第十六話 - 集結
コールサイン、スコールと呼ばれる者と蒼月たちは海岸に辿りつくやいなや驚いていた。
「なに、これ」
「硝子になってるな。レイズがグングニルでも使ったか?」
あたり一帯がきれいに、まるで何かに覆われていたかのように円形にガラスと化していた。
ところどころには何かが焼けたあとのような黒い跡があり、また見慣れない武具もいくつか散乱している。
その一つをスコールが拾い上げる。
「これは……神話の武具か?」
触りなれない感触。今までに触ったことある、どの物質でもない感触だった。
見た目は単なる金属製のもの。
叩けばキンと音が鳴るが、若干そこらの金属とは違う音がする。
「ま、気にしても仕方ない」
手に取っていたものを適当に投げ捨てる。
ガラスの地面に落ちると、それは光の粒子になって消え失せた。
「蒼、なんか命令が出てるか?」
「ちょっと待って」
蒼月の目がどこを見るでもなく焦点のあっていない状態になる。
よく見れば、蒼月の目に何かが映っている。だが小さすぎて他人から読み取れるものではない。
「えっと、まずは集合命令だね。生き残りは全員アカモートの倉庫区画へ、だって。それと……もう一個は通達? ファーストシリーズ全滅、以後それを名乗る情報は信用するな、だとさ」
「そうか……」
蒼月が肩に担いでいるものは、もう物言わぬ死体となっていた。
皮膚の大部分が変色し、血が流れ出ている。
「…………」
そっと地面に横たえると真っ青な魔法の炎を灯し、亡骸を焼き払う。
ものの数秒で灰すらも残さずに魔力の残滓となり、それもすぐに風に消えた。
二人は短く黙祷を捧げる。
「行こうか」
「そうだな。まずは市街地を抜けて如月寮に行くぞ」
「あそこって何かあったっけ?」
「レイアの部屋に長距離転移陣が置いてある」
「どんだけ我儘が……」
「その我儘で中々いいものが出来てるんだがな」
トントンとスコールは自分の持っている魔砲を叩いた。
彼の持っている武器、魔砲もレイアの我儘によって作られた魔法補助の道具だ。
これは魔法の発動プロセスを補助するものではなく、予め決められた魔法を決められた条件で出力するもの。
魔法の自由性を捨て去り、安定した効果を高速で顕現する道具だ。
「そりゃそうだけどさ」
「蒼が使ってるダブルブレードだっけ? それもレイア作だろ」
「……うん、めっちゃ使い易いよこれ」
「と、無駄話はここまでにして行くぞ」
敵の姿がちらほらと見え始める。
「予定変更、飛ぶぞ」
スコールは魔砲のセレクターを回して、足元へ向けてトリガーを引いた。
瞬間、真っ黒な魔法陣が出現し、さらに黒い炎が吹き上がり二人を包み込んだ。
視界を覆った黒い炎が晴れると、すぐ目の前には一階の壁に大穴の空いた如月寮があった。
「…………」
「なにボケっとしてる、行くぞ」
「いや、ちょっと待とうよ。確か寮の壁って合成樹脂とチタン合金で出来ためっちゃ固いやつだったよね?」
「そうだな。ついでに対魔壁の機能まである無駄に高価な代物だな」
スコールは魔砲を担いだまま、二階の窓に飛びついて窓を壊して侵入した。
その後ろに蒼月も続いて入ってくる。
「へぇ……ここが、ってなにやってんの?」
「ちょっと待ってろよ……確かこの壁に……」
スコールが壁紙を強引にベリベリと引きはがし、裏側の窪みに手を入れる。
程なくしてガコンッと音が鳴り、床から魔法陣が浮かび上がった。
「……これは?」
呆れた声で訊ねる。答えもう大方予測は出来ている。
「まあ、なんというか……アカモートが作られたときにレイアが勝手に制御システムに組み込んでだな――」
「もういいよ、随分勝手なことをやってるんだね、あの娘は」
「一応言っておくが、年齢的に言えばお前らより長生きしてるぞ」
「具体的に何歳?」
「……女性の年齢を公表する気はない」
「じゃ、いつ頃からレイズと一緒にいたの? それだけでも」
「神界戦争が始まる前からだな」
それだけ言うと魔砲を壁のラックに置いて、代わりにアサルトカービンとマガジンポーチを肩にかけて転移した。
「神界戦争って……」
ポツリと呟いて蒼月も転移する。
視界に映る景色が変わると同時に、激しい破裂音が鼓膜を叩く。
スコールがヘリの残骸をバリケード代わりに、セミオートで次々とヘッドショットを決めていた。
魔法を使おうとする者、投擲弾を使おうとする者を優先的に死体に変えていき、それらが沈黙した時点で敵が撤退を始めた。
そしてその背中に容赦なく弾丸を送り込んだ。
「ワンマンアーミーだね」
「白き乙女の戦略級のほうが呼ばれるのは相応しいだろ」
軽く辺りを確認してスコールが立ち上がる。
アカモートは既にセキュリティシステムを破壊され、殆どの迎撃設備がオフライン。
対空設備が機能しなくなり、輸送ヘリや転送魔法によって続々と敵勢力が乗り込んできている状態だ。
「さてと。このヘリは……おいおい、漆黒の連中じゃねえか、全滅だな」
「漆黒? もしかして漆黒武装小隊?」
「そうだ、対魔法士戦に秀でたやつらだったな」
「あーそういえば、だいぶ前に一戦交えたときは負傷者がたっくさんでたねー」
「一戦交えて双方共に死者が出ない時点でおかしいと思うんだがな」
視界の隅に動くものが映る。
パパパン!
