第三十四話 - 最強の証明
「全員分の装備を掻き出せ! 勝手におめーらが焚火なんざすっから消防局からガミガミ言われたんだ! これくらいは黙ってやれよ!」
色々あった末に若干キレ気味で帰還したスコール。
朝っぱらから新しく作られたドアをたたく音が聞こえれば、外には消防局の職員。
要件の内容は言わずもがな。
これが二日後の朝の話。
そして今は三日目の朝の話。
スコールが放った式が敵の足止めを未だに続けているため森を越えることはまだまだ気にしなくてもいい。
仮に越えたところで次は山脈。それもレイズが敷設した地雷原というおまけつきの。
「ちんたらすんじゃねえぞおめーら!」
庭……というか、すでに畑(勝手にアイゼンたちが耕した)となった場所に仮設のイーサゲートを作り、武器の運びだしを行っている。
そう武器、武器だけなのだ。
防具の類は一切なし。
次々とバケツリレーのように運び出されるのはレイズの保管している武器の数々。
それはレーザーライフルであったり、ナノマシンであったり、果ては携行核ロケットランチャーであったりと。
どれもこれも国際法に引っかかるものばかり。
入手した方法も盗賊をやっていたころに強奪したので、レイズは数多くの国から指名手配されていもする。
「なあ、俺たちゃ軽装高速戦闘が基本だ。こんな重たい武器はいらねえぞ」
「てめぇらが使うんじゃない。ここの弱小軍隊に使わせる」
がやがやしているうちに、気づけばシャワーを浴び終えたばかりのレイズがいた。
着ている服は真新し白い長袖シャツとカーキのカーゴパンツ。
腰にはフライアが着ていたものと同じような白いローブ。
顔はどことなくげっそりとしている。
「…………おい、俺いつゲート開いたっけ?」
呆然と自身の倉庫から勝手に持ち出されるリーサルウェポンを眺めながら問う。
「ゲートの開閉は一応魔法でもある。そして魔法を強制詠唱させて奪えるとなれば?」
「……勝手に開くなよ! あそこは召喚兵器とかもしまってるんだぞ!」
「召喚へい……ああ、あの設定したら勝手に召喚獣呼び出し続けるアレか」
「まあそうだけど……」
さらりと機密扱いの兵器のことを言うスコール。
本来はレイズの隠し持つものであるはずのため、誰かが知っていることはないはずなのに。
ガチャガチャドカドカ。
約二百人分の武器が搬出されると最後に軍用トラックまで出てきた。
幌の上には重機関砲や自動連装榴弾砲まで備え付けられた費用対効果度外視の代物。
装甲もアンチマテリアルライフルの攻撃も弾くほどの厚さだ。
「なんか戦闘機とかもありそうだな」
「あるっちゃあるけど……」
いったいこの男はどこからそんなものを盗ってきたというのか……。
そして以前レイアの我儘で作られた兵器もこの中にはあったりする。
「よーし、行こうか」
パンッと手を打ち鳴らして注目を集める。
ぞろぞろと、スコールの連れてきた傭兵部隊、鉄狼が集う。
服装は皆それぞれだが、街中をうろつけば誰もが避ける程度の風体ではある。
「どこにいくんですかい?」
「ここの……コーラルエッジの基地に行く。そこでとりあえずお前らを隊長で三〇の隊を作る」
「いきなりあっしらが押しかけても、誰も言う事ききゃしねえと思うんすが」
「そこは大丈夫だ。こっちでなんとかする」
そう言ってポケットの中に入れてある、危険物を軽くたたく。
不満が出るようであればこれで押さえつける。
というよりは、むしろ脅すつもりだ。
全員がトラックに乗り込んだところで、スコールはレイズを引きずって荷台に投げ込んだ。
「ちょっと待とう」
「おーい、さっさと出せー。ナビに従えばすぐだから」
「俺はお前のせいでいろいろと疲れているんだ」
「あー、違う違う、そこの角は左折。この国は左車線だ」
「少しくらい休ませろ……てか人の話し聞け!」
閑話休題。
茜色に染まる空を背に、山脈の頂上には二〇〇を超える人影が集まっていた。
下を見下ろせば森の中に飛び込んでは空に舞い戻り、侵攻してくるものを翻弄し続ける深紅の鳥。
よくよく見ればつい先日はなかったはずの砦が作られていた。
魔法を使って岩を押し固めたらしく、その見た目は遥か昔の城塞のようでもあった。
「敵の配置は?」
「……さっぱり分からん。ジャマーが多重展開されてやがる」
「おかしくないか」
