第二十八話 - 書類上の最弱
「帰れ」
「なぜです?」
「帰れ」
「神よ、なぜそのような」
「帰れ」
「ではせめて」
「帰れ」
スコール邸の玄関先(ドアがない)では、しょうもない言い争いが行われていた。
片や現在進行形で実質無職の青年。
片や辺境ではあるが領主のオタク。
本来ならば会うことすら困難な身分の差があるというのに、かなり砕けた口調での一方的な論争。
その下らない口喧嘩はムーア達が到着するまで続いた。
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数刻後。
「ムーアさん、次こんなことがあったら容赦なくこの領地を焼け野原にしますよ」
スコールはドアを壊されたこと、そして何よりも鬱陶しい変質者に腹を立てていた。
先の発言も本気になればものの数日で実行してしまいそうなほどに怒気が籠っている。
「分かりました。パックス様もお控えください。こんなことで国が亡びるなど歴史に残る大恥ですぞ」
「ぬぅ……しかしここに神が」
「領民とこの男とどちらが上なのです?」
「うぬぅ……」
レイアが家の奥から出てきて、瞬間、姿がぶれる。
こっち、と指さそうとしたパックスの顔面に、スパンッと切れのいい飛び蹴りが撃ち込まれた。
まるで砲弾を叩き込んだかのような威力に、スコール邸の敷地外までノーバウンドではじき出され、そのまま意識を失ってしまう。
「レイア、蹴りを入れるくらいなら大洋の真ん中にでも転移させて海の藻屑にしてやるのがマナーだ」
「どういうマナー?」
「さあな?」
肩をすくめて知らないと表現。改め、真面目な表情でムーアに向き直る。
「さきほど、山脈の向こうの敵を焼失させてきました。証拠はここから見える通り、尾根の黒くなっている部分です」
そう言って、さきほどレイズの魔法によって焦土になってしまった地形を指さす。
未だに山脈の向こう側からは、ところどころ白い煙が昇っている
「おそらく対魔法士用の部隊が追加投入されてくるので、コーラルエッジの全軍をお借りしたい。よろしいですか?」
とんでもないことを平然と言い放つ。
ほかの護衛達の呼吸が一瞬止まった。
よりによって、身元不明(領主に神格化されている)で、どこにでもいるような見た目の青年がいうのだ。
そんなことは前代未聞のことである。
「いくら実績のある貴方でもタダでお貸しするわけにはいきません」
「いくら出せばいい? まあ、後払いになりますが」
「金銭ではありません。兵の全員の生還と脅威の完全排除が条件です」
無理難題を押し付け、承諾させまいとムーアは考える。
だが、
「その程度なら飲みましょう。もとから戦力としては期待していませんので」
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かくして戦場へはスコールとレイア、コーラルエッジのすべての兵士、そして捕虜二人が向かうこととなった。
兵器も武器も満足のいくものではなく、敵戦力は不明。
さらに実戦経験のないものがほとんど。
利点と言えば、人数が少ないが故に食料が少なくて済むことと移動速度が速いことくらいのものだ。
「魔砲はあるか?」
「ないよ、今あるのは私専用の補助具と月姫の武装だけ」
「はぁ……仕方ない、術札を使うとするか」
複数のA4用紙に術式を書き込み、プリンターで複製。
一般であれば、魔法薬学がうんたらかんたらの草の汁で作ったインクを使って魔術師が魔力を込めながら書いたうえで、月の光に当ててなんとかかんとかで、とにかく長い時間かけて作るものだ。
ただスコールやレイズに限って言えば、イメージを図式化したものであればなんでもいい。
プリンターを使って大量生産した偽物でさえもいいのだ。
こんなところを本職の魔法士が見たらなんということか……。
「じゃあ行くか」
リビングで術札をレッグポーチに詰め込む。
多少折り目がつこうがくしゃくしゃになろうが読み取れれば使える。
「ちょっと待ってよ。私の役目は?」
「今回も長距離魔法狙撃だ」
