優雅な奥様方のお茶会
意外とよくやってくるお客さんは、ご近所の奥様方だ。
買い物や散歩のついでに、ふらっと寄ってくれる。
その多くが子供がいるお母さんでもあって、子連れでも入りやすいし値段もそんなに高くないこの店は、買い物の途中などに立ち寄る休憩所として重宝されているらしい。
夕方には子供だけでも遊びに来て、お小遣いでお菓子を買って帰っていくのが日常だ。
彼らが来る時間帯になると、そろそろ一端お店閉めなきゃ、って僕は思う。一時間半ほど店を閉じた間にさっと掃除して早目の夕食を食べて、ブルーの料理の手伝いをして夜開店だ。
夕食は大雑把に二回に分けて食べる感じで、閉店間際にも軽く食べ、各々することをこなしたら寝てしまうという流れだ。お風呂は閉店後に順番に。
風呂場は男女ともにそこそこ広いから、皆まとまって入ったりすることも多い。なにせ夜遅いのに朝はそこそこ早い方なので、順番に、なんていうのが難しいこともあるからだ。
まぁ、ちょっとした銭湯だと思えばそう違和感はないし、慣れた。
話を戻して――地元の見知った顔の来店は、時計代わりになっている。
お客さんの応対に追われて慌ただしく日々がすぎる中、ふと時間の流れを思い出させてくれるというか。今も昔もかけがえのない要素で、ほっと息を吐き出せる時間の象徴だ。
日替わりの菓子と紅茶を楽しみながら、彼女達が話すのは日々のいろんなこと。
当たり前と言ったらアレだけど、だいたいは愚痴だ。
といってもそんなにどろどろしたものじゃなく、日常のあるある話とでも言うべきか、誰の身にも覚えがあるような、ありふれた笑い飛ばせる軽い感じの愚痴が多い。たまに深刻な、例えば俗に嫁姑問題と言われるあの類もあるけど、基本的には平凡な話題ばかりだった。
今日は全部で四人。
まず、毎度おなじみの元気な兄妹リュニとマリーシェのお母さん、ピアさん。今日は兄妹は学校にいるらしく、彼女一人でのご来店だ。もしも二人がいたら僕は間違いなく絵本読み係に任命され、こんなゆっくりと彼女らに応対なんてできなかっただろう。
一人、といっても子供がいないという意味で連れはいる。工房に魚を卸してくれる漁師の奥さんで、ナルのお母さんのセーレさんという人だ。ナルはお母さんに似たんだなという顔立ちの綺麗な人で、だけどピアさんがいうにはああ見えて口より先に手が出るのだとか……。
二人の横にいるのは獣人の女性。さっきから感情に合わせて猫耳がピコピコしてる、新婚ほやほやの若奥様アティさん。長い髪をツインテールに近い結い方をしていて、あまり凝視したことはないけど瞳孔がネコのように縦に長い。耳と尻尾以外は、概ね人間と同じみたいだ。
この三人は比較的年齢が近く、仲が良いのだという。
で、三人からすると母親とも言える年齢のメディナさんが四人目だ。
詳しく聞いたわけではないけど旦那さんを随分早くに亡くされ、二人の子供を一人で育てた肝っ玉母さんというやつらしい。性格の方は豪快で、男性にも引けをとらないとか何とか。
下の子はナルと同い年で、上の子はレインさんと同じくらいだそうで、上の方――息子さんは冒険者組合の受付で働いている。そういう関係で、僕らと彼は親しい相手の一人だ。
店に主婦の皆さんが集まったのも、その息子さん経由で広まったのもあるという。
この時間は事務処理をしながら、以前より増えた冒険者の相手をしているだろうか。母親のメディナさんとは動と静、全然違う性格だから、言われるまで親子だとは思わなかったな。
「あ、そういえば」
そう言いながら、アティさんが僕の方を向く。
「ウルリーケちゃんに、近いうちに薬湯の調合をお願いしたいんだけど大丈夫?」
「薬湯……ですか?」
どうだったかな、と僕は懐から手帳を取り出してめくり始めた。