ジャマーは電波を掻き乱すものと、魔力を掻き乱すもの、様々な種類がある。
ここで展開されているのは魔力を掻き乱すもの。
それに敵味方の区別はなく、一定の範囲すべての魔法を狂わせるはず。
なのにスコールの式は生きているし、敵方のゴーレムも依然として稼働している。
「範囲設定されたジャミングか?」
首を傾げながらレイズが呟く。
「それはレイア以外には使用できない。あれは理論上不可能な技術だ、魔法士が自分でジャミングを行う魔法を使えばその影響で魔法自体が壊れて使用できない」
「つっても、俺の索敵魔法を遮断できるほどの障壁を張れるやつなんざいねえだろ」
「…………」
目を閉じて考える。
「……なあ、あの戦いで本当に他の月姫が死んだと思うか?」
「まさか……その可能性があるってのか?」
「あるだろ。白き乙女の離反者があれだけいるんだ、偽装の得意な……あー、誰だっけ? あの緑色のあいつ」
「霞月か」
「そう、そいつ。攻撃系はからっきしなのに定点狙撃と偽装だけはよくできてたからな」
「なるほど……偽装ねえ。防ぐでも隠すでもなく、もとから何もないように”見せる”ってんなら」
レイズが不意に手を伸ばす。
体全体で風の流れを感じ取る。
南向きの緩い流れ。
「シルフィード」
風の流れが反転する。
「ウィンディ」
ビュオォォ……、強い風が吹き抜ける。
森を抜け、砦を抜け、地の彼方まで。
「見えたか?」
「ああ、いたよあいつ」
魔法で干渉しさえすればどこまでも追跡できる。
それを使って空気の流れを追いかけ、人の形を直接認識する。
そうして森の中に、息をひそめて草木と一体化した人間を見つけた。
狙撃銃を持ち、気配を完全に殺してすでにこちらに狙いをつけていた彼女を。
スコールが身を倒す。
ドッ、ガァァァン――――
音が聞こえた時には緑色の閃光が突き抜けた後だった。
避けていなければ脳天に風穴があいていただろう。
「……お前どうやって気づいた?」
「ん? あっちから見えるならこっちから見える。見るためには視線の通り道がいる、道があるならそれを探ればこっちからも見える」
現実的に不可能なことをさらりと言いつつも周りを確認する。
狙撃に気付いた兵士たちが一斉に伏せていた。
とりあえずは実戦経験乏しい者たちでもこの程度の基本的な反応はできるようだ。
立ったままレイズは言う。自分に照準が重ねられていることも承知で。
「撃ってきた以上は敵……だが、話し合えないか? もしかしたら誤解ってこともありそうだし」
「あいてが女になると途端にこれだよ。いいかレイズ、男か女かで対応を――」
キラリと閃光が煌めく。
撃ち出された弾丸が狂いなくレイズの頭へ飛び、掴み取った。
「普通の弾か」
握り潰して地面に投げ捨てる。
すでに考えは決まった。
「おし、やりたくはないが全員無力化する」
「…………」
急な考えの変わりようにスコールはしばし沈黙していた。
が、もとよりスコールは敵性は殲滅がモットーなので無力化(殺害含む)にはどうも思わないが。
「レイズ、お前一人で突っ込んで来い」
「……なんのために用意した戦力だよ!? そもそも権限的にみれば俺がトップのはずなんだけど!」
「だ、そうだが納得のいくものは挙手」
振り返りコーラルエッジの兵たちに聞く。
当然誰も手を上げることはしない。
いきなり余所の、それも現在は非正規PMCと言って差支えのないところの事情などに首を突っ込みたくはないのだから。
「というわけで、言って来い」
再び飛んできた弾丸を手で叩き落としながら黙っていた。
もともと盗賊だった集団を非合法な手を使いはしたが、まともなPMSCsとして働かせ始めたのはスコールの提案だった。
その際、レイズを除いた全員一致でトップはレイズになった。
不満もでないほどにその頃は全員に信頼されていた。
だがその信頼を先に裏切ったのはレイズだ。
ならばそれで引き起こされた不祥事はすべてレイズが抱えるものだろう。
「はぁ……わかった」
気持ちを切り替える。
対物障壁を幾重にも張り巡らせ、山肌を駆け下りた。
それを確認し、スコールも無線機越しに指示を飛ばした。
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遭遇は意外に早かった。
