表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
43/69

第四十二話 - 桜都南西海域 〉〉 敵性コード『お姫様』

「海上制圧機、発射準備整いました」

「敵性航行位置確認、すでに桜都の南海域を抜けています」

「衛星の映像から『白い悪魔』と『お姫様』がいると思われますが」

「ごちゃごちゃ言うな!! スコール中尉の失態がなければ今頃は中央の安全域でくつろげていたんだ!! スコール・クラルティ、クライスにクレヴィース、ええぃ、Cで始まる連中はとことん災いのもとだ」


 機体の外でごちゃごちゃぎゃーぎゃー言っている大人たちの喧騒を聞きながら、機体に押し込められた者は神経を研いでいた。

 全長およそ一〇〇メートル。

 ザリガニのような本体に、背面から伸びるハサミのような二本の巨大なアーム、下部には無数の足が。

 そんな機体の中に押し込められた者は、うつぶせに倒れ掛かるように操作席コンソールに着いていた。

 この機体が作られた際、ただただ性能を追求しすぎたが故に操縦できるパイロットが軍内部にはいなかった。

 AI任せで動かすという案もあったが、機械的な動きではどうしてもパターン化され、対応策を作られる。

 だから適合する者を都市全体を管理するAIの検索能力をもって割り出し、強引に連れてこられた者を。

 機体に合わせて、化学物質を投与され、電気的に脳を弄られた者を。

 ただ機体を動かすための心臓(CPU)代わりに組み込んだ。

 黒を基調とした、身体にぴっちりと張り付くスーツ。

 ところどころにファスナーがあるところから、パーツごとに着脱できるようではあるが、上から装甲ベストを羽織り、腰回りにポーチがいくつもあるために脱ぐのは容易ではないようだ。

