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第十八話 - エンドライン・後

「なあ、レイズ」

「なんだ睦月」

「一番強いのって誰だ?」

「さあ?」


 そう言ってレイズは地面にチョークで文字を書き始めた。


 メティと鈴那→俺

 俺→レイ

 レイ→レイア

 レイア→俺


「この関係はいいな?」

「三すくみでお前に対してだけメティサーナと鈴那が強いと」

「それでだ」


 レイとレイア→メティサーナ

 レイとレイア→鈴那


「こういうのもある」

「それで?」

「基本こうなってるが」


 全員→スコール


「一定条件下でこうなる」


 スコール→全員


「………よくわからんが、あれがそう言うことか?」


 睦月の顔が向いている方では、スコールの前に先ほどまでオーロラが出現するほどの魔法戦を行っていた二人が説教を受けている様子があった。


「ああ、そうだ」

「……スコールといえば少し前にセントラから編入した部隊の隊長もスコールだったな」

「そういやそうだな。まあ、魔法で探っても反応がないから死んでるだろうけど」

「…………」

「…………」

「……仲間が死んだのに悲しまないのか?」

「なんだろうな、ショックが大きすぎて感情こころが受け止めてないんだろうな」


 レイズが空を見上げ、ため息を漏らす。

 これからどうしようか?