障壁のお蔭で遮蔽物を一切気にせずに山を降り、森の中に突き進めた。
相手方も察知していたのか、空から襲い来る火の鳥を少数が追い払い、残りは魔法を発動寸前で構えていた。
「一応言っておく、全員武装を解除して手を頭の後ろで組め」
投降の勧告と共に魔法が放たれた。
局所的に大地が揺れ、空からは強酸の雨が降る。
さっきまで普通に生えていた木々が意思を持ったかのように動き出す。
「結局こうなるか」
相手がどうして離反したのかを聞くような暇はない。
さっさと、集まってくる前に各個撃破しなければ飽和攻撃で潰されるだけだ。
それに洗脳系の魔法で無理に従わせるという気はない。
自分のルールでは特定の場合を除いて洗脳魔法は使わない、死人を蘇らせない、乱りに世界の法を壊すような魔法は使わないと決めている。
そして自分も相手もケガをせずに終わらせるほどの技量は持ち合わせていない。
よってとるべき手段も決まってくる。
「すまん……」
体を浮かせて揺れを遮り、障壁で酸を跳ね除け、振り下ろされる木の枝をモノともせずに接近する。
「っ!」
「本当にすまん」
手の中に光の剣を顕現させ、一撃で全員を葬り去った。
一撃葬り去るのがせめてもの情け。
悪戯に、無意味に重傷を負わせて苦しみを与えたくはなかった。
物言わぬ死体をその場に残してさらに森の奥へと進む。
さすがにここまで来ると障害物が多すぎるのか弾丸は飛来しない。
代わりにあちこちから叫び声が聞こえ始めた。
「なにやっ――――どぅわ!」
声がした方に顔を向けた途端に黒い何かが飛んできた。
自ら足を蹴って、自分でその場に倒れる。
体勢を立て直してそちらをみれば、それはベインだった。
体中に焦げた跡があり、戦闘中の様子だ。
「おまっ、なんでここにいる!」
「誰かさんがへんなとこにゲート置いたまんまだったから事故で飛ばされたんだよ!」
「……悪い」
世界広しと言えども、今のところゲートを自由に開け閉めできるのは一〇〇に満たない。
そして開けたらそのままにする馬鹿は数名だけ。
そのうちの一人はレイズだ。
「ベイン、お前誰と戦ってる?」
「あれだよ、あれ」
指さす方向に目を向ければ、紅玉のような鱗の飛龍がいた。
神話で語られるほどの大きさであり、木々を圧し折りつつこちらに向かってきている。
「なんでこんなところに龍がでる?」
「龍じゃない、竜人族だ!」
首を大きく上にあげ、息を吸い込むその姿を見た二人は全力で逃げた。
一歩踏み出すそのストライドは十メートルを超えている。
そしてその一歩ごとに分厚い氷の壁を創りだす。
レイズが知っているだけでも龍のブレスは鋼鉄ですらも蒸発させるほどの温度を出す。
小さな湖程度であれば一瞬で蒸発させてしまえるほどの威力。
「チッ、来るぞ!」
辺り一帯を灼熱の地獄へと変貌させるそのブレスは、触れただけで窒素までも液化させる氷にぶち当たり、凄まじい量の蒸気をまき散らした。
そこらの魔法士では数百人が結集してやっとケガを前提に生き残れるほどの火焔を受け止め続ける。
やがてぴしりと氷に亀裂が走る。
気づけば火焔はプラズマと言ってもいいほどのものになっていた。
熱せられた気体が状態を変化させている。
「耐えきれるか?」
「ベイン……お前はこれを機に魔法の練習しとけアホ」
砕けた氷が瞬間で分解される。
ジリジリと生命線が削り取られる。
ふと横合いに目を向ければ、熱で自然発火した森が目に入った。
早いうちに逃げなければ焼け死ぬ。
「ベイン、今回は貸しだ。一旦下がれ」
「くっ……」
レイズに借りを作ると返済がとてもきつい。
それを知っているベインは嫌な顔をしつつも一人で逃げた。
この世界では未だにうまく魔法を扱えない。
魔法は世界を欺く、世界が違えば欺き方が違う。
だから魔法陣などの補助を使おうとも思ったが、それも世界が違えば一から学びなおす必要があった。
色々とやることが多すぎるベインにとってはそれを勉強するだけの時間はない。
「さて、そろそろいいか」
氷の壁への魔力供給をやめる。
途端に壁が崩れ、火焔が迫る。
障壁を焼き払い、魔力を含んだ息吹が体を包み込む。
周囲でこれだけ魔力が荒れていれば転移などはできやしない。
体を焼かれるどころか熱で溶けはじめる激痛をこらえながら、焼き尽くされた。
