元騎士団員の主張
それは、夜の営業が始まってすぐのことだった。
表に出してあった、ウルリーケとガーネットがせっせとスイーツ類を描いた、実にかわいらしく女性が喜びそうな看板を入れ替えて、さぁ今夜も頑張るぞと気合を入れた僕の背中に。
「あの……」
申しわけなさそうな声が、かけられた。
振り返った先には、いかにも生産職という出で立ちの数人組。
先頭の、おとなしそうな女の子がペコリと頭を下げる。
「ここに来れば素材を買ってくれるって、組合の人が教えてくれて」
いいですか、と少女が重そうに抱えた袋を見せる。ちらりと見えたその中身はこの辺ではあまり見かけない植物系のアイテムが中心で、これは主にウルリーケの担当だろう。
僕では『この辺りでは見かけない』以上のことは、ちょっとわからない。
「じゃあ、専門家を呼んでくるから、中で待ってて」
「は、はい!」
「ヒロさん、この子達にお茶を出してあげてください」
「え、あ、うん。わかった」
テーブルを拭いていたヒロさんに任せ、上にあるウルリーケの作業場に向かう。
この時間、いつもなら彼女は厨房でブルーの手伝いをしているうけれど、今日はまだ上で後片付けをしているはずだ。一階に降りてきた姿を、ずっといた僕は見た記憶が無いから。
「ウルリーケ、ちょっといい?」
ノックしながら声をかける。
どうぞ、なの、と返る声に、いてくれてよかったと思いつつ扉を開いた。
散らかりまくった作業場の後片付けをしているところだったらしいウルリーケは、ゴムっぽい素材でできた手袋をして器具の洗浄をしている。直接触ると危ないものもあるらしい。
「あの、なにか……」
「素材を売りに来た人がいて、多分錬金術に使うものだと思うから呼びに来たんだ」
僕には種類もわからないから、と苦笑する。
さすがに主だったこの辺で見つかる毒草の種類は、覚えられたと思う。ただの雑草なら笑って済ませなくもないけど、毒草を間違えたら洒落にならないから、必死になった遠い日だ。
しかし、これは本当に最低限の知識で、まだ足らないというのが現状。わかったの、といそいそと手袋を外して準備をするウルリーケを見つつ、僕はさらなる精進を誓う。
準備が終わった彼女と一緒に食堂に来ると、ヒロさんがどこか居た堪れない様子を必死に隠すような、でも隠しきれていないという顔をして、ションボリと壁際にいた。
えっと……これは何が。
きょろきょろと視線を巡らせても、件の一行とヒロさんしかいない。
「ヒロさん、大丈夫ですか?」
「うん、うん……大丈夫」
だいじょうぶ、と応えるヒロさんだけど、顔色が悪い。
何があったのか、知っているはずなのはそこの彼らだけだ。
見たところ、中学生くらいの子供ばかりの一団で、身に着けている装備の感じから初めてそう経っていない初心者プレイヤーだったんだろうなと思う。要するに、僕と同じだ。
ギルドを追い出されたりした初心者や生産職プレイヤーは、それぞれに身を寄せ合ってギルドを作ったという話は聞いている。他ならぬ、僕らだってそういう流れでできたギルドだ。
彼らもまた、そうやって集まって行動を共にしているのだろうか。
中には、例えばヒロさんみたいに一人だったり、寧々子さんのように誰とも違う道を進む人もいるようだけど。そうやってみんなが生きていることを、ふとした時に認識する。
「ご、ごめんなさい! えっと、何かトラウマ踏んだみたいで!」
最初に僕に話しかけてきたあの少女が、今にも泣きそうな顔で叫ぶ。
何があったのか聞くと、意外な内容が返ってきた。
僕が去った後、ヒロさんはお茶を入れて彼らに振る舞ったらしい。その時ヒロさんは、あるものに気がついた。それから、らしい。ヒロさんの様子が目に見えておかしくなったのは。
これです、と彼女らが見せてくれたのは、初心者ではとても手に入らない装備品。
改めて見せてもらうと、彼女以外の全員がゲーム時代なら初心者では入手できないし、できたとしてもレベル制限で装備もできないであろうものを身に着けていたのだ。
なぜわかったかというと、同じようなものを身に着けているお客さんを、何度か見たことがあるからだ。彼らの多くが高レベルプレイヤーで、アイテムの自慢なんかもよく言っていた。
そこで見たり、聞いた話からそうだろうと判断したのだ、けど。
「それ、一体どこで」
「うちのギルマス……えっと、前のギルドのギルマスが、くれたんです」
「前のギルド?」
「はい、『冥刻の新月騎士団』ってとこで」
彼女らがつげた名前は、意外なものだった。
彼らは元々、あのギルドにいたらしい。が、追い出されてしまった。しかし実際のところは少しだけ違っていて、確かに追い出されたしたものの、ギルドマスターの『十六夜』という人は彼らに支度金として結構な額のお金や、それなりの額で売れるアイテムを渡していたのだ。
確かにこんなレアアイテム、もしも売ってくれるなら――買わせてくれるというならいくらでも出すという人は、決して少なくはない。課金だったりレアドロップだったり、入手条件が限られたアイテムはゲームという枠組みを外されたこの世界では、普通に売買されるものだ。
そう思うと件のギルドマスターは、彼らに対して非常に手厚い支援をしたと言える。
もっとも少女らは売らず、大事そうに身につけているようだ。
ギルマスはいい人なんです、だって入ってすぐの下っ端未満の私たちに、こんなものをくださったんです。あの人はいい人なんです、悪く言われてるけど本当はすごくいい人なんです。
少女はそう言って、最後に強く。
「だから売ったりなんかしません! これは私達の『お守り』なんです! いつかこれを堂々と身につけられるくらい、めっちゃめちゃ強くなってやるんです!」
そう、言った。
ヒロさんは、それを悲しそうな顔で見ていた。
悲しく、苦しそうな顔だ。
そういえばヒロさんは、彼らのような高額アイテムや支度金の類をギルドマスターからもらえなかったんだろうか。もしそれがあったならば、別の都市に移動できたと思うんだけれど。
ただ、ハヤイから聞いた働いていたお店は、ブラックというか、そういう売れそうなものは根こそぎものを取り上げてそうだから、もしかすると彼の手元にはないのかもしれない。
だからこそ苦しそうで、泣きそうなのかも。
それにしても、わからなくなる。
例の騎士団の『行方不明になったギルマス』については、諸悪の根源みたいな言われ方を聞く多いけど、たまに彼らのような元メンバーに関するちょっといい話も聞く。
知っているギルドへ人員を斡旋しただとか、そういうものだ。だけど本人が自分のイメージを守るために流している嘘だろう、とも言われていて、真偽の程は定かではない。
だけど、こうして直接聞いたら――もしかすると、そうなのかも、なんて。
思い出すのはフェリニさんだ。彼女のような人が慕っているならば、彼らのような人が慕っているならば、その人は本当にいい人なんじゃないかと思える。証拠などないというのに。
どっちが本当なのだろうか。
冒険者の中に洒落にならない亀裂を刻んだ悪い人なのか。
持てる力で何かをしようとしていたいい人なのか。
今、どこにいて、何を考えているのだろう。どんな思いをしてこの、場所によっては一触即発の事態も避けられない状況を眺め、次にどんなことを考えたりしているのだろう。
同じギルドを守る長として、ちょっとだけ話をしてみたい。
そんな、気がした。