第三十一話 - 二面生活
「で、でけえ……!」
スコール邸前にて、カルロはその大きな家を見て驚いていた。
家の前にはすでに恒例となりつつある人垣が築かれてしまっている。
もののついでで連れてきた工兵は途中で小隊の者たちに預けてきたためここにはいない。
もとが漆黒武装小隊の所属で、爆薬の取り扱いに関してはコーラルエッジの兵士の中では一番だ。
スコールがそう判断したために、指導教官として配置したのだ。
少し前に自分に与えられていた役職の権限を使って。決して職権の乱用ではない。
「お前の寝床はあそこだ」
指さす先にあるのは犬小屋。
それも小さな物置ほどの大きさだ。
「……おい?」
「誤解するなよ、犬小屋じゃなくてその隣の空きスペースだ」
さらにグレードダウンしたような気もしないではない。
しかし、さきほどテントを購入するとスコールが言っていたために、そのためのスペースだとカルロは理解した。
「ちょっと待ってろ。レイアを寝かせてくる」
スコールは背中のレイアを背負い直し、人垣をかき分けながら玄関へと向かう。
以前よりも若干ながら人が多い。
分類分けするならば、以前はハティ目当ての無邪気な子供たちとその保護者たち。
今は一割ほどカメラを持った邪気のある男どもが混じっている。
――どこにでもいるよなーこういうヤツら。しかも変なのが一分ほど……。
スコールはわざとらしく人垣を選り分けて抜けた。
ほとんどは列に割り込みをかける人を見るような、迷惑そうな目つきで睨んでくる。
だが極一部、スコールと背中に背負われているレイアを見て瞬間的に硬直した者がいた。
美少女ともいえる蒼月の写真撮影(無断)が目当てのカメラ小僧に混じった盗撮者。
「あ、おかえりー」
のんきにハティに寝そべって日向ぼっこをしていた蒼月が手を振ってくる。
それにスコールはわざとらしく返した。
「お前、こんなやつらに撮られてよく平気だな」
蒼月を撮っていたカメラ小僧たちに視線を走らせる。
さきほど不自然に硬直した者についてはゼロコンマ二秒ほど長く注視する。
盗撮者の姿勢に動揺が走った。さすがにバレてしまったと思ったのか、罪悪感を抱いたカメラ小僧の体で立ち去ろうとした。
「ちょっと待て、そこのあんた」
わざわざ怒気に似せた感情を再現して、声に乗せて浴びせる。
早足に逃げようとした男の一人の肩を掴む。
ただでさえ不愛想な感情のない表情のスコールだ。
完全な無表情、かつ目だけは殺す気で話しかけたなら、大抵の人は引くだろう。
「な、なななんのようだ」
周囲の大人たちが何事かと意識を向ける。
構図だけ見たならば、不良に絡まれた男性Aだ。
周りの大人たちも若干ながらスコールに対して負の感情を向けた。
「あんた、子供たちを盗撮していたな? それも女の子を中心に」
「な、なにを根拠に――」
「カメラのデータを出せ」
その男に反論を許さず、一方的に締め上げる。
さきにイメージを作り上げてしまえばあとは周りの住人たちが味方だ。
現に、ほとんどの視線は男の所持しているカメラに向けられているのだから。
男はそれに気づき、カメラをポケットに押し込むが、それがかえって疑いを強めるとは判断できていなかったらしい。
「隠すってことはそう言うことか」
「違う!」
見物人たちはすでに男に疑惑の視線を投げている。
耐えきれなくなったのか、スコールの手を振りほどいて駆けだした。
それと同時に他数名もさりげなく現場を離れようとした。
続いて居心地の悪くなったカメラ小僧までもが逃げようとする。
スコールの思うつぼだ。
「住人の皆さん、そこの男は子供たちを盗撮した変態です! 子供たちの安全のため、警察に突き出しましょう! それに仲間もいます、今逃げようとしたのがそれです!」
逃げようとしていた男が、子供たちの親にあっという間に取り押さえられ、とばっちりで他の盗撮者とカメラ小僧までもが取り押さえられた。
邪魔な連中を一度に追い払い、なおかつ二度と近づけさせない。
一石二鳥の戦果を獲得しつつスコールは家の中に入った。
後は大人たちがいいように証言して警察が処理してくれるだろう。
きっちりとカメラのデータには蒼月を撮ったついでで映ってしまった子供たちがいるのだから言い訳はできまい。
廊下を歩き、レイアの部屋のドアを開ける。抱く印象は第一にごちゃごちゃしている、だ。
汚いではない、まるで材料が放置された工房の様子でそこかしこに半分解状態の魔法の補助具やパーツやが転がっているのだ。
そんな部屋の一角にクッションと毛布を並べただけの粗末なスペースがある。
そこがレイアの寝床だ。面積換算で約一畳。
狭いながらも小柄なレイアにとっては十分な広さだ。
「ひとまずは安静に、だな」
レイアの部屋を後にしたスコールは白月の部屋に聞き耳を立てた。
中から聞こえてくる音からしてどうやらお楽しみ中のようだ。
それもレイズが受けに回って一方的にやられている様子である。
――こんなときに……、いやこんなときだからこそだな。それにやれと言った手前、止める気はないし。
そして部屋から離れようとしたところであることに気付いた。
――ちょっと待て、蒼はどうやって部屋から出た?
部屋のドアをちらりと見て、そしてたった今聞き耳を立てて音が抜けてきたことで気づいた。
レイズを捕まえた後に再度術札を貼り付け忘れていたことに。
――我ながら痛恨のミス、次から気をつけよ……。
反省しつつ、リビングに置いてある金庫からいくらかお金を持ち出す。
カルロ用のテント、そして今晩の食料を買いに行く必要がある。
必要なものを思い浮かべながらリストアップしていると、不意に後ろから手が回された。
「なんだ蒼?」
「ねぇ、スコールってさぁ、好きな人っていないの?」
「さてな」
「ごまかさないでよ」
「答える前に一つ、さっさと手を離せ」
本心から邪魔だという思いを込め、言う。
誰が聞いても拒絶の感情を読み取れるだろう。
「しばらくこのままがいいなー」
それでも蒼月は手を離さなかった。
まるで甘える子供のようにじゃれついている。
「命令だ、離せ」
スコールが感情のこもっていない、平坦な口調で言うと、しぶしぶといった感じで蒼月は手を離す。
「なんで……なんでこういうときだけ命令するの?」
「…………」
それに答えず、廊下に続くドアに手をかける。
「あいつのかけた呪いは、不老不死になる代わりに命令に逆らえなくするもの」
「そんなのは知ってる。ねえ、答えてよ」
「お前らはレイズとともにいるのが一番いい。”こっち”のことに深くかかわらせたくないんだ」
言い終えるなりスコールはリビングを後にし、家から出た。
外ではけたたましくサイレンが鳴り響き、先ほど捕らえられてしまった男たちが車両に乗せられている最中だった。
何があったのかと、人ごみの後ろのほうで顔をのぞかせているカルロが見える。
スコールはさっと人ごみを抜け、カルロと共に買い出しに向かった。




