第四十話 - その日・210
「いたたたたっ! つか、いい加減放せ!」
中継界、どこまでも真っ白な世界を歩く。
スコールの手は引き摺られるレイズの髪をしっかりとつかんでいる。
合流したのち、ネーベルと少しばかり話し合い、レイズが帰りたがらなかったために無理やり連れてきたのだ。
「放っておくと去年みたいに長期行方不明になりかねないからな」
「あれはメティにやられたんですがね! そもそもそれ言うならスコールのほうが年単位で失踪するだろうが!」
「あーはいはい、布石だから。お前と違って女から逃げ回る訳じゃないから」
「俺がいつ逃げた?」
「ほら、いつだっけ? 露天風呂で月姫たちが入ってるとこにうっかりインしちゃったときとか」
「あれ投げ込んだのお前だろ!?」
「さあ?」
「…………なんだろうな、最初のことは不愛想な学生だなと思ってたけど、思い切り中身が真っ黒な危険人物だな」
そのままずるずると引きずられて、毛根が悲鳴を上げるかと思われたが途中で急に体が変化した。
一瞬光ったかと思えば、素粒子単位で分解・再構築されもとに戻ったのだ。
「なんとも高度な魔法なことで」
刀や術札はしまわずにそのまま持って帰る。
やがて中継界の出口が見えるが、その色が違った。
紅く燃える業火の色だ。
「待て、不用意に飛び出すな!」
それを見た瞬間にはレイズが駆けだす。
何かある、危険な場所に飛び出すのは自殺行為に他ならない。
自身が不死身であるレイズにはそういったところの危機管理が欠けている。
そして飛び出たその瞬間、不可聴の騒音が空間を掻き乱した。
「いづぅっ!!」
激しい頭痛に見舞われ、その場に膝をつく。
近くからどたどたと荒々しい音が響き、瞬く間に包囲されてしまった。
数としては一小隊。
黒にヘックス状の迷彩、部隊章の形は歯車。
「動くな!」
兵士たちがレイズに銃口を突きつける。
その銃は実弾銃ではなく高出力レーザーライフル。
「蒼、ここから出るなよ」
「うん」
スコールはその兵士たちを確認したうえで、両手を上げてわざわざゲートから出た。
「誰だ!」
銃口を突きつけられるが慌てはしない。
「助言者の協力者だ、そっちはセントラの広域即応旅団の対魔法ギア使用部隊か」
「証拠を出せ」
言われてポケットから紙切れを取り出した。
以前助言者と取引した際に使用した書類の一部だ。
端の方には、また別の部隊章とラバナディアとセントラの協力関係にあることを示す印もある。
そして別にもう一つ、小さなバッジのようなものも見せる。
「ゾディアック隊所属だ。そちらより管理レベルは上だからこれ以上の情報は明かせない」
「確かなようだな……なぜここに?」
「スパイ業務はどこにでも行く必要がある。戦況は? こちらも本体に合流したいが、下手して味方に撃ち抜かれるなんてことはしたくない」
「山の上に多連装ミサイルランチャー、上空にはUAVとエアリアルフレーム、海上にローレンツカノン搭載の高速艇、市街には歩行戦車だ」
科学技術の発達したセントラ側の兵器は他の国とは一線を画する。
戦艦の主兵装は火砲やミサイルではなく、大型蓄電池と発電機、そして砲弾だ。
火砲とは比べ物にならない連射性、コスト、軽重量で数多く搭載できる。
高性能レーダー、軍事衛星との併用により、OTH砲撃を行い、敵の迎撃態勢が整う前に市街地を火の海に変えることが可能だ。
それはたった一隻の艦であっても言えることであり、ブルグントの戦術級魔法士ではひとたまりもない制圧力を誇る。
戦闘機についても可変戦闘機・エアリアルフレームであり、全速度域対応であり定点からの制圧掃射すらも可能とする化け物だ。
