第十一話 - 拉致
クロードが再び目覚めたとき、そこは無機質な部屋の中だった。
横たわったまま辺りを見ても、視界に入ってくるのは鈍色のドアと鉄の壁。
人が居住するための部屋というよりは何処かの倉庫です、
そう言われたほうがしっくりくる部屋だ。
――助けられたのか? ……にしては最後に殴られた記憶しかねえし。
クロードにとってはあの戦場から連れて来られた時点で拉致されたようなものだ。
――拉致られたって考えるのがいいか? でも強請るか拷問して情報を聞き出すかするなら、こんな部屋に置いておくのはおかしい。それに、あの天使はレイズの話からして”上司”らしいし……。
体を起こして改めて部屋を見る。
すると、自分のすぐ横に紙が1枚落ちていた。
――なんだこれ?
『起きたら207号室へ』とだけ書かれていた。
裏には何も書かれていない。
特に手がかりもなく、ここのことは全くわからないクロードは部屋を出た。
部屋の外も鉄の壁が続き、香水のような微かな甘い匂いがしていた。
――207号室ね。
今、出てきた部屋のドアを見ると208号室だった。
すぐ隣のドアを見れば207と書いてある。
――すぐ隣かよ。いや、近いほど監視はしやすいか。
クロードは207号室の前に移動し、ノックもなしにドアに手をかけた。
――相手が分からないなら急な動作で意識を引き付け、一瞬で観察し対応する。
そう思ってドアを開けたのが間違いだった。
いままで遭遇したことのないパターンだった。
部屋自体はさっきの部屋と違ってマンションのワンルームのような作りで、
窓もあり、暖か味のある部屋だった。
問題なのは部屋の中央にいる人物。
青い髪の少女がちょうどお着替え中だった。
胸とキュートなお尻が見え、水色と白の縞模様の下着がその足元に。
悲鳴はない。
代わりに涙目で銃を向けられる。
――やばっ! ……いやまて、あれは銃じゃねえ!
直感的に感じ取った危機にクロードは、
一瞬でベルトからナイフを抜き、銃に投げつけた。
キンッ! っと音がして射線が真下にずれる。
そして引き金が引かれ、
階下の部屋から地震並みの揺れと共に、
ドゴンッ! っと、盛大な爆発音が聞こえた。
――すまん、下の人。
「さっさと閉めろバカァー!!」
そんな叫びとともに投げつけたナイフを投げ返され、
危なげなくキャッチしてドアを閉める。
壁際に座り込み、
――俺は悪くない、悪くない、悪くない…………。
五分ほどして、レイアは部屋から出てきた。
いつも通りの格好だ。
青いショートヘア、青い半そでシャツ、膝上まで捲り上げたクリーム色のズボン。
「ねえクロード、なんで私の部屋が分かったの?」
「起きたらこの紙があった」
さっきの紙をすっと差し出す。
レイアはそれを見て部屋に戻った。
――なにするつもりだ?
部屋から出てきたレイアの左手には閃光音響手榴弾、
右手には二重ドラム式百連発マガジンのセットされた軽機関銃があった。
――なにする気なんですか! この少女は!?
レイアはすぐ隣の部屋の前に行き、
躊躇なく撃った。全弾撃った。
閉鎖空間で銃を撃つと音がものすごく響いて耳に悪い。
最悪気絶してしまう。
そうして、ボロボロになったドアを蹴破りさらにスタングレネードを放り込んだ。
――誰が相手か知らないけどやりすぎだろ!!
クロードは両手で耳を塞いで隅っこの方で縮こまっていた。
スタングレネードが爆裂した後も、次々と爆音が響く。
――なんで誰も来ない? もしかして誰もいないのか? それともこれが日常茶飯事なのか?
最後に一際大きな爆発が起こった。
レイアが悪態をつきながら部屋から出てきた。
「くそ、逃げられた」
「……レイズもだったが、お前一人で世界征服できるんじゃね?」
「できるよ。このまえブルグント相手に一人で戦争してきたから」
――なんだよこいつら!