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山の頂上では兵士たちが慌てていた。
この世界に魔物や龍、亜人といったものは普通に存在している。
ただそれらは人の生活域とは明確な境界線を持って接しないように生きている。
目にすること自体が稀、自ら進んで危険を冒して境界線を越えようものならばしつこく追いかけまわされるだろう。
そして万が一、遭遇してしまったなら生きて帰ることは難しいものとなる。
「アイゼン、聞こえるか」
『ああ、こっちゃ森林火災から逃げてる途中だ。上からなら見えんだろ、指示を』
ポンッ、と気の抜けるような音がして信号弾が打ち上げられる。
もくもくと煙を吹き出す。
「そこから北に五〇〇、西に二〇〇走れ。龍のほうは多分ローラントのクイーンだ、勝てないから手を出すな」
『アイサー、その位置は砦があるが制圧していいんか?』
「制圧しろ。拿捕することは考えなくていい」
『了解』
無線機を下ろしながらスコールは戦域を見渡す。
龍が突如現れたのは砦と山脈のちょうど真ん中。レイズが予定道理に進んでいればかち合う場所だ。
そしてさきほど白く水蒸気が立ち昇ったところを見れば遭遇戦に発展しているのだろう。
戦ってしまえば勝てる相手ではあるが、アレは倒してしまうと国際問題クラスのものなのでうかつに手出しはできない。
竜人族が龍の姿に変異した姿、アレはスコールが知っている限りでは竜人族の王族だったはず。
「さて、どうするか……」
手出しはできないがこのまま放っておけば森林火災が広がってしまう。
さらに悪ければこちらに目を付けて攻撃してくる可能性だって否定はできない。
こちらからは何もできないのに相手からはやられっぱなし。
「マジでどうすっかねー……」
考えていると背後でドサッと、何かが落ちた音がした。
振り向けば黒焦げのレイズと少し焦げたベインだった。
「…………」
「あれを倒す、頼む手を貸してくれ!」
無言で観察しているとベインが頭を下げた。
レイズに借りを作ったからにはスコールに借りを作ったところでもうどうでもいいと思っているらしい。
大きな買い物をするとついでついでで余計なものまで買ってしまう心理状態に似ている。
「理由は? 別のところの戦争をここまで持ち込んできたからには――」
「レイズが開けっ放しにしておいたゲートのせいでこっちに飛ばされた」
「へぇ」
ひとまず納得した上でレイズを蹴り倒す。
明らかに重度のやけどではあるが、寄ってきた衛生兵を無視して足に力を込める。
「お前さぁ――」
「分かった分かった分かった分かった、次からは気を付ける」
力関係で言えば物理的にも魔法的にも立場的にもレイズのほうが上ではあるが、魔力を奪われるということをされるのが嫌なのか続きを言われる前に話を止めようとする。
「……………………………………、まあいい。二人で龍をヤれ、こっちは月姫を片づける」
それはつまるところ、責任を負いたくないから直接的な手出しはしないと言っている。
恐らく邪魔をしてくるであろう月姫を押さえる程度の支援しかしないと。
苦い顔をしているベインが言う。
「やったらやったで竜人族との関係の悪化は……」
「避けようがないな。というか、あのまま燃えたら犬系獣人族のテリトリーだ、さっさと倒して消火活動に当たれよ」
レイズが変えた風向きの影響が主に影響して、火災は北に向かって延焼している。
このまま燃え続けたならば敵味方双方に甚大な被害が出るだろう。
スコールは言うだけ言って山を駆け下りていった。
今回は手ぶら、相手が何であれ一般人並みの戦闘力しかもっていない。
だが抑えるべき相手は月姫。
高度な魔法の使い手である。
魔力が絡んで来れば神様だって(一対一に限って)倒せますと言えるスコールにとっては大した脅威ではない。
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やると決めたからにはやる。
そのときは例え元味方であっても一切の容赦はない。
龍はレイズにとっては知り合い程度の仲。
その龍は竜人が化けたもの、竜人はその種族の中では王族だ。
そして過去にその娘を誑かして王宮から連れ出したりもしたために相当恨まれている。
すべては自業自得。