 そんなことを考え始めた矢先、空から何かが落ちてきた。


 それの落下コースはスコールの脳天直撃コースだった。

 それは大きな消えかけの魔方陣を背負った女の子…レイアだった。

 ただでさえ魔力の保有量が少ないというのに、無茶をして魔力が殆ど尽きたのだ。


「スコール!! 上だ!!」


 回避不可能の距離。

 一応レイズは警告するが……。

 ゴンッと重い音をたて、両者はぶつかった。


「「~~~~~~~っっ!!」」


 声にならない叫びを上げながら二人はその場に蹲る。

 レイズがもう一度、上を見上げると二人目が落ちてきていた。

 赤い髪の女の子…レイだ。

 その落下コースはまたもスコール直撃コースだった。

 ドゴッと音をたて、スコールの背中にぶち当たる。


「ぐふっ……」

「いったたぁー……あれ? 死ん…でないよね?」


 スコールの意識は完全に飛んでしまっていた。


「なあ、レイズ」

「なんだ、睦月」

「あの関係図、分からんでもない」

「そうか…」



---閑話休題それはさておき



 しばくして。


「あー……、ショックを受けている者もいるかもしれないが…」

「別部隊の仲間が死んだことに対しては思うことはないと思うけど」

「そんなもんか? 薄情な…」


 如月隊の隊長、鈴那が答える。


「私たちはもともと横の繋がりより縦の繋がりが強いし、他の部隊のことはとくに気にしないのが普通だったし…」


 睦月隊の隊長も答える。


「死んだのは新参の連中だ。俺たちもそんなに情が移ってない。

 それにもう生き残っているのは初期メンバーだけだな」

「そうか……そうだな」


 レイズは思い返す。

 遥か昔、メティサーナ率いる天使たちに誰一人殺されることなく、自分だけ袋叩きにされた後、全員捕らえられたときのことを。


 ――確か…あのときには鈴那と睦月とレイとレイア、それに今は閏月のシャルティたちしかいなかったっけ。あのころはシャルの魔族部隊が主力だったな…。


「おい、レイズ。今からでも逃げたやつらを呼び戻すか?」

「いや、いい。余計な犠牲を増やすだけだ」


 レイズは少しだけ考え込み、提案する。


「俺たちだけでまた逃走生活やるか? 今度はそこの駄天使込みで」

「ちょっと、いま発音が違わなかった?」

「さあて?」


 レイズはすっ呆け、睦月と鈴那から返答があった。


「いいんじゃないか、それで」

「私も賛成! まあ、くず野菜のスープと硬い黒パンは嫌だけど」


 伸びている一人と双子に視線を向ける。


「あたしは構わないよ。レイアは?」


 話を振られ、レイアは頷く。

 先ほどの痛みがまだ退いていないのか頭を押さえている。


「よし、それじゃ、取りあえず安全な場所に転移するか」


 レイズが魔法のイメージを完成させ、転移しようとした瞬間、パリンッと何か割れるような音がして魔法が掻き消された。


「なんだ?」


 レイズが首を傾げ、レイアが答えた。


「…ジャマーが展開されてる」

「場所は?」

「真下……だんだん近づいてきてる」


 ズドドドドド…近くの穴から音が聞こえ始める。

 それぞれが索敵魔法を使い、それを認識すると驚いた。


「なんで……あれは絶滅したはずじゃ……」

「どうせヴァレフォルの手引きだろ」

「ヒュドラ……久しぶりの危険度SSSの化け物だな」

「やるしか…ないよね?」

「天使の私でもきついわよ」


 もっとも近場の大穴から黒い影が飛び出した。


「でけぇ……」


 レイズが思わず呟いた。

 それは体長五〇メートルを超える三つの頭を持つ蛇のような魔物だった。


「下がりなさい!」


 メティが叫び、錫杖を横一閃。

 延長線上に伸びる光の剣がヒュドラの一本の首を斬り飛ばした。


「消え去れ!」


 レイズが真っ白な力を圧縮し、投げつける。

 勢いよくヒュドラの巨体が押し流され、それでもう一本、頭が鮮血を撒き散らしながら弾け飛ぶ。

 そこに再びメティが剣を振り下ろす。

 しかし、三本目、一つだけ色の違う頭は固かった。

 その首は不死の首、それを落とさないことにはいくらでも首が生える。


「メティ! 併せだ!」

「分かってるわ!」


 全力の一撃を放つべく、二人で一つの魔法を形作る。

 その間にもヒュドラの首の断面が盛り上がり、新たな頭が生えてきている。

 しかも二つではなく四つ。


「行くぞ!」

「ええ!」


 振り下ろされる眩い光の剣、だがそれは新たに生えた四つの首に噛みつかれる。


「こ…のぉ…!!」


 だんだんと剣にヒビが入り、やがて砕け散った。


「くそっ!」

「なあ、レイズよぉ」

「んだよ!?」

「久しぶりに一緒に戦おうぜ」

「そうね、天使の力を使えるような相手はああいうのしかいないし」

「…危なくなったら逃げろよ。お前らは不老であって不死じゃない」


 ヒュドラとの距離は百メートルほど。

