第二十一話 - 職探し
ナバナディア連邦、南部。
構成国の一つディル=シャルマール。
その最南端の地域、コーラルエッジ。
きわめて小さな領土を保有し、出島に商業区を、中心に居住区を持つ。
領土の北部には山脈が半円を描くように存在し、それが防壁としての役目を果たすために本国から切り離された独立地域として成り立っている。
コーラルと名がつく通り、気候は温暖で少し沖に出ると透き通った海と珊瑚礁がある。
そのため観光客の出入りは活発でそれが主な収入源となっている。
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あれから一週間。
スコールは机の上に家計簿を広げ、黙り込んでいた。
――どうするよ…たった一週間だぞ。たったそれだけで2000万Gもの資金が底をついたんだぞ。
……そういや1Gと1円ってレートはいくらだろ?
ベインたちが”あっちの世界”に帰った後、
上陸艇に少女たちを残してスコールは近くの民家まで歩いた。
そこで電話を借りて領主の館にダイレクトにかける。
当然そんなことをすれば警察機関からの割り込みが入るし、すぐにその民家に近くの警備隊が来た。
そこでスコールは「私は領主だ!」と言う不審者を捕えたと説明する。
あの変態ともども車に乗せられ護送。
変態はほんとに領主なため、すぐに確認がとられ直接公宮へと赴く。
そしてこれまた知り合いの偉い人(ムーアさん)に、
「あなた方の警備はどうなってるんですか。危ないでしょう。
それにいい加減迷惑です。あのときからずっとこの領主は……迷惑料を請求します」
と言って取りあえずの大金をぶんどって中古5LDK庭付き平家を購入。
これで1400万。さらに改装で400万。
追加で家具や食器、冷暖房、etc.で150万。
衣服、食品、生理用品、(武具の)整備用品、etc.で40万。
残りのお金は10万。これはもしもの時のためのもの。
――まずい……家の購入はあいつらの後ろ盾を使えたが働くとなると身分証明書とか一切ないぞ。
家については購入時に税金を先払いしてきたので大丈夫だ。
問題は光熱費と食費だ。
引き籠もり四人と白月と自分、そして大食らい一頭。
コーラルエッジの物価は観光地なだけあって少々高い。
高いといっても気にするほどのことではない。
それよりも気にするべきは大食らいの餌代。
人間六人は計算上、月に一人当たり1万Gで済ませる。
少し話をそらすがライオンの餌代を知っているだろうか?
一日当たり1500円ほどらしい。
ただしそれは絶食在りでという条件付きだ。
ハティの場合は絶食はない。内臓が強いから休ませる必要がない。
そして毎日のように運動するからよく食べる。
食べるものは肉だ。それも2キロも。
――くそ…これじゃ計算上キロあたり800Gの安い肉を毎日やったとして48000G……。とてもじゃないが持たない。
一人机の前で唸っているスコール、それを見た白月が話しかける。
「…私、お仕事、する」
「どういった仕事を?」
一枚の広告を出してきた。それはピンク色が目立つものだった。
「却下ぁぁぁ!そういう方向は確かに稼げる!