だからと言って、あのときああしていればなどと言えることではない。
何度繰り返そうとも邪魔が入る、ヴァレフォルが同じ繰り返しをさせてくれない。
何度繰り返された世界でも、始まりが少しずつ変わった。終わりが大きく変わった。
そのたびに味方が減った、敵が増えた。
それでも自身が関わり、助けた彼女たちがいる。
護ると決めたからには最期まで守り通す。
そのためには時としてどんな非道な手段も厭わない。
それが世界そのものを破壊するものであっても、肩を並べて戦った仲間を殺すことでも。
「ベイン、簡単でいいからこうなった理由を」
火傷はすで治癒済み。体は問題なく動いてくれる。
何度死んでも何度でも蘇るわずかな例外。
「竜の支配域でバカが戦争起こして巻き添え食らった。んで俺がちょうどお偉いさんと話してたら、ってことで」
「そっちもそっちで大変だな。そういやアキトはどうなってる?」
焦土を駆け抜け燃える森に入る。
「最後に見たのが結構前だったが……フライアがべったり引っ付いてたな」
「そりゃ不味いな……」
「なんだ? 妹が恋したことが不安か?」
茶化すようにベインが言うが、レイズの懸念するところは別だ。
「まず一つ、妹じゃない」
「そりゃ分かってる」
「ならいいが……俺ですらあいつに近づいただけで気分が悪くなった、べったりくっついたら冗談抜きに死ぬぞ」
「マジか……戻ったら無理にでも引きはがそう」
「別に放っておいてもいいんだが……お前は平気だったか?」
「まあ、体内の魔力がおかしくなりはしたがそんなに影響はなかったな」
「だったらいいが……」
無駄話をしているうちに龍を視界にとらえた。
周囲の木々はすでに炭化して赤く赤熱している。
まるでオーブンの中に放り込まれたような暑さ。
常人ならば近づいただけで酸欠か熱気にやられてしまうだろう。
「適当に弱らせたらお前ごとゲートに叩き込むが、いいか?」
「ああ、送り先はアストールにでもしてくれ。あそこなら海が近いから大した被害はないだろう」
龍に近づいて二手に分かれる。
ベインが狙われる可能性よりもレイズが狙われる可能性が高い。
何せ竜人族のお姫様を誑かして連れ出したことがあるのだから。
「やっぱこっち来るよな……」
丸太のように太い尾が鞭のように振るわれる。
当たれば一撃でやすりのような鱗に擦られてミンチだろう。
だがレイズならば、
「せえ、の!」
ドォッ! と衝撃を散らして尾が跳ねる。
真正面から殴りつけての無効化。
同時詠唱できるレイズだからできる荒業。
幾重の障壁を腕に纏わせ、自分自身を空間に縛り付けて固定することでやっとこなせる方法だ。
「魔力の戻った俺に勝てるやつは一〇〇人くらいしかいねえ!」
誰もいない、ではない。実際にそれだけの数はいる。
実際総合的に見て最強ではあるが、相性的に勝てない相手はたくさん存在する。
それはメティサーナ、レイア、スコールなどと言ったおかしな能力を持つものだ。
だが、メティサーナとスコールであれば不意打ちでどうにかなる可能性はある。
ただしレイアについては常時展開される分解障壁によってすべての攻撃を防がれるだろうが。
卑怯な手段を用いたのならその一〇〇はかなり減るだろう。
『アイゼンヴォルフ、交戦開始』
『こちらスコール、エンゲージ』
腰にぶら下げた無線機からは他も交戦状態に入ったことを知らせる声が響く。
彼らならば負けることは無いだろう。それでもこの龍の邪魔が入らなければという条件が付く。
「ベイン! 障壁は使って殴れ!」
ちょうど龍の反対側にいて姿の見えないベインに叫ぶ。
魔法による念話もこの世界ではベインが使えないため、仕方なく通常の会話をせざるを得ない。
「どうなってもしらないが、いいか!」
「いいからやれ!」
ベインの魔法は1か0。
最大出力か計測不能なほど微弱な効果か、大まかに言えばそのようなものだ。
魔法自体は使えても、本来自動的に設定されるはずの細かな設定を調節できないのだ。
故に魔法陣やルーンなどの補助を使う。だが、それでもなお調整がしづらい。
「ほんとに知らないよ、と」
腕を基点とした相対座標上に、ボクシンググローブのように障壁を張り巡らせる。
魔法の障壁は未だに不可解な点が多いが、ただわかるのは素手で殴るよりもダメージが高いという事だ。
「せぁっ!」
ドグォッ!
