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第三十三話 - 追跡者

 何をしているのだろう?

 蒼月は壁の歪みに消えてゆくスコールを見てそう思った。

 彼女はここ最近スコールを見ていると、確かに体験した()()()()()ことなのに、なぜかその記憶が頭の中に現れるということがたびたび起きている。


 世界0・アカモートでの激戦。

 ブルグント、セントラ、桜都などという枠組みではなかった世界。

 レイズのグングニルが使われず、全員での総力戦。

 敵はヴァレフォルと赤い縁の白い修道服のようなものを着た者たち。

 レイズもスコールもいまほどの力はなく、一般兵相手にすら苦戦している。

 皆が次々と倒されてゆく光景が脳裏によぎった。

 蒼月にこんな体験をした記憶はない。

 だがスコールを視界に収めた際に、”外”から流れ込んできた。

 自分のものではないが自分のもの。

 蒼月は、確かにアカモートでの戦闘はレイズのグングニルが使用され、極寒の海に墜落したと記憶している。

 あのような全員が揃った戦いで惨敗した記憶はないはずだった。

 外から、別の世界の自分の記憶が流れ込んできた。

 そう考えるか、精神ネットワークによる何らかの影響か。

 どちらにせよ、”スコールを視界に収めているときに”という条件は変わらない。


 スコールが入って行ったあの壁の歪み。

 流れ込んできた記憶には中継界イーサという情報がある。

 別の彼女はそれの存在を隠され続けていたらしい。

 蒼月だけに限らず、スコールやレイズ、メティサーナなどの限られた者以外にはなるべく知られないようにと、彼らが手を打っているようでもあった。

 あの先に何があるのか。

 気になった蒼月は歪みに踏み込んだ。


「なに……これ」


 目前に広がるのは、果てしなく白い空間。

 ただただ白く、どこまでも何もない。

 遥か遠くの一点に、ちょうどなにかを組み終えたらしいスコールが見えた。


「見つからないほうがいいかな」


 蒼月は静かに魔法を発動した。

 幻影魔法、光を屈折させ自らの姿を隠すための基本的な低級魔法。

 姿は消えた、しかし気配や音までは消えない。

 歩き始めたスコールの後を一定の距離を開けて追跡する。

 この白い世界でいったいどこへ向かっているのか。

 なにを目印として進んでいるのか。

 生の気配を微塵も感じさせないましっろな世界を歩む。

 やがて出口ともいえるような、もうひとつの歪みが見えてくる。


「いったいどこに……あっ」


 そのまま歪みに入るかに思えたスコールが振り返った。

 姿は消している、見られているわけはないと自分に言い聞かせるが、スコールの目線はしっかりと蒼月を捉えているようだ。

 冷汗が流れる。

 隠すという事は見られたくないものであるという事。

 そしてスコールは魔法については自分ではろくに扱えないというのに理論だけは誰よりも優れている。

 すでにこの空間に入った時点でばれてしまっている可能性がある。

 レイズのことを考えれば、容赦なく洗脳系の魔法で記憶を改竄させられる可能性だってある。

 だが、


「ついてくるなら勝手にしろ、何があっても助けはしないし安全も保障しない」


 スコールはそう言って歪みの中に消えた。

 残された蒼月は、ほっと一息吐いて後に続いた。

 勝手にしろ言うのならば勝手にさせてもらう。助けが必要なほど自分は弱くはないと蒼月は思っている。

 月姫であるということは白き乙女の中でも主力部隊であり、単独で師団規模の魔法士を相手に戦えるという事でもあるから。


「よし」


 一度、ぎゅっと拳を握り、そして歪みに飛び込んだ。


「わっ!」


 歪みから出た瞬間、暴風が身体を押しのけた。

 周囲の景色の中には切り刻まれる樹木や、ローパーという幾多もの触手を振り回す魔物の残骸が舞っていた。

 触手と言えば、レイズがメティの悪戯でトランスセクシャルされられた際に最も苦手とするものだ。

 現にその残骸の合間から白い人影が見えた。

 それは天使の翼を背に持ったものだったが、どこかレイズと鈴那の面影を持っていた。

 まさかそんなことは……、と思いつつも蒼月は器用に空中で身を捻って着地する。

 ちょうどあちら側からは見えない位置。