物陰から飛び出した兵士を反射的に撃った。
スコールはセンサーも使わず、照準も使わず、手癖で銃を動かして慣れた感覚で反動を逃がす。
それは教本には載ることがない知識。使い続けるうちに自然と会得した技術。
そもそも訓練課程で教科書通りの射撃を行ったことが最初の一度しかない。
しかも「撃ちにくい」の一言で教官を激怒させたりもした。
「確認してから撃とうよ」
「大丈夫だ。味方なら多分避ける」
「…………もう一回、基礎訓練からやり直してこい」
「嫌だね、あんな面倒なこと」
言いながら近くにあったマンホールの蓋を開けて、下水道に飛び込む。
鼻を刺すような臭いが立ち込める。
それ以外は点検用の明かりがあるため外とさして変わるようなことはない。
「くっさ! しかもここ一直線じゃん。遭遇戦になるときついよ」
「それは一般的なやつらにとってだろ?」
「ああ、そうだね。あんたはレイズと同じでおかしい部類だったんだね」
ばちゃばちゃと下水を飛び散らせながら二人は走る。
目指す先はツーブロック先のメンテ用のリフトがある場所。
「そういえばさー、スコールって本名は?」
「教えない。お前らだってなんとか月って名前で本名隠して、魔法で姿も変えてるだろ」
「むー」
「いつか教えてやるよ」
「いつかっていつ?」
「さあねー」
「誤魔化すなー!」
「おお、怖い怖い」
運が良かったのか敵と遭遇することもなく目的のリフトまで辿り着き、リフトを呼ばずにシャフトに飛び込む。
ワイヤーロープを掴み、落下速度を抑えながら一番下まで降下する。
ドアを蹴り破って外に出てみると、コンテナが散乱する中に殆どの生き残りが集結していた。
「何者!? ……と、お前たちか。スコールが出てくるとは、これまた珍しい」
「珍しいって、誰かさんみたいに万年引き籠もりやってんじゃないんだからさ……」
「そうであるな。これで後はレイズが到着すれば大方の生き残りは揃うのであろうな」
「レイアちゃんもまだ来てないわよ~」
「妹は放っておいてもいいですよ。どうせ死にませんし」
総勢十九名。
見渡せば、この場にいるのは大半が各隊の隊長だ。
隊長格以外は、レイ、白月、黒月、紅月、蒼月、スコールだけだ。
「レイアについてだが、そこのコンテナの中にいるぞ」
彼が指差したのは端のほうにテンキーが付いている赤い色のコンテナ。
それは以前クロードも入ったことのある、レイズの隠れ家。
見た目はごく普通のコンテナでありながら、中には武器弾薬、戦闘服、保存食に医療道具、ベッドなどこのまま最前線にもって行っても全然大丈夫なものがすべて揃っている。
スコールがパスを入力し、コンテナハウスの中に入りレイアを連れて出てくる。
「うー、溶けるー」
「何が『溶けるー』だ。吸血鬼じゃあるまいし」
「模倣体に意識を飛ばすのは結構精神に負荷が……」
「はいはい、そういうのはもう聞き飽きたから。これからは実体で戦闘指揮をしてもらうぞ」
「ぅー……だるい」
「…………」
スコールはレイアの両手を掴み、無理矢理に大きく伸びをさせる。
四十センチの身長差でレイアの小柄な体が浮かび上がる。
「痛い、痛い!」
その後も少し無理矢理に柔軟体操をさせて意識をはっきりと呼び起こす。
アカモートの駄(堕)天使よりも、反撃の魔法が来ないだけかなり起こすのは楽だ。
「レイア・キサラギ次期隊長候補」
「はーい。ってなんで知ってるの」
「白き乙女の通信システム作るときにしっかりバックドアを付けて置いたからな情報は全部分かる」
「あなた一体何者なの?」
「覚えてないか……ま、今は言えない。だが敵ではないからな、そこは安心しろ」
「詳細不明で自称敵じゃない、それは信用できないんだけど」
「そう言うなよ、ほらレイズも来たし」
他の皆も一つの方向を見ていた。
そこにはいつも通りの長袖ティーシャツにカーゴパンツのレイズがいた。
ただ、白い髪が腰まで伸びて青い髪飾りがついているのがいつもと違っている。
そして頭からはだらだらと血を流している。
「よお、閏月以外は全員揃ってるな?」
声も男性のそれではなく女性のそれだった。
そんなレイズの状態に困惑するものは誰もいない。
こういうのも、もう十三回目。
さんざん堕天使のせいでトランスセクシャルしたりとしているのでここにいるものは全員慣れてしまっている。
