待ち続ける
フェリニさんは口を閉ざし、一瞬、どこかを見るような目をした。
何かを、思い出しているのだろうか。
それは一瞬のことで、すぐに彼女は僕の方に目を向ける。
「レーネに立ち寄るとは思いませんが……もし見かけましたらどうか、ご一報を」
「は、はい」
じゃあフレンド登録を、ということでカタカタと操作。
ちなみに僕のフレンドはギルドのみんなを筆頭に、店で知り合ったギルドのリーダーを中心に構成されている。といってもほとんどが初心者が寄り集まったところで、攻略情報をやりとりするみたいに交流している感じだ。たまにレアな素材の話もくるから、とてもありがたい。
これまでフレンド登録している中で一番規模の大きいギルドといえばシロネコ運送だったんだけど、まさか大手ギルドとの接点ができるとは思わなかった。まぁ、拠点にしている場所の距離もあるし、性質も別物だし、たぶん登録したらそれで終わりなんだろうけど。
なかなかサマになってきた画面を閉じ、再び前を向く。
ちょうど、フェリニさんも登録作業が終わったところらしく、ぱちりと目があった。
一瞬の気まずさから、僕は咄嗟に口を開く。
「あの、どうして探してらっしゃるんですか? その、失踪した団長さんを」
顔もわからない、声も知らない。名前も変わっているかもしれない。ヒロさんみたいに登録を消してしまって別の誰かになっているかもしれない、そんな相手を彼女は、ずっと。
無謀だな、と思う。
全体チャットとかがあるならともかく、いやあっても難しい、というか不可能だ。ゲームでいうならログアウトどころかアカウントを消したに等しい。そんな相手をどうやって探しだすというのだろうか。悪いことをしたならば指名手配、という手もあるにはあるけど。
たぶん、そういうわけではないんだろう。
もしそうなら、いくらレーネでも――いやレーネだからこそ、話が届くはずだ。それに第三都市にはシロネコ運送の皆さんがいらっしゃる。ハヤイを経由して情報は来るだろうし。
つまり、件の団長さんは自分の意志で失踪したわけだ。
そう考えるのが妥当だ。
何があったのか、僕にはわからない。
彼女は何も語らない。
だけど、こんなに自分を慕ってくれる人を置いていくほどの、何かが、彼にはあったんだろうなと思う。慕われていることをわからない人でなければ、という注訳はつくだろうけど。
「彼は、騎士団に必要な人です。世間の誰かが何を言ってもそれは変わらない。我ら『冥刻の新月騎士団』には、あの人が無ければいけない。あの人は、何も悪くないのですから」
フェリニさんは強い口調で言い残し、一礼して去っていった。
ほんの少し、疲れて、泣きそうな顔をのぞかせて。
■ □ ■
『あのさー、あのさー、めーこくのなんとかきしだん、っているじゃん』
『冥刻の新月騎士団、な』
『そー、それ。トキにぃ、そこに知り合いいるって言ってたよな』
『いるにはいるが』
『ちょっと話きーてきてくんねーかな。うちのギルマスがさー、そこの綺麗なねーちゃんに絡まれてさ。だんちょーが家出したからとっ捕まえたいって、お願いしててさー』
『あぁ、フェリニのことか。彼女ならアイの方が親しいはずだが』
『そなの? まー、話きけんならなんでもいーんだけど』
『というか、どうして彼女にあったんだ?』
『ちーっとばかし遠出したら、そこでエンカウントなわけよ。鎧かっけーな』
『そうだな。捜索の範囲をずいぶん広げているみたいだな、それだと』
『そのうちレーネにも来るんかなー、めんどいなー。だってどこの誰かもわかんねー相手探すとか無謀すぎじゃね。無理ゲーでクソゲーじゃね? 大手のそしきりょくで解決しろよー』
『無理だからこそ、外に手を広げているんだろう』
『そーゆーもんかなぁ……。で、トキにぃはなんかしんない?』
