第四十一話 - 三分前/その後
「ガキが変な空気作ってんじゃねぇぞ」
術札によって制御された、妙な風が渦巻く場所に敵は踏み込んできた。
「ヴァレフォル……」
レイズに一撃もらったのか、上半身の衣服はなくなり、浅黒い肌には内出血の痕が多数みられる。
後ろの粉塵の中からは車の衝突事故のような音が聞こえるところからしてまだレイズが戦っているのだろう。
「お前、たった二〇時間でなにしやがった。留守にしたのは少しの間だった、探知なんざできないはずだ」
「はっ! 近くにいるのがすべて味方だとでも思ってやがったかぁ? 変わっちまったなぁ、あの頃はすべて疑ってみていたテメェも」
「誰だ」
「考えてみやがれ」
候補をすぐに頭の中でリストアップ。
レイズ、蒼月は除外。
連れて行かなかった者の中にいるはず。
アイゼンヴォルフか。それは違う。
彼らはヴァレフォルに個人的に恨みを持つものや完全に信用できる者しかいない。
月姫か。これも違う。
精神ネットワーク経由で、不穏な行動を取ったならば即座にレイズが感知するはずだ。
カルロか、ジークか。それはない。
カルロはヴァレフォルの脅威を知っている。ジークも元漆黒武装小隊の所属、同じように要注意人物として情報は知っているから接触はしないはず。
ならば?
「パックスかムーアだな?」
「ムーアだ、あのジジイ、かなり不満を抱えてかんなぁ簡単に引き込めた」
「そうか。でも、騙したことに変わりはないんだろ?」
「テメェがいると領主がおかしくなる、だから引きはがしてやるっつったらすぐに飛びついてきやがったぞ。ははっ、まあその結果が領地の破滅なんだがなぁ」
やり口はスコールと同じ、だからそれについてはどうも思うことがない。
だがわずか一日足らずでどうやってセントラの軍を配置したのか。
それが引っかかる。
いくらラバナディアと同盟関係のセントラとはいえ、これだけの部隊を寄越すとなれば問題がある。
まず第一に理由だ。内乱への介入としても、一か所にこれだけの規模を終結させることなどできやしない。
そもそも個人の伝手で軍に干渉することも無理があるはずなのだ。
「一つ教えろよ、桜都の時もだったが、どうやってセントラや浮遊都市の軍を煽った」
「情報は立派な武器だぜ? 教えるわけねえだろ」
「そうかよ」
「っと、そろそろ時間切れだぜぃ」
ヴァレフォルが腕を振ると灰色の霧が晴れる。
その遥か上空には高速で落下してくるミサイル。
「飛ぶとするか」
腕に真っ黒な魔力を纏わせ、地に叩き付ける。
瓦礫の足場が泥沼のように沈みはじめ、スコールも蒼月も身動きが取れなくなる。
「くそっ、ヴァレフォル!」
「安心しな、これは魔法じゃねえからテメエに止められねえし、転移先はカーマン・ラインの向こうだ」
「こんのクソ野郎が……昔っからかわりゃしねえな!」
魔法は奪い取れる、魔力も操れるし神力による相殺もできる。
だが限度というものはある。
「い、いやっ、スコール!」
「蒼、離すなよ」
沈みゆく中、スコールは蒼月の腕をしっかりと摑み、蒼月も摑む。
そして空いた片方の手で術札を取り出す。
走りながら書いたもののため、かなり汚いが読み取れるのならば問題ない。
「こうなりゃ一か八か、道連れだ」
「テメッ! アンカーは――――」
「一分、意地でも引き止めてやる。障壁はその程度で壊れるだろ。あとは灼熱に焼かれてしまえ」
---
洋上・空母甲板
煙の軌跡を残しながら落下するミサイル。
青色の弾丸がいくつもぶつけられるが、当たった瞬間に掻き消され損傷を与えるには至っていない。
そして空中でミサイルは割れる。
後方のパーツは慣性に従って散り散りに、先端はまっすぐに落ちていく。
地に落ちる直前、先端も割れ、白い液体が一斉にぶちまけられた。
虫取り網を振り下ろしたかのように、市街地を半球状に包み込む。
その瞬間、白い液体に覆われた空間は地獄に豹変した。
白は紅蓮の業火に、すべてを焼き付くす炎に。
周囲の酸素を急激に取り込み、気圧すらも変え、地上を押し潰す。
上空を旋回していたレイアは乱気流に呑まれ、制御を失って灼熱の空間に落ちて行った。
それから数秒して、洋上の空母の甲板に立っていた彼女たちにも、轟音と衝撃波が伝わった。
激しく塵や瓦礫が舞い上がり、空にはキノコ雲が立ち昇る。
何も見えなくなった。
さっきまで街があった場所は何もなくなったのだろう。
あれほどの爆発、あれほどの高熱。もはや地上に生きているものはいないだろう。
いくら魔法士と言えど、障壁で遮断できるエネルギーには限りがある。
……はずなのだが。
「っと、危うく死ぬとこだった」
甲板の真ん中あたりが一瞬光ると、レイズと抱えられたレイアが立っていた。
レイズのほうはあちこちに傷があり、片腕に酷い火傷もある。