「なぜそんなに投入している? コーラルエッジは弱小軍隊だぞ」
「なんでも白き乙女の残党がわずかながら加わったとかでな」
「そういうことか」
用は済んだ。
スコールは術札を取りだし、ばら撒く。
突然のことに反応が遅れたセントラの兵士たちは、術札から放たれた雷撃に貫かれ、一人残らず倒れ伏した。
「あっ」
ただ一つ誤算があった。
相手の武器を使おうかと思っていたが、すべて電子補助。
今の雷撃ですべてがやられてしまっていた。
「仕方ないか」
辺りを見回せばまず目に入るのは、無残に焼け落ちた自宅。
レイアの部屋があったはずの場所には拳銃が置かれたままだった。
「おいスコール、お前よくそんな演技ができるな」
「いや、演技というより実際にセントラにも籍おいてるし」
「はあっ!?」
「あのクズに対抗するにはこっちもこっちで色々手を打つ必要があるからな」
言いながらレイアの部屋跡地に向かい、物色。
戻ってきたときにはポーチが二つ腰に下げられ、片手には拳銃が握られていた。
「補助具は?」
「さすがに未調整のものは使えないな。個人調整されてないものは動作不良が起こりやすいからな」
「そうか……それにしても、レイアたちは……」
見える範囲にはいない。
それぞれの補助具がなくなっているところを見るに、作成中の補助具を破棄する間もなかったのだろう。
散策しているうちに蒼月もゲートから出てきた。
惨状を目の当たりにして一瞬固まるがすぐに行動を始める。
まずは精神ネットワーク経由で他の月姫たちにコンタクトを取り始める、が。
「繋がらない?」
「無駄だ、蒼」
「どうして?」
「上のUAVを見てみろ、通常兵装の代わりに電子戦用の兵装をぶら下げてる」
地上からでも分かるほどの低空を飛行している数機は、ウィングにアンテナの突き出たポッドをいくつも搭載していた。
魔法用と電波用の高出力ジャマー。
「おかしくない? だってあれ無人機でしょ? ジャミングなんてしたらあれもコントロールできないよね」
「そうでもない。白き乙女のECM支援だって指向性をつけて行っていただろ、あれと同じだ」
空を旋回するUAVは三機編成でうち一機はエアリアルフレーム、有人機だ。
「撃ち落とすか……」
「やれるか、スコール?」
「残りの術札一気に使って一編隊を落とせる」
「効率が悪いな」
「だろう。という訳でお前の魔法で破壊しろ」
「冗談きついぞ、あのジャマー、エネルギー効率無視の最大出力だ」
「そうか……と言っても確かまる一日は持つな」
言いつつ自作の無線機を取り出す。
「通じるのか?」
「忘れてないだろうな」
ジャマーによる妨害を通り抜ける方法は主に二つ。
一つは妨害されていない、塞がれていない帯域を選んで通す。
だがそれはできない、あのジャマーは現状使えるすべての民用軍用問わずに掻き乱し塞いでいる。
ならばもう一つ。
さらに強力な電波で妨害自体を塗りつぶして強引に通す。
「この自作無線機は超強力なんだよ」
スイッチを押すと同時に、UAVも発信源を探知したのか挙動を変えてきた。
「レイズ、そこらの瓦礫を投げつけてやれ、物理現象になってしまえば魔法なんて関係ない」
「オーケー!」
地面ギリギリで移動系魔法、加速系魔法を瓦礫に重ね掛けし、UAVへ向けて飛ばす。
即座に魔法が破壊されるもそのときには、瓦礫自体が慣性エネルギーを得てしまっている。
「アイゼンヴォルフ各員、位置及び戦況報告」
『こちらアイゼン、現在十の部隊に分かれて行動中。海岸線に八、市街に二だ』
空中で轟音を響かせ、二機のUAVが爆散した。
それと同時にジャミングが緩和され、レイズが爆破の魔法を放った。
