第十七話 - エンドライン・前
『全員、リンク完了。みんなも行動を始めて』
頭の中に直接響くレイアの声を聞きながら、レイズと白月――ロングソードと大盾を持ち、白い鎧を着た女性――はアカモートのメンテナンス用の通路を走っていた。
いま、白き乙女に所属する者たちは皆がつながっている。
精神干渉魔法によって思考の表層部がすべてリンクしているのだ。
その状態でレイズと白月は道を塞ぐ魔法障壁や核シェルター並みの隔壁を物ともせず、ただ中心部を目指していた。
「邪魔だ」
「貴様、レイズか!?」
道を塞ぐアカモート兵達を見るや、その手に光の剣を顕現させ、すれ違いざまに容赦なく斬り裂く。
「盗賊風情が、やはりお前らは!」
「うっせえな」
振り返り、もう一人を斬り伏せる。その声音には味方だったものたちへ向ける意思はなく、完全なる敵に向ける冷徹な意思しか含まれていない。
「ったく、こいつらは……白、別ルートから上に出て制圧しておいてくれ」
「…了解」
通路を駆け抜け、開けた空間に出る。
そこはアカモートの転送陣を管理するための場所だ。
中心にある台座を囲むように柱が並び、壁に沿って上から落ちてきている水が幾何学模様を描く。
そして台座の前には片手に錫杖を持ち、四枚の黒翼を広げた天使、メティサーナがいた。
「あら、意外と早かったのね」
「意外と、ってなぁ。もうTSは勘弁してくれ、それにアカモートの指揮系統はどうなってんだよ」
「めんどくさいから全部任せっきり!」
「………いい加減、やることはちゃんとやろうぜ?
ちゃんと管理してないから変なところから変な情報流されて仲間割れ起こすんだぞ」
「やってるわよ。それに私はあいつらを仲間とは思っていないわ」
さらっと重大発言をする堕天使。誰かに聞かれようものならば大変なことになる。
メティが台座に手をかざすと、青い半透明のパネルが複数表示された。
そしてその一つを指さした。
「これ、私が組み込んだ覚えのないものなんだけど」
「どれだ?」
パネルには左上にゲート管理と表示され、上から下までずらーっとプログラムの集まりがツリー表示されていた。
その一部に赤く着色され、署名無しとタグの付けられたものが複数あった。
「見てもいいか?」
「ええ」
表示されているプログラムに触れると、実行権限を奪われた文字列とバイナリデータとして別のパネルで表示された。
それを高速でスクロールして内容を読み取る。
「分かる?」
「これはもしや……」
ほかのモノも同じように表示して読み取り終える。
そして小型無線機を取り出す。
「スコール、ちょっとこっち来い」
無線機へ向かって言葉を発する。スコールだけは無意識のうちに弱い魔法を跳ね返す体質のせいでリンクしていないのだ。
『なんだ?』
無線機からは至極めんどくさそうな声が返ってくる。ノイズに交じって銃声までも響く。
「アカモートの制御システムに変なプログラムが混じってる」
『あ、それは……ヘッダだけ送ってくれ』
さっとパネルに触れ、文字列の最初の部分だけを転送する。
ほんの数秒して、スコールから返答が来た。
『それレイアが組み込んだやつで、いろんなところとの直通ゲートについての制御プログラムだ』
「やっぱり……一体いつやったんだ?」
『さあな?とりあえずそれは放っておけ、それと――おっと危ねぇ、先に敵を片付ける』
無線のスイッチを待機モードにして、さらに残りの一覧に目を通す。
下へ下へとスクロールするとさらに複数の赤く着色されたものがあった。
「……まあこれはいいだろう。どうせレイアがやったんならウイルスってわけでもないだろうし」