そんな話をしていると下から人が上がってきた。
ヘマしたら即座に「邪魔よ」とか言いそうなキツイ見た目の女だった。
「引き籠もりの部屋で爆発があったんだけど、何か知らない?」
「あ……それさっき、こいつに使おうとして外したやつだと思う」
――さっきの爆破系の魔法ですかい。弾かなかったら今頃、俺はミンチか。
「とりあえず、様子見といてよレイア」
「はいはーい」
キツイ見た目の女は階段を下りて行った。
クロードたちは下の階、107号室の前に着いた。
「おーい、万年引き籠もりのアキトー」
――引き籠もりってどこにでもいるんだな。大抵はネトゲに嵌まったデブだよな。
レイアは部屋のドアをガンガン蹴りつけているが部屋からは一切の返事がない。
「仕方ないか、クロード、針金」
「俺がそんなもん持ってると思うか?」
「思う」
――実際、そういうものは一通りいつも持っている訳で。
「ほれ、ピックするのか?」
「うん」
レイアは五センチメートル位の針金を二本受け取り、
片方を半分くらいの長さでL字にして、
もう一本を五ミリメートル、四.センチメートルのL字にして鍵穴に差し込んだ。
一本で鍵穴の奥を抑え、もう一本で突起を押して、
僅か三秒で鍵を開錠した。
――鍵の意味あるのかよ……。
「次は電子ロックを……導線と小さい磁石」
クロードに手を伸ばしながら言う。
――持ってますとも。
「ほれ、やれるのか?」
「やれるよ」
さきほどの針金を電子ロックのカバーの隙間に入れて外す。
次に導線を使い回路の配置から……中略……でロックを十秒で解除した。
――こいつには鍵があったら入れませんって概念はないんだろうな。
部屋に入るとコンロの上に焦げ付いたカレー鍋があっただけ。
床にはごみが散らかり、部屋には焦げたカレーの臭いが充満していた。
「おーい、引き籠もりー」
返事はない。
「さっきのはどういう魔法なんだ?」
「とある場所に転送するものだよ」
「で、ここの住人は飛ばされたと」
「そうなるね。ま、一人くらいならてきとーに書類ごまかせばどうにかなるし」
「……おい? まさか俺もそんなことして拉致してきましたとか」
「言うよ」
――もうどうでもいいか。今更戻っても隊長がうるさいし……。
「と、言うわけでちょっと行こうか」
――どこへ?
クロードたちの足元に青い魔方陣が広がり炎に包まれる。
気づいた時には外にいた。
「ここは?」
「アカモート中層部だよ、あそこの建物の最上階まで来てね。あと、これ」
レイアは折り畳まれた紙をクロードに渡してどこかへ行ってしまった。
「なんだよこれは」
開いてみると文字が書かれていた。
『クロードへ。
さっき見たくない物を見た。
多分もうすぐ焼かれる。
だから俺はもうここにいない。
だからできる限りの忠告を残す。
契約書には絶対名前を書くな。
もし、名前を書いてしまっていたなら、
メティの服装には絶対に口出しするな。
他にも少しでも気に障るようなことは絶対言うな。
そして強引に契約を迫られたら何をしてでも逃げろ。
多分魔界の奥深くまで逃げれば大丈夫だろう。
それから逃げられないようなら住む場所についてだが、
俺の家を使ってもいいぞ住所はxxx-xx-xxxxだ。
鍵は電子ロックだ、パスはxxxxxxxxだ。
死なないようにしろよ』
手紙を閉じて裏面を見るとレイズよりと書かれていた。
――どういうことだよ!!レイズ!!
その後、突っ込んでも埒が明かないクロードは、
先ほど指示された場所に行くことにした。
目の前にあるのは木製のドアだ。
クロードの危機察知能力が近づくなと警告を発している。
誰かの残留思念的なものが来るなと、必死に訴えているような気がする。
それでもクロードはドアを開け、部屋に入った。
そして、リングの端で真っ白になった男のような漆黒武装小隊の隊長を見た。
「なん………で、隊長がいるんです?」
だぼだぼのジャージを着た女性の前で正座させられていた。
「はい、そこの君! 君は今から私の僕になってもらいます。ちなみに拒否権とか人権とか一切ないからね」
そんな事を言ったのは、気絶する前に見た黒い4枚羽の天使だった。
「……どういうことでせうか?」
「君の部隊の隊長さんと交渉して、部隊丸ごとアカモートに編入ということよ!」
ビシッと指をさされて言われた。
クロードは知っている。
隊長は交渉事においてはどんな汚い手段でも使ってでも最善の結果を掴み取ると。
だがその隊長が沈黙している。
「…………隊長、まさか言い負けたんですか」
「……………」
「隊長?」
「クロード准尉」
「はい?」
「こいつには勝てん」
――俺も勝てそうにないです。隊長。




