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第四十三話 - 桜都南西海域 〉〉 ヴェセル・エクルヴィス

『お前は考えたことがあるか、自分が何回目の自分なのかと』


 男と女の入り混じった声音が耳に響く。

 世界に色はない。

 どこまでも黒だけが続く。


「さあな、五〇〇までは数えていたが」


 それに答えるのはスコールだ。


『お前は何を求める?』

「答える前に聞かせろ、お前、か」

『虚構と真実の境界を越えて見せろ、次の世界ですべてが決まる』

「質問に答えろ」

『箱の中の存在はただ無駄に足掻けばいい』

「聞いてねえのか」

『護りたければ幾度でも持てる全てを投げ出して見せろ、人間』


 世界が変わった。

 黒一色の世界に青い球体が無数に出現した。

 到底認識できる数ではない、遠くの方は青い壁のように見えるほどの数だ。


「いつもの場所じゃないな」


 上も下もどこにも足場は無い。

 無重力の空間にぽつりと浮かんでいるような感覚だ。

 その場でくるりと回転し、辺りを見る。

 すると意識なく、浮かんでいる蒼月の姿が目に入った。

 周囲には血の珠がぷかぷか浮かんでいる。

 即席の治癒魔法による一時的な止血だ。

 自然治癒で傷口が塞がるまで効果が持つわけがない。

 それに体を貫通した攻撃のせいでかなりの量、出血している。

 このままでは危ない。だというのにさらに血を流したならば残り時間のカウントは加速する。


「蒼! 起きろ」


 ダメもとで呼びかけるが反応は無い。

 だが別のモノが反応を示した。

 音はない。気配もない。それはどこにでもあるがどこにもない。

 視覚外から放たれた灰色を蹴り飛ばす。


「つぅっ……なんて硬さ……いや、運動ベクトルの反転か」


 蹴り飛ばしたように見えたが、実際は反作用でスコールの体が動いただけ。

 無重力の空間でただ慣性に流され、近くの青い球体に掴まって停止する。


「ガーディアン……じゃないな、根幹を成すもの(アテリアル)と同系統か」


 考えている間に、砲弾のように灰色のそれは突っ込んできた。

 球体を蹴り、離脱するも散弾のような破片が飛んでくる。


「チィッ! あれだけの速度でかすり傷すらなしか……。待て、灰色であの強度、モナドだったか?」


 再び突っ込んでくる灰色の球体。

 武器カタナはない、魔法も使えず、使うための術札もない。

 いつも常備している白紙とペンもない。

 腰に下げたポーチは、銃の形に膨らんでいるがベクトルの反転を使われるのならば、撃てば自分に風穴が開く。

 よって避けようがないのだ。

 だが、


「反作用がないから動けないのに、そっちから来てくれるなら――」


 ゴユィンッ! 変な音が轟いた。

 魔力でブーストした蹴りを叩き込み、反動を利用して身体を捻り、神力を纏わせた拳を突き刺す。

 念のための防御措置。

 どちらの攻撃も損害を与えられなかったが、計算通り蒼月の方へと跳ね返された。

 慣性に突き動かされるままに体を預け、蒼月の体を腕で抱える。

 脈はあるが体が冷たすぎる。


「まったく、堕ちた天使は人間並みに脆いか」


 灰色の球体――モナドに視線を向けるとまたもしつこく狙ってきていた。


「あー……インターセプトで奪った魔法は……これだけか。――リリース・ルクスバレット」


 詠唱と同時にスコールの目の前で光の弾丸が創り上げられる。

 物理的な破壊力を持つほどの光の弾丸。

 瞬間でモナドにぶち当たり、打ち砕く。

 しかしその破片が溶けて丸まって膨張して……さきほどよりも悪い状況になった。

 増えたのだ。


「ったく、一人抱えながらの戦闘は難しいぞ、と」


 ---


 無駄に大きく複雑な魔法陣が彫られた空母の甲板。

 空母だというに艦載機もヘリも載せていない。

 あるのは甲板端の近接防空砲ガトリングと防空ミサイルだけだ。

 しかも火器管制システムの都合上こちらから仕掛けることには向いていない。


「はぁ……セントラの兵器ならレーザー砲くらい付いててもいいのに」


 ボヤキながらレイズが見る先は朝焼けの空。

 ふらふらと飛行しながら帰ってくるレイア。

 海鳥が鳴きながら上空を飛び回るのが非常に鬱陶しく感じられる。