若干呆れ気味でパネルを消す。
「それで、これからどうするの?」
「普通、最高責任者であるお前が決めることだろうが」
「だって面倒なんですもの」
――まったく、このずぼら天使は……。
「はぁ…それじゃ、ここを奪還するか。まずはメインタワー周辺から――――」
---
『総員に通達、外縁の制圧は一時中断し中心部の制圧を開始せよ。
なお、十分後に隔壁を展開、中心部は閉鎖する』
精神ネットワークを通じてそれを聞き取った十六人はそれぞれ、中心へ向かって移動を開始した。
ネットワークに参加していないスコールは急に敵の動きが変わったことで状況を察して移動を開始する。
スコールはまだ青い迷彩服姿で、他の離反部隊には未だに詳細を知られていないため遭遇しても戦闘行為に及ぶことがない。
「カレンディア、そっちの状況は」
『黒月と交戦中。あいつらタワーの方に移動し始めてる』
「そうか……やはり集合するか。合流したい、場所を送れるか?」
『ああ。なるべく早く来い』
「はいはい」
手持ちのタブレット端末に位置情報が送られると、それを転送する。
そして無線機のチャンネルを変える。
「蒼、挟撃するぞ」
『おっけー』
兵器や建物の残骸で溢れる大通りを駆け抜ける。
ところどころ、タンクから漏れ出した燃料に引火して火の海になっているところがあるが気にせず走り抜ける。
着用している装備は魔方陣を織り込み、並みの攻撃では破れないほどに丈夫だ。
走り続け、いくつかの通りを抜けると他の部隊に遭遇した。
皆一様に胸に桜の紋章が縫い付けられ、それ以外は統一性のない格好をしている。
その中の一人が話しかけてくる。
「よぉ、スコール。お前これからどうすんだ」
そう問いかけられて、心に仮面をつける。スコールはレイア以外で有れば平気で騙すし殺しもする。
「カレンディア隊に合流する予定だ」
「珍しいな。いつも単独で行動してるのに」
「おい、さすがに戦略級相手に一人はきついって。お前らも一緒に来ないか? このままだと各個撃破されるのが落ちだぞ」
「そりゃそうか。じゃ、いつも通りケツは頼むわ」
「はいはいっと」
何気なく肩にかけておいたカービンライフルを構えて、トリガーを二度引く。
路地の間から出てきた中世の騎士みたいな格好の兵、アカモートの兵士がばたりと倒れこむ。
「お前、相変わらず確認せずに撃つんだな」
「してるぞ? 一発目は間接に撃ち込んで、確認した後、急所に撃ち込んでる」
「撃つ前にしろよ!?」
「面倒だ」
「……お前さー、それでよく誤射率一位にならないな」
「そこは書類を誤魔化してだな…」
「最っ低だな! おい!! やっぱお前一番前行け」
「それで遭遇した味方撃つ、敵と思われる、撃ち合いのコンボになると」
「やっぱいいよ、お前はリアでいいよ!!」
軽く無駄話を交わして移動を開始する。
スコールが最後尾を譲らない理由は前方から回り込んで来る蒼月と挟撃を行うためだ。
その後いくつかの部隊と合流し、五十程度の小隊規模となってカレンディア隊に合流した。
すでに黒月は後退したのか辺りに姿はない。
月初め隊の隊員は睦月隊の候補生で構成される。
そこらの一般部隊に比べれば多少白兵戦に突出した部隊だ。
スコールは無線機を取り出す。
「行けるか?」
『うん。黒りんも一緒にいるよ』
「そうか……だったらスタングレネード投げるからやってくれ」
『りょうかーい』
無線機を仕舞い、手近な者から閃光手榴弾と煙幕弾を掠め取る。
そしてこっそり部隊から離れる。
「おい、どこに行く気だ」
「生理現象だ。覗くなよ?」
「誰が覗くか! さっさと済ませてこい」
