第二十二話 - vsコーラルエッジ守備隊
コーラルエッジ。
観光地としてはそれなりに有名であり、また自然の防壁である山脈が背後にあるためそれほど軍隊については気にしてはいなかった。
さらに領主パックスが平和主義であり、軍備予算の規模拡大を良しとしなかった。
それも相まってか、数台の装甲車と今年度入隊した者を合わせてたった200人の歩兵しか持ち合わせていない。
実戦経験もないに等しく、突発的な戦闘行為に対しての対応はほとんどの者ができない。
今まではスコールの繋がりを利用して、頻繁にPMSC白き乙女に格安旅行として来てもらい、見かけの上で白き乙女が駐屯しているように見せかけることで他の領地からの侵攻を躱していたが……。
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翌日。
「第四小隊!進め!」
まだ若い小隊長の号令で四十九人の兵士が一斉に銃を構え、前進する。
日はまだ顔を出したばかり。
そんな早朝から戦闘行為が行われていた。
彼らの進む先には大量の空薬莢と青い弾丸が散らばり、しばらく進めば夥しい数の人間が地に倒れ伏している。
「うぉぉぉぉ!」
先頭を走る兵士が標的を見つける。
標的は可憐な少女ただ一人。
片手に鞘に入ったロングソードを持ち、構えはしていない。
その少女に狙いを定め、躊躇なく引き金を引く。
パパパパンッ!
乾いた破裂音が連続して響き、銃口から青色の弾丸が飛び出す。
五十メートルの距離を滑空した弾丸は、まるで壁に当たるかのように少女の手前ですべて弾かれた。
「…ダメ」
少女は小さな声で言うと、鞘を着けたまま剣を横に薙いだ。
「ぐぉわぁぁ……」
まるで剣の先に見えない棒が付いているかのように、先頭を走る兵士たちが一斉に横薙ぎに倒れ、気絶させられる。
続けざまに少女は剣を天高く掲げ、振り下ろした。
ビュオンッ!
空気が切り裂かれ、膨大な砂埃が舞い上がる。
そして兵士たちの戦意は完全に折れた。
「たった一人相手にこの様か」
その様子を遠くで眺めている者たちがいた。
領主パックス、執事ムーア、そして片手に自作の地雷のような物を持ったスコール。
「たった一人。とは言いましても魔法士が相手では……」
「実戦配備可能な魔法士と一般兵のレートは一対五十だぞ」
「そう言われましても、白月殿は白き乙女の魔法士。それも戦略級でおられるとか」
「そうだな。白き乙女の魔法士は最低ライン、一騎当百が基本。それに対しブルグントの魔法士は最低五。戦術級は百、戦略級が二万」
「それがどうかしましたか?」
「白き乙女の戦略級はいくらだと思う?」
「ブルグントが二万ならば……四万でしょうか?」
「一番上がブルグントの総力と互角だぞ」
「なんと……」
「ちなみに白月は主にサポートだからな……つっても師団相手にやりあうことはできるが」
そんな会話をしながら双眼鏡で訓練場を見る。
やっと最初に突撃して見事玉砕した兵士たちが起き上がり始めていた。
「だらしない。あれならまだアカモートの騎士団のほうがいくらかマシだな」
「神よ、アカモートの騎士団というのは?」
「ん?そうだな…このご時世、未だに全身鎧で剣やら使ってたやつらだ。ま、銃も使うが」
「その者たちと連絡は取れませぬか?」
「無理だ。つか、多分全滅してる…うわっ!まぶし!?」
いきなりどこかから光が当てられ、目が眩む。
この訓練場は市街地から離れ場所にあるわけではない。
そして時折観光客が間違って近寄るほどに警備は杜撰だ。
「子どもの悪戯でしょうな」
「まったく……」
スコールは立ちあがると、歩き出した。
「神よ、どこへ行かれるのですか」
「ちょっくら準備してくる」
「おお!次は神の戦いを見られるということですか」
「ま、そんな期待しないでくれ。それと防塵マスクは忘れるなよ」
最後のスコールの一言にポカーンとしつつ領主と執事はその場に残された。
数十分後。
兵士たちが全員、退去した訓練場にスコールの姿があった。
大きなバックパックを背負い、片手にスコップを持っている。
先ほどからそのスコップでザクッ!ザクッ!と地面に穴をあけては地雷のようなものを埋めている。