エアリアルフレームを直接照準した攻撃だ、一瞬光ったかと思えばその時には跡形もなくなっている。
『市街アルファ、領主は確保しています』
『市街ベータ、住人はすべてとはいきませんでしたがシェルターに避難』
そして海岸線に展開している部隊の報告を聞き終えるとレイアの通信が割り込んできた。
『みんな無事だよ、わたしはいまのところは空でドッグファイトちゅー』
見上げてみれば高高度域で青く光る何かが見える。
その周りに羽虫の如くたかっているのはセントラの機体だろうか。
「レイア、ジャマーは大丈夫か」
『妨害波じたい分解してるからねー、さすがにあの固すぎる機体は直接分解出来ないけど』
「ならいいか。厄介な敵性の位置は?」
『市街地中心にクズ野郎、沿岸に艦隊。編成は空母三隻に戦艦八隻』
「分かった、こっちはこっちで処理する。危なくなったら構わず逃げろよ」
待機モードにしてベルトに掛ける。
周辺からは銃撃の音は無く、炎がバチバチと激しく燃え盛るのみだ。
「レイズ、どうする?」
「先に艦隊を沈めてからのほうがいいな。クズ野郎が手ぇ出してくるのがほんとに今回は早いな」
「確かにな……前回は世界暦二〇〇〇年ころだったはず……」
「言っても仕方ねえ、さっさと始めるぞ」
「だな、蒼はレイズと一緒に行け」
辺りを散策していた蒼月が顔を向ける。
「おっけー」
「まて、俺は障壁なしで長距離砲撃する。危険だからスコールと行け、どうせ術札が尽きたら一般人と同じだから助けてやってくれ」
「おいレイズ、お前こそ一人だけだと」
「命令権は俺がトップだ。従え」
いつになくして真面目な声音で言い放つ。
すでにおふざけモードは一片も混じってはいない。
「うん」
「仕方がないか……蒼、行くぞ」
スコールと蒼月が市街地のほうへと走り去ったのを確認してレイズも走る。
加速魔法を併用した高速移動。
飛ばないのはジャマーが展開されているからだ。
飛行すれば思わぬ動きで激突する可能性があり、転移は万が一地中に出てしまえばそのまま圧力で身動きが取れなくなってしまうからだ。
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世界暦一〇〇〇年・二月の雪の日/沿岸部戦場一二三〇
アイゼン率いる陸戦隊に合流したレイズは侵攻部隊を追い返すことなどしなかった。
撤退すら許さない苛烈な攻撃、空から降り注ぐ光の槍で退路を塞ぎつつ、手の平から放つ光の剣(剣と言っても長さは優に一〇〇メートルを超える)で薙ぎ払っていたからだ。
さすがのセントラ軍も上陸地点まではジャミングしていなかった。味方部隊との連携を阻害したくはなかったのだろう。
だがそのおかげですでに戦線は混戦状態であり、沖合の戦艦や空母による支援砲火が行われない。
どう攻撃しても、砲撃の範囲に味方を巻き込む状況。
上空を旋回していた戦闘機も、地上からの対空レーザーで軒並み撃墜され後続の機体は飛んでこない。
それは戦闘というには一方的にすぎる虐殺。
戦略級魔法士がもたらす災害。
レイズの周囲にはまるで妖精のような朧げな光が舞っている。
その光たちが侵攻部隊が放つ銃弾を、レーザーを、投擲弾を、携行型ミサイルすらも、撃ち出されたと同時に蒸発させる。
もし相手がブルグントの魔法士部隊であれば、もしくは浮遊都市の魔導部隊であればここまで一方的には
ならなかったはずだ。
事前に白き乙女がいると分かっていながら高出力のジャマーと小規模の対魔法士部隊しか投入しなかったセントラ側には、この点で愚かな判断だったと言える。
だが、だからといってレイズが手心を加える理由は無い。
勝っている戦は大抵が一方的な展開になるのだ、そして少しでも気を許せばそれは瞬く間に入れ替わる。