 どっしりと新たに生えた首を構えている。


「首を斬れ。そしたら俺が焼く。メティは支援を頼む!」


 ヒュドラの弱点、それは斬られた首の切断面を焼かれるとそこからは再生できなくなること。

 レイズ、鈴那、睦月、レイがそれぞれ手に武器を召喚し、走る。

 低い姿勢で、加速魔法を使い、地面を滑るようにヒュドラに向かう。


 その後方ではメティが次々と癒しの魔法を発動寸前で用意し、

 補助具のないレイアはスコールを担いでさらに後方へと下がる。

 戦力外のレイアはなるべく遠くへと行く。

 万が一レイズたちが全滅すればなす術が無くやられてしまう。

 そしてなにより魔力の余波で怪我をする可能性があるから。


「はぁぁぁ!」「やあぁぁぁ!」


 鈴那とレイが一番にヒュドラに肉薄する。

 それと同時、四つの首が襲い掛かる。

 巨体ではあるが、ヒュドラの動きは蛇が噛みつくようにかなり素早い。

 それぞれの首が俊敏に動き、噛み付こうとする。


 しかし、鈴那はその場で転がり、一つを回避。

 起き上がりながら天使の翼を模した双剣でもう一つの首を斬り落とす。

 一方レイは『極光の剣』で襲い来る二つの首を消し飛ばす。


「離れろ!」


 二人が飛び退くと、レイズの撃ち出した太陽のように輝く火炎弾が首の切断面を真っ黒に焼き焦がす。

 続けざまに、残り火が消えないうちに睦月が大剣を振りかぶる、が。


「シャアアアアアァァ!」

「ぐおっ!」


 残り二つの首の片方に払い飛ばされ、血煙が舞う。

 そんな睦月を気にせず、さらに指示を出す。


「レイ、行けっ!」

「はいっ!」


 レイが片手に『極光の剣』を作り出して走る。

 最大出力で消し飛ばすのが一番手っ取り早いが、レイズとメティに封印を受けているためにそれは出来ない。

 レイズはすぐに焼き焦がすために再び火炎弾を生成し始める。


 二つの首が襲い掛かる。

 レイは不死の首を蹴り退け、もう片方の首を切り落とす。

 落ちた首はビクビクと脈動しながらのたうちまわる。


「退け!」


 レイが離れると同時、火炎弾が打ち出される。

 キィィィィイイン

 高い音が鳴り響き、着弾する前に炎が小さくなり、消えてしまう。


「くそっ、さらにジャマーが展開されたか」

「しくったなぁ…」


 足取りの覚束ないレイが戻ってくる。

 見れば先ほど蹴りを入れたほうの足が抉れていた。


「あれの皮膚か?」

「ああ、おろし金だね。触ったら真っ赤な紅葉おろしだよ」


 すぐにメティが走ってきて、治癒魔法でその傷を治す。

 その間にもヒュドラの首は再生し、再び三つの首が揃い、振出しに戻る。


「魔力が震えてる…?」

「魔力のノイズをばら撒いて魔法を阻害するタイプか……だったらゼロ距離で叩き込むしかねぇ」


 腹部を大きく抉られた睦月を支えながら、鈴那も戻ってきた。


「睦月、傷を治したらそのまま下がってろ」

「まだやれる」

「魔法じゃ傷は治せても、失った血液は戻せない。それに軽い失血のショック症状が出てるだろ」


 よく見れば睦月は小刻みに震えていた。


「チッ」

「…危なくなったら即座に下がる、それを守るなら一緒に来い」

「わかった」


 メティに傷を治してもらい、一度全員後方に下がる。

 これで戦えるのはレイズ、レイ、鈴那、睦月。

 そしてサポートのメティ。


「ゼロ距離でをぶち込む、睦月、盾はやれるか?」

「…きついが、やれる」

「いや、あたしがやる。今の睦月じゃ無理だ」

「そうか、なら頼む」


 レイズが全員に硬化魔法をかけ、防御力を強化する。


「いくぞ!」


『極光の剣』を片手にレイが走り出す。

 その後ろに魔法を発動寸前にしたレイズが続く。

 レイズの左右に睦月と鈴那、後ろにサポートのメティ。


「シィィィィィ!」


 二つの首が同時に仕掛けてくる。

 不死の首は頭を高く掲げ、大きく息を吸い込み始める。


「はぁ!」


 レイが怪我を承知で右から来る首に蹴りを入れ、反動を利用して体制を変えながらもう片方の首に斬撃を叩き込む。

 切り落とされた首を睦月が大剣で払い飛ばし、もう片方の首を鈴那が切断する。

 そしてすかさずレイズが火炎弾を撃ち込む。

 さっと他の四人は後ろに下がる。

 ほんの数メートルからの超高温の輻射熱。

 それが首の断面、そしてレイズの腕を、脚を炭化させる。


「最後だ!叩き斬れ!」


 レイズが叫んだ瞬間、不死の首が息を吸うのを止めた。


「毒が来るわ!私の周りに集まって!」

「はい!」

「おう!」

「待って、レイズが!」


 自身の魔法で脚をやられ、動けないレイズのもとに鈴那が駆け寄る。


「来るな!俺なら死なない!」

「でも!……っ、間に合わない」


 気づけばレイズは背負い投げの要領でメティのほうに投げられていた。


「鈴那ぁぁぁーーー!」


