第二十四話 - 遥か異界へ
金色の液体がフライパンに注がれる。
チチチッと音がしてガスコンロに火が灯る。
刻まれたきつい匂いのものがパラパラと落とされてジューといい音が響く。
「じ~~~」
「…………」
刻みニンニクを程よくオリーブオイルで炒めたところにスライスした玉ねぎを入れ、しんなりするまで焦がさないように火を通す。
木べらで十の字を描くように混ぜながらときどきフライパンを振って全体を混ぜる。
「じ~~~~~」
「…………」
玉ねぎに火が通ったらあらかじめ電子レンジで加熱しておいたジャガイモを投入。
形を崩さないように炒め、塩とブラックペッパーを少々。
「じ~~~~~~~」
「…………」
火を止めて、小麦粉の袋を開け、フライパンに大さじ三杯。
しっかり混ぜて牛乳を五百㏄。
再び点火。ふつふつと沸くまでの間にエビの殻をむく。
全十二尾、剥き終わると切り込みを入れ背ワタを除去。
軽くお湯をかけて洗う。
「じ~~~~~~~~~」
「…………」
いい感じにとろみの出てきたフライパンの中身にコンソメスープの素を少し入れかき混ぜる。
そして耐熱皿に移し替えて入れて、エビを並べ、チーズをこれでもかというほど乗せてパン粉をさっとかける。
あらかじめ予熱しておいたオーブンに入れタイマーを十分にセット。
「じ~~~~~~~~~~~」
「……くらえ」
スコールは余ったブラックペッパーを手に取り、先ほどから鬱陶しい白月の顔面に放つ。
「くしゅんっ!」
「…………」
「ひどい」
「…………」
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私、スコールこと本名xxxxは現在男女比率が以前よりもさらにひどいところに住んでいる。
以前は如月寮というところを仮の拠点としていたが、あそこは男女比が1:3くらいだった。
しかし、今は1:6だ。
厳密にいうのであれば1+狼:5+魔物だろう。
ここまで比率が偏ったのは生まれてこの方初めてだ。
だが、だからと言って変な気を起こすつもりは毛頭ない。
枯れていると言われることすらあったが、あの目的を達成するまではどうでもいいことだ。
そもそも彼女たちにはレイズというハーレムの主がいる。
レイズはまったく気づいていないようだが。
それに、彼女たちは単独で軍隊を相手にできるほどの粒揃い。
下手なことをしようものならば一瞬で、冗談抜きに消されてしまいかねない。
世界暦1000年1月xx日 スコールの日記より
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チンッと音がして、こんがりきつね色になったエビチーズグラタンが出来上がる。
グラタンを焼いている間に切り分けたバゲット、そしてさっと作った野菜スープをテーブルに配膳していく。
誰にも邪魔はさせないし、だれも邪魔はしない。
そのほうが早い。
「これで、よし」
スコールがそう言うと同時にソファでだらーんと待機していた三人が寄ってくる。
「おいしい匂い」
「ほんとだー、さっすがスコールゥ!」
異様にテンションの高い露出サキュバスを完全に無視してスコールは食べ始めた。
ほか、引き籠もり三名については別個で作ってあるので気にする必要はなし。
ハティにもいつもどおり肉を与えてある。
「ふにゅ~、やっぱりいいよね! あったかいごはん!」
「お前はいっつもレイズにせびってただろうが。これは金をとってもいいか……」
「…さすがにそれは可哀想」
――可哀想、か。それは今ここにいないやつに言ってやるべきだろうな。
しばらく黙々と食べ進めていると、外からコツ、コツと音が聞こえてきた。
最初はハティが叩いているのかと思ったスコールだが、あまりにも長く続くために、席を立ち外の様子を確認した。
「ちょっと出てくる」
「こんな時間に?」
「ハティが運動不足を訴えているようだからな。大型犬はストレスが溜まると手が付けられん」
適当に理由を言って家から出る。
懐には念のため危険物。
庭に回り、ハティの鎖を外し、
「影に隠れてついてこい」
そう静かにいうとハティの姿があっという間に霞んで見えなくなった。
「行くぞ」
一切の足音、気配を消して街路灯すらない夜道を歩く。
幸い今日は雲が全くない月の出ている夜。
それだけの光源があればある程度のものは識別できる。
