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OLはつらいよ

 前からずっと気になっていたけれど、ハヤイはかなり対人スキルが高い。

 口の聞き方は同年代にしてもだいぶアレなんだけど、何というか、それでいて言葉のチョイスがうまい感じだ。僕なんかよりよっぽどうまく人付き合いしていたんだろう、と思う。

 よくよく考えれば、彼には年の離れた兄と姉がいるのだし、きっとそのセンスとスキルはそのせいで磨かれたものなんだろう。親も自分も一人っ子だからな、僕……。

 なので、僕の対人スキルはどうにも低く、今も現状の打開策は出てこない。なるべく視界に入れないようにしつつも気になる、それはテーブルに突っ伏している一人のお客さんだ。

 窓際の席に座って、レインさんを相手に管を巻くのは黒髪の女性。

 エル――ただいま遠方でお仕事中の奏者、ザドーウィスさん最愛の恋人である。なお恋人同士というものは似てくるのだろうか、彼女が摂取しているのはハーブティだ。しかし酔っぱらいにも負けぬ勢いで、レインさんに何かを延々と語っているのが見える、聞こえる。


「だいたいねぇ、だいたいよぉ……」


 そんな言葉を繰り返すだけの愚痴のようなものに、応対するレインさんは苦笑しつつ相槌をうっていた。お客さんではあるので追い返せず、忙しさを理由に離れることも叶わない。

 現在、お店には彼女しかいないというのが、最大の不幸だと思う。

 かと言ってうかつに近寄れば、その餌食になるのが目に見えているのだから恐ろしい。こういう場合は、捕まった一人が生贄よろしく相手をする、というのがここの決まりだ。

 だいたい僕、レインさんのどっちかだけど。

 最近はヒロさんもいるけどかわいそうなので率先して逃すし、ウルリーケとガーネットはあまり食堂の方には出てこない。テッカイさんだと相手が怖がって逃げてしまうので、流石に問題があるという判断から、よほど迷惑な客でもなければ使われない最終奥義。

 残るハヤイは狩りやら買い物やら、なんやかんやで外に出ていていないことが多く、営業中だと主戦力であるブルーは基本的に厨房から動くこともなく被害を免れている。

 そんなことから、主に僕とレインさんが、という流れになっていた。

 一人が捕まっている間に、残りはテキパキと作業を進める。

 テーブルを拭いて、クロスを整えて、床を掃除して。そのまま逃げるついでに料理の仕込みを手伝うことも多い。捕まった人は相手が落ち着いた頃を見計らい、帰宅を促すのである。

 レインさんはそういうところが上手で、僕は苦手。

 なかなか言い出せずに、数時間粘られたことも少なくない。

 さすが大人と言った余裕さで、レインさんは三十分ぐらいで家に返してしまえる。だけど今日のエルさんはなかなか手厳しいみたいで、百戦錬磨のレインさんも手こずっているようだ。

 なにせあのレインさんが、さっきから苦笑と相槌しかできていない。

 ザドーウィスさんがレーネを出発して今日で数日。

 恋人欠乏症、などとブルーが名づけたこのカップルにとっては慢性的な疾患からくるいつもの発作なのだけど、それが今回はやけに激しい。というか、ただただしつこいとも言える。

 助け舟を出すべきだろうか、テッカイさんを向かわせたらたぶん一発だし。

 そんな、失礼かつ酷いことを、真剣に考え始めた時だ。


「おー、給仕のねーちゃんまた来たのかよ」


 ひょっこり、と買い物帰りのハヤイが工房に現れる。

 買ってきたものを通りすがりに僕に押し付けたハヤイは、そのまま笑顔ですたすたとエルさんの元へ向かった。近くのテーブルから椅子を引き出し、よっこらせ、とそこに腰掛ける。

 それから、やけに慣れた手つきで茶菓子を差し出し、笑った。


「さみしーからって嘆くなって。あのにいさん、あんたのとこ帰ってくるんだしよ」

「で、でもねぇ、だけどねぇ」

「喫茶店、楽しいんだろ? じゃあそれでいいじゃねーか。互いに楽しく働いて、一緒に暮らしてるんだし。それにあのにいさん、あんたにだけはぜってーに嘘はつかねーじゃん?」