小走りで物陰に入って、閃光手榴弾のピンを抜く。
レバーを外して音をたてないように静かに地面に転がす。
ころころと転がって、部隊の中へと入り。
――三、二、一。
ズバンッ! と轟音をたて、閃光手榴弾が炸裂する。
屋外で使用した場合は音が広がり、目も明りに慣れているため大した効果はない。
それでも至近距離、しかも人だかりの中で炸裂すればそれなりの混乱を生み出せる。
「スコール! 敵だ!!」
混乱に呑まれなかった一人が叫ぶ。
「さようなら」
その口に物陰からスコールが命中弾を送り込む。顎から上が消し飛んだ死体がドサリ崩れ落ちる。
そして反対側からは柄の両端に刃の付いた武器、ダブルブレードを振り回す蒼月と、両手にロングソードを持った小柄な少女、黒月が斬りこんでいた。
スコールの感覚で行うヘッドショットと二人の凶刃によってものの数秒で部隊が殲滅される。
「よし、終わりだな。ケガはないか?」
「あたしはないけど、黒りん切られたっぽい」
見れば黒月の手の甲に横一閃の切り傷が付いていた。
「さすが睦月の候補生か……黒月」
「ぅ……」
「今だけすごく痛いか、ずっと痛いか。どっちがいい」
「どっちもいや」
「だろうな」
スコールは逃げようとする黒月の手を掴む。
傷口に自身の手を当てると、仄かに白く光り、手を離したときには傷が消えていた。
「ねぇ、前から思ってたんだけどさ。その”力”ってなんなの?」
「蒼、世の中には知らないほうが幸せってこともある」
「レイズも同じことを言ったよ。一体何を隠してるの?」
「まぁ、少しだけ教えとこうか。この力は属性でいえば”聖”属性だ。
魔力と対を成すものだな。詳しくは白月にでも聞け、説明が面倒だ」
「面倒って……」
『そこの三人、もうすぐ隔壁が展開されるよ』
「やべっ!」
「急ごう!」
無線機から聞こえたレイアの声に三人は大急ぎで中心部へと走り出した。
---
「さすが白、仕事が早いな」
「…次の命令を」
「機械じゃないんだ、働き続ける必要はないぞ」
レイズが指示を出してから僅か数分後、内部のアカモート兵を殲滅して地上に出てみればメインタワー周辺の敵勢力は完全に沈黙させられていた。
どの敵も一太刀で二つに切断され、斬った本人である白月は返り血一つ浴びていない。
「ですが、私の存在意義はあなたのために――」
「それはもう聞き飽きた」
「では、次の命令を」
「……だったら、近づいてくる敵を斬れ、危なくなったら適当に逃げろ。いいな?」
「…了解」
白月は少々不満そうな声で答え、隔壁が展開されつつある場所を飛び越えていった。
「さーて、俺はどうするかな……」
考えているうちにメインタワーを囲む形で地面から五メートルくらいの壁がせり上がって完全に外側と内側を遮断する。
そしてそれぞれの壁が青色に発光し始める。
この隔壁は単なる壁ではなく、壁の上方向にも不可視の障壁を展開する特別性。
隔壁自体も核融合系の強力な魔法をも無効化するだけの効力を持つ。
ただ転移系の魔法を遮断することはできないが。
「レイア、現状は?」
空を見上げて話しかける。
遥か上空にチカチカ光る青い点が見える。
それがレイアだ。
光は空対地魔法砲撃の際、放出された余剰魔力の光だ。
『今のところみんな大丈夫だね。一人おかしいのがいるけど』
「誰だ?」
『スコールだね。隔壁の中に入り損ねて敵部隊から逃げ回ってる』
「……放っておいてもいいか。どうせ死にはしないだろうし」
彼は閏月隊の隊長よりも動向が掴みにくく、いろんなところにふらりと現れてはなにかして気づけばいなくなっている。誰もがこれは死んだだろう、と思う状況でいなくなった後で、けろりとまた現れることばかりなので、大抵誰も助けに行こうとはしない。
