヴァレフォルを捉え、引き金に指を掛ける。

 その瞬間、鋭敏すぎる感覚がその音を、振動を捉えた。


「津波?」


 沖合に目をやれば、高さ十メートルはあろうかという大波が押し寄せていた。

 この場所でサーフィンに適するほどの大波はまず来ることがない、ありえない。


「……嫌なことをしてくれるな」

「ははっ。さあ、逃げねえとどうなるかは分かるよな?」


 スコールはヴァレフォルの殺害を諦め、逃げに徹した。

 視界の隅の方では蒼月とレイも内陸側に向かって走っている。

 現在、補助具に入れてある魔法は流体制御なのだが、さすがに津波を押さえるほどのことはできるはずがない。かといってあの二人に対応させるわけにはいかない。

 魔力で顕現されている魔法、だからと言って神力で相殺したところで物理的なエネルギーとして定着してしまったものはどうしようもできないのだ。


「チッ、逃げようが逃げまいが結果は同じか」


 走る途中で振り返れば、波がヴァレフォルを抱え込むように沖の方へと戻って行っているのが見えた。

 あのまま逃げなければ、制御を失った波に呑まれて溺死。逃げたなら逃げたで逃走。


「ああ、くそっ!」


 ヤケクソ気味にスコールが、補助具を海に向け引き金を引いた。

 遥か彼方の海上に、盛大な火柱が立ち昇った。


「ちょいちょい、無駄遣いはやめた方がいいよ?」

「……はぁ。行くぞ、近くに知り合いのいる街がある」


 その後、スコールたちはバハムートによって破壊された地形を越えて街まで辿り着いたのは数日後のこと。

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