決断の余波
その判断は、瞬く間にギルドの中に広まった。
混乱に注がれた上の判断に、誰もが縋るように従った。
実際の事務作業はギルドマスターと、サブマスターである十六夜とフェリニが行うことになって、それ以外は状況についての情報収集、あとは書けた人員の補充に走った。
どこのギルドにも属さないでいる、高レベルプレイヤーは少なくない。
自分で作ったギルドで、小規模にやっている者も。
そういう情報を集めスカウトをし、目指すのはこの異常事態の解決である。
できるかどうかはわからない、わからないが、出来るだけの組織力ならあった。各地に散っているメンバーは、ひとまず現地に留まって依頼をこなしたり情報を探ることにしている。
「……どれくらい終わりました?」
横で作業している十六夜に、フェリニは声をかける。
すぐに、半分くらい、というチャットが飛ばされてきた。
彼は相変わらず装備をすべて身につけた状態で、声も発さず黙々と手を動かしている。表情も読めないし、声も聞けない。状況としては喜べないが、やっと画面越しゲーム越しではない交流を行える状態だ。少しくらい――少しだけでも、何か交流のようなものはできないのか。
しかし、この身体はゲームのキャラクターそのものではない。
元々の身体に、ゲームのキャラクターを混ぜたような感じだった。例えばフェリニは目で確認できるところにさながらオリオン座の三連星の如き配置をしたほくろがあるのだが、今のこの身体にも同じものが同じ場所にある。それでいて元の身体とは違う部位もあり、最たる例は根本から鮮やかに染め上がった金髪だろう。お固い職場だったため、彼女は黒髪だった。
ゲーム自体は画面をクリックするタイプの、オーソドックスなもの。何かしらの外部ツールでも使わない限り、基本的には文字でのやりとりがメインになる。
つまり、何らかの事情で喋れない人でも普通に遊べる、ということだ。
もちろん十六夜がそうだとは言わない、だが頑なに声を発しないのは気になる。
今までゲームを介してのみ交流していた相手と、リアルに近い状態で話をするというのは妙な緊張がある。勝手に思っていた声とのズレに、少し戸惑いもした。
声がコンプレックス、という人もいるのだろうけれど、せめてその顔を隠す鎧一式ぐらいは脱いでもいいのではないだろうか。そんなことを、フェリニはさすがに思い始めた。
その時だ。
多くの人が出払っている、あるいは休んだ深夜近い拠点。
現代では考えもつかないほど静かな場所に、どたばたと近所迷惑で怒られかねない足音が響き渡った。うるせぇ! と響く声もまたやかましく、足音は次第にこちらへと近づいてくる。
「十六夜さん! やっと会えた!」
そこに駆け込んできたのは少年だった。
リク、という名前の高校生を公言するギルドのメンバーだ。ネットでの話は半分程度に聞くぐらいがちょうどいいというが、現れたリクは確かに高校生という感じの幼い顔立ちだ。
ゲーム時代そのままの赤毛、今風の少し長い髪型。
ここまで走ってきたらしいリクは、額に前髪を貼り付けたまま部屋へ転がり込んでくる。
「……あなた、確かレーネにいたんじゃ」
「馬車でパパっと!」
いやぁ遠いっすねぇ、とリクがへらりと笑う。
彼はギルドでも古株の役職持ちで、数日前の連絡ではほか数人のメンバーと一緒に、レーネにいるという話だった。それがどうしてここにいるのか、馬車でストラまで来たというのか。
確かに、この国には物と人を運ぶ定期馬車というものがあるという。
それを使ってきたのだろうか。
「十六夜さんもいるって聞いたらオレ、いてもたってもいらんなくて!」
「……」
きらきらしてそうな目で、リクは椅子に座ったままの十六夜に駆け寄る。常々、ギルドマスターが憧れだと公言していたのだが、それはこの状況でも変わらないらしい。
目に見えて十六夜が困惑しているのに気づかないのは、高校生らしいといえばらしいか。
「リク、少し落ち着いて」
「あ、はい、すんませんフェリニさん。だけど騎士団でなんかやるんですよね? こんなことにしたボスとかぶっ倒すんでしょ? だったら戦闘職のオレがいなきゃダメでしょ!」
「そ、それはそうだけど、でもまだこれといった目星は」
「なんかやり始めたばっかの……えっと、友達、も巻き込まれたっぽくて。あいつがどうにかなる前にさっさと片付けてやろうって。ほら、オレだって騎士団の戦力ですしね!」
「お友達が巻き込まれたの?」
「はい。でもあいつは置いてきました」
「連れてきてあげたりは、しなかったの?」
「いや、だって足手まといは邪魔じゃないっすか。この辺に初心者向けのダンジョンなんかないですし、オレはこれから忙しくなるから、あいつの面倒までみてらんねーですよ」
「……それはそうだけど、だけど友人を置き去りにするなんて」
「だってフェリニさん、あいつぜんっぜんダメなんですよ、あいつ育ててたらその前にこんな変なこと終わっちゃいますよ。どうせレーネだし、あそこならバカでも食ってけますって」
「レーネにいたの?」
「あー、ちょっと回復アイテム欲しくて……あとだらだらするのにちょうどいいから」
レーネはこれという便利なものが存在する都市ではないので、基本的にうろついているプレイヤーはいない場所だ。回復アイテムなど特定のアイテムの販売種類が多かったり、土地ならではの利点もあるが、必要なときに立ち寄るという使われ方が一般的なところである。
当然、常駐するプレイヤーの数も少なく、邪魔されず、邪魔にならない雑談場所として使われたりすることも多々ある。フェリニにもそういう使い方をしたことが、何度かあった。
どうやらリクも買い物ついでに現地でだべり、そのままログアウトしていたらしい。
ちなみに彼は直前まで、自宅の風呂に入っていたのだという。その状況からこの状態となればさぞや狼狽えただろうと、話を聞かずとも何となく察することができた。
そのまま近くにいた知り合いなどと落ち合い、友人とやらを置き去りに馬車でこちらまで一気に移動してきたらしい。事前に都市と都市をテレポートするあれが使えないというのは知っていたのだが、それがないと移動に数日もかかるのかと、改めて距離というものを思う。
しかし、聞き捨てならないのは友人を見捨ててきたということだ。
「いくらなんでも、それはちょっと酷いのではないの……?」
今まさに弱者を切り捨てている分際が言うことではないが、友人をそんな簡単に見捨てられるものなのか。この様子だと、おそらくフレンド登録などもしていないのだろうし。
しかもどうやら相手はゲームを始めた直後、初心者も初心者。
それを置き去りにというのは、あまりにもあんまりではないか。
「いやいやいや、フェリニさんは何も知らないからそんな気楽なこと言えるんすよ。あいつ馬鹿正直に、自分が遊ぶゲームのことなーんも調べねぇで『語り部』、選んだんすよ!」
あのとんでもない地雷職、とリクは叫び、嘆くようなポーズをした。