 よく見ればスコールと白い天使? のほかに黒尽くめ青年が一人いた。


「……えっ、漆黒ジェットのクロード? なんでこんなところに」


 蒼月の記憶にある情報では、灼熱の聖誕祭、その日に漆黒武装小隊ごと全滅したとしかない。

 さらに言えば敵。科学が栄えるセントラで普及している電脳化処置というものを受けた人間。数多の犯罪行為に手を染めた悪人。

 魔法を使える素質を完全に拒否する代わりに、脳内にナノチップを埋め込みコンピューターと同等に近い処理を可能としたもの。

 それは如月隊にも少数名いた者であり、主に電脳戦、AIによって再現された仮想現実世界での戦闘を主軸とするものだ。


「……なんで私をわざわざ飛ばしたの」


 クロードについてよりも、周囲が鎌鼬のごとき旋風ですぱっと切り裂かれているというのに、自分の体には全く傷がない。そちらを気にしていた。

 意図して風を操らなければこんな結果は生まれない。

 出た瞬間、近くに感じられた魔物の気配さえも切断されているというのに。

 スコールは突風の名の通り、術札や補助具を用いた魔法では風を制御することを得意とする。

 しかしながら、それは流体制御系のものであるために流体であればなんでも得意とするのだ。


「どこに行くだろう」


 座り込んだままの天使をどうするかでスコールとクロードが口論しているように見える。

 やがてクロードは言い負けたのか、粘液でべとべとになっている天使を背負い森を抜けていく。

 スコールも蒼月をちらっと見たうえで、その場を後にした。

 蒼月にとってそれは、敵と行動を共にしているように見えもしたが、アカモートに部隊ごと編入されていたということを思い出し、そうではないと改める。

 だが、なぜクロードがこの場にいるのか、あの天使は何者なのかという疑問が残る。

 天使は本来ならば上級天使を除き、創造主の命のもとに動くしかなく、主を失えば消滅するだけの人形。

 例外を出すならば一つはメティサーナ。四枚羽の上級天使でありながらサボり癖が酷く下から二番目まで降格された堕天使。

 もう一つは鈴那。どういう経緯であのような名前になり、レイズのもとにいたのかは蒼月は知らない。だが上級天使でもない鈴那ならば主に捨てられた時点で消滅していてもおかしくはない。

 消滅せずに堕天するにしろ、まず人の姿を取り得ることはないはずだ。

 その二つの例だけでもあの白い天使が、天使たり得る姿でこの場にとどまっていることがおかしいと蒼月には思えた。

 あのような状態であれば任務の続行を不可能と判断され即座に消えてもおかしくはないというのに。


「追いかけよっか……え?」


 足を一歩踏み出そうとしたところで動けないことに気付いた。

 両足のふくらはぎにぺたりと術札が貼り付けられていた。

 引きはがそうにも、瞬間接着剤で張り付けられたかのようにはがれない。

 ならば焼いてしまおう。そう思いもしたが、術札に照準を合わせた瞬間に、もしくは術札を効果範囲に収めた途端に魔法が霧散する。

 その術札は言うまでもなくスコールの所有する拘束系の術が書き込まれたものだ。

 核となる札を破壊するには自身の足ごと貫く必要がある。

 そんなことをする度胸のない蒼月は、再びスコールが戻ってくるまでの数時間を一人孤独に過ごした。



 空に星が瞬き始めたころ。

 魔物の遠吠えが響く森の中。

 蒼月のほうに向かってぞろぞろと、見るからに賊の風体の者たちが歩いてきた。


「こんなときに……」


 数は三十、動けなくとも魔法で葬り去れる数ではある。

 しかしこれだけの数ともなると血の臭いで魔物が寄ってくるだろう。

 そうなれば一晩中その相手をしなければならない。

 そんなことを思っていると賊風味の一人がさっと蒼月の目の前に姿を現した。

 全く気配を感じなかった、すぐ近くの三十のなかから歩いてきたのではなく、闇の中を一人で歩いてきた様子だ。


「っ!」


 咄嗟に魔法を発動しようとする。

 鋭利な先端の氷弾を撃ちだす射撃魔法。

 だがそれは、賊の一言で行われることは無くなった。


「白き乙女の月姫様ですね、スコールの命によってお迎えに上がりました」


 荒々しい口調ではなく、高級な店の店員のような物言いで丁寧に術札を取り払った。

 そのまま立ち上がるため、手を差し出す賊?

