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第一話 - 相違点

 二つの月を従えた、青い惑星がある。

 惑星の表面は八割近くが海で覆われ、両極周辺は分厚く氷を被っている。

 北半球には三つの大陸が、赤道付近には列島が、南半球には一つの大陸がある。

 大陸は列島を中心に、東西に二つずつ。

 中心の列島は、独特の文化を持つ桜都おうと国。

 東側は、北に科学が栄えるセントラ国と、南に五つの国から成り立っているラバナディア連邦。

 西側は、科学と共に魔法が現実の技術となり、複数の小国から成り立っているブルグント連合。

 東西の国々は長い間、戦争を繰り返していた。

 その理由は今となっては定かではない。


---


 ばごんっ! 

 ドアを開けた瞬間、勢いよく宙を舞い、飛んできた赤色の目覚まし時計が顔面にクリティカルヒットする。

 痛い、とても痛い。


 俺の名前はレイズ、レイズ・メサイアだ。

 もちろん偽名なんだが。

 いつも誰からもレイズと呼ばれている。

 ちなみにメサイアというのは、気まぐれで助けた人たちに救世主メサイア、と呼ばれるうちに使い始めた名前だ。

 体格は普通だが赤い瞳と白い髪が目立つのか、奇妙なものを見る目で見られることがよくある。

 以前は盗賊団の頭領をやっていたが、今は諸事情あってアカモート、と言う浮遊都市に住んでいる。

 アカモートは、メティサーナ様ことメティが治めていて、どの勢力にも属していない。

 メティとの出会いは……また、いつか話すとしよう。

 というか話したくもない。あれは一方的な暴力だ。


 俺がここに来たその日の内にメティは皆の前で、


「この者を私の従者とします」

 

 などと、大々的に発表した。

 当然、多くの不平不満が出たが、メティはその全てをねじ伏せた。

 そのお陰で俺は今でも、多くの者に恨めしがられている。

 その後、一人呼び出され、


「あなた、私の(しもべ)になりなさい」


 そんなことを言われ、以来さまざまな”雑用”を押し付けられている。

 

---


 ――さてと、そろそろメティを起こさないとな。

 

 そう思いつつ、レイズはメティの部屋へと向かった。これも雑用の一つだ。

 部屋の前に着いたちょうどそのとき、目覚まし時計が鳴り始めた。


「どうせいつも通り、起きないんだろうなぁ……」


 ドアを開ける。部屋の主に入室の許可は取らない。

 寝ているから取れない。

 そして、目覚まし時計が飛んできた。

 ばごんっ! 

 目覚まし時計が顔面にクリーンヒットする。

 痛い、とても痛い。

 どれだけ寝相が悪いのだろうか、この人は。


 悲鳴のようにギャンギャン音を鳴らし続ける目覚まし時計を止め、

 部屋に入ったレイズは一思いに白いカーテンを開け放つ。

 清々しい朝日を浴びて部屋はかなり明るくなった。


「朝です、起きてください」


 優しく言ったところで無駄なのはわかっている。


「うー……、あと五分……」


 呼びかけて起きたことは、今までに一度もないのだから。

 先ほど時計をぶつけられたレイズはあらかじめ持ってきていた濡れタオルを手に取った。

 顔の前まで持ち上げて意識を集中する。

 するとみるみるうちにタオルから蒸気が昇り始める。

 これは魔法。科学的な何かや怪奇現象ではなく魔法。

 そしてレイズはその魔法で濡れタオルを極限まで加熱して、真っ白な掛け布団を剥ぎ取り、肌蹴た服で気持ちよさそうに眠っている少女に押し付けた。

 一切の躊躇なく、容赦なく。


「~~~っ!!」


 声にならない悲痛な叫びが聞こえるがレイズは意識に投影しない。

 メティはせめてもの抵抗として腕を振るうが、その腕はむなしく空を切る。

 

 抵抗するメティになおもレイズは、タオルを押し付け続ける。

 まるでさきほど時計を投げつけられた仕返しだといわんばかりだ。

 これまでにこうして犠牲になり、お亡くなりになった先代の目覚まし時計は数えきれないほどある。 

 そうこうしているうちにメティから新たな反撃が来た。

 単純な移動魔法だ。単純ゆえに一瞬で発動され、回避することもできず、

 部屋の外に吹っ飛ばされ壁に激突した。

 毎朝毎朝、こんなことが続いている。

 いつもと違うのは、廊下の窓ガラスが割れなかったことくらいだろう。

 壁に深い亀裂は入っているが……。

 

 物音に気付いた警備兵が駆けて来る。

 白を基調とした鎧姿であり、今のところは数少ないレイズに友好的な者の一人だ。


「またか!」


 レイズは立ち上がりながら警備兵に言った。


「ああ、いつものことだ。今日は割れてない」

「はぁ……なあレイズ、もう少し静かに起こせないのか?」


 そんなことを言われても、どうしようもないという顔でレイズは答える。


「なんなら、お前が明日から起こしてみるか?」


 逆に問い返してみると、警備兵は引きつった表情で答えた。


「い、いや、やめておく」


 そして、それだけ言うと立ち去って行った。

 全身鎧を着こんでいるというのにガチャガチャと音を立てないのは不思議である。

 それから三十秒ほどして、メティが部屋から出てきた。

 顔は笑っていてもどこか恐怖を覚える風体でだ。


「もっと優しく起こしてくれてもいいんじゃないの?」


 そんなことを言ったメティの姿を見て、レイズは今日もため息をついて呆れた。

 腰まで届く艶やかで癖のない黒髪に、白い肌、端整な顔だち。

 ここまでなら、どこかで出会えるかもしれない美少女だ。

 しかし問題は服装……。

 女子として残念な服装なのだ。


 だぼだぼのジャージ、それの色違い上下。

 しかも一週間は同じものを着回す。 

 本人が言うには「動き易ければいいの」だそうだ。


「どうしたの?」


 いつもなら「何でもない」とレイズは答える。

 それが一番無難な回答であり、地雷を踏まなくてもいい答えだから。

 だが、今日のレイズは正直に言った時どうなったのかを忘れていた。

 だから言ってしまった。


「もう少しきちんとした服を着ろよ」


 この一言で、とてつもなく後悔することになるとは思わなかっただろう。

 いままでも幾度となく命の危機にさらされたことまですっかり忘れていたのだから。

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