レイアが補助具《MOS》を取りに行き、スコールも廊下に出る。
と、同時に直感が告げた。レイズが逃げる。
バッと白月の部屋の前に行き、紙を引っぺがしてドアをバンッと思い切り開ける。
すると壁に不自然な歪みがあり、レイズの姿だけがなかった。
月姫たちが呆気にとられているとことを見るに、たった今脱走したものだと伺える。
「その手があったか!」
スコールは即座に壁の歪みに飛び込んだ。
それは中継界への入り口。
世界と世界を繋ぐ場へのワームホール。
ほんの少し灰色がかったところを歩けばすぐに真っ白な世界が目に映る。
遥か先には走り去るレイズ。
「ああくそっ、こればっかりは封じようがないな」
スコールは走った。目指す先は自分の倉庫。
このままレイズを追いかけたところで追いつくことはできない。
全力で三日も走ることができる体力馬鹿に普通(?)の人間が追いつくなどできやしないのだ。
真っ白な世界で、真っ白な道を走る。
やがて白い箱のようなものが見えてくる。一辺十メートルの巨大な”倉庫”だ。
扉を開け、中に入る。
剣に銃に爆薬に人が持つことはできそうにないほどの大剣や大槍、魔法の杖や魔導書。
存在したすべてのありとあらゆる武器がそろっている。
スコールはその中から刀を一振り、複雑な模様の術札、結束バンドと紐を取り出して再びレイズを追跡した。
この世界の時間でおよそ十五分後。
真っ白な世界のかなたから二人は戻ってきた。
レイズには手錠。スコールはそこから延びる紐を持っている。
「あのですねえ、つらいときに行為に及んで慰めあうとかいうのは激戦地とか戦闘後の上官と下士官とかとかのなぁ」
「ぐだぐだ言うな。二日以内に全員戦える状態に復帰させろ」
レイズは親指を結束バンド三本で縛られたうえに紐で腕を固められている。
魔法が使えず、変に抵抗ができないこの状況、逃げようがない。
「……つらいときこそ安易な行為に逃げないほうが」
「それを以前やったお前が言うか?」
「けっ、わーったよ。やりゃあいいんだろ」
数分歩き、安定しない輪郭の出口が見えた。
向こう側ではスコールによって一つの部屋に纏められた月姫たちが話し合っている。
無理やり引き合わせたのがどうにか作用して、それなりにショック状態から立ち直ったようではある。
「……。あんだけ仲間が死んで数日で立ち直るのもあれだな」
誰にも聞こえない声で呟きつつも、テキパキとレイズに封印を施してゆくスコール。
背中に油性マジックで術を書き込み、足を縛り、そのまま放置。
「おい」
「じゃあな」
「ちょっと待て‼ 俺の人権は!? 合意の上で、ではないならば正当な訴えを――」
レイズの訴えは見事に棄却され、バタンッ、と無慈悲にドアは閉じられた。
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「敵襲! シグナルから判別して魔狼と如月隊です!」
「馬鹿な……やつら死んだはずだ。そもそもなぜ魔狼のやつらがここに現れるんだ」
焦土の手前に集結していた混成軍は慌てていた。
ここに集っている兵たちのうち、八割は白き乙女の離反者であり、敵の恐ろしさをこの上なく知っている。
「数は魔狼のシグナルが二百ちょうど。如月隊のシグナルが二です」
「本当に魔狼か……」
兵士たちの顔はみな真っ青だ。
その怯えようは群狼に包囲されてしまった商人のようだ。
この場に来るまでの威勢のよさは一かけらもなく、あるのは恐怖のみ。
尾根のちょうど反対側、混成軍から見えない位置でスコールは兵たちを従えていた。
数はちょうど五十、一個小隊だ。
それぞれがIFFを装備し、周囲にはスイッチの入れられたものがばら撒かれていた。
「空からの魔法攻撃が始まったら狙撃の支援をしろ。ただし、撃つときは頭の上をこして狙え、跳弾が来ないようにしろ」
「了解!」
小隊長の指示でそれぞれが配置につく。
尾根を盾に寝そべる形でライフルを構える。
予算の都合上、スナイパーライフルは五丁しかなく残りはアサルトライフルだ。
