第三十二話 - 工作
「おいスコール」
周りを見ればこまごまとしたパーツがばら売りされる、ごちゃごちゃした店の中。
「おいって」
スコールはそれらのパーツを漁り、目ぼしいものだけを手に取り買いあさる。
ダイオードやコンデンサ、ヒートシンクにトランス。
他にもさまざまな電子パーツを買い込む。
西暦が終わり、世界暦に変わろうとも、何年たとうとも。
一度文明が滅んでしまったとしても、電子パーツはすでに決まっている。
レジスタンス、コイル、コンデンサ。
基本の三つは永遠に変わらないのだ。
「いつまで漁ってんだよ! さっきの買い物は十分で済ませたくせに、もう一時間は経ってるぞ!」
「るっせぇ、文句あんならレイズに言え。あいつが無線機やらを失くしたのが悪いんだ」
以前レイズが使用していた、強力過ぎる無線機。
あれはスコールが自作したもので、電波法その他いくかに引っかかるほどのものだ。
アカモートが沈んだ際に、レイズもろとも海のそこに落ちて行ったのだ。
十キロメートルほどの通信であれば、普通に出回っているものは多数ある。
だがあれは出力も変調方式も、既存の使用されているものとは異なったものであり、そこらのモノでは信号をノイズとしてしか捉えることができない。
「それにしても、白き乙女ってどうなったんだ?」
「残っているのは睦月・如月・閏月隊、そしてほとんどは遠いところに隠れている。今のところはこれ以外の生き残りは敵だ」
「敵って……やっぱり離反者がでてたのかよ」
「ああ、ただ離反した時点で魔法のライブラリへアクセスできなくなるから対して脅威になるやつらじゃない」
それを聞いたカルロは首を傾げた。
確かに魔法は形式化され、図鑑に保管されるのが今の一般常識だ。
誰もがアクセスでき、日常生活で使用されるものから喧嘩などで使われもするAランク魔法とBランク魔法。
Cランク以上は一定の権限が必要となるが、そもそも魔法の詠唱や陣を覚えてしまっていればアクセスできずとも使用はできる。
「白き乙女は独自の魔法を使用している。それは知っているな?」
「……ああ、確かライブラリにも載ってないとか」
「そう、それだ。一般の魔法、人には扱えない魔術、二つを合わせた術式」
「そりゃ知ってる。軍学校で習った」
「じゃあ、それぞれの違いは?」
「えっと……」
言葉が詰まったカルロに代わってスコールが言葉を並べる。
魔法は詠唱や魔法陣、脳内のイメージを用いて自動化されたプロセスで望む状態を創り出すもの。
魔術は自身で魔力の精密な制御を行い、生成から実行までをすべて手動で行って望む状態を創りだす。
当然魔術はすべてを自身で行うため、万が一のためのセフティーなどは全くない。
そのため魔法よりもさらに強力に、正確な現象を引き起こせる。
一歩間違えば世界すらも壊すほどの。
そして術式は半自動化された魔術とでもいうべきもの。
生成段階をある程度簡略化され、セフティーが組み込まれた白き乙女の専売特許とするもの。
だがこれは魔術の性質を含んでいるために”人”は扱えない。
それを無理やりに使うために精神ネットワークという大規模な精神干渉魔法をレイズが常時発動している。
やっているのはクラウド処理と同じようなもので、魔術を使用できる者が実行段階まで処理を進め、その出力は使用者に、というものだ。
ライブラリはレイアの模倣体が、処理は主にレイズが担当し、精神ネットワークを通してライブラリから選んで使用する術式を決め、レイズが処理を開始する。
この順序は一部のものを除いて全員に適用されるためにライブラリへのアクセス、ひいては精神ネットワークから切り離されてしまえば術式の使用は不可能となってしまう。
「というわけだ。ここ、近年のテストに出てないから覚える必要なし」
「覚えらんねえし、そもそもなんのテストにでるんだよ……」
「PMSC白き乙女の入社試験」
