第三十話 - 予定外
「おい、起きろよ」
カルロに肩を揺すられ、いつの間にか眠っていたスコールは目を覚ました。
ここは尾根の電波塔。
右を見れば先に帰投する小隊、左を見れば黒い焦土。
空には未だ警戒のため、レイアが飛び回っている。
背面に青い大きな魔法陣を三重に展開し、その端に天使の翼のようなものを左右二対、計四枚従えている。
補助具を使いさえすれば、最高峰のサポーター兼ガンシップ紛いの支援ができるレイアだ。
そこにレイズが魔力供給源として参戦すれば、向かうところスコールとヴァレフォル程度でしか太刀打ちは不可能となるほどの戦力となってしまう。
「お前ら、これからどうする?」
スコールはとくにどうという考えなしにカルロたちに言った。
「どうするったってなぁ……」
カルロは返答に困った。
現在は捕虜扱いで同行しているだけであり、スコールなしでは牢屋の中に入る以外の選択肢がないのだ。
しかも今は一月。暖房はなく、薄い毛布一枚と固いパンだけの牢屋行きは嫌なのだ。
「お前んとこ、泊めてくれね?」
ダメ元で聞き、
「庭でいいなら住まわせてやる」
予想外の許可にカルロたちは驚いた。
「マジで!」
「ああ、後でテントと寝袋を買う」
スコールは立ち上がり、無線を手に取った。
「レイア、そろそろ帰るぞ」
『……変なのが来たよ』
ポーチから双眼鏡を取り出して覗き込む。
レイズが焦土に変えたエリア、さきほど虐殺を行ったエリア、さらにその向こう側。
いかにも魔法使い然とした、黒いローブに杖を持った集団が確認できた。
数はおよそ四百。人間が百、残りは人の形をした人形、石で造られたゴーレムだ。
さらに倍率を上げると胸元の部隊章が見える。
薔薇の模様に十字を重ねた徽章、スコールの記憶の中にはロズウェル隊のものとして記憶されている。
「ロズウェル隊か?」
『ロズウェル? どこの部隊?』
「確か……師走のとこのだったはずだ。無機物をパーツ単位で操ってゴーレムを使う連中のはずだ」
『よく覚えてるね。わたしだって如月隊を全部覚えてないのに』
「これでも盗賊団から傭兵にした手前、覚えておくくらいはしておかないともしもの時に困るからな」
『えっ? それってレイズが一人で……あれ? え?』
その瞬間、魔法陣が消え、翼が飛び散り、浮力を失ったレイアは落ち始めた。
「レイア!」
ポーチに手を突っ込み、乱暴に術札を取り出す。
数枚がぱらぱらと落ちるが気にせずに魔力を通す。
発動する魔法は二つ。一つは『エアクッション』と呼ばれるもので、名前の通り衝撃を緩和する魔法だ。
特定の場所に空気を圧縮し、指向性を付けて解放し落下時の衝撃を可能な限り打ち消す。
もう一つは『エアスタティカム』。気体の分子を相対座標上に固定し、空中に足場を形成するもの。
「カルロ、受け止めろ!」
「おう!」
カルロが駆ける。
螺旋状の滑り台として空中に顕現した”足場”にレイアが接触し、そのまま形成されたコース通りに滑り落ちる。
やがてコースが途切れ、勢いに任せてレイアの体が宙を舞う。
落下地点には、すでにクッションが用意されており、カルロも十分に間に合う距離だ。
「―――――よっと、ケガは……ねえな」
無事にカルロが受け止める。
だがレイアの意識は朦朧としていた。
「ぇ……だって…………すこーるは……そんなはずは」
スコールは素早くカルロに駆け寄り、レイアを背中に背負う。
うわ言のように繰り返し、視線も安定していない。
「チッ、別の記憶が繋がったか……」
ポーチから再び術札を取り出す。
魔力を通し、空に向かって放ると燃え盛る深紅の鳥になって敵のいる方角へと飛びさった。
自立式の迎撃魔法の一種だ。近づく者は容赦なく焼き殺される。
「お前らついて来い!」
レイアを背に、スコールは自宅へと走り出した。
---
「ねぇ、ハティ。スコールって鈍感系?」
「くぅん」
蒼月は一人、玄関前の日あたりが良い場所でハティに寝そべっていた。
長く先端だけが青い白髪が光を反射する。
周囲にはハティ目当ての子供たちと、それを遠巻きに見守る大人たちがいる。
ものの数日で近隣の大人以外から、かなりの人気を獲得しているのだ。
魔物について知っている大人からすれば恐れる対象であるが、それを知らない子供たちからすれば大きな白い犬程度の認識でしかない。
「お姉ちゃん、その犬さんにさわってもいい?」
「いいよ」
「やったぁ!」
「あはは、でっけえ!」
「ふさふさー」
呑気に遊ぶ明るい子供たちとは対照的に蒼月はどことなく暗かった。
別段、なりゆきでお楽しみ中になってしまっているレイズたちが原因なのではない。
なんとなく心がもやもやしているのだ。
――私も言える立場じゃないけど、レイズってインキュバスと同じ魅了体質でモテモテでかわいい子がたくさん寄ってくるのは分かるけど……半分洗脳状態で正気じゃない女の子に……。それに比べたら、スコールはすぐにいなくなるけど、よく助けてくれるし、好意だけに鈍感なのがダメだけど……。うーん、なんて言ったらいいのかな、この気持ち。