距離としても、威力の減衰で当たったところで”痛い”程度済んでしまうほどのダメージしか与えられない。
それでもないよりはマシであり、運よく目に当たればもうけものだ。
スコールは無線機を手に取る。
「敵は」
『黒薔薇隊とラバナディアの一般兵。数は黒薔薇が二百四十、ラバナディアは五十』
高高度をステルス状態で飛行しているレイアの眼には眼下全ての状況が鮮明に映っていた。
魔法を使い、姿形をいくら隠したところでより高位の魔法、もしくは演算規模の上回る魔法を使われればまったくもって意味がなくなる。
「黒薔薇っつうと、召喚魔法が得意なやつらか」
『召喚……もしかして高位召喚もできる?』
「確か神格級の召喚もできたはずだ。ついでに召喚を途中で放棄して余剰エネルギーで爆発させたりもできる」
『それレイズが編み出した”絶対に召喚獣に怒られるけど高威力”って攻撃だよね?』
「そうだ、召喚中絶爆撃……もしくは単に召喚爆撃、確かそう呼んでたな」
かつてレイズが強敵と戦った際、迫りくる魔法弾を防ぐために召喚を途中で放棄したことで偶然発見した方法。
召喚魔法には高ランクであれば膨大な魔力が必要とされる。それこそ一般の魔法士が数十人、死ぬことを前提で魔力を絞り出さなければならないほどに。
それほどの魔力ともなれば、単純に暴走させるだけでも都市を更地に変えることができる。
『ふーん。とりあえず、わたしの魔法は防がれるよね?』
「当たり前だろ。お前は最弱であり最強の抑えでもあるんだから」
『それ言わるとなぁ……そもそもわたしって姉さんの遊離体で、わたし自身のクローンもあるほどの捨て札でしょ』
「違う!」
スコールが突然叫び、レイアは驚いた。スコールが感情を表に出すことは稀にしかない。
『どうしたの?』
「いや、なんでもない、気にするな。それよりもさっさと始めよう」
『おっけー』
レイアが使用する魔法を次々と発動寸前の状態まで進める。
「捕虜二人、行くぞ」
地を蹴り駆ける。
蒼穹の空に青い光が三度瞬いた。
極小の魔法陣が展開され弾丸の雨が降る。
後方から破裂が連続して響き、頭上を鉛玉が駆け抜ける。
「やっぱ魔法士相手は無理か」
空から降り注ぐ魔法の弾丸は、すべてが障壁で霧散し、実弾はそもそも当たらない。
いくら訓練しているとはいえ、人は無意識のうちに当たらないように引き金を引いてしまう。
それは人としては正しいが、兵士としては失格だ。
「カルロ二等兵」
「俺いつ降格した?」
「工兵と共にそのへんの遮蔽物に隠れて制圧射撃。FFは気にするな」
「無視すんのな」
焦土から普通の地形に差し掛かったところで、転がっていた岩に身を伏せる。
スコールは術札を取り出し、単身敵陣に突撃した。
その後ろからカルロがすでにお供になりつつある、北極からの付き合いのアサルトライフルを扇情に乱射する。
当然スコールにも数発ほどが向かうが、着弾前にどれもこれも、一瞬黒いノイズが走って塵と消える。
「リリース・一陣の風」
くしゃくしゃの術札がピンと伸び、ひとりでに宙を舞う。
局所的な烈風が吹き荒れ、砂埃と赤い飛沫が空に昇った。
「スコールか!?」
「はいはいそうですよー」
砂埃が落ちたときには指揮官の首元に術札を突きつけたスコールが見えた。
すでに魔力は通してあり、色は赤。炎の赤であり爆破系統の魔法。
足元には首から上がスパッと切断され、綺麗になくなった護衛が数名。
「自決するか死ぬか選べ」
「……どっちも同じじゃねえか」
「違うぞ、自分で死ぬか殺されるかだ」
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「終わったな」
最速で戦闘行為と呼べない戦闘を終え、死体はそのままに帰投中。
「戦いじゃねえ、あんなのはレイズと同じで殺戮だ!」
「そうっすよ!」
後ろではぎゃあぎゃあ騒ぐ捕虜扱いの兵士が二人。
全弾撃ってすべて弾き落とされるという結果に終わっている。
しかし、当てられないスナイパーたちに比べれば、当てられるだけマシであった。