 そんなスーツではあるが、性能としては空軍仕様と変わりがない。

 下半身を締め上げて脳の血流低下を防ぐ機能が組み込まれている。

 この機体を操るにはそれがなければならない。

 重力制御ユニットで機体を浮かばせ、最高速は時速五〇〇キロ前後に達するためだ。


『クレヴィース二等准尉、準備はいいですか?』


 開かれた瞳に光はない。

 下手に逆らえば自分の意思までも奪われる。

 首裏に繋がれた、神経接続子に突き刺さるケーブルを忌々しく思いながら頷いた。


『では、健闘を祈ります』


 決まり文句として言った兵士がゲートを開ける。

 すぐ外には汚い海が広がっている。

 機体に押し込められた者は、静かに目を閉じ、首裏に繋がれたケーブルから入ってくる情報に意識を移す。

 自分の五体の感覚が霧散し、機体の感覚が直接脳に伝わる。

 機械をまるで自分の体と同じように操る者は、ふわりと浮かび上がるイメージを浮かべ、攻撃目標を沈めるため、海に躍り出た。

 その後ろには、微妙に異なる形状の二機が続く。

 それぞれの機体が搭載する武装が異なるのだ。

 電子兵器をメインとする機体。レーザーやプラズマ砲を搭載し、レーダーなどで他機の探査・照準・誘導補助を行う。

 もう一機はミサイルやコイルガンなどの物理的なものを。

 そして准尉が操る機体には、グレードが落ちているがすべての兵装を搭載している。

 すべての兵装を、と言えば聞こえはいいが、結局のところ短所を潰すために長所を潰しただけだ。

 とりあえずすべてに対応できるが、相手の得意な土俵では苦戦を免れないと言えるだろう。


「こんなときでも、助けてって言ったらあいつは来てくれるのかな」

『もう無駄だろう。灼熱の聖誕祭の日に少しだけ戻ったようだけど、すぐにネットワークから消えた』

『あいつ、試験型の第三世代だったろ。第三世代は常にネットワークに接続されている。それが完全に切れるのは死んだ時だ』

「やっぱり死んだかな、なんか白き乙女に入ったとかなんとかって情報もあったけど」

『それならそれで、AIネットワーク経由でIDの確認ができるはずだが』

『確かあそこは美少女揃いのピンク部隊じゃなかったけか? 今頃きゃっきゃやってんじゃないの?』

『はは、さすがにそれは……おい? 准尉どうした』

「…………」


 通信越しに伝わらないはずのアナログな情報が伝わってきた。

 まるで殺意のような……。


 ---


 桜都南海域、戦闘機も戦闘ヘリも積んでいない空母の甲板上で。


「やれるだけの準備はしておくに限る」


 レイズはセントラ軍の空母(対地貫通ミサイル程度なら十分に弾く強度がある)の甲板をがりがり彫っていた。

 本来滑走路であるべき平べったい甲板には、魔法陣の中にさらに魔法陣を組み込んだ巨大な魔法陣が構築されている。

 いや、正確には魔法陣ではなく魔術陣と言ったほうがいいか。

 これは一般の魔法士が扱う魔法のためのモノではなく、魔術を発動するためのモノなのだから。

 イチイチ魔力を練って操って、使い切りの陣を描くよりも、先に型を作ってそこに魔力を流すだけのほうが圧倒的に早く、確実に発動できる。

 大きさは直系にして約七〇メートル。

 休憩はなし、睡眠時間も削りに削って用意している。


「まあ星の動きに影響が出るかもしれんが……ミーティアラインかグングニルを連発して……」


 ガリガリガリガリ……ギャリギャリギャリギャリ……。

 腕に障壁を纏い、魔法のアーク放電を用いて柔らかくしながら彫っている。

 レイアの分解魔法辺りがあれば楽なのだが、あれを扱うには自身の処理能力が不足している。

 分解対象のすべてを解析しつつも、それをほぼ瞬間でこなすなどできやしないのだ。


「つーかお前ら手伝ってくんない!? こんな防御用の障壁設備もない軍艦にセントラの部隊が仕掛けてきたら即轟沈だぞ!?」

「いや、俺は魔法学の授業受けてないし」

「俺も対魔法士戦闘訓練しか受けてないっす」


 などという”不”良な若い兵士二人は、鉄パイプを溶接して即席のサンベッドを作り寝転がっていた。

 もちろん溶接はカルロの魔法だ。

 彼は火属性と武装強化系の魔法を得意とする。


「そもそもさ、俺らってぶっちゃけ戦力外じゃん」

「そゆことっすよ、レイズたちが勝てなかったら海の藻屑っす」

「おめーらなぁ……」


 月姫に助力を請おうと視線を横に向けると。


「ふにゃぁー……」


 船内から運び出してきたタオルを敷いて日光浴をしている少女たちが見えた。

 まるで猫のように丸まって……というよりも実際に猫耳がぴょこぴょこ動いていた。


「そういや黒月は猫系の獣人族だったか」


 魔法で姿を偽装しているはずなのだが……解けかかっているのだろうか。


「と、言うよりか――――お前ら服はちゃんと着ようぜ!?」


