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第四十五話 - 桜都南西海域 〉〉 いつかは決めなければならないこと

 レイズは空母内の一角で目を覚ました。

 最近どうも寝ている間に(性的に)襲われることが多いため、機関室や天井沿いのパイプ裏、甲板の下にロープでぶら下がるなど、常識的に考えて危険すぎる場所で眠っているのだ。

 襲われてまったく眠れないよりは、寝つきが悪すぎるが()睡眠でも十分だ。

 狭苦しい艦内環境でストレスが溜まるのは分かるが、昼間は紅月(破壊力はトップクラス)と手合せをして、黒月(猫)の遊び相手をして、白月(ヤンの成分が溜まってきた)から逃げ回るという非常に疲れる生活。 

 そんなわけで発散されない白月からの逃亡のため変なところで寝るのだ。

 ちなみに今日はミサイルの発射筒内部だ。

 魔法で作り出した水で洗ったシャツを筒の口にかけて塞いでいる。

 カプセルホテルのような気分で寝ることはまずできない。

 外からは波の音、中からはけたたましいエンジン音が艦体を伝わって響き、筒の中で乱反射を起こす。

 この上なく睡眠に適さない場所だ。

 さらに言えば、万が一ミサイルが発射されればモザイク必須の赤い何かに早変わり☆だ。


「俺に平穏はないのか……」


 乾いているはずのシャツに手を伸ばすと、外から朝日が流れ込んでくる。

 白月に見つかる前に朝食を済ませてしまおうと、筒の縁に手を掛けたその瞬間、


「みぃーつけたぁー」

「!?」


 筒の上から白いカーテン……白月の髪がばさぁっと広がり、夜通し探し回ったのか酷くやつれている顔が見えた。

 細い腕が伸ばされ、シャツを犠牲に回避する。

 そして即座に姿勢を反転させるが、


「逃げ道がない!」


 ここはミサイルの発射筒(装填済み)。

 後ろ側に抜けることはできないのだ。


「んふふぅ……もう逃がさない」

「…………いや、まだ逃げる手段はある」


 その手に魔力を圧縮し、筒に叩き付ける。

 並みの魔法士では到底扱えない量の魔力で引き裂かれた空間に、さらに漆黒の穴が穿たれる。

 レイズはその穴に身を落とし、逃走した。


「ああああああああああぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 白月の絶叫が聞こえたが、聞こえなかったことにして真っ黒な空間に落ちた。