 ヒュドラの口から黒いブレスが吐き出される。

 メティが円形に展開した障壁の外をジュゥゥゥと音を立てながら蝕む。


 黒い毒の瘴気が晴れると地面に倒れている鈴那の姿があった。

 指先が微かに動いているが、もう助かる状態ではない。

 ヒュドラの毒に侵された者は全身を焼かれるような激しい苦痛の末に息絶えるという。


 それを見たレイズは、その手にゲイ・ボルグを召喚し、愚直に、真正面から突っ込んだ。

 そしてヒュドラが動いた。

 少し距離のあった三人はそれが分かった。

 だがレイズは近すぎたのと、怒りで理性が飛びかけその動きが分からなかった。


「バカ!」


 三人が咄嗟に飛び出し、レイがレイズを蹴り飛ばす。

 メティがさらにそれを庇う様に背をヒュドラに向ける。

 ジャリジャリと嫌な音をたて、おろし金のようなヒュドラの皮膚が幾重にも重ねられた障壁を削りとり、メティの背中に致命傷を負わせる。

 そしてズドォンと轟音を立てながら、ヒュドラの最後の首を睦月の大剣が走り抜けた。


 最後の首が落ちると同時、ヒュドラの巨体が倒れる。

 瓦礫や、砂埃を巻き上げ、巨体が痙攣しながら猛毒の体液をまき散らす。


「はぁ……はぁ……」


 レイズが倒れこみ、息を上げる中、レイと睦月は重症の二人を回収しに向かう。


「はぁ……ぅぐっ、誰でもいい、…止めを」


 その言葉を聞くものはいない。

 切り落とされた首の断面が徐々に盛り上がり、伸び、首が再生しつつある。

 このままではまた悪夢が再開してしまう。

 そんなことを思い、体に無理やり力を込めるが動かない。

 まるで細胞の一つ一つが壊れてしまっているかのように感覚が薄れている。


「くそ…さっさと……焼かねえと……」


 魔法をイメージし始めるが意識がはっきりとせず、明確なイメージが出来ない。

 弱い魔法ならその程度でいいが、消し炭にするほどとなると明確なイメージが必要だ。


「ああ、だれか…」


術式盗取インターセプトモード


 スコールの声が聞こえた。

 顔を向ければ、肩にレイアを支えながらこちらに向かってくるスコールの姿があった。

 その目はいつもよりもさらに感情のない目だった。


強制詠唱フォーシングチャント消失バニシング


 レイアの得意とする分解系統の魔法のうち、現在使える最高位のものが無理やり展開されてゆく。

 再生中のヒュドラを囲むように青色の魔法陣が広がり、一際強く光るとヒュドラが消え去った。

 そしてスコールがその場に崩れ落ち、支えられていたレイアは一瞬バランスを崩すが倒れはしなかった。


 スコールが行ったのは魔法の横取りと強制的な魔法の発動。

 レイズの強奪スティールとは違って、発動途中のものまで奪い取れる”スキル”。

 補助具なしでは全く魔法を扱えないスコールではあるが魔力は保有している。

 そのため他人に魔法の基礎部分を用意させ、それを奪い取り、自分で行使するという方法を扱う。

 だがそれは自身の脳内、魔法に関する処理を行う領域に多大な負荷をかける危険な行為。


「みんなボロボロだな…」


 レイがぽつりと呟く。

 睦月は失血で眩暈を起こし、鈴那は毒にやられ命の灯は消えかけている。

 メティはいまだに血を流しながらも、錫杖に縋り付いて倒れてはいない。

 レイズは炭化した手足から血が滲み、スコールは魔力欠乏で動けない。

 レイアも魔力を失いすぎ、その足取りは覚束ない。


 そして、レイアはその目に鈴那を捉えると、その場で固まり、目から雫が落ちた。


『泣かないの……』


 頭の中に直接声が響いた。


「鈴姉ぇ…」

「鈴那……」

『私、もうダメっぽい……だから消える前に私の翼を……』


 先ほどまで鈴那が振るっていた天使の翼を模した純白の剣が四本、宙に出現した。

 それぞれが光の粒子になり、レイとレイアに一振りずつ、レイズに二振り、降りかかり、体に入る。

 虚ろな瞳をゆっくりと閉じた鈴那の体も光はじめ、末端から消え始める。


「鈴那……鈴那ぁ……」


 レイアは鈴那に声をかけるが目を開くことはない。


「やだよ……ねぇ…鈴那……」

「いままで、ありがと……」


 一際強く光ると、どんどん光の粒子になり、その姿は虚空に消えた。

 レイアはその場に崩れ落ち、大粒の涙をぼろぼろとこぼし始める。


「あ…れ?これなんか…まずいな……」


 レイズの体も同じように末端から光り始めていた。


「再生が…あれ?なんでだ?呪いは解けてないはずなのに…」


「ちょっと待てよ。なんで再生されない?」


「いやいや、あの呪いはレイアでも解呪できないはずの……」


「……ちょっと待とう。ほんと待とう。俺はまだ消えるわけには…」


 一人でぶつぶつ言ってる間に下半身が完全に光に包まれていた。

 そんなレイズにメティが錫杖を支えに、這いながら近寄ってくる。

 メティもメティで輪郭がうっすらと発光している。


