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第三十五話 - 休日? そんなものありません

 夜。

 深夜零時。

 出ると言われるあの時間。

 出たのだ。

 ついに出たのだ。

 いくら科学が発達し、幽霊なんて偶然発生してしまった科学的現象の産物だと言う東側と言えど。

 いくら魔法が発達し、魔法でそういうものは作れますよと説明がつく西側と言えど。

 出てしまうものは出てしまう。

 説明不可能なものは出てしまう。


「んぎゃああああああああああああっ!! で、でったぁーーーーー!!」


 カルロの近所迷惑すぎる絶叫が夜の静寂を引き裂いた。

 今しがた緊急脱出したテントの中には白い半透明のふわふわ浮かぶ……。


「なんだ騒々しい……」


 風呂の窓を開けてレイズが顔を出した。

 家に帰り着くなり月姫たちになぜおいていったのかと言い寄られ、部屋に引きずり込まれての長時間尋問ごうもんコース(R18含む)への片道切符が切られそうだったので風呂場へと逃げ込んだのだった。

 風呂場の扉はちょうど四角形。

 障壁魔法を張る際の、四隅の座標指定や厚さの指定など一切合財省いて展開するにはぴったり過ぎた。

 閉じこもって器用貧乏なレイズは持ち得る知識を総動員して最硬の結界を築いたのだ。

 、なレイズは。

 ……色々と不備があるのだ。

 その一例としてなぜか防音されないなど。


「で、ででで、でで、でえぇぇえたぁぁぁあああ」

「一旦落ち着け」


 洗脳用の魔法を応用して脳内物質の分泌と興奮を抑える。

 本格的なモノでなければ何だろうが自分ルールは無視だ。


「出たんだよ幽霊がああああぁっ!!」

「幽霊? なにかと見間違えたんじゃないのか?」

「んなこと言うなってここにマジでいる――――っ!?」


 ふわぁ~と白い何かがテントから出てきた。


「…………」


 パタンッ。

 レイズは何も言わずにバスタブに入って毛布をかぶった。

 まだまだ一月。寒い時期だ。

 ……………………。


「ちょ? なんでこんなにいるんですかい? 幽霊なんて召喚魔法で呼び出せるとか言ってたけどこれはないよな?」


 気づけば畑と化した庭全体に白い何かが漂っていた。

 ゆらゆらと白い尾を引きながらあちらへこちらとふわふわ漂う。

 そしてレイズはバスタブで呟いた。


「なんだ、スコールの警戒用の神術式か」


 幽霊の正体見たり正体不明の力なり。

 東側セントラ・ラバナディアでは魔力は『存在する』と認識しているが、それと対をなす『神力』などというものは知られていない。

 西側ブルグントでもそれは同様だ。

 そんな認識されていないもので起こされた現象は誰も分かりはしない。


 ---


 午前五時。

 まだまだ空が暗い時間帯。


「というわけでやってみよー」

「おー」


 風呂場の扉の前では小柄な二人組が立っていた。

 片方は青色、片方は黒色の瓜二つな少女。

 レイアと黒月だ。

 黒月が魔法でレイアの姿を真似ているだけであって遺伝子的な繋がりはない。


「これはまあ、おきまりの早朝ダイブですな」

「だねー」


 レイアが扉に触れる。

 バギンッと、どうやったらこんな音出せるの? と言いたくなるような音が響いた。

 それはレイズが創り上げた結界が一撃ですべて打ち砕かれた音だった。

 物理的なモノだろうが非物理的なモノであろうが、例外なく分解できてしまうレイアには基本的に障害となるモノは分解できないほどの物量攻め以外にはない。


「じゃあいこっか」

「せーの」


 バンッ! 