そんなことで大勢の仲間を失ったこともあり、やるときはとことん冷徹に敵を葬り去る。
「アイゼン、洋上の艦隊を奪い取れないか?」
「可能だ。その代わりアイゼンヴォルフのほとんどを投入することになるが」
「やってくれ。海岸清掃は俺一人で十分だ」
「ははっ、さすがレイズだ。神殺しの白い悪魔」
「その呼び方はやめてほしいんだがな」
空から連続して降り注がせていた槍を止める。
途端に敵が反転した。
指揮系統まで完全に崩壊したのか、我先にと上陸艇へと乗り込む兵士たち。
そんな上陸艇の中から一隻を適当に選び、光の剣で蒸発させた。
バシャバシャを海水を蹴り分け、上陸艇へと向かっていた音が揃って止まった。
「逃げるならばこのまま消し去る、武器を捨て投降するならば捕虜として扱おう」
水面と砂浜を叩く音が連鎖的に広がった。
武器を投げ捨て、白旗を揚げながら両手を頭上に上げる兵士たち。
危険性が格段に下がったところで、後方で狙撃を行っていたコーラルエッジの部隊が拘束するために動き出す。
敵兵が拘束され砂浜に並べられるのと入れ替わりに、アイゼンヴォルフと他数名のコーラルエッジ兵を乗せた上陸艇が砂浜を離れた。
空母から戦闘機が飛び立ち、戦艦から砲撃が開始されるもレイズに撃ち落とされるか、あるいは展開された障壁によって無効化されている。
無駄と分かったのか急速旋回を始めるが、上陸艇の速度のほうが如何せん速い。
そして艦隊と上陸艇の距離が詰まってきたところで、急に艦隊の動きが停止した。
恐らくはアイゼンたちがクラッキングを仕掛けたのだろう。
セントラの兵器は一部の部隊を除いて完全に電子化されている。
そのため内部からシステムに介入されてしまうととてつもなく脆い。
「後は放っておいても大丈夫か……」
洋上の目に見えない激戦を眺めな、市街地の方角に振り向いた。
あちらではスコールたちが戦っているころだろう。
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市街地中心部・ビル群廃墟一三二〇
スコールはセントラの軍服を着た兵士とブルグントの軍服を着た兵士と共に走り回っていた。
言うまでもなく片方はカルロ二等兵であり、もう片方は工兵のジーク。
走り回っている理由は至極単純である。
背後から迫る歩行戦車(脚部パーツに高速回転無限軌道付)から逃げるためだ。
蒼月は現在アルファと合流するために別行動中で、スコールに頼まれた伝言を伝えに行っているはず。
「くっそがぁぁぁぁっ!! なんで俺ちゃいつも男ばっかで走り回ってんだ!」
「ごちゃごちゃ言うより走るっすよぉぉぉぉ!!」
すでにカルロが抱えているアサルトライフルの残弾はゼロ。
予備のマガジンもすべて撃ち尽くしている。
隣の工兵も手持ちの爆薬を使い果たし、スコールも二〇機をも破壊する戦果を挙げて術札を使い果たしてしまった。
残る武器はそれぞれが持つ九粍の拳銃と、スコールの刀のみ。
戦車の装甲なんぞにそんなオモチャではかすり傷程度しかつけられない。
さらにAMPギア搭載型であり、魔法は遮断されてしまうというオマケつき。
「おいスコール! それで叩き斬れよ!」
「バカ言うな、刀身が折れる」
「じゃあどうすんだよ!? このままじゃ俺たち全滅だぞ!」
「二手に分かれる、ロックされなかった方が無反動砲なり奪って破壊すればいい」
そうして次のT字路でスコール、カルロ&ジークの二手に分かれた。
歩行戦車は空にドンッドンッと何か黒い塊を撃ち上げ、カルロたちのほうを追跡しに行く。
「いらん置き土産を……」
落下した塊は即座に変形し、人型のロボットを形作る。