『なにか、とは?』
『しっそーした理由とか』
『さぁな』
『ウタにぃは?』
『宴も知らないだろう。向こうにいる知り合いは同一人物だからな』
『じゃー、そのどーいつじんぶつなお知り合いさんはどこ?』
『残念ながら、連絡がつかない相手でね』
……というやりとりを、横で眺める。
フェリニさんと別れてから、僕らは予定通り宿にチェックインして休んでいた。
僕とハヤイは相部屋なんだけど、ふと彼が兄に連絡を取ると言い出したのがきっかけ。僕は横で二人のやりとりを見ていたんだけど、兄弟仲を再確認するだけだった。
いやホント、ハヤイと兄姉はすごく仲がいい。
よく連絡が入って、返信しているのを見かけるし。
話を戻して――ハヤイ曰く、二人の兄、トキさんと宴さんは、あの騎士団に知り合いがいるのだという。結構な古株の人らしく、もしかしたらなにか知ってるかもとのことだった。
実際は空振りだったけど……。
連絡がつかない、というのはつまりそのお知り合いさんはプレイヤーだけどこの騒動に巻き込まれていない、ということなんだろうか。なんというか、残念を通り越して絶望かな。
さすがに日々の生活もあって積極的に探すつもりはないんだけど、何がどうして失踪なのかぐらいは知りたかったんだけど。僕らのつながりでは探れないもののようだ。
「頼みの綱のにぃ達でもダメか……」
「ごめんね、無理に連絡取らせちゃって」
「いーってことよ。オレも気になるし」
兄におやすみの言葉を返し、チャットを閉じるハヤイ。
「気になる、って?」
「だってなんたら騎士団ってデケー組織じゃん? そこのトップとか、会社で言うとしーいーおーとかそんなんだろ。人数もいて戦闘力もあるとなれば、なんだってできるだろ」
「確かに」
「冒険者以外の……現地の、一般人か。そういう人らってあんま戦ったりしねーよな。帝国騎士とか鍛冶屋とかのそういう職種についてなきゃ、武器すら触ったことねーんじゃねーの」
「……あー」
「ぶっちゃけ、大手ギルドのトップ3とか、その気になれば国を滅ぼせるんじゃ、なんてオレには思えるわけよ。さすがに城を守る騎士よりギルドの戦闘廃が弱い、なんてことはねぇと思ってるし。数の力で押し切ることだって、やろうと思えばできるんじゃねーのかな」
ありがちだし、とハヤイはベッドに横たわりながら言う。
確かにありがちだ。ゲームとかマンガとかでは、そういう展開は王道の一つ。冒険者という言葉が別のものに入れ替わるとしても、そういう烏合の衆が国家を相手取って戦うというのは昔からよくある話。やろうと思えばできることだろう、数万の冒険者がこの国にはいるし。
それをまとめあげるというのは難しい。
だけど、大手ギルドが手を組めば、それに追随する動きはある。
……実際のところ、生産職や初心者のリストラだって、大手に倣えの動きだったし。
「あんがい、そーゆーのを……なんだっけ、きぐ? した偉いさんの策略だったりしてなぁ」
「それならギルドそのものを解体させた方が、ずっと手軽だし早いよ」
だよなぁ、とハヤイは笑う。
ハヤイの考え方はすごく突飛なことがあって驚く。確かに冒険者の力は、野放しにできないくらい強い……と、思われても仕方がないところがあるかも知れない。だけど大手とはいえたかがギルド一つの長を、何らかの手段で『失踪』させるという対策はさすがにない。
冒険者、並びにギルドの生命線は『冒険者組合』だ。
みんな忘れてるか、意識してないのだろうけど……ここ、国営なんだよね。
国に関する依頼が並んでる時点で、何らかの利害関係で繋がっているのは明白だけど。どう考えてもそこから締め付けた方が早いわけだから、個人を狙ってということはないだろう。
だけどもしハヤイの言うとおりなら……。
考えて、ちょっと怖くなった。