第十二話 - 雑用の内容
現在アカモートは進路を北に取り、桜都国北部の海上を航行中だ。
夜。
月明かりすら届かない、不自然なほど静かなアスファルトの敷かれた道をその集団は走っていた。
中心に高そうなスーツを着た中年の男を置き、周りを屈強なボディーガードで固めた陣形だ。
ガードはそれぞれが拳銃と防弾防刃チョッキで武装している。
当初はVTOLを使い逃亡を図る予定であったが正体不明の重力場により離陸できず、万が一にと用意していたホバーバイクは動力ケーブルが切断され破壊されていた。
ゲートも登録情報が抹消され使用できなかった。
やむなく走って逃走する中、気付けば三十人いたガードは今や二人。
闇から伸びてくる手に絡めとられ一人ずつ減っていったのだ。
「い、いつまで逃げ続ければよいのだ」
中年が先を走るガードに疑問を投げる。
「すぐ先ににハイドアウトがあります。そこにたどり着くまでです」
疑問に答えたガードはふと、後ろを振り返った。
ここだけはコンビニの明かりでよく見える。
後ろにさっきまではいたはずの仲間がいない。
これであとは彼一人だけ。
そのまま走り続け、街灯と街灯の間、光が最も弱くなるところでガードは倒れた。
中年は腰を抜かし、その場にへたり込んでしまった。
「だ、誰だ! 何が目的だ!? 金か、権力か!?」
暗がりから黒尽くめが浮かび上がるように出て来た。
「横領の容疑が掛かってる。大人しく同行してもらおうか。因みに言ってやるとな、記載ミスに見せかけて金を流すのはアホのやることだ」
そう言って蹴りを入れ、黒い袋に入れて運び始めた。
「重いなーもう、まったくなんで俺がこんな――」
『准尉、すべて聞こえているぞ。愚痴を言う暇があったらさっさと運べ、こちらも書類の洗い出しでストレスが溜まっている』
「へいへい(まったくよー、俺とほか数人しか実働部隊がいないって嫌になるよ)」
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翌日。
既定の時間になりメティを起こしに行く。
いつもどうやってもすぐに起きないので、
今日はタオルに熱湯をかけて持っていき、顔に押し付けた。
そして不可避の速度で発動された移動魔法で部屋の外に吹き飛ばされ、廊下のガラスが砕け散った。
「お、おい、あんた大丈夫か?」
すぐによってきた警備兵に起こされた。
まるでこれが日常だと言わんばかりの対応の早さだった。
「ああ、大丈夫だ」
「もしかして、レイズの後任か?」
「多分そうなるな。レイズは?」
「はっきりは知らねえがこの部屋に入っていったきり出てこなかったって聞いたな」
「…………」
「おい、どうした」
「なんでもねえ」
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昼過ぎ。
警報が鳴り響きアカモートに飛竜の接近を知らせた。
だがその飛竜は1人出撃したレイアの魔法もより一撃で消失させられた。
問題はそのあと、正体不明の軍勢によってレイアが負傷したことだ。
敵の恰好は全身を赤と白の布で包み、両手に鉄爪を付けた不気味な恰好。
さらに飛龍まで飛来した。
それを聞くや否や、珍しくメティがアカモートの守衛とアカモートに駐屯していたPMSCを率いて出撃していった。
クロードには飛龍討伐の任が与えられ、途中まで輸送機に乗せてもらっていた。
「なあ、カルロ。これって帰りどうなんのかね?」
「さあな。ま、1人で頑張れよ」
「……なんかもうサボタージュを選びたい」
壁のランプが赤色から緑色に変わる。
それを合図にクロードは機体後部のハッチに移動した。
今回はナイフのほかに手榴弾と魔法で強化されたロングソードも一振り装備している。
「間もなく降下地点です。準備はいいですね」
「問題ない」
ハッチが開き、風がごうと音を立てる。
ロングソードを片手にクロードは飛び降りていった。
すぐに重力場を形成し自由落下から飛行に移る。
即座に飛龍を視界に捉え、高速で接近する。
飛龍もクロードを捉えたらしく口を開け接近してくる。
蝙蝠のような翼を持ち、黄銅色の鱗が輝く。
――あいにく俺は食われる気は無いんでね。
接触する瞬間、飛龍の真下に飛び、のどにロングソードを突き立てる。
ガリガリと音が鳴り、火花が散った。
「固ぇ……」
そのまま後ろまで飛んで一度間合いを開け、大きく旋回。
再び接近する。
今度は上に飛び、飛龍の眼を一突き。
ガキンッという音と共に切っ先が欠けた。
「さてどうする……いっそ手榴弾を口に……」
『そちらに撃ち漏らしが行きました。対処お願いします』
「はぁ……余計な仕事を増やすなよ」
一度飛龍から離れ、あたりを警戒する。
メティ一行が戦闘を繰り広げている方向から不気味な敵が飛んできた。
印象的なのは左手の鉄爪。
――どこの兵だ?