龍の脇腹に突き刺さった一撃は内臓を突き抜けて、その巨躯を揺さぶる。
ちょうどレイズに向けて振り下ろされようとしていた爪撃が外れた。
「ナイス!」
先に弱い、鬱陶しいベインを片づけようと思ったのか、龍のヘイトがベインに傾く。
「やれるかぁ……」
龍の首がベインを見下ろす。
蛇に睨まれた蛙。それがよく似合う。
ぶるりと震えるが、恐怖にかまけている暇はない。
振り下ろされる爪。避けなければ死は確定、だが避けたならさらに強力な尾の鞭が振るわれる。
だからベインは魔力障壁を張った。
傘のように広げ、そこから幾本もの支柱を地面に突き立てる。
魔法は世界を欺き望む現象を引き起こす、ならば魔力の壁は壊れないと欺く。
どのような質量にも負けないと。
ズドォンッ!
「くっ……以外に持ちそうにねえ」
一撃でヒビが入った、そして徐々にくわえられる力に負けてヒビが広がる。
支柱のお蔭でなんとか耐えてはいるが、このままだとわずかな時間で決壊してしまう。
「そのまま耐えろ!」
レイズから声が届く。
レイズはレイズで対抗策は考えている。
最も手っ取り早い方法は空間ごと切断してしまう。
しかしそれはイコール殺害であるため、不味い。
――確か龍化も魔法の一種だったはず、だったら分解で魔法を砕いてしまえば。
腰の無線機に手を伸ばす。
「スコール、分解魔法の構成方法教えろ! さすがに複雑なもんは一からイメージできん」
『残念、話しているほど余裕がない』
と、余裕たっぷりの声で言ってくる。
ノイズに混じって聞こえるのは砲撃のような、ライフルの射撃音。
そのたびに響くのはキィィンという、反射でもしたかのような音。
「余裕あるだろ!? もったいぶらずに教えろ!」
『あれは今のところレイア以外には扱えないし、教える気もない』
「んなこと言ってる場合か! 理論だけでもいいから、後はこっちでイメージ補完する」
『ダメなものはダメだ、うぉっと』
パキィン、と金属が割れるような音が響く。
『それに概念魔術を忘れてはいないだろうな?』
「なにか……あ」
『概念魔術の反則な特性として、結果だけを定義して発動すればプロセスは勝手に生成されるというものがある』
「それは使えない、分かってるだろ? 使った途端に”サーチ”に引っかかってやつらが来る」
『だろうな、いっそスティールで奪え』
「……なぜそれを思いつかなかったのか」
『切羽詰まると思考が狭くなるからなー、おっと』
今度は無線機越しでなくとも聞こえる爆発音が辺りに轟いた。
振動が大地を揺さぶり、木の葉が舞い散る。
「大丈夫か?」
『さすがに生かして捕らえるのは無理だな…………テメッさっきからチマチマやりやがって、殺す!』
ブツンッ、と無線機の通信が途絶した。
それを境に連続した爆発音が響き始め、空高くに木の葉と土煙が舞い上がり始めた。
「久々にキレたな……」
本来無線機のスイッチを切り替えるだけならブツンッなんて音はならない。
よほど強くスイッチを叩くか、投げ捨てるかしたのだろう。
スコールが本気になることはまずありえない。なったとしてもそれは見かけだけであり、内心は酷く冷静なまま効率的に相手を焦らせる方法を演算しているだけだ。
そもそも本心からの感情を表に出すこと自体が少ない。
「レイズ! 早くしてくれ、もう持たない!」
ベインの叫びを聞いて今の状況を思考のメインに持ってくる。
さっさとこの龍を、竜人が化けたデカブツを無力化してしまわないと更なる被害が生まれる。
――干渉開始、構成要素の解析……。
世界そのものはシミュレートされた仮想。
ならばそれはデータの配列。
世界の記録を読み取ってしまえばなんだって分かる。