 だから大丈夫だって、とハヤイは深く頷く。

 彼の言うとおり、ザドーウィスさんは本当に正直な人だ。レーネや他所の土地でうっかり女性に目を奪われたら、わざわざ自己申告してエルさんからの裁きを待つくらいに。

 それは申告しなくてもいいんじゃないかと思うけど、女性だってそれくらいはさほど気にしない人が多いのではないかと思いたいけど、それでも彼は自分で罪を告白するという。

 エルさんが不安にならないように、あるいは彼女に対し常に真摯であるために。

「あのにいさんが帰ってくるよっつったなら、帰ってくるんだよ」

「……うん」

 ぐしぐし、と目元をこすりつつ、エルさんはやっと落ち着いたようだ。

 飲み物のおかわりでも持って行こうとした僕は、あーあ、という声に足を止める。


「あのにいさんみたいなヤツ、もう一人いればウチのねーちゃんも幸せになれたのになー」

「アイシャさんにも、恋人がいたのかい?」

「いたいた。ふつーにフラれた……いや、全身全霊の握りこぶしと足の甲でビンタしてフってたけど。助走つけて足の裏をぶつけてないだけ、怒りレベルは低かったんじゃねーのかな」


 相手の浮気でな、となぜかひときわハヤイの笑顔が強くなる。

 とりあえず、それはどっちもビンタじゃないと思う。

 右ストレート、それから上段回し蹴りかな。最後のは助走をつけた飛び蹴りだろうか。流石にそれは打ち所が悪い可能性があるから、思いとどまったなら良かったと思う。


 ハヤイが語る姉――アイシャさんの日常は、何というかかなりすさまじいものだった。

 弟いわく『運が無い』とのことだけど確かにそれを感じさせるくらい、職場運と同僚運と異性運が欠如している。フォローとして女友達運はピカイチらしいけど、焼け石に水な感じだ。

 まず会社は、白くはないけど黒くはない普通の会社。

 昨今の状況的にはだいぶ白い、とアイシャさんは言っているとのことだ。

 ではどうして職場運が悪いのかというと、この場合の職場運とは主に接点のある人間に対してのものだという。正しく言うならば、職場というよりも上司運――かもしれないとのこと。


「まず直属の上司っつーハゲが、触ってはこねーらしいんだけど、やったら際どいエロトークかましてくるらしい。ねーちゃん曰く、思春期のガキより酷いっていうか比べるのが全国の青少年に対して失礼かつ冒涜になるだろう、下品と下劣と最低をチャンポンした闇鍋、とか」

「……うわぁ、いるわー、そういう客いるわー」

「普通にセクハラで即有罪だな」

「面倒だから訴えてねーらしいけどな。ただもしも直接おさわりしたらその場で即ワンキルするっつってるけど。だけどねーちゃん段はもってねーけど趣味で格闘技かじってるの、そのハゲも知ってるだろうから、たぶん後がヤバイの悟って触ってくることは無いと思うぜ」


 姑息だよなー、と笑うハヤイは、だけどあんまり笑っていない。

 まぁ、姉がそういうことをされているとなると、さすがにいい気分はしないものだろう。

「そんで同僚ってのが、仕事できないお子様みたいな若いねーちゃんと、それをヨイショヨイショでちやほやするオッサン。セクハラトークしてこねぇだけマシ、つってたな、確か」

「いかにもな感じでいっそ笑える……」

「そんで極めつけが、ねーちゃんの『元カレ』だ」

 職場恋愛したんだってよ、そういってハヤイは呆れたように大きく息を吐いた。

 アイシャさんの会社ではそういうのは特に禁じられていないので、彼女も普通に同僚とお付き合いをしていたらしい。ところが相手は件の若い女性ではないけれど、同じ職場の別の人に目移りして本気になってしまった結果、アイシャさんに別れを告げたという。

 それで……えっと、ビンタと呼称するには少々ダメージが大きいものを数発見舞って、そして別れた、と。何が恐ろしいというと、その元カレさんもまたあのゲームをしていて、この状況に巻き込まれているのだとか。そういえばハヤイが、前にそんなこと言ってたような……。


「ま、そういうわけだから、あんたは安心してにいさんが帰る場所を守ってりゃいいんだ」

「うん……わかった、ありがとね」


 がんばる、とエルさんは笑っている。

 途中、なんかすごい話を聞かされた気がするけど、彼女が笑ってくれてよかった。

 そう思えたのは、もうそろそろ工房を閉めようかという時に、すっかりできあがった彼女が今度こそ盛大にクダをまきに来る、ほんの数時間先までの話である。

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