――さて、子供のいたずら、なわきゃねえ。昼間のやつらでもないだろうし……。
コーラルエッジ。いくら観光地であるとはいえ、市街地の端っこのほうは夜になれば普通の人間は来たりしない。
それに地元住人といえど、外出したりしない。
真っ暗な夜道、夜風の微かな音だけが耳につく。
スコールは時折、白い燐光をまき散らしながら歩いている。
それは魔力と対をなす神力の術。
まるで獣がマーキングでもするかのように、あちらこちらに放つ。
魔力を使用する術は使えないが、神力を使う術は僅かながら使用できる。
と言ってもかなり低級なものではあるが。
「ハティ、なにか臭うか?」
視線を自分の影に向ける。
自分の影に隠れているお供に問うと、首を横に振るような気配が返ってきた。
「そうか……?」
視線を前に戻すとなにかが意識に引っ掛かった。
さきほどまき散らした燐光。
自分以外が発する魔力や神力が近づくと消滅して、術者に信号を送るだけの術。
それが一斉に消えた感覚だ。
「…………レイズ? なわけはないな。誰だ?」
辺りをぐるっと見渡す。
何かいる。
だがそれがあまりにも大きすぎて認識できなくなるように、どこにいるか察知できない。
完全に風景に馴染んで、溶け込んで、本来見過ごせないはずなのに見過ごせさせる。
うかつに接触すれば確実に死なんてぬるいものではなく、”消滅”に引き込まれかねないほどの何か。
「どこだ?」
立ち止まって、その何かを探す。
七二〇度、その場でゆっくり二周、周囲にあるものを分析していく。
風の流れ、音、光の反射、存在が放つ絶対に隠せない圧。
すると。
「やあ」
真後ろから呑気な女性の声が放たれた。
スコールは確認もせずに裏拳を叩き込む。
やりなれた攻撃、予備動作の一切ない最速の不意打ちは確実に相手を捉えた。
「がうっ!?」
バランスを崩し、その場に崩れ落ちた相手に対し追撃をかける。
振り向きざまの下段蹴り。
こめかみに狂いなく、吸い込まれるように蹴り込まれた一撃は相手を地に倒すには十分すぎる威力だった。
「ぐっ! 痛いじゃないの!」
「ハティ、押さえろ」
音もなくスコールの陰から現れた巨体。
その前足がすっと、女性の頭に置かれた。
「ひっ!」
一般的にどこに行っても二メートルもの”狼”なんて見れば誰だって怖がる。一部除いて。
そしてスコールの知っている限り、この女性はこの程度で怯えていてはいけないほうに分類されているのだが。
「血のような赤い髪、白い修道服に赤の刺繍、おまけにレイズと同じ紋章か」
血を思わせる真っ赤な頭髪に、明らかにシスターではないが赤い刺繍のされた修道服の白バージョンを着ている。内側から押し上げられる胸の部分には二股の槍の先端を逆さにして、その中に赤丸を書いた紋章。
「は、放しなさいよ!」
悲痛な叫びを無視してスコールは続ける。
「レイシス家、だよな……? 白髪はアルクノアで、赤は……アルカディアだったか?」
「そうよ! フライア・アルカディア・レイシス」
「……なんだ、豊穣の女神から名前を取ったのか。
それにしてはなんと言うか、騒がしいやつだな……。
豊穣の意味もごく一部分だけのようだし。
ハティ、月まで持っていけ」
スコールの命令が下るとハティは修道服の襟を銜えて飛び上がった。
そしてそのまま何の足場もない空中を駆ける。
『月追いの魔狼』と呼ばれるだけあって、ハティは空を駆けることはできる。
「ちょっと、放してよ! 私は話があってここに……」
だんだんと遠ざかって声が聞こえなくなったころ、スコールは一人帰り始めた。
あとあと邪魔になるのは分かっている。
だからこの場で始末してしまうのが手っ取り早い。そう考えたがそれはしなかった。
ここでやれば後処理が面倒だ。
死体をどうするか、証拠をどうするか、万が一ばれた場合は普通に法に縛られるのだ。
白月たちに魔法で消してもらうという方法もあったが、それをすると別のところからさらに面倒事が舞い込むのは確定事項。
よってスコールは一番楽な先送りという選択をした。
帰宅途中。
「……ッチ。つまり何をやっても変えられない不幸は存在すると」
道端の自動販売機をこじ開けて売り上げを頂戴しようとしていた不良に目を付けれらて、絶賛逃走中。
敵は四人。それも一応は一般人。現行の犯罪者ではあるが。
「さて、あれを使ってしまうか」