「今まで何処にいた?」
大剣を片手に持った黒コート、睦月が話しかける。
「どこぞの森に落とされて、”向こう”の世界でちょっとな」
「そうか」
レイズはレイアのほうへ向かって歩く。
メティの魔法に対抗できるのは以外にもレイアのみ。
レイアは魔法の強度、干渉力、規模、魔力総量、速度、ほとんどの魔法発動に必要な能力面で圧倒的に劣る。
そのため基本的には補助具を扱わなければまともな戦闘行為は行えない。
だが解析力には優れ、魔法の詠唱、イメージ内容を瞬時に逆算し、対抗魔法、魔術を極小規模で作成し相手の魔法や魔術を無効化できる。
「いつものように頼む」
「ふぅ……」
レイズが跪き、その頭にレイアが手を乗せる。
静かに目を閉じて、青色の光が舞うとパリンッとガラスが割れるような音がしてレイズの姿が元に戻る。
頭に付けられた魔封じの髪飾りも細かな粒子へと分解される。
「よし……終わり」
「いつも悪いな」
「でも、わたしの我儘を聞いてもらってるんだからこれくらいは、ね」
レイズが立ち上がり振り向く。
そこには神界戦争の頃から共にいた者とその後の仲間たちが集っている。
「悪いな、集まってもらって。そして……恨んでくれても構わん!」
突如レイズが全員へ向けて洗脳用の魔術を放った。
桃色の光が舞い散り、皆を包み、一人また一人と抗えなくなり倒れていく。
そして光が収まった時に立っていたのは二人。
「最初からこのための集合命令か?」
「そうだ。で、なんでお前には効かない」
「忘れてもらっちゃ困る。レイアに分解術式を教えて、お前たちの精神ネットワークを構築のしたのは誰だ?」
「……ああ、そうか。そりゃ効かないわけだ」
そう言いながらレイズは腰を落として構える。
両の手にはいつの間にかガントレットが装着されていた。
「なあ、一つ聞かせろスコール。その名はフェンリルの関係か?」
「違う。突風の意味だ。魔狼どもと一緒にしないでくれ」
スコールは銃を足元に落として徒手空拳になる。
そのまま数秒が過ぎ、どこか遠くで響いた爆音を合図に双方とも動いた。
「散れ!」
レイズの手から真っ白な球体が放たれる。
一度真上に飛翔し、空中で別れ再び降り注ぐ。
魔法を扱うものでありながら魔力と対を為す神力を扱う異端者。それがレイズ。
「…………」
対するスコールは何もせず、降ってくる魔法をその身に受ける。
魔法は体をすり抜け足元のコンクリートに穴を穿つだけに終わる。
そして気づけばその姿はなかった。
「どこにぐぁ!」
レイズの首に真後ろから手刀が打ち込まれる。
無理に体制を維持しようとせず、勢いに任せて前転し振り向く。
――アカモートの浮力を奪取。解放座標、スコールの足元。
一瞬でイメージを完成させる。
これで魔法に捉われたスコールは数十メートル吹き飛ぶはずだった。
だが、魔法は発動しなかった。鋭い痛みが脳内に走り、強風が吹いただけで対抗魔法が使われた感覚はない。
ただスコールの姿が消えていた。
詠唱を行う魔法ならば妨害を受けない限りは必ず発動する。
だがイメージで使う魔法は座標を定義する必要があり、定義した範囲から対象が消えると不発に終わってしまう。
「引き込む水瓶」
背後から詠唱が聞こえると同時に、レイズの体から急速に魔力、神力が引き摺り出される。
引きずり出された二つの力はスコールの左右に黒と白の塊になり、倒れている者たちへと降りかかっていた。
「なあ、お前のやろうとしていることは分かる。だけどなコイツらはお前のために命を懸けるほどにお前を信じているんだぞ」
「だからだよ。だから意識を奪って安全な世界に飛ばす。ここの問題はここで俺が片づける。もう、これ以上は仲間を死なせたくないんだよ!」
「…………だ、そうだが」
「なに?」
周りを見れば確かに意識を奪ったはずの仲間たちが起き上がり始めていた。
「テメェもさ、お前のためだ、なんて言われて説明もなく無理矢理安全なところまで連れて行かれたら嫌だろ?」
「……分かったよ」
レイズは解けかかっていた魔法を完全に消し去った。
それにより皆が起き上がり、無言の圧力と微かな怒気をレイズへと向ける。
「おい」
「………まあ、その、なんだ。悪かったな」
それだけでレイズへと向けられる怒気は収まった。
「さて、それじゃあいつも通りやるぞ!」