でもぜっっったいにダメだ!!変な病気もらったらどうすんだ!?」
「…じゃあこれ」
次の求人広告には初任給40万G、かわいい娘を募集中!と書かれたお風呂の……。
「却下!」
「…ならこれ」
白と黒のゴスロリ衣装の書かれたものだった。
それは使用人として、ではなくそういう趣向のカフェの仕事……。
「ダメです」
「…これは」
さきほどの衣装が女王様系のものになったやつで、下のほうに書かれている住所からしてかなり人気のない場所のお店のようだ。
「狙ってだしてんの?ダメだよそういう系は」
「…じゃ、お金、どうする?」
「……まず、まともな斡旋所に行こうか」
こうしてスコールと白月、そしてハティは斡旋所に向かうことになった。
ちなみに移動はハティに乗る。乗り心地はよくないが移動速度は速い。
斡旋所は市街地の中心付近、公宮のすぐ近くにある。
他の場所にも斡旋所は存在するが場所によって紹介する内容が若干異なっている。
例えば商業区付近であれば物資の運搬や積み込み、市内であればコンビニやレストランでのアルバイトの紹介といった風に。
「とりあえず変な仕事は受けるなよ」
「…ん、わかった」
言うや否や『討伐・駆除』と看板の出ている方に白月は行こうとした。
「んぐ!?」
「今回はそういう方向もなしだ」
襟首をつかんで引き戻す。
斡旋所の中の雰囲気は二分されている。
片方は一般的な職探しをしている人たちがいる方。
もう片方はガラの悪い人や傭兵などが登録や仕事の授受を行っている方。
白月が行こうとしたのはもちろん後者だ。
「…でもあっちのほうが」
「ダメだ。確実に目立つぞ。そうなればここに逃げてきた意味がなくなる」
「…わかった」
その後一般の窓口に向かったが身分証明書が一切ないためにどの仕事も受けることはできなかった。
「うああぁぁぁぁ!」
落胆しつつ外に出ると叫び声が聞こえた。
声のするほうを見ればハティが例の変態を抑え込んでいる。
「は、放せ!神がっ!我が神の気配がぁっ!」
「ハティ!そのまま抑えてろ」
スコールは命令を下すと、そのまま斡旋所に戻り電話を借りた。
そして、数分後。
三台の黒塗りの高級車が見えた。
ナンバープレートには数字や文字ではなく紋章が描かれている。
その車がスコールたちの近くで止まり、一人の執事が下りてきた。
白髪混じりの頭髪を後ろで纏め、鼻の下のくるっとまがった髭が特徴の老人だ。
仕立ての良い、いかにも執事な黒い服を着ている。
きこなしも隙なくしっかりと決まっていて、見ているだけでは厳しい性格の印象がある。
「こんにちは、ムーアさん。先日お話ししたはずですが、次このようなことがあった場合は…」
ムーアが腰を折る。
「もうしわけありません。どうもあなたがいるとパックス様のご調子がすこぶるよくなってしまうようでして。私どもでは手が付けられないのです」
「……ここではなんです。場所を変えませんか?」
気づけば辺りには野次馬が集まり始めていた。
あまり目立ってはいけない状況のため、スコールたちは車に乗り込み、公宮へと場を移した。
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使用人に案内されて公宮を歩く。
公宮の敷地内では警備兵たちがビクビクとしていた。
原因は巨大な狼、ハティだ。
見た目はサモエドだが、尻尾込みで体長二メートルあるために怖がっているのだ。
さらに言えば、北部の山脈に出没するフェンリスという魔物にそっくりなのもある。
「う~ん、これも二回目か」
「…来たこと、ある?」
「最初に”落ちた”のがここだったからな」
「…落ちた?」
「この時代に飛ばされたときに、な」
使用人が立ち止まる。
「どうぞ、こちらです」
応接間のような部屋に入る。
二つのソファが対面で並んでいる。
「領主様がお見えになられるまで、しばしお待ちください」
使用人はさっと白磁のカップに紅茶を注いで退室した。
「…毒、ない?」
「さあ?他所で出される飲み物は基本信用するなよ」
そう言うとスコールは紅茶に指先を浸け、それをハティのほうに突き出す。
ハティはくんくんと匂いを嗅ぐと頷いた。
「大丈夫だな」
カップを持ち上げ、紅茶を口に含む。
スコールの眉が少し動く。
「入れ方に改善の余地大ありだな」
「…そなの?」
「渋みがあるし、香りも出し切れてない」
「…普通においしいけど」
そんな会話をしているとなにやら慌ただしい足音が響いてきた。