「…なんだ?」

「…なんかね、怖いのよ」

「最凶の堕天使が何言ってんだ…」

「体の芯が冷えるような…すごく眠いような……」

「は、ははは……」

「私も…死ぬの……?」


 だんだんと黒い翼も光り始める。


「まだ、死にたくないわよ」

「……なぁ、お前さぁ、アキトになんで力を与えた?」

「なによ、こんなときに」

「いいから答えろよ、どうせ最期だ…」

「そうねぇ…あの転移で、彼も理からはずれちゃったから……あなたと同じように…切り札に……」


 ふと、メティの手から錫杖が離れ、その体が倒れる。


「おい?」

「…………」

「メティ?」


 ドスンッ!と大きな音が響き、アカモートが崩れ始める。


「チッ、レイ!逃げるぞ!」

「睦月だけ先に行って。あたしはレイアを抱えていく」


 そう言って、駆け寄ろうとした瞬間、足元が崩落した。

 真下に見えるのは濁った海だ。


「うぁぁぁぁ!」

「離すな!」


 落ちながらも睦月はレイをしっかりと捕まえ、共に落下していった。


「ぅ……これは、やべぇなぁ…」


 轟音で目を覚ましたスコールはふらつきながらもレイアに近づく。


「立て、今は生き延びることを考えろ」

「…………」

「レイア!」

「…………」


 相も変わらず涙を流し続けるレイアを抱き上げ、スコールはその場を離れようとした。


「! くそっ!」


 だが足元の亀裂が広がり、崩落に巻き込まれて遥か下へと落ちていった。


「ああ、なんか久しぶりだな、こういうの」


「ま、違うのは…今回は死ぬかもってことか?」


「いやいや、マジで待とうぜ?」


「人間やめた俺が死ぬってありか?」


 凄まじい音を立てながら、浮遊都市アカモートが崩落する中、レイズは一人ぶつぶつ呟く。


「……う~む、何も魔法に拘る必要ねぇじゃん。魔術があるじゃねぇかよ」


 残った魔力を一点に集め、()を描き始める。

 身体組織の再生と、使い慣れない魔術での転移を準備する。


「これで…よし」


 虚空に小さな魔方陣が現れ、そこから柔らかな光が溢れ出す。

 それはレイズの体に集まり、消えかけた部分、炭化した部分を修復してゆく。


「異常、なし」


 起き上がり、軽く体を捻ったり、その場でジャンプして調子を確かめる。


「次はメティか…てか天使に回復魔術ってどうやればいいんだ?ま、人と同じようにやってみるか」


 自分用のマギ・グラムを参考に人間用の回復魔術を構築する。


「さて、どうなるやら」


 魔術を発動する。

 先ほどと同じように魔法陣が出現し、柔らかな光が降り注ぐ。

 だが思ったように傷が塞がらない。


「ぅぅ……」


 精々意識を回復させるので精一杯だ。


「メティ、起きれるか?」

「ううん。無理」

「はぁ……抱えるぞ」


 メティをお姫様抱っこの形で抱え上げ、その場を後にする。

 すでに外縁部は完全に崩れ落ちているため、まだあまり崩落していないメインタワーに入る。


は……ダメか」


 内部は内部でそれなりに危険な状態だった。

 上から手すりや、壁の破片が落ちてきて床に穴を穿っている。

 当たればただではすまない。

 レイズはなるべく陰になる場所を選びながら壁沿いに移動する。

 そしてまだ生きている転送陣を見つけた。


「これは……短距離型か」


 少し陣を書き換えて、転送先を変更する。

 変更先はメティの部屋だ。

 転送陣の中に入り、魔力を流す。

 すると陣が発光し、気づけば一瞬で見慣れた部屋にいた。


「とりあえずは……」


 メティをベッドに寝かせ、その隣に腰を下ろす。


「私、一人じゃなくて…よかった……」

「何言ってんだよ」

「自分のことは自分が一番よくわかるの……もう長くはないわ」

「……そうか、俺はまだ生きるぞ。アイツらを葬るまでは死ぬ気はないからな」

「私だって……」


 レイズは話しながらも頭の中で転移用の魔術を作り続けていた。

 だが途中で気づいた。

 転移先の座標を設定できない。

 アカモートのメインタワーの内部では例外を除いて魔法も魔術も使えない。

 そして魔力が足りない。

 こっちに戻ってからのひと仕事の付けが今頃回ってきたようだ。


「ねぇ……」


 メティが後ろからそっと腕を回してきた。


「なんだ?」

「少しの間このままで…お願い……」


 微かに触れる翼がくすぐったい。

 なにより、ぞっとするほどに肌が冷たかった。


「……………………………………………………」

「……………………………………………………」


 かなりの時間が経過した。

 ドシンッと大きく揺れる。

 少しだけのはずが、アカモートが海に落ち、沈み始めてもそのままだった。

 その間、二人は何も言葉を交わさなかった。

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