 いくら赤道付近とはいえ二月前半、未だに肌寒い季節であるはずだが……。

 なんというか、今日この日は風もなく、波も穏やかで雲一つない晴天であった。

 うつぶせで足をぱたぱたと動かすたびに、つられて可愛いお尻が揺れ動いたりもしている。

 一応言っておくと現状この空母の乗員は大半が男性である。

 閉鎖空間でたまりにたまった男性陣に迫られてもおかしいことは無い……が、それを軽く吹き飛ばすだけの戦闘能力はあるために誰も手を出さない。

 それを分かっているからこその、タンクトップにそれぞれの少女の象徴色の布だけという格好で日光浴をしているのだ。


「いーじゃん、見られて減るもんじゃないしー」

「いや、黒月さん、あなたねえ年頃の女の子が恥じらいをなくしちゃいけないと思うんですけどね」

「なんならここでする?」


 ピラッと下着に指を掛けながら黒月が言う。

 猫耳の威力も相まって……。


「なんでそっち方向にシフトする!? つか見られながらやる趣味はねえよ!!」


 しかしながらそっち方向に流れることは無かった。

 だが一応言っておくと、白き乙女の一部の女性陣はレイズとは体の関係があったりはする。


「いやいやいやいや、そんなことよりも! お前ら戦略級兵器が来るかもしれないってのになんで呑気!?」

「私たちだって戦略級魔法士ですが」

「紅月……正論だけど魔法と重火器の速度なら重火器のほうが速いから。対地掃射衛星とかの攻撃を防げないから」


 他を見てもまったくもって手伝う気がないようなので一人寂しく甲板の掘削作業を続けるレイズであった。

 彼女たちの気分の切り替えについては、仕事柄もあり早かった……。



 そして、夕日が甲板を茜色に染める頃。

 誰もに気づかれずにレイアはステルス状態で飛翔した。

 愛用の補助具ライフルを抱え、空高くまで昇ったところで魔法陣を展開。

 魔力の波を放出し、続けて魔法を用いて電磁波を放出する。

 周囲を一気に走査に操作し、頭の中に遥か彼方の映像を浮かべながら索敵。

 何が来ようが兵器同士の戦闘ならば先に位置を割り出して攻撃してしまえば勝つ。


「見つけた」


 遥か遠くの海面を、滑るように高速で接近してくる機影があった。

 全長百メートルを超える大型兵器だ。

 どうも複数のギアを搭載しているようで、重力制御と魔法を無力化するためのものがあるようだ。

 だがそんなものは障害にならない。

 なんであれ”一つ”であれば一撃で分解できる。

 相性が悪いのは多重展開される障壁のように、複数で一つとなっているものだけ。


 ---


『准尉、レーダーに敵艦を捕捉。情報を転送します』


 ヘッドアップディスプレイに表示された情報が目に入る。

 まだ自分の機体では捉えられていないが、さすが電子兵器を搭載する機体というべきか。


「先制攻撃、『コンテナ』とプラズマ砲」

『了解』


 物理的兵装を多数搭載した機体の兵装庫ウェポンベイが開く。

 中に覗くのは回転式の主砲。

 ミサイルランチャーとコイルガンの砲がガトリングのように配置されている。

 だがそのサイズは、機体自体が大きなため小さく見えるが鉄塔と同程度である。

 ガゴォンッ! と凄まじい爆音を轟かせ、爆弾を大量に詰め込んだコンテナが撃ち出された。

 本来であれば、セントラ正規軍は大型爆撃機から投下して使用する。

 コンテナ自体にセンサーを取り付け、攻撃目標の上空で内包した爆弾を散布するのだ。

 クラスター爆弾の円形爆撃と違うところは、帯状の爆撃を行うところだ。

 続いて電子兵器を搭載した機体もウェポンベイを開く。

 中から出てくるのは、こちらもまたガトリング上に配置された筒だ。

 内部の発電ユニットの出力を上げ、チャージ開始。

 そのままプラズマを放ったところで瞬間的にエネルギーを失って消えてしまう。

 そのため先に高出力レーザーで空気中のゴミと電子を吹き飛ばし、なんの障害もなくなった空間にプラズマを撃ち出すのだ。

 単純にレーザーをぶつけるよりも破壊力が得られるために、今やレーザー兵器は度々別目的でも使用をされる。


『チャージ完了、磁界生成、レーザー放射』


 ジュワッ! と水が瞬間的に蒸発するような音が響いた。

 数瞬遅れてすべてを焼き尽くすような真っ白な光が放たれ、()彼方で大爆発を起こした。


『んなっ!? 防がれた!?』

『バカな、光に反応できるわけないだろ』

『いやでもっ……チッ、コンテナも消えたぞ!』


 僚機からの通信を聞きながら自身も武装を展開してゆく。

 ステルス性を得るために、独特な形をしていた機体表面のあちこちが開く。

 電磁力によって金属弾を放つローレンツランチャー、多連装の火砲、核シェルターすら貫くバンカーバスター、その他対空レーザー、対人殺傷レーザーやマイクロウェーブ発射装置などなど。

