理想と現実はこんなにも
情報が集まり、人が集まり、騒動を収め解決するための準備は、驚くほど順調に進んだ。
良くも悪くも――誰もが正気を失い、少しの狂気を抱え込んでいたのだろう。あるいは未だにゲームであるという認識が、心の底に深く根付いていたのかもしれない。
誰もが『英雄』や『勇者』になりたがった。
それでこの奇妙な状態が解決されるという『報酬』も、変わらないなりに都合よく好転するという『補填』もないのに、誰もが前にならえ横にならえで、目先の幻想に食いついて。
そして振り返ってみれば――冒険者の間に、深い溝がいくつも作られていた。
■ □ ■
なぜだ、と叫びたいほどいつも通りの日常は続いた。
フェリニは今日も、数人の『弱くはないが強くもない』メンバーを引率し、近くのダンジョンで彼らの鍛錬に付き合っていた。ある程度の人員を整理したら、次は今いるメンバーの底上げをすることになったからだ。すでに取り合う強者はいない、だからこその方向転換だ。
ゲーム時代ほど顕著ではないけれど、ゆっくりとみんな育っている。
以前は加勢しなければ倒せなかった敵を、彼らだけで今日は倒すことができた。
疲れているはずなのに、みんな表情が明るい。上は二十代後半の男性、下は中学二年生の女の子、というちぐはぐなパーティであるが、互いの健闘をたたえ喜び合っている。
それを見ていると、切り捨ててしまった彼らのことが気になった。
この状況に陥って一ヶ月ほど。
騎士団以外の大手も初心者などを切り捨てて、一時期は酷い混乱に陥っていた。しかし働かざるもの食うべからずの法則は残酷で、彼らの多くは資金を出し合い、別の都市に移住した時いている。当然その後などわかるはずもないのだが、過酷な日々を過ごしているのだろうか。
――考えるまでもないわね。
しかし、どうしようもないことだった。
助けたいとは思う、思うがとてもどうにかできる数ではない。騎士団からでさえ数十人は放り出された。他所のギルドも合わせると数百は超える、千の桁まで乗るかもしれない。
それを救うなんてこと、きっと国――帝国でさえ不可能だろう。
「あ、フェリニさんっ」
打ち上げに行くというパーティから離れ、一人で拠点に戻ってくると、ばたばたと騒がしくリクが駆け寄ってきた。また何かあったのかと思いその顔を見ると、そこには焦りがある。
何か、あったのだ。
それもおそらく、よくない意味での騒動が。
「あのお二方をマジ止めてくださいよ! オレやサクラが、他の人とかも、何言ったって聞いちゃくんなくて! 十六夜さんは部屋に篭ったままで出てこないし、どうしたら……!」
「ちょっとまって、何があったの?」
「だからっ、鐘屋さんとジェーイさんですよ!」
あの犬猿の仲の、と言われ、フェリニは思わず天を仰いだ。
鐘屋という魔法使い特化の青年と、ジェーイという前衛職の青年は、ゲーム時代から何かと対立しがちなメンバーだった。そもそもの考え方が違いすぎることもあって、口論は日常。
よほど戦力が必要になるイベントでもない限り、この二人が一緒にいることはない。
ただ騎士団は大きいギルドでそれなりの恩恵があって、そういう打算からどちらもギルドに席をおいていた感じだ。わからなくはない。今更新しく作るの面倒だろう。
ただ、その恩恵が存在しない――少なくとも体感では無くなってしまった現状、あの二人を一緒にすると度々騒動が起きていた。とはいえどちらも中身は成人らしく、他の誰かが仲裁に入ると振るい上げた拳も、しぶしぶではあるが降ろしてくれていたのだ。今までは。
「二人共、何してるんですか!」
会議用に使っている広間に行くと、武器を構え睨み合う二人がいた。
重厚な鎧を身につけた剣士と、豪華な装飾が施されたローブ姿の魔法使い。
同じ方向を向いていれば頼もしい二人が、殺気も露わに睨み合っていた。
よりによって双方とも、各々が持つ最高の装備を身につけている。もしもここで戦いなど始められたら、ギルドは普通に帝国などからお叱りを受けるし、二人への処分も要求される。
どちらとも幹部でもあり、戦力の頭。
くだらないことで失うのは、あまりにも痛いことだ。
「今度のケンカは、何が原因なんですか!」
「フェリニ、俺達はいつまで自己鍛錬とやらを続けりゃいーんだ。それでこの状況を変えられるのか? つーか、どうにかなるのか、これは。それもわかんねぇのに、何が戦力補充だ!」
「だからって好き勝手に生きるというのかお前は、ここはもう『リアル』なんだぞ。現実でそんなことが許されるとでも? アウトローのロールプレイを気取りをしたいなら、ここを出て他所でやれ。フェリニ、俺はこの『ならず者』並びにその一派、すべての追放を要求する」
「……か、鐘屋さん」
状況が飲み込めず、フェリニの視線は左右に動く。
その後も続く口論から察するに、行動を起こさない十六夜に焦れたジェーイが単独で動きたがったのを、鐘屋が諌めたというのが発端らしい。上の命令がないのに勝手に動くなと言われて反論し、双方にそれぞれ他のメンバーがついたりつかなかったりで、一触即発だった。
こんな時に限って十六夜はいない。
いつもは、彼がそれとなく仲裁してくれていた。
フェリニはぐっと食いしばるように手を握り、口を開く。
「ここで争っても意味がありません、他の幹部は数日後にこちらにきますから、その時に話しあいましょう。少数の戦力ではどうにもならないことは、お互いわかっているでしょう?」
「それは……そうだけどよ」
「わかっているならおとなしく待てばいいだろう」
「あぁ?」
「いいから! やめてください!」
再び睨み合う二人を強引に引き離し、ジェーイをリクに、鐘屋はサクラに任せる。ギルドの中でも年少組になるサクラは、半泣きのまま鐘屋の手を引いて部屋を出ていき、おだてるように機嫌を取りながら、リクはジェーイを連れて別の扉から外へ。
張り詰めていた糸は、ようやく緩んだ。
――本当に、どうするつもりなんでしょうね。
どちらの言い分も、もっともだ。自己鍛錬だけでは状況は変わらず、かと言って少数で動いてどうにかなる保証など無い。鐘屋もジェーイも、それぞれもっともなことを言っている。
フェリニは鐘屋と同じく慎重にことを進めたい派であるが、ジェーイの焦りに理解がないわけではなかった。何も変わらない日々に、焦れてきたのは何も彼だけではない。
十六夜は何を考えているのだろう。
彼女には、敬愛する彼の考えがわからなくなっていた。
「……あれ?」
ため息を付いたフェリニは、ふと十六夜からメッセージが来ていることに気づく。
そういえばリクは『十六夜さんは部屋に篭ったまま』と言っていたが、さすがに騒ぎには気づいているだろう。手を離せない作業でもあったのかと、記憶を探るが思い当たらない。
仲裁くらい入ってほしかったと思うフェリニの、表情が凍りつく。
『こんなはずじゃなかったんだ』
『きっと戦いが続くから、巻き込んだらかわいそうで』
『危ないから、置いていくしか無いと思って』
『守りたかっただけなのに』
『どうしてこんなことになってしまったんだろう』
『ごめん』
『ごめんなさい』
騒動が終わってすぐ、立て続けに送られたそれを最後に。
ギルド『冥刻の新月騎士団』のギルドマスターである十六夜は、姿を消した。