魔法士、厳密に言えば、魔力を操る相手であれば神様だって倒せます。
そう自負するスコールではあるが、それ以外だと普通に殴り合うしかないただの一般人レベル。
神力で攻撃できるだろ? そう思うかもしれないが、攻撃系統の術はとある事情により使わないと決めている。
そんなこんなでもってきていた危険物を取り出す。
唐辛子を使った催涙弾のようなもの。
そういえば聞こえはいいかも知れないが、実際あんなものは程よく調整されている。
スコールが持っているのは自作で、しかも原液クラスの触れただけで皮膚が腫れるといった代物だ。
「一、二、三。一人脱落か」
普通の人間でなく、元は白き乙女の所属。
しかしまともに訓練に参加しておらず自己鍛錬なんてことはしていない。
一対三の魔法戦ではなく肉弾戦は勝ち目のない戦いだ。
実力がどうのこうの言う前に”無茶”だ。
「結局なんだこれは? 二五六回以上も回避策を探して回避不可能ってのはおかしくないか」
手に持った手榴弾型の危険物からピンを抜く。
技術はある、道具もある、材料もある、作ってもお咎めはない、となれば作りたくなるのが人の甲斐性。
そういう経緯でスコールの手の中にあるものはまだ爆発はしない。
レバーを固定するピンを抜いただけ。レバーが外れて初めてカウントダウンが始まるのだから。
そして投げる際は風向きを考えないと自分までひどいことになる。
「おるぁ! とまれや!」
後方からの敵意剥き出しの叫びを無視して道を曲がる。
これで向かい風。
手の中の危険物を放して、一気に加速する。レバーが弾け飛ぶ。
いくら向かい風とはいえ弱風。爆発の衝撃で飛んでくる可能性は十分にある。
さらに言えば原液ものであるために揮発した成分を吸い込むだけで命取りであり、証拠隠滅がとてもめんどうだが知ったことではない。
「ジ・エンド」
ポンッと軽い破裂音を聞き届けた後は、考えられる最悪の状況をすべてシミュレートしてから行動を開始した。ただ、最悪という状況は考えていけば果てはないのだが。
「何もない。同じパターンの繰り返し。退屈な日々、それが日常。
魔法だとか戦争だとかは余所でやってくれってんだよ。
非日常的な展開は一切望んでないんだから」
誰に言うでもなくそう呟いて。今度こそ帰路についた。
まだまだ我が家という実感の湧かない家にたどり着けば、玄関前にはすでにハティが寝そべっていた。
いくら月まで持っていけと言われても本当に行けば、約四十万キロを時速三十キロかそこらで延々と走って一年と半年くらいかかってしまう。
だから近くの海岸まで行って、真冬の海に投棄してきたのだ。
コーラルエッジの冬はそこまで寒くはない。
だが、この季節に海に落とされようものならば低体温症でそのまま……ということは十二分にあり得る。
さらにあの格好、水を吸い込んでそのまま水没も十二分にあり得るがスコールは分かった上で考えていない。
「ご苦労、ハティ。しばらくは鎖はなしだ」
若干嬉しそうになった狼を家の裏手にやって(ここに置いておくと色々な意味で色々不味いので)
家の中へと入った。
玄関で靴を脱いでリビングへのドアに近づくと何やら声が聞こえてきた。
「だーかーらー、そんなのダメだって」
「いいじゃん! こーゆーのはお決まりの……」
「よくない」
「えー」
特に気にせずにドアを音もなく開けると、一秒だけ思考が完全にフリーズした。
ほんの一秒。今までにどんなに長くともゼロコンマ五秒が最長だった記録を大幅に更新してしまった。
戦場において、また殺し合いにおいて一秒は死ぬ危険性を跳ね上げる時間だ。
「なにやってんだテメェらは?」
「見ての通り」
スコールの質問に答えるのはサキュバスことシャルティだ。
格好はただでさえ露出面積が大きすぎていたものからさらに悪化? していた。
シャルと白月の格好はどこからどう見ても、これからやりませんか? というような扇情的なネグリジェと思わしきものを着て、艶やかな体制だ。
下には何も着ていないようで、ネグリジェの生地が透けて色々と見えてしまいそうだった。
普通の青少年ならば、慌てて視線を逸らして意味不明な応えを返すだろう。
「見ての通り、そりゃ見りゃ分かる。だからナニをしようとしていたのかを聞いている」
だがスコールの意識には興奮だのなんだの劣情は一切投影されていない。