乱暴に扉が開け放たれる。
「ここか!ここに神」
「ゴゥ」
「のわ!?」
部屋に変態こと領主パックスが入ってくるなり、ハティをけしかける。
「や、やめろ!放せ!神が!我が神がぁぁぁあ!!」
叫び暴れるパックスを余所目に次に入ってきた人物に視線を向ける。
「ムーアさん、状況は先日お話しした通りです。こちらは目立つことは厳禁。
なのでできる限り接触は避けたかったのですが…」
「まことにもうしわけない。……そちらの方は?」
ムーアが白月を見る。
「初めまして。PMSC白き乙女、如月隊所属の白月です」
白月は立ち上がり、腰を深く曲げて頭を下げる。
「執事長のムーアです。よろしくお願いいたします」
挨拶を終わらせたところでパックスを除いた三人が席について会話を始める。
放ったらかしにするのは解放したらそれはそれでうるさいからだ。
「さて、ムーアさん。こちらからは二つ、お願いしたいことがありまして」
「いかような用件でしょうか」
「まずは、これです」
ベインからもらっていたメモの内容をまとめた物を渡す。
内容は一つを除いては調査依頼だ。
「ふむ……クライス家、クレンディア本家、レイシス家、リベラル、ヴァーディン。これらについての情報収集ですか」
「ええ、貴族と先の騒ぎで敵対した浮遊都市どもです。すでにフリーダムとガードオブオナーは仲間が潰したとのことですので」
潰した仲間とはベインのことだ。
「……しかし、クレンディア本家ですか」
「パックス・クレンディアの繋がりでやれませんかね?」
「分かりました。できる限りはやりましょう」
用件の一つについて終わったところで冷めかけた紅茶をすする。
「んー!んぐ、は、放せい。いい加減このんぐぅ!?」
「うるせぇ……」
「あの、スコール殿。これでも領主ですので……」
「……ハティ、こっちに来い」
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「ぉぉぉぉおおおおお!!神よぉおお!!」
――いい年こいて行き過ぎた厨的行動していたやつの前にいきなり転移したのが原因か……。
「神よ、本日はどのようなものをお望みで」
「まずその態度を改めろ!」
「なにを仰いますか」
「テメ一応でも領主だろ!?二十三歳の厨じゃないだろ!?」
「ぬ、しかし」
「なんだったらあの日の黒歴史を暴露してやろうか!?」
「ふん、余の秘められた力は」
「転移してきたあの日、領主パックスは自室でxxxをxxxてxxxでxxxしていた」
「もうしわけありませぬ。お見苦しい姿をお見せした。さて、本日はどういったご用件でしょうか?」
――最初からこの態度で応じろよ……。それに領主なのになんだこの上下関係は……。
「調査についてはできないことを前提で構いません。二つ目ですが、先日の資金が底を尽きました。なので身分証の不要な仕事を紹介してもらいたいのですが」
――さて、こっちが本命だが…こんなところに来てまでするお願いじゃないよな。
「では、余の財布から」
「パックス様それはいけません」
スコールも続けて言う。
彼はそこまで楽をしようとは思っていない。
「そうですね。こちらもしばらくはこの地に留まるので自分たちで生活基盤を作っておきたい」
「神よ、あなたそう言うのなら仕方がありません。しかし……」
パックスが黙り込む。
領主の権限であればいくらでも仕事の斡旋はできるが、それで普通の仕事を斡旋してしまうと領主の後ろ盾を持っているとして変な待遇をされてしまいかねない。
と、そこにムーアが耳打ちする。
「おお、その手があったか。でかしたぞムーア」
「なんです?」
スコールが呆れ混じりにいう。
「公宮で宰相になりませぬか?」
「……はぁ?」
――どういった流れでそこに行き着く?
「そうすれば、市街で目立つことはないし余は常ね神のお側に」
「結局それか!?辞退する!!」
スコールは何一つ迷いなくきっぱりと断った。
それに彼としては現在引き籠もりをやっている四人の面倒を見る必要性がある。
そのために家を空けることはできない。
すると今度はムーアが話しかけてくる。
「では、手の空いた時だけ戦術教官をやって頂けませんかな?」
「戦術教官?教員資格は持ち合わせてないですよ」
「いえ、そのようなものは必要ありません。やって欲しいことは――――ですので」
ムーアに小さな声で内容を伝えられるとスコールは頷く。
その口元にはにちゃっとした笑みが張り付いていた。