互いに無言のまま交差は一瞬。
右から振るわれる鉄爪をロングソードで弾き、ナイフを首筋に突き刺し、離脱。
――やったか。
振り向けば塵になり消えてゆく敵の姿があった。
その向こう側、飛龍がいた方向を見れば赤い霧が舞っている。
――何があっ……。
首裏に刺すような気配を感じいつものように回避行動を取った。
後ろから来る。
そう思って回避したはずなのに前から首を掴まれていた。
「反応速度は悪くない。だが相手の速さに付いてこられないなら意味がない」
「だ……れだ、お…まえは」
「おっと、少々力を入れすぎたようだ」
ぎりぎりと締め付けられていた首を離され、軽く咳き込んだ。
落ち着いたところで相手を見る。
黒髪にピアスで服はぼろぼろの男。
腰にはウエストバッグを巻いている。
膨らみ方からして手榴弾が少なくとも3つは入っている。
「どこのどいつだ!」
「それは言えない」
「じゃあ、敵か味方か」
「うーん、それは……まあ、今に限って言えばお前と敵対する気はない。だがメティサーナの敵ではあるしな……」
なんとも曖昧な答え方をする不審者にクロードも対応を決め兼ねていた。
以前であればとりあえず無力化、拘束という手段が使えたが、
現在は勝手なことをすればメティから余計な”仕事”を回される可能性があるからだ。
『あー、あー、クロード。そいつやっちゃっていいよ。許可でたから』
突然無線機からレイアの声が聞こえてきた。
しかも無線をスピーカーモードにしたままだった為に相手にも聞こえてしまった。
「だ、そうだが。どうする?」
「はぁ……仕方ないな、戦うか」
言い終わると同時に男が円筒形の缶をポケットから取り出した。
どこでも見かける赤い炭酸飲料の缶、それを上へ投げる。
一瞬、訝しんだクロードはすぐに距離をとり、重力場をドーム状に形成する。
すぐ後に缶が爆発し、火焔がまき散らされる。
投げた本人は缶の破片で負傷しながらも高速で迫ってくる。
「危ねえな、しかも自分が怪我するってバカか」
「相手の不意を突くにはいいと思うが」
男は重力場に直接体当たりを仕掛けてきた。
そしてそのままクロードが吹き飛ばされた。
「なにしやがった!?」
「確かギアって相対座標上の重力を弄るものだろ? だったら簡単なことじゃないか」
「なんで知ってる」
「レイアから聞き出した。多少強引な手段だったがな」
「そうか、ってことはこれも知ってるよな」
手早くギアに数値を入力し、発動させる。
四脚戦車を転移させたときと同じように最大出力で男を包む。
すぐに重力場が真黒な球体となり、光すら抜け出せない空間が出来上がる。
「これならどうだ!」
答えは真後ろから返ってきた。
「方法としては悪くない。バカみたいにでかいエネルギーで空間ごと削り取るってのは」
「どうやって抜けた」
「レイズの魔法で抜けたのさ」
「どういうことだ。レイズはもういないはずだ」
「強奪って系統外魔法は知ってるな。それを使って――チッ、もう来たか」
それは唐突に飛来した。
黒いコートを着たものたちだ。
「運が良かったな」
男はそれだけ言うと即座に飛び去った。
黒コートに囲まれつつも魔法で爆発や霧を発生させ、あっという間に姿は確認できなくなった。
次々と飛んでくる黒コートに交じってレイアも飛んできた。
「あー、逃げられたかー」
「あれは誰だ?」
「知らないほうがいいよ、それよりも次の仕事が入ってるから急いでね」
「内容は」
「魚を盗んだ猫の捕獲」
「それってさ、俺のほうに回す仕事じゃないよな」
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日が少し傾き始めた頃、クロードは一人路地裏を歩き回っていた。
捜索対象は十五時頃、露店のたい焼きを一つ咥えて逃げていった猫。
特徴は目が青色、毛の色は黒、背中にコウモリのような羽がある。
性別は雌。捕らえ次第殺処分してくれとの依頼だった。
クロードは背中に羽という点で軍の図鑑に登録されていたものを思い出した。
――背中に羽、つまりは猫じゃなくて睡魔族が猫に化けてるってことか。
睡魔族。主に精気を食らう種族。食らう方法としては相手の素肌に触れるだけ。
