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第二十三話 - スパイ

 近隣住民からの苦情、兵士からの苦情、その他諸々をすべてムーアに押し付けたスコールは白月と別れ、一人町はずれのパブに向かっていた。

 別段一人で酒を飲もうという魂胆ではない。

 そもそもまだ飲める年でもない。

 訓練中のあの光。

 あれは子供などのいたずらではなく、ディル=シャルマールの密偵スパイからの合図。

 最初の一週間で商人にしては動きのおかしい者たちに接触し、スパイであることを確認、ある程度のつながりを作っている。

 ただこの程度でばれるような低級な者たちは使い捨てる程度にしか思っていないが。


「ここか…」


 市街地の外れ、商業区に差し掛かる少し手前。

 ちょうど人通りが途切れるその場所にパブはあった。

 木造二階建て、ところどころ塗装がはがれかけた寂れた印象を受ける。

 年季の入った木の扉をあけると、チリンチリンとベルの音が響く。

 店内は少し暗く、客は商人の格好をした者が三人。

 店主は奥に下がっているのかカウンターにはいない。


の方ですね?」

「ああ、そっちはスコールだな」

「ええ」


 ラウンドテーブルの空いている席に何食わぬ顔で座る。

 立場は一応対等、許可はとらない。


「こちらは公宮内に入り込むことができましたので」

「では内部の情報は入手できたと?」

「ええ、そちらのご注文通りの情報はすべて」


 ラルフのメンバーが口を開きかけるが、手で静止する。

 

「まずは情報料の確認を」


 一瞬いやな顔をされたが、相手は紙袋をテーブルの上にだし、その中身をスコールに見せた。

 紙袋の中には帯付きの札束が二つ。

 いずれもラバナディアで使われている紙幣で合わせて二百万Gちょうど。

 その片方を渡してきた。


「依頼した額の倍ですか……。こちらが情報になります」


 スコールは二枚のA4サイズの紙切れを出した。

 片方は文字がびっしりと書かれたもの。

 もう片方はコーラルエッジ全体の地図と軍の配置状況が記されたもの。


「コーラルエッジの兵士の数は予備を含め五百十二、

 所有する兵器は四脚戦車(ランドストーカー)が五台と自在戦闘機エアリアルフレームが二機、それから……」


 あらかじめ用意していた()を次々と伝える。

 ここより北の連中に、近々コーラルエッジに攻め込もうという計画がある。

 だからといってそれを防ぐためにこちらにより大きな戦力があるように見せかけ止めようというものではない。

 スコールの計画は、より大きな戦力があるならばさらに相手が投入する戦力を増やすだろう。

 そしてそれを壊滅させ、戦力と士気を削いだ上でこちらから攻め込んでしまおうというものだ。


 そもそもなぜそのようなことが起こったかといえば、世間では例の事変、白き乙女やアカモート、その他の浮遊都市によるたった一日で終結した『灼熱の聖誕祭』と呼ばれる戦争が原因にあげられる。

 世界暦999年、12月25日。

 桜都国を焦土と化した、空から降り注いだ光の柱は年中戦争をしていた東西の国にかなりの衝撃を与えた。

 魔法側ブルグントはあれほどの大規模魔法は存在しないと考え、科学側セントラは人類が造りえる兵器ではないと考え、双方ともが誤解の末に第二射が使われる前にと短期決戦のため行動を開始。


 ラバナディアでは内部で意見が割れ、構成国がバラバラに行動を行い始める。

 それぞれの国はまずは国内の管理を一元化しようと、それぞれの国長が平定を始めた為にあちらこちらで各領地の領主と国長との間で戦闘が始まっていた。

 無論、コーラルエッジにもそのお達しはありはしたが、”白き乙女の駐屯地”という情報があったために既に武力をもって平定する対象とされていた。


「以上が収集した情報になります」

「ふむ……我々はすぐにコーラルエッジを離れる。そちらはどうするのだね?」

「さらに金を積んでくれるというのなら、引き続き()()()として留まりますよ」

「そうか、では――――」


---


 思わぬ追加収入を得たスコールは夕暮れの道を歩いていた。

 帰宅途中の人や、店の客引きが鬱陶しいほどに行きかっている。

 そらは綺麗な茜色に染まり、鳥が住処へと帰ってゆく。

 ほんの少し前の戦争が嘘のように思えるほどに平和だ。


「さて、晩飯はなにするかな」


 彼は基本、大金を所持すると周りのすべてが疑わしく見えるほど小心者ではない。

 むしろそういう餌を使って、寄ってくるを狩るほうだ。

 それにパブを出て少しした頃から付けられている。

 スコールはこの時はまだ、獲物が寄ってきた程度にしか考えていなかった。


 ――位置取りが悪い、気配の消し方もダメ、服装もぼろきれを被るって物乞いか?