赤く光りカメラアイやセンサー群が不気味さを倍増させる。
「セントラの機械兵か……」
ガコンッと音が鳴り、格納されていた銃器が起動し始める。
スコールは弾丸が射出されるよりも前に拳銃を抜き、機械兵に接近し、外装のわずかな隙間から銃弾を撃ちこんだ。
内部回路を破壊され、鉄屑と化したものに見向きをせずに走り去る。
「ベータ、作業中断しカルロたちの援護に回れ」
『了解。こちらの作業はすでに終わっています』
煌々と燃え盛る道路を走りながら目的地であるビル群を見る。
あの場所で長年敵対してきたものと相対するはずだ。
となれば武器が刀と拳銃だけではどうしようない。
ポーチに入れていた予備の白紙にペンで模様を描く。
走りながらのためきれいとは言えないが、魔法が使えないよりは使えた方が遥かにマシなため書く。
『こちらアルファ、対象を確認』
「手は出すなよ」
『ネガティブ、ヤツが来ま――!』
直後に無線通信が切れ、遠くのビルの中層が爆発した。
その爆炎は真っ黒。
黒色の炎色反応などありはしない、魔法によるものだ。
さらに言えば魔法もある程度は着色が可能であり、黒を使うのは黒月かベインかヴァレフォルくらいだ。
状況からしてヴァレフォル以外ではないと言い切れるが。
「アルファ、状況は」
『お姫様が交戦に入りました! 退避します!』
「お姫様って……蒼か!」
立ち止まり、今書いていた魔法を破棄。
別の白紙を取り出し次に描くのは転移魔法の模様。
普段は危険だからと決して自分では使わないが、今このときはその考えがなくなっていた。
危険だからでやらず、さらに仲間を失えば戦力の天秤が修正不能なほどに傾いてしまう。
そうなってしまえば数で押されて全滅すらもありえるほどになる。
「間に合えよ――――」
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市街地中心部・高層ビル上層一三四二
お姫様――そう呼ばれる月姫小隊の一人、蒼月は完全な劣勢に陥っていた。
剣を振るえば衝撃と閃光が炸裂し、その余波がビルを震わせる。
それほどの攻撃を敵は、ヴァレフォルは片手でいなすのに対し、蒼月は両手で対処してなお腕が痺れるほど。
魔法を放とうすればさらに強力な魔法で上書きされ発動できず、黒く濡れた床から這い出るホロウの相手までしなければならない。
少しでも気を抜いて流し損ねればそのときは死がある。
だからと言って助けは呼べず、逃げようにも退路は爆発で崩れ去っている。
「おめぇよぉ、なんでレイズのほうについてんだ?」
「…………」
命の駆け引きをする中で突然の問い。
そんなものに答えるいわれはないうえ、その答えも蒼月の中では揺らいでいた。
流れ込んでくる記憶、隠されていたこと、都合が悪くなれば洗脳魔法を使用するレイズ、その他の小さな積み重ねで、わずかながら本当にレイズを信じていいのかも分からなくなっている。
「俺様はなぁ」
斬りこまれる真っ黒な斬撃を受け流す。
「レイシスについてるが、そりゃぁ方舟計画を止めるためなんだわ」
トリガーを引き、刃を撃ち出して襲い来るホロウを薙ぎ払う。
「自分たちだけが楽園で生き続けるなんてクソな計画を発動させるわけにはいかねえんだ」
「だからなんなの? なんでそのためにこんなひどいことをするの?」
「最初っからすべてを助けることなんかできやしない、ならばどれだけ最終的に生かしておけるかを考えたのさ」
ヴァレフォルが下がり、ホロウたちが大人しくなる。
一時的だが戦闘が中断した。
「方舟計画を潰すには鍵になる落ち零れを消すのが手っ取り早い」
「どういうこと?」