むしろ冷たい視線、バカかこいつら? というものが投影されている。
「一宿一飯の恩義は体ではらぎゃんっ!」
言いかけのシャルに対して容赦なく拳を振り下ろす。
「それはテメェらサキュバス限定だろうが。
それにお前の場合はついでとか言って精気を吸い取る気だろ?」
「そ、それはー……」
「図星か。この大喰らいが」
スコールは彼女たちを完全に無視して、ベッド替わりとなっているソファに寝転んで目を閉じた。
サキュバスがまき散らす『異性を無条件に興奮させて虜にする』という特性も一切効いていない。
別段、スコールが鋼の精神の持ち主なわけではない。
あることに集中するとほかのことは一切反映されなくなる、その状態なだけだ。
そしてそんな状態でも自分の上に何か乗ってくれば分かりはする。
「いいじゃん、やろうよ」
「…………」
カチッと、何か音がした。
スコールの脳内のスイッチが切り替わった音ではある。
思考パターンが切り替わった音でもある。
バッと起き上がり、その誘惑するような肢体を押し倒す。
シャルは突然のことに体をビクッと震わせ硬直させるが逃げる素振りはない。
むしろ受け入れる感じだ。
太ももの後ろに手を回し、背中に手を回し、
「や、優しくしてね?」
「…………」
「む、無言は怖いよ?」
腕にぐっと力を込めて持ち上げる。
「えっ?」
そのままお姫様抱っこで窓に近づく。
足でカギを開け、スライドして開ける。
そして、
「ふにゃ?」
「テメェはもういっぺん氷漬けにでもなってろ」
まるで粗大ごみを投げ捨てるが如く、容赦なく庭に投げ捨てた。
入って来る前に、クレセント錠を掛け、補助錠を掛け、カーテンをさっと閉めた。
さらに神力を使い窓ガラス自体と壁全体に簡単な陣を書き込んだ。
魔力を使った一切の透過、転移を遮断するごく簡単な陣を。
「さ、寒いよー!! 開けてー!! ひどいよー!! 人でなしー!! この悪魔ー!!」
ドンドンと窓を叩かれるが生憎、特注の強化ガラスなのでハンマーで叩こうがそう簡単には傷すらつかない。バーナーで炙って水をかけようがそんなことが無駄なほどに頑丈で高価な窓だ。
「これでよし」
パッパッと手を払って再びソファに寝転がる。
すると再び何かが乗ってきた。というか残った片方、白月だ。
「は、初めてだから優しく……」
「…………」
こっちはそこまでやるような度胸はないだろう、放っておけばそのうちいなくなる。
そう判断して睡眠モードに移行した。
「(よ、よし。やろう。これでみんなに差をつけられるし、練習しておけばレイズとも……)」
「……いい加減キレるぞ」
なにかとてもよからぬ心の声が聞こえた気がしたスコールは、先ほど同様に、押し倒して一気に抱えて部屋をでた。
今からまた窓を開ければ先ほどの悪魔が入ってくる。
だからこっちは仕方なく部屋まで連行しようという魂胆だ。
「…そういうことに興味ないの?」
「…………」
ただただ無言で、足でドアを開けて、冷たい廊下を歩いて、再びドアを開けて部屋に投げ込む。
暖房の一切効いていない寒くて暗い部屋。
「さようなら。人のハーレム要員に手を出したら後でどうなるかくらいはわかるだろ?」
そう言ってドアを閉め、ポケットからペンと紙切れとテープを取り出した。
さらさらっと幾何学模様(紋様化した魔法)を書いてドアにペタッと貼り付けて魔力を流しておく。
魔法の記述内容は対象物を一定時間相対座標上に固定する。
この場合はドアをドア枠の相対座標上に固定して動かなくする。
「あ、開けてー! 寒いよー! 暗いよー!」
ドンドンドンとドアを叩く音が聞こえるが、生憎、魔法で固定されたものはより強い魔法で破壊するしか方法がない。
さらに言えば、スコールが使う記述式の魔法は核(この場合は書いた紙)を破壊するか効果時間が切れるまでは絶対に解除できない。
「うるさい!」
隣の部屋から出てきたレイアの一喝。
それで一気に静かになった。
すると今度は泣き声が聞こえてきた。
「料理もダメ、家事もダメ、体の関係もダメ。乙女のプライドはズタズタ…………」
「白、スコールにエッチなことは全然効かないから」
「…そんなぁー」
という会話を聞きつつ、スコールは片手に持った紙切れにさらに魔法を書いていた。
先ほどと同じ、固定魔法。
ただし記述内容は部屋自体を家の相対座標上に固定する。
これで何ができるか?