 一機で戦線を崩壊させるだけの戦略兵器。

 相手は一人で戦局を覆す戦略魔法士が複数。

 しかし魔法は相手を認識することが条件のはず。

 ならば一方的に水平線越えの攻撃ができるこちらのほうが有利なはず。

 これほどの攻撃を凌ぐだけで相当消耗するはず。

 だから一斉砲撃を行った。

 なのに。


「そんな……」


 空中を舞い、空に輝く星のようになった脅威の雨は、水平線の彼方に消える前にふっ、と消えた。


『ありえない、いくらなんでも魔法障壁じゃこれは防げないはずだ!』

『落ちつけ、魔法の照射位置を割り出した。上空だ』

「上?」

『なぜレーダーに映らない、小動物だってはっきりと映るはずなのに!』

「ん……?」


 動揺し始めた仲間の中で准尉は気づいた。

 外部のセンサーを通して、コックピット一面のスクリーンに映る映像がおかしい。

 風景だけ、数値だけをみれば確かにそれはあっている。

 だが直接感覚として受け取る情報とわずかにかみ合わない。

 いくつかのカメラを動かしてみても、確かに映像はきちんと動く。

 しかし、わずかに違和感がある。

 なにかがずれている。


「まさか……! ウイルススキャン、パターンマッチング開始」


 機械的なクリアリングを開始すると同時に、自分の意識を機体に潜らせる。

 見たことのある何かがシステムの内部を荒らしまわっていた。

 そして暗号化されているはずのプログラムを解析して、ソースコードが高速で書き換えられていく様子を見てしまった。


「閉鎖ネットワークにどうやって……!」

『なんだこのウイルス!? どこのだ!』

『まずい、機体の制御を奪われる……』


 気付いた、思い出した、あの時の悪夢を。


「RC-Fenrir……なんでこんなところに」

『ハロー、久しぶりだね』


 三機だけの専用回線に少女の声が割り込んできた。

 昔聞いたことのある声。

 桜都所属の最強のウィザードと呼ばれた少女の声。


『その声、キサラギか?』

『あなたのことはしらないけど、そうだよ。そしてさようなら』


 カメラ越しに見えた青い光。

 それが斜め後ろで対空炸裂弾を撃とうとしていた僚機に当たる。

 一発目でギアが生み出す重力障壁が霧散した。

 二発目で対魔法障壁が砕け散り、発生源のAMPギアが過負荷で煙を上げた。

 三発目で機体が、まるで製造工程を逆再生するかのようにバラバラに散った。

 パイロットは五〇〇キロオーバーの高速で海面に叩き付けられ、機体のパーツにすり潰されながら景色に中に流れて消えてゆく。


『つぎ、にばんきをねらおうか』


 わざわざ通信網に標的を流す。

 そしてわざわざ、分かりやすいレーザーやその他電磁波を使った火器管制システムのロックをぶつける。

 分かりやすいイコール安物、そう判断して大丈夫だとこの機体は言えるのだが、パイロットのほうはそうではない。

 さきほどの空からの魔法攻撃で僚機が瞬く間に沈められた。

 その事実が海中に逃げるという選択肢を取らせた。

 もっとも選んではいけない選択ということは分からなかっただろう。

 ゴゥンッ! と潜った機体を囲む閃光が放たれると水柱が上がった。


『げきは、ほんのすこしのみずでも、ぶんかいしたらばくだいなえねるぎーになる。うみはわたしにとってはかやくことおなじ』


 使用した魔法はインプロージョン。

 ブルグント側では重力制御魔法などを用いた圧壊を指すが、白き乙女では対象の全方位での同時爆発による圧力での圧縮攻撃を示す。

 逃げれば爆発の方向を転換し、そのまま衝撃波と熱波で、逃げなければ当然……えげつない攻撃だ。

 水中で爆発を起こした場合、重力の関係上エネルギーは海面に向かう。

 さらに爆発の熱により膨張した物質により威力が増える。

 それを障壁で閉じ込め、一点に集中するとなれば一〇〇メートル級の兵器とて鉄の塊に纏められて終わりだ。


「なん……なんだ、そのデタラメな攻撃は。魔法って言っても一応は物理法則にしたがうはずじゃ」

『なんでそんなむだなことするひつようがあるの? まほうっていうのはのぞむじょうたいをつくりだすの、だからいちいちそこにあるるーるなんかにしたがうひつようはない』

「だって、ブルグントの魔法士だって一応は物理法則に逆らわない魔法しかないって」

『だから? まほうはじしょうをつくりだせないなんていってるのはまほうしだよ。わたしたちまじゅつしはじしょうをひきおこし、じょうほうをかいへんする』


 不意に警報が響いた。

 HUDに重ねられてクリティカルアラートの赤い文字列が表示される。

 魔力の揺らぎを感知したセンサーが、電子的なセキュリティシステムが、各部の安全装置が、悲鳴を上げる。

 どんなイメージをしても、どれだけコマンドを打ち込んでも機体が動かない。


「そんな……!」

『さような――』


 死を覚悟し、ケースにしまったままの大切なナイフを握りしめる。

 ――誰でもいい、助けて。

 そんな思いが通じたのか、通信回線に新たな乱入者が現れた。


『待つっすよぉぉ!! そいつは』

『なに? じゃましないでほしんだけど』


 空に舞う脅威が気を逸らした。

 その隙にシステムの制御を別の方式に切り替える。

 武装をしまい込みつつステルス形態へ移行。

 本来使うことを想定していなかったフレアとチャフをばら撒き、バラバラの値をセットしたECMもありったけ撃ち上げる。

 魔法のロックオンに対しては効果があるかどうかは分からないが、まず目視されにくくはなるし、相手がどういうわけか火器管制レーダーまで使っていたところをみるに、そちらには有効であろう。