「あいつぁなあ、メサイアなんて名前じゃねえ、本名はレイシスだ」
「そんなはずない! だってレイズは昔から」
「おめえら全員を騙してた。それが答えだ。お前は覚えていないだろう、この世界が偽りだという事に、レイズが世界を壊したことに、スコールがただ一人のために仲間すら殺していることに」
「…………」
「精神ネットワークなんざ張り巡らせてるが、ありゃなんの魔法だ? 洗脳魔法の応用なんて言ってるが、そもそも人の思考を繋げるなら電子制御の魔法で十分だ。なのになぜ洗脳用の魔法を使っている? 洗脳魔法の主な効果は何だ? んん?」
「……記憶操作」
だんだんと思考が泥沼に沈み始めた。
精神ネットワークにはジャマーが展開されない限りは常時接続されている。
そしてその魔法の管理は言うまでもなくレイズ。
さらに、度々都合が悪くなる度に仲間に容赦なく洗脳用の魔法で意識を刈り取る。
その辺を考えれば、
「でもそれは……」
「レイズはなあ、俺様と自分の家族皆殺しにして好き勝手しようっつう魂胆だ。わざわざ簡単に操れるクローンを世界中にばら撒いてるのはそのための布石さ。召喚魔法に寿命なんて設定は普通はしない、なのになぜしていると思う?」
「…………」
「ときどき気付く個体がいるんだわなこれが。だから定期的に作り直してんのさ。そこから漏れて結託されて反逆なんてされようもんなら困るもんなぁ。それにおめーが別の世界に行こうとしたときあいつはなにかしただろう?」
「記憶封鎖……?」
されてはいないが、されそうになったところをスコールが止めたのだ。
だがレイズがやろうとしたという事実は……。
「それに、スコールはなあ……もっと質がわりぃぞ。あいつぁ――」
「余計なことを言わずにさっさとやれ。先の失言については見逃そう」
言いかけたところで空間がぐにゃりと歪み、白髪に赤い瞳の男が現れた。
どことなくレイズに似てはいるが、レイズより若い見た目だ。
赤い縁の白い修道服、逆さにした二股の槍に赤丸の紋章。
それを見ただけでレイズと関係があることすぐにわかる。
「ヴァル、父上があまりに予定から外れたことをするようならば消すと言っていた。だからそのようなことは慎んでくれ」
「チッ、わーったよ」
ヴァレフォルの手に闇の剣が顕現する。
再び張りつめた空気になり、意識を圧迫する雰囲気に変わる。
「蒼月か……エクレシア、青の境界に所属していた小娘か」
「だったら?」
「君、こっちにおいでよ。兄さんなんかには君みたいに美しい存在はもったいない」
蒼月は首を横に振った。
あの男からはなにか言い知れぬ気持ち悪さが感じられる。
「くくっ、いいねぇ、そう簡単に堕ちたら面白みがない!」
瞬間男の姿がぶれた。
その手に光の剣があると分かったときには身を捻り、手に持つ一対の剣を振り上げていた。
手応えは浅い。
だが飛び散る血の量はそれ以上。
「ぐっ……!」
「き、君ねえぇ……よくも僕の顔に、よくも傷を!」
男の顔には斜めに浅く一閃されている。
対して蒼月の右肩には深い傷が刻まれていた。
鮮血は服を赤黒く染め、腕を伝って流れ落ちて剣を汚す。
顔は激痛で青ざめてしまい、魔法で治癒しようにも妨害されてできない。
「死ね、死んでしまえ!」
男が握る光の剣が圧縮され、投げつけられる。
「くぅっ」
右手の剣を落とし、左手に握るグリップの巻取り用のトリガーを押し込む。
そのままダブルブレードに戻った剣で光弾を叩き付ける。
キィンッ! とまるで金属を弾く鋭い音が響き、分裂。
それぞれが予測不能な動きで全方向から襲い来る。
「あっ――――」
視界範囲内のものを弾いたときには、背面から迫っていたものが身体を貫く。