「レイアーー!! もう少しだ頑張れー!!」


 徐々に高度を落としながらレイアは帰ってきた。

 特にケガがあるわけではないが、服の一部に砲弾が掠ったのか大きく破れていた。

 もう落ちても大丈夫、そんな距離まで来ると一気にレイズへ向け、落下する。


「お、っととと」


 手すりのない甲板の端ギリギリで受け止める。

 かなり疲れている様子であり、体内の魔力量も枯渇寸前。


「つかれたぁ……」

「よくやったな」

「でも負けたし」

「あれだけやれば十分だ。まさかいきなりリミッターオフになったような感じで高機動になるとはな」

「一応見はしたけど中の安全装置が全部止まってたよ」

「そうか。もしかしたらヤケになったのかもな」


 朝日に照らされる海を眺め、レイアを抱えたまま船室へと向かう。

 一七〇メートル程度の甲板だ、短めの散歩としてはいい距離だ。


「ねぇ、えっちしよ」

「んぐふっ!? うんん!? いきなりなんだよ」


 突然のことに咳き込んだが、ある情報が頭の中に浮かびあがってきた。

 ――たしか命の危機に陥ると性欲が増すとかなんとか……ってこれは男の方か。女のほうは……危機の後…………ってのが今か。いやまて、年齢的にはそういうお年頃であっても身体的に問題ありだ。やりましたできました、で、その後は体にかなりの負担がかかるな、うん。


「魔力の供給はこれが一番早いし……一緒にいたい」

「そうか、なら魔力は結晶で渡す。それでもって寝るまでは傍にいるよ、エロ方向はなしで」

「なんで、私じゃダメ? 紅とか白とか黒ともしたのに。しかも黒は私とおんなじくらいなのに」

「えっとだな……」


 ――さすがに言えないよな、レイアの姉さんが怖いだなんて。いつぞやみたいに顔面陥没とか勘弁願いますよ……。形式上の姉妹なのにな……レイアに手を出そうとした時点で木端微塵に爆砕は当たり前、そんなやつだもの。

 そんなことを考えながら艦内の一室へと入っていくのだった。

 そしてベッドに寝かせたところで、大人しく眠るかに思えたレイアがレイズに抱き付いた。


「どうした? なにかあったか?」

「私たちってさ、いつまでこんなこと続ければいいの」

「分からないな。だけど終わるとすれば俺たちの脅威がすべてなくなったときだろう」

「それって後、何年後? 私たちの戦いって神界戦争があった時より前から続いてるよね」

「それはそうだが……」

「ねえ、もうあの頃から生きてるのって私たちだけだよね。メティサーナさんも鈴那もみんな死んじゃったんだよね。不死の呪いを掛けられてたみんなが死んじゃったんだよね」


 はらりと一滴、涙が零れ落ちた。

 そんなレイアの背に手を回す。


「ああ」

「レイズはさぁぁ……いなくならないよねぇ……」

 ――絶対に、なんてことはないが。

「いなくならないさ。みんなで生き残ろう」

「うん」


 そのまましばらく抱きしめていると、背中に突き刺すような視線を感じた。

 いや、突き刺すでは合っていない、貫くような視線のほうが合っている。


「っ!」

「……?」


 ギチギチと音がしそうな感じで振り向くと、ドアをわずかに開け部屋の中を覗き込む白月の姿が……。

 何と言ったらいいのだろうか、こう、包丁を後ろ手に隠し持ち思い人に寄ってくる女を刺す雰囲気の少女と言った様子だろうか。


「レーイーズーさーまー」

「し、白さん? いったいどうしたんでせうか?」

「そんな子供と体を重ねるならぜひ私とぉぉ!!」

「たしかにからだはちいさいけどそれはないとおもうよ、しろ」


 目じりに涙を浮かべたまま、ある意味破壊力抜群の表情でレイアは反論する。

 それに対し白月は、


「…………」


 何も言えずに終わった。


 ---


 蒼月が目覚めた時、まず目に入ったのはスコールの顔。

 その視線は自分の体に、服の脱がされた胴体に注がれている。

 スコールの手が体に触れている。

 だがそれがいやらしいことが目的ではなく、傷の治療だという事はすぐに分かった。

 縫合針や包帯、お湯や薬などが用意され、傷を縫っていたからだ。

 なんでもできるスコールではあるが、魔法は使えない。

 ともなると、しょっちゅう単独行動時にケガをするし、安全域の街中でもなぜか路地裏のチンピラに絡まれて人に言えないケガをする。病院に行くにしても身分証明書がなければ市民権もない。