 路地裏に引きずり込んで恐喝したとこで旨みがない。

 そう判断したスコールは夕飯の食材を買うため、そして追跡者を諦めさせるために近くの量販店まで急いだ。



 十数分後。

 さっと買い物を終え、店から出たスコールはいきなり視線を感じた。

 それも自分に対してではなく、お金に対してでもなく、食材に対しての。

 発生源を探せば、すぐ近くの建物と建物の間だ。

 ここまでしつこい物乞いはスコールにとっては二度目だ。

 最初のはクロードに対しても食い物をせびったサキュバス、閏月の隊長であるシャルティだ。

 サキュバスといえば特有のフェロモンで異性を虜にするという厄介な特性を持つ。

 そして鼻腔をくすぐる甘い匂いがかなり薄いが漂っている。

 よほど嗅覚の鋭い生物、例えば犬とかでないとわからないほどの薄さではあるが。


 スコールは確認のため、その物乞い?に近づいて行った。

 もしも、シャルティならば適当に対応するし、そうでないなら路地裏に押し込んで……。


---


 一方、そのころスコール邸では。


「終わったー!」


 レイアが部屋から出てきていた。

 他の精神的ショックで引き籠もりになっている少女たちとレイアが引き籠もっていた理由は違う。

 レイアが得意とする魔法、分解系統。

 その中の解析を応用して星そのものを包み込む形で索敵フィールドを展開してレイズの行方を探っていた。

 そしてつい先ほどごく一部のエリアを除いて確認が終わった。

 結局どこにもレイズの反応はなかった。

 でも死んではいない。

 精神ネットワークは時空を超えて繋がる。

 未だにレイズの情報は死んでいない。

 なら、どこか別の世界に転移して生きている証拠だ。


「ただいま。……あ、引き籠もりが出てきてる」

「分かってて言ってる?」

「うん」


 ちょうど帰ってきた白月に出くわし、二人一緒にリビングへ。


「う~ん、やっぱ寝ずの魔法制御はつかれる~」


 大きく伸びをしながらレイアはスコールのベッドであるソファに寝そべった。


「制御?なんで制御する必要があるの、魔法って発動したら決めた条件通りに勝手に動くものじゃないの?」

「えーと、わたしに限ったことなんだけどね。魔力の保有量が少ないとどうしても大きな魔法を構築できないからさ、

 小さなまとまり(クラス)として魔法を作って、一つの大きな魔法に必要な時に入れて、そうじゃないときは外すっていう感じのを高速で切り替えて制御してるんだ」

「よく…そんなの、できるね」

「伊達に演算速度一位を誇ってるわけじゃないからね」

「でも魔法の構築速度は最下位……」


 そんな話をしつつ、白月は冷蔵庫から食材を取り出して、夕飯の準備を始める。


「えっ、もしかして今日は白月がやるの?」

「うん。スコールが遅いから」


 レイアの脳裏には遠い日の地獄がフラッシュバックした。

 普通に料理しただけなのになぜか生成されたダークマター。

 魔法でもなく科学でもない原因不明の瘴気で空間が歪み、紫色の靄が発生し、数百枚もの対物対魔障壁を展開したレイズですらも倒れた大災害が……。


「あの、白?スコールが帰ってくるまで待とうよ」

「でもずっと料理も洗濯も掃除とか全部スコールにまかせっきりだから、少しは私も」

「ダメ、それはだけは絶対ダメ!」


 警告をするが、すでに調理は始まっていた。

 そしてレイアの鋭敏なセンサーは詳細不明の何かが検出されたことを知らせた。

 視界に投影された情報には『Unknown hazard』と。


「これは……逃げるしかないよね」


 ソファから飛び起きて玄関まで走るが。


「なに、これ……」


 ドアまであと二メートル。

 だがその二メートルの空間に紫色の靄が発生していた。

 それに向かって、残っている僅かな魔力でなけなしの分解魔法を行使する。

 分解された手ごたえはあった。

 ただそれは靄の中に混じっていた空気であり、靄ではない。

 分解魔法はランクにもよるが、すべてにおいて共通する効果は『対象の構造情報を強制的に書き換える』ことだ。