だが効率的に食らうため性行為に及ぶ個体も存在する。
一口に睡魔族と言っても空を飛ぶもの飛ばないもの、
接近戦に特化した戦士系や魔法に特化した者など多数存在する。
しかし魔族でありながらかなり弱いので遭遇しても大した脅威ではない、一部を除いて。
一部とはサキュバスとインキュバスだ。
これについては独特のフェロモンで異性を虜にするという厄介な特性を持つ。
そのため必ず男女ペアで討伐に行けと、どこの軍でもギルドでも言われる。
一人路地裏を練り歩く。
一人でだ。
静かなものだ、この時間帯は会社もまだやっている。
帰宅ラッシュもなにもなく人通りが全くない。
だが今日は世間一般では休日だ。
子供が遊んでいてもいいはずだ。
現に事前調査ではこの辺りは路地裏といえど広く。
子供たちの遊び場になっているとのことだった。
『追加任務です。輸入物品に混じって魔法士が侵入しました。
見つけ次第捕らえてください』
「了解。特徴は?」
『男性で金髪。人払いを得意とし、ナイフを扱います』
「敵さんの目的はわかるか?」
『人攫いかと思われます』
――人攫いね……ついでに人払い、人払い?ここってやけに人がいない……、ってことは居るのか?
ふと壁にある傷が目に入った。
だがよく見れば、それは傷ではなかった。
領土。
と、確かに文字が刻まれていた。
――いるな……。余計な仕事が増えた。
目を凝らせば路地の入口や路面、置いてあるベンチやごみ箱にも小さな字で書かれていた。
文字を刻んで作った領域に入ろうとすればただ何となく入りたくないと思わせるだけの魔法。
だが簡単で弱い故に気づきにくい厄介な魔法。
しかも刻んだ場所に目的があって進入する者に対してはほぼ効果がないという魔法。
クロードは足音を消して歩き始めた。
そして何度か路地を曲がったところで壁にがりがりとナイフで文字を彫っている人間を見つけた。
しかも金髪だった。彫っている文字も領土だ。
――先手必勝だよな。
側頭部を狙って蹴りを叩き込んだ。
「いっでぇ!」
相手が倒れたところでもう一発。
「がはっ……なんだテメェは!?」
「侵入者だな」
それを聞いた途端に男は水弾をクロードに向けて放ち、霧を発生させて逃亡した。
人通りの多い通りに出られては追跡も困難だ。
人にぶつかりながら追跡しているうちにだんだんと距離を離されている。
――チッ、屋根に上がったほうがいいな。
目についた樋に飛びつき手馴れた手つきで上る。
通りを歩く人々に変な目で見られるが気にしない。
再び侵入者を捉えれば細い路地に入っていくところだった。
分岐のない一本道。
クロードは屋根の上を飛び、先回りした。
ごちゃごちゃした物がある路地よりも移動は早い。
「まだか?」
先回りしてから二十秒程しても男が路地から出てこなかった。
途中で引き返したか、それともまだ路地の中か。
確認のためクロードは路地へと踏み込んだ。
しばらくして甘ったるい匂いがしてきた。
それを無視して歩を進めるときわどい服装をした女がいた。
その下には例の侵入者が組み伏せられている。
女のほうはよく見ればウェーブのかかった紫色の髪と角。
背中にはコウモリのような大きな翼。
――サキュバスかよ。
サキュバスの手が男の顔に触れると枯れるように顔から生気が失われていった。
静かにナイフを抜いて投げつけようとしたとき。
「いたぞ!!」
路地の反対側から別の捜索隊が駆けてきた。
魔法を併用した高速移動。
サキュバスは彼らめがけて真っ黒な球を投げつけ、振り返りクロードと目が合った。
「退いて……くれない、かな?」
「それは出来ない」
クロードは目にもとまらぬ速さでナイフを投擲し、狙い通りサキュバスの喉に突き刺さった。
――これで任務達成か。
反対側の捜索隊に目をやると、完全に伸びていた。
「こちらクロード、侵入者を確保。捜索隊が気絶しているから回収班は多めに頼む」
『了解しました。しばらくその場で待機してください』
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夜中。
諸々の”雑用”を終えメティサーナへの報告のため執務室へとクロードは出向いていた。