 そういう訳でケガの治療は自分ですることになり、色々とできるのだが。

 さすがに手術ともなると簡単な外科手術程度だ。


「蒼、当面の間は激しい運動、特に戦闘行為は禁止だ」

「そんなの魔法で治せば……痛っ」

「この場所じゃ魔法も魔術も神術も使えない。結果の出力ならいけたが、構築しようとすると霧散する」

「えっ……魔法が使えないって、ここどこ?」


 周囲を見渡せば青い球体と灰色の球体がぶつかり合い、互いに打ちこわし、喰い合い、それでも続々と生まれながら数を増やし減らしの混沌。


「まあ、今のところは仮定の話でしかないが、”世界の外”もしくは”仮想空間”かだな。イメージジェネレーターで物質どうぐを創りだせたところを見ると仮想なんだろうが」


 指さされる先には治療に使われたであろう道具類、未だに腕に繋がれたままの生理食塩水が入ったパッケージ。

 恐らくこれがなかったならば、失血のショックで目覚めることは無かったはずだ。

 今はこれで血圧を誤魔化しているだけだが、このままでは血が薄まりすぎてそれはそれで危ないのだが。


「とりあえずまだ動くなよ。リンゲル液もビカネイト液も作るのが難しいから生理食塩水だけだ」


 使った道具を無に帰し、新たに針と糸、当て布を作り出し蒼月のぼろぼろに破れている服を修繕していく。

 手慣れた手つきで作業を進め、うっかり針で指をチクッと刺すようなこともない。


「ねえ、ここの光源ってどこなの?」

「分からない。光があるからには影があるはずだが、影が存在しないから測りようがない」

「ふーん…………毛布とか作れない? さすがに下着じゃ……」

「ああ、悪い」


 瞬間で毛布を創りだし、蒼月に渡す。

 仕事としての意識のオンオフ。

 白き乙女としての作戦行動中は男女別々の更衣室などなく、女性隊員が男性隊員の全裸を見ることも、その逆もまた起こっていた。そしてその状態での検査まであったため、羞恥心で竦むようではやっていけない仕事場にいたはずだが、オフのときは当然そうではないらしい。


「ん……?」


 不意にスコールの真横の空間が歪んだ。

 黒く滲んだそこから――――ドスッ!