音は振動の、さらに言えば圧力の波だ。だが部屋自体を固定してしまえば外的要因はすべてシャットアウトする。
つまり音は部屋の中で乱反射し続けるだけになって、外にはもれなくなる。
「これで完全に静かになるだろう」
無慈悲にドアに張り付けて魔力を流した。
これで明日の朝六時までは絶対にドアは開かないし、音も漏れてこない。
「……ひどい」
「レイアなら破壊できるだろ?」
「そりゃあできるけどさ……いくらなんでも女の子にあの対応はひどいと思うよ?」
「返す言葉もございません」
「でしょ、だからちょっと手伝って」
「……なんでその流れになる? 関係性はないよな?」
「いいから手伝って」
そのままずるずると部屋に引きずり込まれ(抵抗はしたが片手で五十キロオーバーのライフルを振り回すのに勝てるわけはない)、そして拳銃型の魔法補助具の調整をすることになった。
スコールは腕に魔力を逃がすためのアースをはめて作業を開始する。
「グリップをもうちょっと削って、バレル部分も照準装置を三角じゃなくて縦に配置したらどうだ?」
「でもそうすると対象を立体的に捉えられなくなって精度が落ちる」
「レイア、お前が使う場合はそれでいい。だが魔法は精密な座標入力はしなくてもいいんだからな」
「あ、そっか」
「全部自分が使うことを前提でやるなよ。
お前の悪いクセは言われない限り個人向け調整をやらないところだ」
「……言い返せない」
とくに問題なく手伝いは終わるかと思えたが”事故”は起きた。
たんなるうっかりで済ますことのできないレベルの”大事故”が。
「あ、そこの青いやつ取って」
「これか?」
作業台の上にあった半分解状態の補助具を手に取る。
ナイフか何か、固く鋭いものが当たったような傷のあるものだった。
「それそれ、外装を取り換えるから」
「何やったんだ? 拳銃でナイフでも弾いたのか?」
「ま、まあね」
ぎこちなく言ったレイアが”アース”を付けていない手で半分解状態の補助具に触れる。
その瞬間、自動的に吸収された魔力が信号化され、補助具にインストールされていた魔法が発動した。
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気づけ星の綺麗な空を飛んでいた。
いや、落ちていた。
地上は霞んではっきりと見えず、廃墟なのか落ちても大丈夫そうなところがない。
……どこに落ちてもこの高さからならば挽肉だが。
「……事故で済ませていいレベルじゃねえぞ」
ただただ冷静に言い放った。
恐らく発動されたのは転移系統の魔法だろうとスコールは予測した。
空からパラシュートも何もない状態で落ちるのは五百回以上体験しているためにもう慌てることはない。
ちなみに落ちる原因となったのはレイズとメティの”戦争”が殆どだ。規模が大きすぎて喧嘩とはとても言えない。
「はぁ……まったく。『月追いの魔狼』!」
…………。
ビューと風の音だけが耳に入る。
名を呼ばれた場合に限り、契約者の下へと即座に転移してくるはずのハティが来ない。
「異世界? ハティがすぐに来られないってことはそうなんだろうが……」
スコールはポケットから最後の紙切れを取り出して細かな紋様をいくつも書き連ねた。
記述内容は脆い対物障壁の多重展開。
この不安定な状況では飛行魔法や慣性速度の消失は記述できない。
ならば障壁を展開して、それにぶつかることで段階的に速度を落とすしかない。
「ふんっ!」
一枚、二枚、三枚、…………。
やがてすべての障壁を突き破り、それでもなお時速二十キロで地面に叩き付けられる。
「んぐっ……痛いで済むんだよな、慣れって怖い」
かすり傷で済み、そのまま何事もなかったかのように立ち上がる。
別の転移魔法の発動を感じて上を向けばシャルティが落ちてきていた。
目測で落下地点を割り出して、ペンで地面に直接魔方陣を書く。
記述内容は転移、転移先は自分の出身地。
「にゃあああああーーー!!」
「今度こそ、さようなら」
魔方陣に魔力を流し、シャルティを別の場所に飛ばす。
こうしてスコールの異世界での冒険が始まった。




