第二十六話 - なんでこうなった?
「森に火を放ったのは君か?」
「はいそうです」
白い悪魔ことレイズ・メサイアはコーラルエッジの消防隊に怒られていた。
前後左右を固められて逃げ場がない。
後頭部にはスコールによって負わされた傷から血が流れている。
「放火の罪は重いし、環境にどれだけ影響を与えるかわかっているのか!」
「分かってますとも。しかしですね」
続きを言おうとしたところで遮られた。
「最近の若いもんはすぐにそうやって言い訳をする。これだから――」
傍から見れば、髪を脱色してネックレスを付けたちゃらい男子高校生が熟練の年配消防士に怒られているように見えるだろう。
しかし決してそう思ってはいけない。
この場においてもっとも年が上なのはレイズだ。
遥か昔、世界が創られてしばらくしたころの神界戦争が始まるちょっと前の生まれで年齢は相当いっている。
さらに地形すらも簡単に変えられるレイズにとっては焼け野原を数時間で若草の生い茂る大地に変えることなど造作もないのだ。
「……なんだろうな、最強が大人しくお説教受けてる絵は中々見ることができんな」
スコールは一人呟きながら焼失したエリアを山頂から見下ろしていた。
山頂には巨大な電波塔が存在し、昔からずぅっと山脈のあちらとこちらを繋いでいる。
そしてその山脈はレイズの魔法により片側だけが黒く焼けて焦土と化していた。
高温で土まで焼かれているため向こう数年は自然状態では雑草すら生えることはないだろうと予想される。
ここでなぜ数年? と思うかもしれないが魔力に影響されるとそれだけで自然環境は大きく狂ってしまう。だからなのだ。
「いいか、森林を破壊するということはその周りの生態系まで破壊するということであり、それ即ち」
「だから! それを承知で火を放ったといってるでしょうが!」
「尚更質が悪い! そこまで分かった上でやるとはこのガキは」
いい加減に飽きてきたスコールがそこに割り込んだ。
「そこまでにしませんか? こいつ魔法士なんですよ。これくらいすぐに戻させますんで、許してやってくれませんか?」
「君は?」
「公宮に勤めているスコールです」
それを聞いた瞬間、消防士たちが一斉に横並びになって敬礼をした。
「これは失礼を。私共はそのような」
「いいですよ。こちらもやりすぎましたので」
スコールが右手を胸元に当て、軽く一礼すると消防士たちは去って行った。
「…………再生するか」
レイズが魔法をイメージし始める。
だが、
「いや、やめとけ」
スコールはそれを止めた。
「なぜ?」
「このままにしておいて、こちらにはこれだけのことができる魔法士がいると知らしめたほうがいい」
「なるほど」
「あ、ついでに地雷を設置しとけ。黒い地面だと夜の闇にまぎれて進みやすいだろうからな」
「つくづくお前は考えが黒いな!」
「間抜けがかかる罠は基本だろ」
スコールがさも当然のことのように言う。
「いや、だからと言ってだな。川床に触手系モンスター、わざと制圧させた建物にスライム、置き去りの物資に笑い茸の胞子、騙し絵のドアに本物のドアノブとか、お前鬼畜すぎだろ!?」
「そうか? 戦意を削ぎ落とすには効果的だろ?」
やれるだけの技術があり、尚且つ遊び心とサディストの心得があるかも知れないスコールにとっては普通なのである。
「いいから地雷を召喚しておけ。色はなるべく地面と同じ黒い色で威力は脱臼程度でな」
「…………」
「怪我させるよりも士気が落ちると思うが」
レイズはしばらく沈黙し、
「わかったよ」
焦土化した山脈を地雷原に変えた。
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そんなこんでスコール邸に帰投した二人の前には人だかりができていた。
「……」
「人気があるな」
「……」
「意外といいんじゃないか? 大人は怖がってるが子供にはうけてるし」
「……」
絶句しているのはスコールである。
彼らの前には人だかりがあり、その向こうには家がある。
そしてその家の前に白い大型犬が座っている。
その犬(狼)の名前はハティ。
見た目が魔物そのものであるために大人にはたいそう恐れられているが子供たちには人気のようである。
サモエドに似た白いふわふわの毛、害がないと自分が判断した相手には牙を向かない性格。
それのせいなのか、今はいいように遊ばれている。
背中に乗られたり、尻尾を引っ張られたり、寝そべられたりと。
「おい、スコール。そんなに珍しいか?」
「……久しぶりに見た」
人ごみをかき分けて家に近づくとハティがのそりと起き上った。
遊んでいた子供たちが離れたのを見るや、予備動作一切なしでレイズに飛び掛かる。
スコールはレイズの足を引っかけつつ横にずれた。
「おわっ! ってちょっと待て! 俺がナニした!?」
容赦なく首筋に噛みつこうと犬歯をむき出しにするハティを両手で防ぐレイズ。
そしてそれを無表情で眺めるスコール。
遠巻きに様子をうかがっていた大人たちは子供たちを連れてそそくさと退避。
「おいスコォォル! こいつどうにかしろ! お前の命令しか聞かないんだから!!」
「うん、しばらくそのままでいいんじゃないかな」
踵を返して家の中へ。
「うぉい!」
「いくら最強といえど魔力と神力を完全にドレインさせてしまえば不死身の一般人だからな」
ひらひらと手を振って完全に姿を消したスコール。
そして思い切り開かれたハティの口に集まりつつある魔力。
「そういやこの犬っころは魔法つかえたなぁ……あはは、俺は死なないけど痛みは普通に感じるんだぜ? ちょっとまっ――――」
チュドォォォォンと何をたとえに出していいのか分からない轟音が響き、モザイク必須の状態になった後、レイズは解放された。
「うぅ……ひどい目にあった」
ぼろ雑巾みたいな状態になったレイズが家の中に入ると、リビングでスコールとレイアが書類を広げて話し合っていた。
「ようやく解放されたか」
「あ、帰ってきたんだ」
そっけない対応。まるでコンビニにパシらされて帰ってきた小間使いの対応だ。
「……ひどくないか? ちょっとの間留守だったけど俺かなり大変だったんだぞ、なあ?」
「確かにそうだったな」
「へぇ、それで?」
何か言葉にできないものがグサリとつき刺さってレイズは崩れ落ちた。
「だってさー、レイズってわたしたちの中で一番強いじゃん。それにみんないなくなったけど」
一呼吸おいてレイアは依然として立ち直ってないレイズに視線を向けた。
「まだレイズを妄信的に信じていて好きって言ってる月姫はいるじゃん」
「……だからなんだ? なんでその話になる? あれは俺が意図せずに築き上げてしまった崩せない致死率100%だぞ?」
「いいんじゃないの? いつでも好きな時に発散できる都合のいい美少女がいるってことで」
「…………スコールさんよ、助け舟はねえのかい?」
「ふむ、いいんじゃないのか? 完成された最強のその後の私(死)生活ってことで」
グサグサグサグサっと、言葉にできない何かがレイズに降り注いだ。
現状、よくわからないUnknownな状況下でレイズの味方はいないらしい。