 中継界を通らない直接的な移動。

 何か目印になるモノがなければこのまま次元の狭間を永遠に漂うことになるのだが。

 今回は違った。

 何かに引き寄せられている。

 例えるならプールの排水溝に引き寄せられ、最後は戻れなくなるような感じで。

 ここで抗うことに意味はない。

 不可抗力、何をしたところでブラックホールに捕らえられると逃げられないのと同じだ。


「誰だよ、どっかの世界に大穴開けたのは!?」


 どれだけの時間が立っただろうか。

 なんの刺激もない空間では時間の感覚が狂う。

 もしかしたら、今この場には時間などという概念は無いのかもしれないが。

 引き寄せられる力に身を任せているうちに、不可視の爆発が感じられ、物理的干渉力を持つまでに濃密な魔力の波が体を揺さぶった。


「この魔力、複合ハイブリッド魔法マジック……いや、神聖魔術か」


 周囲の気配が一変した。

 ”穴”に落ちたようだ。

 眼下に広がるのは空を舞う天使と悪魔。

 そしてそれらと契約を交わした様々な種族。


「チッ、厄介だな」


 空気が感じられるようになると音も聞こえ始める。

 どうやら余所の世界の戦場に落ちてきてしまったらしい。

 天使がいるところを見るに、今までレイズが暴れまわった世界以外の勢力だ。

 見回していると天使が近づいてきた。

 燃え盛る三対六枚の翼を羽ばたかせ、化け物と言ってもまったく過言ではない見た目だ。

 天使だからと言って人の姿を取っているのは極少数なのだ。


「セラフっておいおい……第一位の最強じゃねえか!」


 叫んだと同時に規格外の化け物を相手にした時と同じ、嫌な緊張が体を走った。

 直後だった。

 セラフの顔を隠していた翼が動き、視線に捉われる。

 体の内からゴボァと妙にくぐもった音が漏れた。


「あっ……」


 視界がぐるりと回転する。

 体から力が抜けて真っ逆さまに下に落ちる。


 ……の損………確認………により身…の修復…………


 体に刻み込んだ不死の魔術が自動的に発動するも、セラフから不可視の追撃が行われた。

 魔力でも神力でもない、信仰することで与えられる力による攻撃。

 パリンっと術が砕け散る。

 核はまだ生きている、このままならばいくらでも再生は効く。

 だが動けないこの状況、無抵抗のまま地上に叩き付けられ、更なる追撃で生き埋めにされてしまえば確実に動けなくなる。

 霞む視界で上を見れば、案の定セラフが迫ってきていた。

 翼が振るわれる。明らかに届く距離ではないのに、体中に剃刀で切り付けられるような鋭い痛みが走る。

 そして自らの体内に封じ込めていたモノがあふれ出す。


「そ……は、まずぃ」


 凄まじい浄化の光が吹き荒れた。

 幾重もの光の糸が溢れ、絡まりあい、純白の繭を創りだす。

 一瞬、それで収まったかに見えたが、すぐに強烈な閃光をまき散らした。

 それが途切れたときには、辺りには小さな光り輝く羽根が舞い踊り、その中心に光輪と白い翼を携えた、レイズですら手を焼く我儘が一人。


「アイリちゃん復活! いえーい!」


 名はアイリ。メティサーナにならぶ駄天使だ。堕天はしていない。

 その証拠は白い翼と、神なき今も自我を保っていることだ。

 天使と言えば誰もが正義・聖・善性の象徴、そんなわけはない。


「クソ……」


 アイリが迫りくる第一位の天使に攻撃を仕掛ける。

 本来天使はより上位の存在には逆らえないが、レイズの周りにはなにかと例外が集う。

 そして、続けてさらに嫌なことが起こった。

 首に下げたネックレスがレイズの魔力と神力を吸収し始めたのだ。

 アイリがセラフを一方的にいたぶる凄惨な状況を眺めながら、レイズは思考を放棄した。

 嫌なことがあった時は、逃げられなければ諦めてしまうのも一つの手だろう。

 だが状況はそれを許さない。

 ネックレスの先端、黒い宝石が砕け散り、悪魔が再誕した。


「んっ、んーう。やっぱり生身が一番よねー」


 四枚羽、黒い翼に錫杖を片手に持った悪魔。

 とりあえず魂だけ回収しておこうか、そんな気分で身に着けていたのがいけなかったのか、よかったのか。


「でも、この世界だけかぁ。ざーんねん」


 絶望の表情に染まったレイズの上で、駄天使メティは両腕を大きく上へ伸ばして背を逸らした。

 まるでこれから運動するための準備でもしているかのように。


 ――終わった……俺の人生にやっと自由が来たと思ったのに……。


 魔力もなく、神力もない。

 体は原因不明で体内がぐちゃぐちゃ。

 なすすべなく地表へ激突し、辺り一面を猟奇的事故現場に変貌させた。

 無論、この程度では死にはしない。

 飛び散った血肉は自然と引き寄せ合い、一つに戻る。それが不可能ならば周囲の物質を変質させて体を再生することができるからだ。


 ---


 数刻後。

 いろいろとぼろぼろの状態でレイズは艦内食堂にいた。

 首のネックレスはなくなり、上半身裸(白月がシャツを持って行ってしまったため)で味気ないレーションを齧っている。

 今やレーションと言えば栄養素だけを混ぜた粘土のようなものだ。

 これはブルグント側もセントラ側も共通することであり、両者ともレーションに味付け用のトッピングを添えて配給している(ただし上級士官以上に限る)。

 一部の兵士たちは少しでも食べやすくするためにと、火で炙ったりもしているようだが、それはそれで生焼けの時が余計に不味くなるリスクが伴うので大多数はやらない。


「うーん、不味い」


 いくら兵士たちの士気を同じ程度に保つためとはいえ、これはこれで士気を下げる要因の一つになってしまっているため……どうなのだ?


「よう、朝っぱらから災難だな」

「アイゼン……お前はハーレムをどう思う?」

「男子禁制って意味だろ」

「そっちの意味じゃねえ! 今のこの俺の周りに展開されるデスハーレム状態をだな」

「ああはいはい、羨ましいですね……とでも言えばいいか?」

「…………」

「まあ、曖昧な返事ばかりで引きずってきたお前に責任がある。誰かを選べば誰かが悲しむ、選ばなくてもいつまでもこの状態は続かない。きちっと思いをぶちまけちまえ」

「それは……分かってるんだけどなぁ」

「なんだ、もしかして死んだやつらのことまで引きずってんのか」

「んー…………」

「ま、なんとも言えんがな。やるとしたら自分の呪いをまずどうにかしやがれ」


 とんっと肩を叩いてアイゼンは去って行った。

 艦内食堂にはもう他に人はいない。


「呪い、か……はぁ、今更言えないよなぁ……インキュバスを殺し損ねた時に魅了の呪いかけられたとか…………」


 残りのレーションを口に押し込むと、席を立った。

 なんにせよ、まずやるべきことはシャツを取りかえすことだ。


 ---


 狭い通路を通って白月に割り当てられている部屋の前に来た。

 さて、どうやってシャツを奪還するか。

 考えながらそっと扉を開けた。


「はぁっ、ぁあ、レイズの匂い……」


 白月には気づかれていない。

 レイズはそっと扉を閉めようとしたが、握られているものを見て手を止めた。

 壁際のベッドの上で白月は、レイズの白いシャツを握りしめている。


「くんっ、くんっ、好きレイズ……匂いだけでもぼぉっとしちゃう……」


 ぴくんと体を動かした瞬間、レイズははっきりと自分のシャツがナニに使われているかを認識した。


 ――あんにゃろ……!


「どうして……なんでレイズは私に振り向いてくれないの……ばかぁ」


 空いた片手は白月の大事な部分で小刻みに動いていた。

 白月が何をしているのは明白だ。

 そういうお年頃であり、レイズにとにかく逃げられ続けていれば、一緒にいたいという思いが溜まり溜まって別方向に零れることもある。


 ――まあいい、後で説教するか。


 レイズは見なかったことにして扉をきっちり閉め、甲板に上がって行った。

 心地よい日光が照り付ける甲板上では、レイアと黒月が薄着で日光浴をしている。

 潮風が肌を撫で、空母に寄り添うように飛ぶ海鳥たちが……アイゼンヴォルフの隊員によって食料へと……。

 それも見なかったことにした。


「はぁ……」


 甲板のど真ん中まで歩き、そこに寝そべった。

 艦載機の離着艦もないので邪魔にはならない。


「……寝るか」


 久々のまともな睡眠が昼寝。

 だが睡眠不足を解消できるのはこういう時しかないため仕方がない。

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