蒼月の体内で焼け付く光の激痛が爆発的に広がり、全身を駆け抜けた。
身体から力が抜ける、左手に握った愛用のダブルブレードがからんと落ちる。
視線を下に、自らの腹に向ければ、青色だったはずのシャツが赤黒く染まっていた。
足に力を込められずその場に崩れ落ち、蒼月の身体がコンクリート面むき出しの床に転がった。
意識が沈む、明確な死の迎えが近づいてきていることが分かる。
生温かい命の赤色が床にこぼれるのが分かる。
「ははっ、あはははははははははははっ!! 君が悪いんだ、僕の顔に傷なんてつけた君がぁ!!」
上半身を覆う、妙に温かなぬらりとした感触が気味悪い。
男の高笑いを聞きながら、まだ死ねないと思いながらも魔法を構築するだけの意識を保つことができなくなっていく。
そもそも構築できたところで発動までこぎつけることもできないだろう。
視界が明滅し、意識が途切れ途切れに。
――みんな……こんな気持ちでいなくなったのかなぁ……。
力が抜けてゆき、目を閉じようかと思ったその瞬間、すぐ近くに誰かが転移してきたような気配が感じられた。
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市街地中心部・高層ビル上層一四〇二
「蒼月を連れて離脱しろ」
「それはレイズ、お前がやれ。治癒魔法は得意だろ?」
「お前じゃあいつらの足止めは無理だ」
「はぁ……そうかい、ならヴァレフォルは任せた」
蒼月の前に降り立った二人、スコールとレイズはすでに殺す気満々の戦闘態勢だ。
スコールは刀に魔法を書き込み、魔力を流し続ける限り切断力と耐久力の増幅を。
レイズはガントレットを填め、多重障壁を纏っている。
「兄さん! ああ、兄さん久しぶりだね」
「テメェに兄貴呼ばわりされたくねえよ」
拳を打ち鳴らし、レイズが突き進むと同時にスコールが蒼月を抱える。
空いた片手に持った刀で、壁をまるでバターのようにやすやすと切り裂いて飛び降りる。
ここがビルの上層階だと分かった上で。
「レイズ、先に謝っとく、悪い!」
「はぁっ!?」
刀を離し、無線機を使って全周波数帯に向けて電波を発した。
ここはジャミング圏外ではあるが、かといって通信する相手がいるわけでもない。
ビル中に仕掛けられた無線式の信管を起爆させるためだ。
頼んだ伝言は「市街地に誘い込んで生き埋めにするから建物に爆弾しかけておけ」だ。
一般的な手段ならば、何をしても死なないという者が相手。
ならば生き埋めにするなりして動きを封じたうえで手を打とうということだ。
レイズとて高圧力下では碌な行動がとれなくなるため、至って有効と言える方法なのである。
「スコォォォォオル!!」
レイズの叫びと共に周囲一帯、眼下に見える風景が爆ぜた。
炎は上がらなかった、砕け散った建物の爆煙が空間を覆い尽くす。
先ほどまで立っていたビルは真下に綺麗に崩れ落ちた。
計算された爆薬の設置。
アイゼンヴォルフの隊員たちは皆が妙ちくりんな資格や技術を持っている。
その中には発破技師もいたようだ。
でなければこんなに綺麗な爆破解体はされていない。
「この高さ……大丈夫か……」
術札を真下に投げる。
と、同時に強風が吹き荒れ、風が身を包み落下速度が低下してゆく。
このまま降りるしかないが、降りたら降りたで粉塵の中だ。
「レイア、周辺状況」
呼びかけるとすぐに返答が来た。
『半径二キロは灰色。敵陸戦隊は爆発でロスト、反応なし』
「ほかのヤツラは」
『艦隊は制圧済み、月姫たちはそれぞれ戦ってる。それで、蒼は……』
「出血が酷いが、これなら大丈夫だ。レイアのほうは?」
『空は片づけたよ。今は山の上に対地砲撃中、敵の増援も踏みとどまってる』