 扉が開かれると毛布だけがそこにあった。


「…………」

「…………」

「逃げられたね」

「そうだね」


 レイズは扉が開く一瞬前に家の外へと転移していた。

 最速で発動した転移魔法。

 自分を構成するすべてを座標上で置き換える高難易度の魔法を瞬間的に発動できたのは、第六感が捉えた危険信号があったからだ。


「危なかった……」


 小柄な二人ではあるが、あれでも白き乙女の月姫。

 魔法の腕に関していえば相当な技量がある。

 たかが可愛い少女二人と侮ることなかれ。

 直撃の瞬間に慣性速度の増大などされでもしたら、あばらがすべてぽっきりと逝ってしまうのだ。


「さて、スコールが起きてこな――――――」

「起きてこないうちになんだ? どこかに行こうってか?」


 振り返れば白い式を従えたスコールが立っていた。

 夜中に庭に式が展開されていたではないか。


「ちょっと早朝の散歩にでも……」

「そうかそうかちょうどよかった」


 変な危機感を覚えたレイズは索敵用の魔法を発動させた。

 すると目視では何もいないように見えたスコールの傍らにハティの存在が見える。


「…………まさか?」

「散歩ついでに山脈まで頼む」


 ぽん、と肩を叩いて玄関へと消えていくスコール。

 残されたのは、


「ゥゥゥゥゥウウウウウウ」


 唸り声を上げるハティと、気づけばいつの間にか魔力を強制ドレインされていたレイズだ。

 前回のようなことになるのは到底御免蒙るレイズは裸足で走った。

 わずかな神力で加速の術を編み上げて、アスファルトで舗装された固い路面を走った。

 ときおり後ろの狂犬が鋼鉄の板すら貫く水弾を飛ばしてくるあたり、レイズもかなり必死になっていることが伺える。


「なぜだ! 今までの二五五回はここまで酷いことはなかったのに!」


 叫びながら走っているうちに、いつの間にか後方に赤と青の警光灯を光らせながら追ってくる車両があった。

 言うまでもなく警察機関の車両である。

 早朝から着の身着のまま裸足で叫びながら走るなど、変質者以外の何物でもない。


『そこの男、止まりなさい』


 警告を無視してさらに走る。

 後ろから迫ってくる白い狼の事は見えていないようだ。


「くそっ! 犬の散歩つったら首輪にリードつけてほのぼのとやるもんだろ!」


 狭い路地に鋭角にすべり込み、壁を蹴ってビルの屋上まで上る。

 地平線を見ればわずかに太陽が顔を出しているころだ。


「さすがにここまでは……」

「ウォォォォン!」

「来やがった!」


 今度はビルの屋上から飛び降り、眼下に見える家々の屋根を飛び回る。

 もうすでに、いや、最初から犬の散歩ではない。

 かといって狼から逃げるための戦闘訓練でもない。

 これは捕食者から逃げ回る、命を賭けた持久走だ。


「誰でもいいから助けてくれー!!」


 誰も聞き届けてすらくれない世界最強の嘆きが、朝焼けの空に響き渡った。


 ---


 コーラルエッジ北部。

 山脈地帯には多数の魔物が生息している。

 その中でも特に危険と言われるのがヴァイスヴォルフ。

 真っ白な毛並みで体長はおよそ二メートルほどにもなる大型の狼だ。


「ハァ……ハァ……追いかけっこの次は戦闘かよ」


 全力で山肌(道ではない場所)を登坂したレイズはついにハティに追いつかれた。

 鋼鉄の戦車すらかるく突き抜ける水弾を拳で叩き落としながら、岩を蹴り飛ばして反撃する。

 相対距離ゼロで展開された最高峰の防御力を誇るはずの障壁は、今やヒビだらけで自動修復が追いついていない。

 このままではジリ貧。いずれ障壁が打ち砕かれ、いつかのように頭を吹き飛ばされてしまう。


「こんの犬っころがぁ……最初の時は可愛い程度にしか思ってなかったがスコールにどういう風に育てられたら俺だけに殺意を向けるようになるんだよ」


 きらりと光を反射した水の糸を、レイズは手の中に作り出した光の剣で払い落とす。

 斬り裂けないのだ、逆に光の剣が欠けている。


「……なんだろう、俺って魔法がないと途端にゾンビアタックでもいいかなって考えが浮かんでくるんだけど」


 と言いつつ、喉笛を狙った噛みつきを後ろに下がって回避。足を蹴り上げてカウンター。


「ギャオンッ」

「見たか!」


 すでに完全に日が出たすがすがしい朝の時間帯。

 そんな朝っぱらからこんな場所で狼相手に戦っているなんて誰が思うだろうか。

 昨日はここでいきなり現れた龍を倒したというのに。


「覚悟しやがれハティ、今日こそは息の根止めてやる」

「グルウゥゥゥ……アォォォォォォォォン」


 遥か遠くにまで届くほどの遠吠えが上げられる。

 それと同時に眼下に見渡せる森のあちらこちらから遠吠えが返ってきた。


「…………」


 がさりごそりと茂みから顔を出す白い獣たち。

 まるでハティに呼ばれたかのようにあっという間に、どこにいたんだこれだけの数? というほどの数が集まった。


「ああ、今日も大変な一日になりそうだなぁぁ…………」

 

 この後、ちょうど帰ってきたアイゼンヴォルフに助けられるまで延々と引っ掻かれ、噛まれ、水弾で身体に風穴を開けられる羽目になったのであった。

 それは昼過ぎの事であり、帰ってからは白月や黒月にべたべたと引っ付かれ、午後になってからは公宮からの直々の呼び出しで出頭。森林地帯を焼失させたこと、山脈の半分を焦土に変えたこと、その他もろもろのことで絞られたのだった。

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