 だというのに靄には一切の変化がない、むしろどんどん厚く濃くなっている。


 このままでは触れただけで意識を刈り取られるほどに濃密な瘴気になってしまう。

 そう判断したレイアは靄に突っ込んでドアを開け、外に脱出した。

 触れたのはほんの一瞬。

 だというのに体が重い。

 投げ出すように体を地面に倒し、振り向けば屋根の上、上空にも紫色の靄が上っていた。

 家の周りには何事かと野次馬が集まり始めていた。


---


 物乞い(閏月隊長のシャルティだった)を連れてスコールは帰路についていた。

 かなり際どい衣装――黒色のホットパンツ(通常のものよりも短い)と黒色のハーフトップ(これまた局部を隠すためのものと言えるほどの面積しかない)――を着た男の天敵(サキュバス)に腕に絡みつかれた状態で歩いていた。

 しかも肌が触れている個所から地味に精気を吸われている。

 周囲の人からは奇異の視線を向けられ、女性からはあからさまに軽侮の視線を投げつけられていた。

 それでもスコールは平然と歩いていた。

 これはどうにもならない、それは分かりきったことだ。


 ――もうどうにでもなれ。知ったことか!


 半ば自棄気味になりつつも周囲への警戒は怠っていない。

 狩人は獲物が油断したところを狙うのが定石だ。

 そのかいもあってなのか、自宅に向かうにつれて少しづつ人口密度が増していることに気付いた。

 そして空を見れば紫色の靄が上がっている。

 なにかあった。そう思って急ぐ。


「すみません、ちょっと通してください。すみません……」


 人ごみをかき分け家に急ぐ。

 周辺には警察までやってきていた。

 彼はとある事情により警察が大嫌いだ。

 それもあってなのか警察だけには声をかけずに肩からぶつかって人ごみの一番前にたどり着いた。

 そこではレイアが呆然とした表情で玄関を見つめていた。


「これは白か?」

「……うん」


 スコールの脳裏には遠い日の地獄がフラッシュバックした。

 普通に料理していただけなのに、なぜか生成されたダークマター。

 瘴気で空間が歪み、紫色の靄が発生し、幾重にも重ねられたあらゆる障壁を展開したレイズですらも倒れた大災害。

 その後の個人的調査によって原因は、白月が魔力と神力の両方を扱え、料理中にのみなぜか本来打ち消しあうはずの力が混ざり合ったことだと推測される。


「あいつには料理禁止令が出されていたはずだが」

「え?そんなのあったんだ」

「個人的に命令した。あいつに料理させると危険だからな」

「その命令は乙女のプライドを……」

「知ったことか」


 スコールはその身にうっすらと白い力を纏い、すでに濃紫の空間となった魔境に突入していく。

 レイアはその様子をただただ眺め、少しすると家の中からスコールのお説教が聞こえ始めた。

 なぜスコールが普通に突入できたか。

 それは混ざり合った力が準安定状態、即ち別の乱れを与えてしまえば本来のあるべき姿に戻る状態だったから。

 だから身に神力をうっすらと宿すことで自身の周囲のみ安定状態に変化させることで通過できたのだ。


「神力か……なんであいつは使えるんだろう?」



 しばらくして、瘴気も収まり野次馬も散っていった。

 スコール邸内部では白月に対するお説教がようやく終わろうとしている。


「つーわけで、お前は金輪際調理器具への接触及び食材への接触、そして調理行為を禁止する!」

「そ、そんな」

「最後は多数決で決定しようか。賛成の者は挙手!」


 あらかじめ答えの決まっていた多数決。

 参加者はスコール、白月、レイア、シャルティ、ハティ。

 結果はもちろん賛成四、反対一だ。

 特にハティが一番に、尚且つ勢いよく前足を挙げた。

 ある意味この騒動で一番の被害を被ったのはハティだ。

 庭に鎖でつながれ、動くことができずに延々と瘴気にさらされていたからだ。

 引き籠もりについてはそれぞれの膨大な魔力で対処していた……らしい。

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