ただしそれには人の脳が耐えられないほどの莫大な負荷がかかるため、ほんの一瞬だけしか使わない。
一瞬だけでも相手の座標さえ分かっていればデータを抜くだけでいい。
――魔法の核は……腹か。
相手の魔法を奪い取るスティール。
得意とするのはスコールだ。もともとこの魔法は詠唱が長すぎて奪うとる準備が整う頃にはすでに終わっている、という理由でブルグントでは全く使われてもいないし、近年はライブラリからも除外されたもの。
だが、長年使ってきたレイズならば詠唱の省略は可能だ。
長期にわたる反復動作で特定の動きと魔法を対応させ、詠唱なしに魔法を発動することも少しはできるのだから。
「ベイン、打ち上げろ!」
「無茶言ってくれるな……」
傘の支柱を一気に伸長し、真上に持ち上げる。
さすがにこのトンクラスの巨体を打ち上げるなどという事はできない。
龍もさらに力を込め、押し潰そうとするが如何せん丈夫すぎてヒビ以上には至らない。
「おし!」
二本足で立ち、腹を無防備に見せる龍にレイズは触れた。
――構成イメージ認識、フルコピー、イレイズ。
頭の中でそうつぶやくと同時、龍の身体から赤い粒子が迸る。
荒らしのド真ん中に放り込まれたような、赤い魔力の奔流が過ぎ去れば、そこには真っ赤なドレスを纏った竜人が立っていた。
背中には二メートルを超える長大な翼をもち、龍の尾を生やしている。
「なにを……いったい何をしたというのです?」
「あんたの魔法を奪った、ただそれだけだ」
言うなり加速魔法で、自らを砲弾に見立てて走った。
「っ!」
反応できない速度で回避不能な間合いに入り込む。
そのまま拳に魔力を纏わせて一撃。
「ぐっ……あぁ……レディに対して酷いんじゃありません?」
派手に飛ばされながらも平然と起き上るあたり、人間よりも丈夫なのだろう。
拳を食らった場所を押さえもしていない。
「俺は相手が女だろうが手加減しないようにしてるんでな」
再び加速、神速で間合いを詰めれば此度は上空に蹴り上げる。
そして天高く舞い上がった竜人が落ちてくる前に中継界を介さない直通ゲートを開く。
黒く焼け焦げた地面が揺らぎ、空間が裂ける。
その下に見えるのは荒涼とした灰色の大地。
「さようなら」
重力反転魔法をイメージし、空中で体勢を立て直そうとする竜人目掛け跳躍。
そのまま一度通り過ぎ、垂直方向の加速。
背面にかかと落としで直通ゲートに放り込む。
「いたぁっ!」
悲痛な叫びを無視してもろともゲートを超える。
後ろからはすぐにベインが飛び込んでくる。
「後は任せろ」
「ああ、頼むぞ」
竜人にベインが取りついて真っ逆さまに落ちてゆく。
高度は数千メートルあるはずだが、こちらの世界ならばベインの心配はいらないだろう。
そう思い上昇しようと思い、視界の端に煌めく何かが映った。
「魔法?」
そうつぶやいた時にはチカッと瞬く閃光が走り抜けていた。
「ちがっ、まずっ――――!」
防ぐための時間はわずかしかなかった。
自分だけを守り抜く障壁を展開するしか間がなかった。
それはベインに直撃していた。
それは隕石でも落ちたかのような速度と圧力で空間を蹂躙する。
それは単なる水だった。
だが誰が気づけただろうか、それが秒速九キロオーバーで飛来した単なる拳程度の水だと。
一瞬で気体と化した水は、音速を遥かに超えた速度で熱波の壁となり、周囲を吹き飛ばした。
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「逃げ足だけはいいよな…………睦月もシャルもアイツも」
霞月との戦闘であと一歩のところで予想外の行動を取られたために取り逃がしてしまった。