ウルリーケの店は纏まった単位で仕事が飛び込んでくることが多くて、小さい仕事が後回しになったり、受けきれずに知り合いに回したりしなければいけないことが多々ある。
とても予定まで気が回らないとのことで、他も含めて直接持ち込まれた依頼関係は一括で僕が管理することになった。それはみんな知っているので、アティさんは僕に質問したのだ。
「ちょっと待ってくださいね、多分大丈夫だと思うんですけど」
数枚綴の手帳の中から、ウルリーケに関するものを探す。
そこに書かれている内容と彼女の作業速度から考えて、ついこの間に舞い込んだ大きな仕事は完了になってないけど、いつもの彼女ならおそらく数日以内に終わらせると思う。
アティさんがいう薬湯とは液体の薬ではなく、お湯で煮出すための元だ。つまり薬草類の調合依頼に分類される依頼である。袋詰なんかは僕らでもできるから、問題ないはずだ。
この世界ではお茶の代わりに飲まれることも多く、風味もお茶っぽい。効能としては体調を整えたりとか、滋養にいいとか、レインさんがいうには一種の漢方のようなものとのことだ。
一般の人からの依頼で特に多い品種で、ウルリーケも素材は常時ストックしてある。最近はお客さん個人や摂取理由に合わせて、配合を変えるサービスも始めたらしい。
「いつも通りのレシピなら多分行けます。急ぎですか?」
「まだ前にもらったのが残ってるから、慌てなくても平気よ」
どこかホッとした様子で、アティさんは笑った。
「ほら、あたしもうすぐ大仕事するから、あいつが心配しちゃってるのよね」
そう言って恥ずかしそうに笑い、ふっくらした自分のお腹を撫でた。
全体的に細身で小柄な彼女は、もうすぐお母さんになる。半年ほど前、僕らがまだ工房を手に入れてなかった頃、毎日のように見ていた光景が懐かしい。工房を持たず、大農園に住み込んでた僕らの朝は、妊娠中の奥さんを過剰なまでに心配する祈りの声から始まっていた。
アティさんの旦那さんは温厚で信仰心が強く、事あるごとにお祈りをする人。心配になるとすぐそうだったので、子供が生まれる前に倒れてしまうのではと、心配になるくらい。
今も相変わらずのようで、アティさんはよく愚痴っている。
よくある、愚痴という名の単なる惚気だ。
「アティが風邪なんか引いちゃったら、きっと倒れちゃうわねぇ」
ピアさんがのほほんと笑う。
容易く想像できるから、なんともコメントしづらい感じだ。
「じゃあ、早めに帰らなきゃいけませんね」
心配させたら大変ですし、というと、急にアティさんの顔色が曇る。
あれ、何か変なこと言っちゃったかな、と不安になっていると、ぷぷぷ、とセーレさんが肩を震わせる。笑いは次第にメディナさんやピアさんに伝染していって、ただ一人、話題の中心人物であるアティさんだけがぐぬぬと、唇を尖らせるようにして不満げに唸っていた。
聞けば、そもそも出歩くことすらダメと言われているらしい。
そのお腹で出歩くのは危ないから、危険だから、僕のそばなら安心だよ。
とかなんとか。
しかし猫耳が示すように、アティさんは獣人の血を引いている。
獣人といえばウルリーケとガーネットもそうなのだけれど、彼らは基本的に動くことが好きな人が多いそうだ。特にアティさんは身軽が売りの猫系の血が強く、さらに畑仕事が大好きなのだそうで、それを禁じられた現状にフラストレーションが溜まりまくり、とのこと。
「そりゃーね! このお腹じゃ動くのダメってわかるけどさっ、心配になるのも理解してるしわかってるし納得してるんだけどっ、でも動かなさすぎてデブ猫になったらヤーなのよ!」
「は、はぁ」
「おデブ猫になったらね、あたし……」
わなわな、とアティさんは震えながら。
「あいつにお姫様抱っこしてもらえなくなっちゃうじゃない!」
そんなのやだぁ、と叫んだ。
えっと、なんて言うかその……お幸せそうで、何よりです。