『うわぁ』
「どうした?」
『嫌なのが来た』
「屑か」
『うん、南側、水無月の二人のところが近い』
「送ってくれ」
『おっけー』
レイズの足元に青色の魔法陣が展開され、炎が身を包む。
一瞬にして転送される。
炎が晴れるとレイズの前には二人の女性がいた。
双方とも金髪で、三メートル程度の長い槍を持っている。
「ソラ」
「大将!? なんでこっちに?」
「嫌なやつが来たもんでな」
レイズが腕を振るう。
すると先ほどまでなにもなかった虚空に槍が出現した。
独特の形状の穂先。名をゲイ・ボルグ。
投げれば三十の鏃と化して降り注ぎ、突けば三十の棘と化して内側から壊しつくす凶悪な槍。
その槍を掴み、肩に担ぐ。
「大将がそんなもの出すってことは、ヴァルが来たの?」
「ああ、あの屑野郎、ヴァレフォルが来たんだよ」
「あ、あの…壁が……」
二人の女性の少し弱気な感じの方、シンに言われ、隔壁を見る。
強固なはずの隔壁に少しずつ亀裂が入り始め、だんだんと細かな砂塵のようになって崩れ始めていた。
「何が……」
「まさか分解魔法…?」
やがて隔壁に人が通れる程度の穴が開いてしまった。
だが誰が入ってくるわけでもない。
「魔法の気配がない。これは……微小機械?」
『すぐに離れて!!』
レイアからの警告がダイレクトに聞こえると同時、周辺の有機物、街路樹や雑草、木造のベンチなどが溶け始めた。
「くそっ! 一旦逃げ――がぁあああああ!!」
逃げようとした一瞬後、皮膚が溶け始めた。
魔法による障壁を展開しているはずなのに障壁が完全に無効化されている。
「いやああぁぁぁぁぁぁぁっっ!!」
「ぐっ……シンさっさと逃げろ!」
あまりの激痛にソラはその場に崩れ落ち、レイズはマイクロ単位で照準を付け自身の身体を溶かしているモノを破壊する。
だがそれは数が多く、一つ壊す間にも次々と増殖してゆく。
「ぉ……お姉ちゃん……」
「シン!! 逃げろ!!」
衝撃的な光景にシンは腰を抜かしてしまい、やがて同じように皮膚が溶けはじめた。
「うぐぅ……こんなところで終わらせられるかぁぁ!!」
---
「ああくそっ、ほんとついてねぇ。魔砲持ってくりゃよかったよまったく」
補助具なしでは全くと言っていいほどに何も魔法を扱えないスコールは蒼月と黒月に付いて行けず、
途中遭遇した重装備のアカモート兵たちから逃げ回っていた。
たかがカービンライフル程度では魔法で強化された分厚い装甲は撃ち抜けない。
さらに相手は魔法による加速でどんどん距離を詰めてくる。
「これで最後か…」
ベルトに引っ掛けていた最後の煙幕を点火して前方に放る。
シュッと音を出し、モクモクと白い煙をまき散らす。
スコールはその中に飛び込み、姿を隠すと同時、横の細い路地に飛び込んだ。
「くっ、またか!」
「所詮は盗賊だ、向かい合っての戦闘なんてできやしないんだろう」
「捕まえたら切り刻んでやる」
バタバタとアカモートの追手が通り過ぎ、途端に静かに…
「お前はどっちだ!?」
ならなかった。
むしろさっきよりも悪いといえるかもしれない。
目の前にいるのは二人の兵士。
片方は黒が目立つ装備で工兵らしくバックパックを背負っている。
アーマーの胸元にはセントラを示す紋章。
もう片方はブルグントの装備だが胸元と肩にレイズの使っている紋章が刺繍されている。
そのブルグントの方に頭に拳銃を突き付けられ、下手なことをすれば撃たれてジ・エンド。
「待て、待て!」