「来ていない……? おい待て、索敵範囲を戦域外二〇〇キロまで広げろ」
空高くで青色の三つの波動が同心円状に放たれた。
微弱な魔力の波が肌に当たって跳ね返る。
航空管制機とガンシップのような役目を担うレイアの本領は戦域及びその周囲の探査。
高高度から逸早く敵の位置を調べ上げ、精神ネットワークを通じて味方全部隊に知らせることで全体を支援する。
さらにはその情報を用いて自身が対地攻撃を繰り出すことで侵攻を手助けするのだ。
『見えた……沖に潜水艦、サーモバリック弾積んでる。しかも発射体勢』
「着弾までと被害予測、退避可能か」
『着弾までおそよ五分、位置公宮、被害半径約九キロ』
「沿岸に中継、できるか」
『出来るよ』
「なら頼む。各自、残っている上陸艇で逃げられるところまで行け、捕虜は放っておけ」
するとすぐに叫びが返ってきた。
『俺らはどうしろってんだ!! えぇ!! どう頑張っても逃げらんねぇぞ!!』
「ベータ、付近にベインが作っていたゲートが残っている、利用しろ」
『無視かコラァ!!』
『了解。民間人も通しますか?』
「通せ、アカモートの住人が避難している場所に連れていってやれ。…………ああ、ついでにそこの不良二人も放り込んでやれ」
『了解』
カルロからの通信をうるさいからという理由で強制遮断する。
『スコールはどうするの?』
「さすがにこれは……どうしようもないな。レイア、助けようなんて思うなよ」
『でも』
「来ても離脱が間に合わん。だから来るな、命令だ。それから、お前にだけは死なれたくないからな、絶対に生き延びろ」
言うだけ言って通信を終了。
後は着地して粉塵の中で終わりを待つだけ……。
という事にはなりそうにない。
粉塵に覆われた灰色の空間から白い影が飛び出してきた。
より正確に言うならば、撃ち出された。
「つぅ! いい加減に帰れ! つか気持ち悪ぃんだよ!」
「兄さんこそ大人しく方舟を動かしてくださいよ!」
レイズの弟? が放つ触手のようにうねる光の鞭に絡め取られまいと、レイズは必死に避け続けている。
時折り飛ばされる光弾を掴みとり、投げ返し反撃をするがすべて叩き落とされる。
「埋まらなかったか……」
ぼそっと呟いたのだが、それを地獄耳で聞き取ったのかレイズがわざとスコールに向け、光弾を弾いた。
「術式盗取!」
反射的に発動したスキルで魔法の制御を奪い取る。
ただの光弾かと思いきや、命中したら大爆発するように組まれたものだった。
さらにレイズが一瞬で重ね掛けしたと思われるオマケがついていた。
「治癒魔法か。リリース・癒しの光」
即座に蒼月に使用するが、さすがに即席の魔法であるため止血が精一杯だった。
傷自体を塞ぐには至っていないため、戦闘行為は不可能なままだ。
だがこれで、今以上に苦しむことはなくなったはず。
「んん……スコ……ル……?」
「しっかり摑まってろ、着地する」
「うん……」
空中戦をしているレイズを見届け、灰色の地へとスコールたちは降り立った。
風の魔法の影響でスコールの周りだけは粉塵が舞っていない。
「あっ……私……」
「悪い、あいつらの相手は怖かっただろ」
「うん、なんかこう……本能的に気持ち悪いっていうかなんていうか」
「だろうな。それと、あいつらが言ったことは本当だ、これからどうするかはお前が決めろ」
蒼月は黙り込んだ。
しかし、すぐに口を開く。
「私たちの記憶は? 知った私をスコールは殺すの?」
「記憶は……蒼に限れば復元可能だ。殺すかどうかなら、レイズの呪いを解くという大変面倒なことをしなければならないし、そもそも……うん…………殺したくないな」