「戦闘中に唯一の武器である銃を投げつけるバカがどこにいるってんだ……いや、ここにいたか」
強制詠唱で作らせた障壁を奪い、銃撃を弾き続け、ついに弾切れとなったところで接近。
そのまま仕留められるかに思えたが、相手が途中でリロードをやめて槍のように投げてきた。
恐らくはアタッチメントとして取り付けられた剣で負傷させることを狙ったのだろう。
だがスコールは障壁を手に張り、器用につかみ取った。
しかしそれだけの時間で霞月は複数の魔法を作り終えていた。煙幕を張り巡らせ、高周波と低周波を規則的に響かせ、限定的に磁力の力場を掻き乱して逃げおおせていたのだ。
さすがのスコールも魔法によって引き起こされた物理現象までは対応のしようがなかった。
継続的に放たれる魔法の炎ならばどうにでもやりようはある、だが魔法で着火だけされた炎ならば、それはもう一般常識の範疇、水をかけて消火するしかないのと同じだ。
「はぁ……また今度でいいか」
先ほど乱暴に投げ捨てた無線機を拾い上げる。
コスト無視の自作品のため強度は抜群だ。
どこにも異常は見られない。
「アイゼン、そっちはどうだ」
『制圧完了。今は向かってくる火災から逃げている』
「三人だけ合流、後は……なんとかして消火しろ」
『無茶苦茶な……』
「無理なら森林を切り開いて延焼を防げ」
『アイサー、それくらいならやれる』
スイッチを丁寧に切ってポケットにねじ込む。
「さてさて、レイズのほうはどうなってることやら」
狙撃銃を拾い上げ、黒焦げの森を歩く。
まだまだあちらこちらで赤く赤熱している場所が多々見受けられる。
触れたなら火傷は必須、黒い面でもまだ完全に火は消えていないため気を付ける必要がある。
これほどの大火災。
今頃はまた山脈の尾根に消防隊が到着していることだろう。
次はこの惨状を見てレイズがなにを言われることか。
「スコール」
「早いな」
焼けこげた茂みからアイゼンヴォルフのメンバーが三人現れた。
これが見ず知らずの仲だったら、山賊とそれに遭遇した青年という具合だろうか。
「ついて来い」
「了解」
人員が合流したところで走り始める。
目指す先はレイズが戦っていた場所だ。
静かになっているところからすでに終わっていることは容易に想像できる。
だがその結果がどうなっているかだ。
殺してしまっていたのなら今後のやり方を変える必要がある。
竜族は魔法を使った飛行で音速の域に達することができるため、そこらの空軍相手にも申し分ない空戦が行える。それを利用できなくなれば後々の”決戦”でさらに不利な状況になってしまう。
――まあ、そのときはそのときで……。
現場につけばもぬけの殻。
地面には見慣れた中継界への入り口があった。
一つ違うのは、覗き込めば白い世界ではなく、荒涼とした大地が見えることか。
「…………あの野郎、またあっちに行きやがったか」
「どうしやす?」
「アンカーを頼む」
「承知しやした」
スコールが穴に飛び込み、残る三人はあちらとこちらの時間の流れを一時的に固定するための魔法を詠唱した。
これをしておかなければ、行って帰ったら浦島太郎などということがある。
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約三十分後。
穴から帰ってきたレイズはかなり疲れた様子だった。
対してスコールは少しばかり苛立ちを募らせた様子だ。
「さあ、この後始末をしようか」
「…………少しでいいから休ませて?」
「これが終わってからな」
無慈悲な判決が下された。立場としては一番上であるはずなのに、スコールに、レイアに、月姫たちにいいようにされる最強とは一体……。