 手を取り立ち上がるころにはさきほどの賊? の集団に囲まれている。

 しかしその賊たちは獲物を見る目ではなかった。


「えっと……どちらさん?」


 蒼月が首を傾げながら聞くと、思いのほか賊? はすんなりと答えた。


鉄狼アイゼンヴォルフ。スコールの仲間です」


 その後もあれこれと尋ねているうちにスコールが現れた。

 片手には黒鞘の刀を一振り。

 蒼月が知る限りでは、スコールは一通りの武具を扱えるが決して上手いとは言えないほどの練度。

 集団戦では少数で突っ込ませる以外には役に立たないほどの実力だということ(連携ができなさ過ぎて)。


「蒼、さきにこいつら連れて戻ってろ」

「えっと、この人たちっていったい……」

「傭兵だ、それも少数精鋭のな。お前もフェンリルっていうと分かるか?」

「ふぇん……りる? フェンリルっていうと……確かどこの国にも属していないPMCだっけ?」

「PMCではないな、状況に応じて集まるだけの賊だから」


 確かにスコールの言う通り、なんの説明もなければ一目見ただけで賊と判断できる見た目の者ばかりだ。

 武装も見るからにぼろっちい服に使い込まれてぼろい見た目の剣ばかり。


「これから一戦交えてくる。アイゼンは蒼月と共に中継界を超えて待機。いいな」

了解ヤー


 びしっと決まった敬礼と共に、今の世界になる前に使われていたとある国の返事をする。

 賊とは思えないほどに統率がとれ、形だけ見れば指揮官はスコールだ。

 アイゼンと呼ばれた男はこの集団の中では偉い人のようだ。


「というわけだ、この世界のことは後で説明してやるから戻ってろ」

「戻ってろって言われてもねえ……」

「ここの戦いは未だに剣と旧式の魔法だ。お前みたいなのが入ったら目立ちすぎるんだよ」

「う、うん……」

「ほら行った行った、てめぇらも中継界抜けた先は家があるから、そこの庭で適当に時間潰してろ」


 スコールにせかされるままに蒼月とアイゼンは、空間に穿たれた歪みに入る。

 アイゼンたちはすでになれているのか戸惑うこともなく、ただまっすぐに歩いてゆく。

 蒼月は未だにここの歩き方が分からないために彼らについてゆくことにした。



 中継界イーサを抜けると、さきほどまでレイズたちが寝ていた部屋に戻った。

 すでにベッドには他の月姫の姿もレイズの姿もなく、廊下にはシャワーの音が響く。

 アイゼンたちはさっと家の中を見るとすぐに外に出た。

 ハティは彼らを敵とみなしていないのか、目の前を通っても見向きもしない。

 ただカルロは違った。

 見ず知らずの、それももろに賊の格好をしたやつらに警戒心を高めていた。

 

「だ、誰だあんたら!?」


 そんなカルロにもアイゼンたちは冷静に対応した。

 下手に刺激してドンパチやらかすほど沸点は低くない。


「アイゼンヴォルフだ。こちらではフェンリルと言ったほうが通じるかな」

「へっ……ふぇ、フェンリル!? あの悪名高いフェンリル!?」


 カルロは記憶の中から結構古い情報をフラッシュバックさせ、即座に先ほど立てたばかりのテントに潜り込んだ。

 そして硬化魔法でテントを強化してがたがたと震えていた。


「アイゼン、俺らの名前はどこに行ってもこれだな」

「ははっ、ちげえねえ」


 軽く笑いながらも、彼らは畑ほどの広さがある庭で、夜空の下焚火を始めた。

 ……庭でものを燃やすことが禁じられているとは知らずに。

今回の雑学。

ヤー Ja ドイツ語で肯定を示す。


それにしてもなぁ、フェンリルにスコール、ハティとそのままだとなんかスコールが突風じゃなくて狼のほうに思えてしまう。

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