「これが今日やったことだ」
今日一日の報告書を突き出しながら、机の上を見る。
今朝方見た時よりも僅かに書類の山が増えている。
「お前も少しは自分の仕事をやれよ。全部俺らに押し付けんじゃねぇ」
「むぅー、レイズみたいなことを言うー」
「レイズと言えばあいつはどうしたんだ?」
「ブルグントの迷いの森に魔法を封じて捨ててきたわ」
「………なんでそんなことやってんだよ」
「おもしろいからー」
「……………」
我儘で自分勝手な天使の態度にクロードのストレスはすでに満タンに近い状態にある。
いくら抗議しても怠け、怠け、怠け。
漆黒武装小隊の隊長であれば食い物なり金なり女なりで釣ることができるが、このずぼら天使にはそれらが一切通用しない。
近々サボタージュでもしてやろうかと画策するほどだ。
「ねぇ、アイス買ってきて」
「なんで? 自分で行ってこいよ」
「えー、めんどくさーい」
「自分で行けよ」
「この時間帯って冷えるしー」
「自分で行け」
「夜って不審者とか出るしー」
「あんたに勝てるやついないだろ」
「もー、いいから買ってきてー」
そんなこんなでパシらされらクロードはこの時間帯も使える転送陣へ向かっていた。
夜はセキュリティの関係上、使用できる転送陣が減る。
さらにこのアカモートには二十四時間営業のコンビニは十六番島にしかない。
そのため無駄に長い距離移動する破目になる。
中層部から監視島、そこから十六番島へ転移し、コンビニで買い物を済ませたクロードは、
昨日も歩いた道を歩いていた。
――ナポリタン味にシチュー味、コンポタ味、その他多数。嫌がらせにはちょうどいいだろ。
普通の味ではなくメティの嫌がっていた味のものばかりをチョイスしていた。
ついでに買ったポテトフライを齧りながら歩いていると、
匂いに惹かれたのか、ベンチで寝ていたボロ布を被ったのが近づいてきた。
「お兄さん、ちょっとちょーだい」
よく見れば夕方に確かに仕留めたはずのサキュバスだった。
――おかしい、確かに殺したはずだ。レイズじゃあるまいし生きてるはずがない。別人だろうな。
そういうことにして無視して歩き始めた。
しかしそれでもちょこまかとまとわりつかれ続けた。
そして。
「鬱陶しいわ!!」
「だってー、レイズがいないからご飯がないんだもん」
「は?」
「いつもはレイズに食べ物もらってるけど最近は全然見なくなったから……」
「………はぁ、食ってもいいぞ」
そう言ってクロードはカップごとポテトフライを渡した。
「やたー!」
サキュバスは大喜びで食べ始めた。
食べ終わる頃にはさらに匂いに惹かれたのか物騒なお兄さんたちも集まってきていた。
「あんたらも食い物目当てか?」
買い物袋を落とし、クロードは右手にナイフを、左手にピンを抜いた手榴弾を持った。
相手方も無言で拳銃やコンバットナイフを手に持った。
後ろから銃弾が放たれ、いつものように察知してしゃがんで回避。
足のバネを利用して前方の敵に飛びかかり一撃で仕留め真上に手榴弾を放る。
ほかの敵は一歩引きはしたが逃げなかった。
手榴弾を本物と思わなかったのだ。
そしてボンッ!と音を立てて炸裂した。
クロードは死体を盾に、空中から降り注ぐ鉄片を防いだ。
何もしていなかった敵は体のあちこちに鉄片が喰い込んでいる。
サキュバスは自分で黒い障壁を展開しケガはなかった。
「どこのだれかは知らないが俺には助ける義務はないんでな」
クロードは呻く者たちをそのままに、立ち去ろうとしてアイスを思い出した。
案の定、鉄片を受けてぐちゃぐちゃになっていた。
その後は再びコンビニまで行ってアイスを買い、
なぜか付いてきたサキュバスに強請られ追加でポテトも購入した。
今度は何事もなく帰ることができた。
「おそい!」
「不審者に襲われたもんで。ついでに土産だ」
なぜかここまで付いてきたサキュバスを(余りにも鬱陶しいので)縛り上げて、アイスと一緒に机に置いた。
「……なんなのこれは」
「土産だ。そっちで勝手に処分してくれ」
メティがクロードに視線を向ける。
「い・や・で・す・よ。俺はもう寝る!」
追加でさらに一仕事きそうだったので、振り切ってクロードは逃げた。