「本物の戦場なら何があってもおかしくはない。くくくっ……」
まるで悪魔の微笑みを顔に張り付けながらすべての地雷を埋め終えるまで、そう時間はかからなかった。
昼少し前。
日よけに張られた天幕のしたに彼らはいた。
一人、サマーベッドに腕を組んで寝転がりながら見物する領主。
一人、その隣でよく冷えた飲み物を抱える執事。
一人、全面型防毒マスクを着け、防護服を二重に着た肌の露出が一切ない白月。
「あの、白月殿?そこまでする必要があるのですか?」
ムーアが訝しんだ口調で話しかける。
「…ある」
白月はぽつりとそれだけ言った。
彼女は知っている。
スコールのやろうとしていることに彼女なりに全力で反対した。
しかしそれはこれから行われようとしている。
戦闘開始のブザーが響く。
本来であれば演習は訓練場をかけながら的を撃つなり、エリアを制圧するものだが今回に限って特例。
朝は白月に対し新兵含む全軍で突撃。
そしてこれから新兵含む全軍でスコールに攻撃を仕掛ける。
今度は青色のゴム弾ではない。
使うのは中にインクの入った特殊弾。
あたればインクが付着して被弾を明確にすると同時に確実に痣ができる。
「くく……さあ来い……訓練気分じゃ死ぬぞ雑魚ども……」
スコールはただ立っていた。
隣にスコップを突き立て、バックパックを置き、右手に無線機を持っている。
「目標確認!射撃開始します」
先頭を行く兵士が銃を構える。
この兵士は比較的古参であるが実戦経験は二回しかない。
それも山から下りてきた弱い魔物相手だ。
銃口をスコールへ向け、一歩、また一歩近づく。
そして、カチッとスイッチが押される音が静かになった。
ボフンッ。
「がぁぁぁ!!」
地面が爆ぜ、赤い霧が吹きあがる。
その兵士は脚を抑えながらその場に蹲る。
膝から下は真っ赤だ。
「じ、地雷!?」
「馬鹿な、殺傷武器の使用は禁止だろ!?」
「さ、下がれぇぇー!」
先頭を行っていた者たちが狼狽え、後退を指示するが後ろの者は勢いそのままに進んでくる。
そうして押し出された者がまた一人、地雷を踏んだ。
「ぎゃあああ!」
また赤い霧が吹きあがり、赤色の滴がしたたる。
天幕の下では。
「なんと!地雷ですかな!?」
「神よ……それは卑怯にもほどがありましょうぞ」
「…後始末、面倒」
などと口々に言っていた。
一方スコールは防毒マスクを着け。
「くくく……なかなかいいねぇ…」
嘔吐する者、必死に吐瀉するのを堪える者、涙を流す者、体が壊れたように咳をする者たちを眺めていた。
「しかし……ちとやりすぎか? スコヴィル・マインは?」
彼が使ったのは普通の地雷ではない。
電子工学科に居た頃の知識を生かして作ったいろいろな意味で危ないものである。
まず、昨日の打ち合わせが済んだ際に、
「殺傷しなければ何でもありですね?」
とムーアに聞き、許可を得た。
その後、市街を走り回り酸化物系の物、原子番号16、燃焼物の粉末、その他いろいろを買い、さらになぜか☣マークのあるところに置かれていた真っ赤な唐辛子を二種類購入。
その唐辛子は、彼がいた時代にもっとも危険といわれた二種類だ。
それらを適当に使って適当に作った超危険物だ。
もともと爆発物については爆発で負傷させるのではなく、
赤色のもの(一番の危険物)を撒き散らすために最低限の量しか使ってない。
その結果。
触るだけでも危険なものを全身に浴びる、あるいは吸引してしまった兵士たちは次々に倒れていった。
「ま、そのまま使えば確実に死者がでるから薄めてはいるが……」
体中の穴という穴から汗が吹き出し、指先が痙攣し、涙と鼻水で顔がくしゃくしゃになった兵たちを悲痛な面持ちで眺める領主たちを一瞬だけみると、スコールは無線機のスイッチを押した。
瞬間、あたり一面が赤色に包まれ、地獄と化した。
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「ほ、いふほとええして」
「ムーアさん、明日にしましょう。何言ってるか分かりません」
「ひえひえ、ほんなほとはなひでほう」
「いや、ほんと分かりづらいんで。そもそも警告はしましたよ?」
「ほんなほとひわえはしへも」
「では、今日はこれで」