 相手があちらに気を取られているうちに、追加で光学迷彩を起動し、熱電交換で機体表明と海面との温度差をなくす。

 どういった方法で探知されるかわからない。

 使える兵装はすべて使って今は逃げるために動く。


 念のため回避軌道を取りながら、ただがむしゃらに逃げた。

 気付くころには月が高く上る夜だった。

 索敵用のレーダーなんて使いはしない。

 レーダー波を探知されでもしたらまた地獄の幕開けだ。

 見つからないことを祈りながら、お守り代わりのナイフを握りしめながらシステムの復旧を急ぐ。

 幸いにして制御中枢セキュリティコアは無事だった。

 そこからデータを読み出し、書き換えられたソースコードをもとに戻してゆく。

 それでも内部システムを確認した時は一瞬ドキッとしたものだ。

 不正アクセスを遮断するための防壁は粉々に打ち砕かれて、コアを護るための特殊な防御『ICE』もすべて溶かされていた。

 あと一秒でも遅れていれば手遅れだったと断言できる惨状だったのだ。


「あれが白き乙女……」


 このまま帰ったところで碌な戦果は無い。

 近頃安くなったとはいえまだまだ一発数百万のデコイをほとんど撃ち尽くしたうえ、機体内部にかなりの損傷。

 さらに僚機が二機とも沈められた。

 帰ったらそのまま降格処分と共に無人の荒野に投げ出されるかもしれない。

 そう思うと帰ろうとは思えない。

 どちらを選んでも死。

 ならば嫌な国より、この綺麗な海に沈んだ方がマシと思えた。


 ---


 月の綺麗な夜、魔法陣の彫られた空母甲板上にて。


「なんだよもう……俺の努力はなんのためだよもう」

『わたしのまほうをあまくみないで』


 頭のなかに直接響くのはレイアの声。

 精神ネットワーク経由の感覚共有で一方的な大破壊を見ていたわけだが、


「やるならやるって言ってくれ、だったら俺がこんな魔法陣用意しなくてもすんだじゃないか」


 二月も中旬、長い逃走航海の中で描いた魔法陣は役目も奪われて、ただのじゃまな溝として捨て置かれることに。


『いや、まだつかうかもよ?』

「そういえば一機逃がしたな。できるならあまり壊さずに鹵獲しろ、解析して今後の余裕がある時期に造る」

『えーー……めんどう』

「いいから頼む。いまはまだ人員が少ないが、そのうちまた再建した時にでも、な」

『むぅー』

「なら、見事鹵獲できたらまた我儘でもなんでもいいから好きにしていいぞ」

『ほんとに?』

「ああ、た・だ・し! 何か造るならキャンディデートナンバーじゃなくて実戦配備が可能なくらいにしてくれよ。毎度毎度性能はいいがコストが高すぎるからな」

『そっちじゃなくてー……えっちなほうは?』

「…………………………………………」

『いっつもさーみんなばっかりずるいじゃん。だからたまにはべたべたしたいなー、なんて』


「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」


 たっぷりたっぷり長ーい長ーい沈黙の末、


「お前が望むなら」

『やった』


 レイアとの通信が切れ、遥か遠くから召喚魔法が使われた気配がした。


「まったく……魔力が少ないからってあんな裏技で事実上魔力無限とかねぇ……俺が言うのもなんだけど反則チートだな」


 ---


 月明かりに照らされた真っ黒な海。

 まるで墨汁をぶちまけたかのような黒と光の白。

 飛び込めばどこまでも沈んでいきそうな深淵のようにも見える。


「来た……」


 そんな海に何かが投下された音ははっきりと捉えている。

 まるで魚雷のような音だが、それにしては妙に陣形が整っているように思う。

 一つ一つは小さな反応だが、デルタ型の隊列を組んでいるせいなのか探知された音波から予測された形はとてもおかしなものだった。

 だがなんであれそれが攻撃用のものならば問題がない。

 問題になるのは、それが自立型の探査機だった場合。

 いくら機体を隠したところで稼働している限りは微弱な電磁波や音を散らす。

 嗅ぎつけられたら夜戦の開幕だ。