「…………」
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電子パーツショップを出た時にはすでに空は茜色。
行き交う人々の間を縫って帰路につく。
一人だけ異国の軍服であるカルロは目立ちすぎていた。
「なんか俺、浮いてね?」
「そりゃそうだろ。ブルグントの軍服にレイズの部隊章つけただけのもんだから」
「これ……みようによっちゃ不味くね?」
「こっちは科学メインの国、魔法国のものってだけで敵視されるだろうな」
スコール邸にたどり着くまでカルロはびくびくしながら歩いた。
買いに出るときはさほど気にしていなかったが、いざ気にし始めると意外と意識に引っかかるのだから人とは不思議なものだ。
ちなみに、スコールによって警察関係や軍部にはそれなりに圧力がいっている。
決して職権の乱用ではない。
断じて職権の乱用ではない。
人ごみを抜け、家までたどり着くと玄関先ではまだハティに群がる子供たちがいた。
近所の子らしく、よくハティで遊んでいるようだ。
「さて、テントは自分で組み立てろ。飯は適当な時間になったら入ってきて食え」
それだけ言うとスコールは荷物を抱え、家の中へと入って行った。
廊下を抜け、リビングに入り、食材を冷蔵庫にしまう。
「はぁ……今晩のメニューは瓶詰にしておいたサラダと……あるもので適当に作るか」
手早く食材を切り分け、味付け、調理を済ませて後は温めれば食べられる状態にしておく。
スコールのベッド代わりとなっているソファへと視線を向ければ、そこでは蒼月が丸まって眠っていた。
そんな蒼月を起こすことはせず、スコールはレイズの様子を見に行った。
月姫を戦える状態まで復帰させろとは言ったものの、彼女たちがレイズとのんびりと過ごすのは久方ぶりの事である。
はしゃぎすぎて、逆にレイズが使えない状態になるとそれはそれで困るのだ。
「うっ……」
ドアを開けた途端に漏れ出る、独特な香り。
濃密すぎる甘いようなフェロモン。
ベッドに目を向ければシーツを被った状態で四人仲良く眠っていた。
白月が右腕に、紅月が左腕に、黒月が体に上に乗った状態であり、レイズは枯れかけといった表情だった。
ふと壁に目を向ければ、不自然な歪み。中継界への入り口がまたも開かれていた。
「……意識だけ飛ばすとは、また器用なことを」
スコールは迷いなく中継界に入りこんだ。
相変わらずの真っ白な空間を歩く。
この場所は侵入者用の迎撃装置が多数配置され、侵入者があった時だけ変化する。
真っ白な空間が一瞬にして青空と新緑の大地へと変わり、数多の迎撃装置が展開する。
そんな事態になることはほとんどないが、万が一そんなことになれば別世界からの侵略であることに間違いはないため、全力で迎撃に当たる必要が出てくる。
「連れ帰るついでに魔狼の連中でも連れてくるか……」
一人とぼとぼ歩き、今回は共用倉庫から刀を一振り取り出す。
黒鞘の長刀。
特に名前もなければ、いわくつきでもないごく普通の刀。
レイズが使用していたお古でもあるその刀を腰のベルトに取り付けた。
倉庫内を見れば、睦月がしまい込んだのか他の部隊の者たちが使用していた武器、遺品ともいえる数々のモノが並んでいた。
「はぁ……”次”は随分と味方の少ない状況でのスタートか……」
スコールにとっては誰も彼も、たいして関係が深いというわけではないが、それぞれが大事な出来事の因子だった。
それがなくなっただけでも敵、ヴァレフォル側にとって有利に天秤が傾いてしまっている。
「あー、しゃーないか。ま、最悪は魔狼のやつらを投入してしまえばなんとかなる」
気合を入れるかのように頬をペシンッと叩いて真っ白な世界を一人進み始めた。
この場所では時間の流れが違う。
帰ってくるころには一秒しかたっていないかもしれないし、一〇〇年たっているかもしれない。
………………。