「危ねーな」


 飛び出てきた硬質な靴底が鼻っ柱に直撃しつつも、それ以上の接近を足をつかんで阻止する。

 鼻血がかなりの勢いで出ているが、気にせずに引きずり出す。


「あれ? ここどこ?」


 出てきたのは赤い髪の少女、レイ。

 細かな魔法が苦手で大雑把な魔法ばかりを使う。

 当然、転移系の魔法も誰かを”目印”にして飛ぶのだが、それがなぜか顔面であったりと色々問題がある。


「お前なあ、いくら魔法の処理をレイアに奪われてるからと言って毎度毎度顔面に蹴りを叩き込む転移はどうかと思うんだがな」

「仕方ないじゃん、精密処理できないんだから」

「そうかよ……と、それよりもさっさと出ていけ、魔法が使えなくなるぞ」

「ああ……そう。それじゃもう行くけど、スコールたちどうするん?」

「ここに残る。どうせお前の転移先はどっかの戦場だろ」

「うん、ちょっとエルフたちがドンパチやってるとこに」

「エルフっつうと、あの耳の長い種族か。本気になりすぎて世界を壊すなよ」

「壊さないって。レーヴァテインもまだ全開で使えないんだし。ま、そゆことで、じゃね」


 言うだけ言って再び歪みに入ってゆくレイ。

 後に残されたのは無駄に鼻血を流すスコールと蒼月。


「スコール、大丈夫?」

「大丈夫だ」


 と、言いつつも継続的に一般的な鼻血の出血を遥かに凌駕した出血が続いている。

 叩かれた殴られたなどではなく、蹴りだ。

 鼻の奥の方の血管が切れていてもおかしくはないし、もしそうならばなかなか出血が止まらないだろう。

 とりあえず、創りだしたタオルで鼻を押さえつつ服を縫い上げていく。

 貫通攻撃を受けたためかなりぼろぼろではあるが、だんだんともとの形になっている。


「ほんとになんでもできるんだね」

「魔法は作れないけどな」


 他人から奪ったり、刻印を用いるなどすれば使える。

 だがゼロから魔法・魔術を組み上げるとなると、魔力を操り大本の形までは生成できるのだが、最後のコンパイルとでもいうべき段階から先へはもっていけない。

 理由としては単純。

 AD、魔法の存在しない時代に生まれたからだ。

 いまの世界暦の時においても、半分以上は魔法を扱えないものがいる。

 それは生まれつきの素質だから仕方がないことではあるが。


「…………またか」


 再び空間が歪み、出てきたのは黒いフードつきのローブを纏ったネーベル。

 いかにも魔法使いといった格好だ。


「おや? どこだい、ここは?」


 きょろきょろとあたりを見回してスコールたちに気付いた。

 無重力空間のはずだが、まるで見えない足場と重力があるかのように歩いてくる。

 今スコールたちがいる場所は、スコールが創りだした方形の足場だ。

 そこだけにしか重力が働いていないはずなのだが。


「なんで蒼月がここにいるんだい?」

「なに? 私がここにいちゃいけないの?」

「そういうわけじゃないけどね」


 そして視線を毛布を纏った蒼月から隣の絶賛鼻血出し中のスコールへ。

 手元には蒼月の衣服、そこから出される結論は。


「なんだい、女の子の裸を見て興奮したのかい」

「お前の思考回路は一旦短絡(ショート)させたほうがいいか?」


 いつの間にかスコールの手にスタンバトン。

 青白い閃光が光る。

 出力は約一〇〇万ボルトだ。

 まあ電流を調節していれば死にはしないが、このスコールが下方に調節するわけなどどこにもない。


「おいおい、冗談だよ」

「……………………」

「さて、ちょっと真面目な話をしようか」


 ネーベルがそういうとスコールはスタンバトンを消した。

 そのときにちらりと見えた調節部分の値は、電圧設定一〇〇万ボルト、電流設定五アンペア。

 人間なら数ミリ秒で死に至る。


「内容は?」

「さっきヴァレフォルと戦った。君らが与えたダメージがあったからアイツは逃げに徹したよ」

「仕留めそこなったか……それで?」

「他の世界から侵略者が来た。一部は僕が殺っておいたけど、天使使いや悪魔使いがいるから……」

「信仰魔法か」

「そうだね。神を信じるものが神から授かる魔法。レイズがほとんどの神と大部分の天使、悪魔を駆逐したお蔭で使えるものが激減したんだけどね。でも、ほんとに厄介だよ。失われた属性、エルの魔法は」