「さっさと答えろ。テメェはどっちだ!!」
「さっきの見て分からないか!? レイズ派だ。いきなり銃を向けんじゃねえ、カルロ一等兵」
カルロは銃を下ろさずにさらに問う。
「なんで俺の名前をしってやがる?」
「そりゃ調べたか――」
そのとき路地の入口からカチャッと音がした。
アカモートで使用されている独特の形状の銃を構えた白い鎧の女性が立っていた。
何故か? それは考えたらすぐに分かるだろう。
騒ぎ過ぎが原因だ。
「ふ、動くな!」
「待てよ、白。こいつらは敵じゃない」
「し、しかし武器を…」
スコールはカルロの拳銃を掴み取る。
「これでいいだろ? お前もそれは捨てろ。勘違いで敵と思われるかもしれない」
「は、はい…」
白月が銃を捨てる。
もちろんマガジンを抜き弾を落とし、銃本体もさっと分解してすぐには使えない状態にしてだ。
「さて…行くとするか」
スコールが立ち上がり、路地から出る。
さっきの煙幕は完全に消えて、円筒が転がっているだけだ。
左右を見て敵の有無を確認する。
当然誰もいない。いれば銃弾か魔法が飛んでくるだろう。
ついでに上も見る。
「ん?」
空には相変わらず苛烈な対地攻撃をしているレイアが飛行している。
その動きは少し心なしかぎこちなく見える。
そして、そのさらに上。
雲よりも上でたくさんの何かが光っている。
「あ、あれって…ミーティアラインですか?」
白月が呟く。
「いや違う。あれは…」
『ザ、ザザザ…ザザ』
無線機からノイズが漏れる。
スイッチを押して周波数を調整するとはっきりと声が聞こえてきた。
『…やく逃げて。みんな中心から逃げてぇ!!』
「これは神無月か?」
「なっちゃん…何が」
スコールが無線のチャンネルを変えてレイアに話しかける。
「こちらスコール。何が起きている?」
『うっ……』
まるで嘔吐するのを我慢しているかのような声が聞こえた。
「レイア?」
『地獄だよ、隔壁の中のものが溶けてる。みんなが……消えていく』
「なっ…まさか!」
スコールが駆け出した瞬間、目の前に広がる光景が光の柱に粉砕された。
空を見上げれば、一面を覆い尽くす魔方陣が広がっていた。
次々と空から降り注ぐ光の柱がすべてを覆い尽くしてゆく。
レイアもその光に呑まれ姿を消す。
その光はアカモートだけに留まらず、その周囲、海上や桜都国にも降り注いでいた。
未だに桜都国で白き乙女と交戦していた者、逃げ惑う者、
レイズたち同様に溶かされている者すべてを粉砕した。
「グングニルか」
「で、でもこれって……」
「ああ、レイズのやつより威力が大きすぎる」
---
レイズは奇妙な浮遊感を覚え目を覚ました。
気づけば後頭部に柔らかいような硬いような感触を感じる。
コンテナハウスの枕よりは硬い。
しかし、暖かくて弾力のあるものだった。
ついでに顔をべしべし叩かれる感覚もある。
「いい加減起きなさい、レイズ!」
――膝枕か。
そう気づくと同時、声の主がメティであり、変な殺気のようなものを感じ取り、
がばっと勢いよく起き上がった。
「あれから何が…」
体を見ても特に異常はない。
溶けたはずの皮膚も元通りになっている。
――ああ、一回死んだか。
さらに向こう側を見れば至る所に大穴が開いていた。
その穴はアカモートを上から下まで完全に貫通し、アカモートは徐々に落ちていた。
奇妙な浮遊感の正体はこれだ。
そして後ろを見ればジト目でこちらを見る鈴那と、様々な武器を運んできている睦月の姿があった。
変な殺気の正体は鈴那だった。
「睦月、その武器は……」
「皆、死んだ。せめて遺品くらいは…」
「そうか…」