 夜ともなれば本来なら魔法士にとっては不利なはずだが、相手は一般常識が通用しない化け物。

 こちらも一〇〇メートル級の大型機ではあるが、すでに特化型の僚機が二機、沈んでいる。

 オールレンジ対応・マルチロールのこの機体でどこまでやれるだろうか。

 捕捉されたその瞬間にはバラバラにされるのではないだろうか。


「ううん、やるんだ。それで……それで死んだなら……」


 ぎゅっとナイフを握りしめる。


「あいつ……生きてるかな。いつの間にか学校にも来なくなって……」


 首を振る。


「いや、今はこっちに」


 気付けば正体不明の何かに囲まれていた。

 円を描くように、機体を中心に規則的に。


「魔法陣!?」


 気付いた瞬間に動力の出力を最大まで上げ飛ぶように逃げた。

 機体の修復とステルス維持に回していたエネルギーもすべて戦闘用に転化。

 すべての探信機と探知機を動かし、周囲を走査する。

 するとすぐに反応はあった。

 上空二〇キロ。

 戦闘機の土俵だ。

 レーダーに映る影は渡り鳥よりも小さかった。

 だが人間だ。望遠レンズで捉えた映像にはっきりと映っているのだから。


『よけいなつうしんはぜんぶしゃだんした、もうじゃまがはいることはないし、たすけもよべない』

「生きるよ、あいつに会うまでは死ねない」


 さきの戦闘で物理的攻撃は効かなかった。かといってプラズマ砲が効くかと言えばそれもノーだ。

 だから使う兵装は……というよりは、レーダーの出力を限界値ギリギリまで上げ、そのすべてを収束させる。

 使われているのは走査用のマイクロウェーブ。距離が開けば減衰するが、合成波ともなれば十キロ、二十キロさきでも水分子を高速振動させて物質を破壊することだって、重装甲の戦艦だって溶かすことができる。

 そのはずなのに、あちらがより強力な出力で使ったのか機体表面が火花を散らした。

 こちらが放った波は逆位相の波で相殺されでもしたのだろう。

 敵には一切の被害が見られない。


「くそっ!」


 タクティカルアラートが響く。

 空からは目に見える青色の砲弾が落ちてくる。

 海中には目には見えない魔力の乱れが海中の至る箇所に発生し始めている。

 小刻みに回避軌道を取りつつ、残りのフレアとチャフをすべて撃ち出す。

 残弾も、燃料の残りも考えない。今ここで出し惜しみをして死んだらすべてが終わってしまう。

 ならばここで使い切ってでも生きてさえいれば。


「見えるだけでも武器はライフルと魔法陣だけなのに!」


 望遠レンズがしっかりと追尾している敵の姿は小柄な少女。

 夜の闇でよく見えないが、体格的には中学生くらいか。そんな少女が身の丈に合わない長大なライフルを抱え、背面には数メートルもの魔法陣を展開している。

 基本的な攻撃用であっても一メートルかそこら。だがアレは測定できないが三メートルを超え、しかも多重で複雑。

 一体いくつの魔法を用意しているのか解析は不能だ。


『おどりなさい、死につかれるまでえいえんに』


 瞬間、あちこちから水柱が上がり始め、至るところがチカチカ光っている。

 どれか一つにでも当たれば体勢を崩される、そうなってしまえばあとは一連撃ワンコンボで沈められる。

 だから回避軌道を取る、が、


「チィッ」


 いくつも表示される回避パターンのそのさき、ほとんどに海中の何かが待ち構えている。

 ギリギリのところで交わし続け、試しに火砲を叩き込んでみれば、途端にその何かの周囲の海水ごと消失した。

 そこにあったものが綺麗に消え去ったのだ。


「消滅……? いや、転移?」


 巻き込まれたらそれはそれで終わり。

 空からは砲撃が、海中にはトラップが。

 このまま続けたならば、いずれ機体の各部が消耗して止まるだろう。

 そして冷たく暗い海の中に仲間入りだ。

 


「っ……絶対に生き残る!」


 強く強く、握りしめたお守りの柄。

 そのときに感じただろうか、なにか小さなスイッチのようなものを押した感触を……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