甲板にレイアを下ろしたところで白月が飛びついてきた。
「レイズーーっ!」
「どわっ!? ……お前なあ」
白月を引きはがしつつ周囲を確認する。
甲板上には紅月、黒月、白月、アイゼンヴォルフのメンバーにカルロとジーク。
「あいつら……間に合わなかったか」
「いや、まだ反応があるよ」
大きな青い魔法陣を展開したレイアが呟いた。
ここから見える状態だけでも、未だあの粉塵の内部は高圧の灼熱地獄だろう。
そんな場所であれば地下であっても数秒で死に至る。
「場所は!? すぐに俺が」
「無茶です! いくらレイズでもあの中は死んでしまいます!」
「紅月、忘れたか? お前たちと違って俺は消し去られても死なないんだ。俺が転移した瞬間にあいつらだけ飛ばせばなんとかなる」
話ながら転移魔法を準備し、後は転移先の座標を思い浮かべるだけとなり、
「あっ…………」
「どうしたレイア? 早く位置を」
「消えた…………」
「はっ? おいまさか……」
「クズ野郎に掴みかかってたスコールたちの反応が消えた」
それでも、転移魔法を実行しようとしたレイズに、レイアが魔法を破壊するための分解魔法をぶつける。
「おい……!」
「もう無駄だよ……なんでみんないなくなっちゃうの…………」
その場にレイアが泣き崩れた。
なんやかんやで隊長だった鈴那の消滅、そして同じような存在の蒼月がいなくなったことで耐え切れなくなってきたのだろうか。
いくら横のつながりが薄く、他の隊が消えたところでどうも思わなくても、同じ部隊の者がいなくなれば心に響く。
「くっ……」
歯をかみしめながらもレイズは次の指示を出す。
いつまでもここにいると、次はここに撃ちこまれる。
「お前ら、レイアを頼む。……アイゼン! それとジーク!」
呼ぶと彼らはすぐに来た。
他のアイゼンヴォルフの隊員たちは、さきほどの話を聞いたのか何やら集まって話をしているようだ。
「空母の操船、できるか?」
「あーー……確かできるヤツがいたはずだ。戦闘機とかも動かせるが」
「そっちは捨てろ、なるべく軽くしてこの空母だけで桜都南西の海域まで逃げろ」
「そこに逃げても……ああ、そういうことか」
「ああ、桜都を中心に東西で制圧域が分かれている。向こうまで入ればセントラも近づいてこないだろう」
「んじゃ、すぐに動かすが、艦に乗ってる捕虜はどうする?」
「戦時法もなにもないからな、そのまま海に捨ててやれ」
「了解」
少しばかり暗い声で返答し、部下たちを動かし始めた。
「んで、俺はなんで呼ばれたんすか?」
「セントラは大型兵器の実戦投入を計画していたはずだ。お前が知っている限り、どこまですすんでいる?」
「なんでそれを知ってるかについては聞かないっすけど、去年俺らが拉致られたときには最終試験が終わってたはずっすよ」
「そうか……行っていいぞ、それだけ分かれば十分だ」
なんやかんやですでに相棒となっているカルロのもとへと向かうジークを見送り、レイズは考え始めた。
セントラ国は科学技術の面では恐ろしく進んでいる。
人の脳を直接ネットワークに繋いだり、都市をまるごと専用のソフトウェアで管理するなど他国とは一線を画しているのだ。
そしてその『人の脳をネットーワーク』に、ということができた頃だっただろうか。戦闘兵器がまるで生き物のように滑らかに動くという報告が上がり始めたのは。
「まるでSFか……つっても、こっちには魔法がある。全長一〇〇メートル越えの化け物だろうが沈めてやるさ」
空母の機関が唸りをあげ、動き始める。
未だにレイアは泣いているようだが、そちらを気に掛ける余裕はない。
ブルグント側の制圧域に逃げるとなれば、その前にセントラ側が追撃を掛けてくるはずだ。
当然こちらには魔法士がいることは知れている、となれば高速艇や戦闘機などはこない。
近づく前に沈められるというのはブルグントとの長年の戦争で分かっているはずなのだ。
だから来るのは大型兵器。
レイズが知る限りでは、セントラの上陸作戦の際の機械の巨人だろうか。
だがわざわざ人型を送ってくるようなことは無いだろう。
人型にするのは操作性が良いから、ならばそれに拘らなければ、人のほうを弄ってしまえばどんな形のモノが来てもおかしくはない。
対魔法士用にチューニングされた兵器。
勝てるかどうかと言われれば…………核融合魔法を数発食らわせてようやく沈むほどの耐久力、というのが思い浮かぶ。
仲間への被害を考えなければ、あるいは…………。
「まあ、情報源は通常の魔法士の交戦記録。俺なら……やれるか?」
空に悠々と上るキノコ雲を見ながら戦域を後にした。
次、この場を訪れるのはいつになることか。
今まで基本的に金曜日の朝に更新してきたけど、もっとペースを上げたほうがいいのだろうか?
そして主人公が主人公でなくなりつつあるのは……