レイズが俯く中、鈴那はまだジト目で見続けている。
どうやらレイズとメティの物理的距離が近いのが気に食わないらしい。
「…………」
「ん? ああこれか」
ようやく気付いたレイズがメティから距離を取る。
するとメティがワザとらしく言う。
「あら、悪いわね」
「ぬ~~」
レイズは不意に鈴那の方から冷気が流れてきたのを感じた。
メティと鈴那、二人の間に青白い火花が散る。
比喩的にではなく物理的に。
鈴那が無意識に放った魔法と、メティが常に展開している障壁とがぶつかった結果だ。
見れば周囲の地面に霜が貼りついていた。
魔法は本来、イメージなり詠唱なりしてから発動するもの。
意図せずに発動させるのは魔法を習い始めた未熟な者か特定の属性に特化した者だけだ。
この場合、鈴那は水、冷却、停止に特化している。
ちなみに汎用、特化、極化、万能とあり、
汎用は殆どすべての系統を扱える代わりに高等魔法の使用ができない。
特化は数系統に絞り、先鋭化することで他の系統を使えないがその系統のみ高等魔法まで使用できる。
極化は単一系統のみで、その系統に関しては最強と言える。
そして万能、俗に言う器用貧乏。レイズが当てはまり、全系統の魔法を扱える代わり、どれも中途半端。
「こら、お前ら。こんなとこで喧嘩するなよ…」
そんなレイズの忠告を聞かず、鈴那は意図的に冷却魔法を行使し始める。
対するメティは加熱魔法を発動。
相反する魔法が相克を起こし、周囲に強風が吹き荒れる。
いつしか鈴那の周囲には気体から液体へと変わったものの水たまりが出来、
メティの周囲は赤く赤熱して陽炎が揺らめいていた。
「やめろお前ら!」
鈴那の周辺は極度の冷却により空間そのものが凍り付き、
メティの周辺は極度の加熱によりプラズマ化したものが漂う。
衝突する二人の魔法は互いに打ち消しながらも、決して衰えずに相手を飲み込もうとする。
凍結した空間をプラズマが熱し、プラズマ化したものを冷気がもとに戻す。
そして局所的にオーロラが発生し、幻想的な風景を作り出す。
「なあレイズ……俺はここから逃げるべきだと思うのだが…」
「同感だ…」
手の付けようがない状況に男二人は戦略的撤退を選択した。
熱によって足場が溶け、流れ始めているところがあれば、
極度の冷却で収縮し亀裂が入り始めているところもあった。
「それにしても、さすが戦略級。自称レイズ恋人なだけあるな」
「なんだよ恋人って。まあ、好きなやつではあるけど。それにあれは災害級と言っても差支えないと思うぞ」
隔壁のすぐそばまで二人は大急ぎで移動した。
「まだここじゃ危ないか?」
「当たり前だ!」
レイズはすぐ近くのメンテナンスホールに目をつけ、蓋を魔法で爆砕しようとした。
だが破壊する前に蓋が持ち上げられた。
「は? なぜにお前が?」
穴から顔を出したのはボロボロのスコールだった。
「いきなりあんなもんが降ってきたらなぁ…」
「他は?」
「落ちたのは見た。どうなったかは知らん」
穴から身を出したスコールの体はあちこちに傷があった。
強固なはずの戦闘服はあちこちが破れている。
「お前、何やってきた?」
「ホロウと六番を軽く捻ってきた」
「で? 屑野郎はどこいった?」
「逃げられたよ」
スコールが辺りを見回して、ある一点で苦い顔になる。
「あれは何やってんだ…?」
「キャットファイトだな」
「どこが子猫だ。むしろ豹とか獅子だろ…」
呆れながら、オーロラが出現している方向へと足を向ける。
「止められるのか?」
「堕天使と元天使だからな……まあ、なんとかなるだろ」
そう言ってスコールは危険地帯に踏み込んで行った。