 言いながら蒼月をちらっと見た。


「ネーベル」

「いやいや、さすがに生贄魔法にまで手を出す気はないよ。それまでできるようになったら神の域だからね、僕は魔神になんてなるつもりないし」

「で、どうやって対抗するつもりだ? メティサーナはしばらくはレイズに憑依して動けないぞ」

「どうやってもなにも」


 そこで区切って蒼月の方に向き直った。


「そこに天使はいるじゃないか」


 そして蒼月は、


「えっ? 私が?」


 ---


 桜都南東海域。

 強襲揚陸艦を改造して製造された工廠艦二隻に挟まれる形で一〇〇メートル越えの戦略兵器は固定されていた。

 周辺には全長二八〇メートルクラスのシールド艦――名前の通り遮蔽物としての艦――が囲むように多数配置されている。

 もっぱら防衛用であり、兵装のすべてはレーダー設備とリンクした迎撃兵器ばかりだ。

 それほどの厳重な態勢の中、機体の整備が行われていた。

 機体自体には名前がなくセントラ全般で使われている大型兵器にひっくるめて単純に『ヴェセル』、もしくは『シェル』と呼ばれている。

 そんな超大型戦略兵器に複数のワイヤーが張り巡らされ、足場が取りつけらえて整備が進められているのだ。

 しかし整備士たちは揃えてこういった「二回、それも別口でクラッキングを受けた形跡がある。しかも二回目はシステムを完全に掌握されるほどの」と。

 電子専門でない彼らが気づけたのは内部のハッキング及びクラッキング防止用のセフティーがすべて壊れていたからだ。

 それほどの攻撃ができる存在を彼らは知らない。

 知らなくても仕方がない。

 それはパイロットだけが知っていればいいのだから。


「結局こうなるの……戦果を挙げるまで帰って来るな、か」


 一人操作席にもたれかかるようにして体を預け、システムの復旧を行っていた。

 外の整備士には姿をさらしたくない。

 それに物理的な整備は彼らしか、電子的な整備は自分しかできないためここから出る必要性はない。


「とりあえずは数で押せば勝てそうだけど、あんなのが数人もいるとなれば……無理だね」


 部隊のほうにはその辺をきっちりと報告した。

 だというのに知ったことかと跳ねられた。

 通常のペースで砲撃すれば物理的な砲、レーザーやプラズマに構わず消し去られるというのに。


「どうせ上の大人たちからしたら、下は消耗品なんだろうかな」


 呟きながらシステム全般の復旧を終わらせる頃には昼時を過ぎていた。

 工廠艦からの切り離しが行われる中、機内に固定された箱の中から消しゴムみたいな味気ないレーションを取り出して齧る。


「まず……センパイもこれにはあーだこーだ文句言ってたなぁ……。センパイ、ほんとに死んじゃったんだろうか」


 太陽が頂点から少し降りたころ、超高速で再び死と隣り合わせの戦場へと向かっていった。

 会敵までそんなに時間はかからなかった。

 今度は二人、天高くを魔法を使って飛行している。

 高精度カメラが捉えた映像は自動的にデータベースと照合を開始して、間もなくデータが表示された。


 国際指名手配犯 白い悪魔 最強の魔法士 レイズ


 これだけは敵前逃亡として扱わない、見たら即座に逃げろ、相手をするな。

 そう言われたのをしっかりと覚えている。

 勝てない相手、戦えば死ぬだろう。

 だがこのまま逃げたところで上からどんな処分が下るかはおおよそ予想がつく。

 ならば、


「……やるしかない」


 火器管制システムをオーバーロード。

 壊れても構わない、勝てなければ結果は同じなのだから。


『一応警告しておく、先に手を出したら話し合いなしで消し飛ばすぞ』


 またも、今度は解放していないはずの通信システムに介入された。

 聞こえてくるのは若い男の声。


「もう二人も殺したくせに!」

『先に手を出したろ?』

「くぅっ…………」

『とりあえず言っておくが、俺たちは白き乙女の指揮官クラスだ。戦ったところで勝ち目ないし、すでにこの海域はそちらにとっても危険なはずだ、大人しく撤退しろ』

「白き乙女……センパイの仇!」


 兵装のセフティーを解除し、発射体勢に入る。


『ああもう、なんでいつも戦闘以外の道がないかね……レイア、やれ』

『はーい』


 瞬間、スクリーンが真っ白に染まり、音が消えた。

 全砲斉射。

 出力をリミッターを越えた値まで引きずり上げたレーザー、プラズマ兵器。

 冷却を待たずに次々と装填しては放たれる火砲やレールガン。

 それらの衝撃にセンサー群が自動的に機能を停止した。

 それはほんの数秒。

 外の情報を再び捉えた時、見えたのはさっきまでと変わらない空間。

 空を飛ぶ二人。

 落ちてくる青い弾丸。


「そんな……」


 世界がゆっくりに見える。

 今から回避軌道に移ってもこの巨体ではどこかに被弾してしまう。

 かといって撃ち落とすことはできないだろう。

 撃った瞬間、消される。


「センパイ……」


 自然と呟いていた。

 最も頼りになる存在を。

 そして聞こえた。

 幻聴かと思えたが、後ろから肩に置かれた手の感触はあまりにも現実の感触。


 よくやった


 振り返った瞬間、時間が戻る。

 冷たい空気が肌を撫で、水の冷たさが体にぶち当たった。


 ---


「はい終わりー」


 上空から無慈悲な分解魔法を三連射したレイアは、索敵用の魔法陣を使って周囲を走査する。


「あぁ……なんとも嫌な結果だな。鹵獲できないし、なんか俺が適当にぶっ飛ばした兵士の後輩だったみたいだし……」

「レイズがそれ言う? 敵の事情を考えていたら戦いなんてできなくなるって言ったくせに」

「いや、そりゃ言ったけどさ、なんかこう、無理やり感が……」

「もーいーじゃん。これはこれで終わり。ほかに敵影もないし、帰ろ」

「そうだな……」


 何とも言えないもやもやを残したまま海上の戦闘は終息した。



 数日後、本国でぎゃーぎゃー言っていた上官は窓際に送られたとかなんとか。

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