名も顔も知らぬ探し人
僕らを呼び止めたその人は、フェリニという女性だった。
冥刻の新月騎士団、そう呼ばれる巨大な組織力と人員を備えるギルドで、臨時のギルドマスターを務めているという。ギルドマスター、というよりは団長という感じらしいけど。
いや、それよりも。
「臨時……なんですか?」
街の酒場の個室で、僕はそんな声を漏らした。
よくあるVIPルームというヤツらしく、防音なんかもされているのか、扉を閉じた瞬間に外の喧騒が一瞬で消えた。耳を澄ませば微かに聞こえなくもない、だけどそれより自分の呼吸する音のほうがずっと大きく思う。内装と広さとしては、十人は余裕で座れそうなソファーが部屋の3分の2ほどを占めて、残りはアルコール類が並んだカウンター、という感じだ。
結構広い、と思う。
いきなりとれる部屋ではないはずだけど、彼らは一言二言、店主と何か話をしてすぐにこの部屋へと案内されていた。もしかしたら事前に予約をしていたのか、あるいは飛び入りでも使用できるようなコネでもあるのかもしれない。どっちもありうる、噂に聞く騎士団なら。
人には聞かせられない話をするのだろう、と思う反面、じゃあこっちも彼らしか知らない情報をさぐれるんだなと思う。ただ、何かあった場合は少し危ない予感も少しだけ。
なにせ人数的には圧倒的にフリで、出入口は屈強な身体つきの男性三人が抑えていて、僕らがフルメンバーで来ていたと仮定しても、この部屋から逃げ出すことは難しいかもしれない。
声をかけてきたフェリニさんは、ちょうど僕の真向かいに座っている。
彼女は部下の一人をどこかに使いに出すと、僕らをこの酒場へと誘ってきた。その理由としては、未だつかめていないレーネなど田舎都市の現状について、現地に住み、店を通じて地域の人々や冒険者らとの接点が多い僕らに、何か訪ねたいことでもあるのだろうと思う。
ギルドの名前、そして店をしていることを伝えると誘われたわけだし。
いずれはレーネも訪ねたい、ということなのか。
しかし、それが単純な目的ではないのは、僕だって察しがつく。
第三都市を拠点する彼らが、なぜレーネのような田舎に興味をもつのか。食べ物が美味しいことが取り柄ではあるけど、馬車を使ってそれは国の中を回っている。それに第三都市にだってそれなりの規模の農地があるというし、まさか食べ物を理由に来たとは思えない。
となると、彼女の自己紹介にあった言葉が鍵なんだろう。
大手ギルドの『臨時ギルドマスター』である、という不可解なところに。
「んー、臨時っつーことはだ、あんたらのホントーの親玉は失踪っつーこと? 脱退とかしてるんなら、臨時もクソもなくアンタが偉いさんになりゃいーんだし。この件に巻き込まれてないってパターンでさ、騒動が起きてすぐなら臨時もありうるけど、もう半年経ってるしよー」
「えぇ、そういうことになります」
僕の横をキープするハヤイが、直球気味の質問をぶつけていく。
僕はどうにもこういう場が苦手だから、兄について行ってただけ、というけど、何度か経験があるらしいハヤイにだいたい任せてしまいたい気分だ。まぁ、それではいけないけれど。
ただ比較的軽装な人々に囲まれてきた僕には、このゴツい鎧でびっしりと固めた一段に囲まれているに等しい状況は、なかなか息が詰まる物があって……あぁ、うん、ちょっと怖い。
威圧感と圧迫感が凄いというか、息が詰まる感じだ。
テッカイさんはヒロさんを連れて、少し離れた壁際にいる。
ヒロさんは顔色が悪いどころじゃなくなっていて、もはやそれを理由に話をすることを断れそうなレベルだった。本人は大丈夫と言って、壁に持たれるようにしてはいるけど、今すぐばたんとぶっ倒れてしまっても、僕は少しも驚かないだろう。それくらい顔色がやばい。
早めに切り上げたほうがいいかな、と僕は思っている。
というか、やっぱり最初から断っておくべきだっただろうか。
いくら情報がほしいとはいえ、あの顔色を見るとものすごい後悔の念が湧く。
これで聞かされる話がしょうもなかったら、ヒロさんには土下座しても足りないだろう。
そりゃあ、大手ギルドのギルマスが行方不明、というのは気にはなる。生産職など弱い冒険者が、一斉に切り捨てられた元凶かもしれないところなら、なおさら実情を知りたい。
だって、そんな命令を下したのはマスターに違いないからだ。
そう思うと、少しだけ彼女の話を聞きたくなる、自分の野次馬さにちょっと呆れた。
だけど事情を知っていたら、きっと誰だって気になるだろう。ましてや近しい人がその影響を受けていたり、あるいは自分が切り捨てられる側だったりしたなら。
ヒロさんがまさに後者なんだけど、あの様子ではとても尋ねられそうにない。
これでギルドマスターが疾走した理由がしょうもないもので、今後の行動指針にもならないような類だったら、この決断は本当に無意味無駄無価値のトリプルコンボになるだろう。
そもそも第三都市の情報はいいとして、他所のギルドの揉め事――だと思うけど、そんなものに首を突っ込んでいる余裕はない。言い方は悪いけど冒険者していればいい彼ら騎士団と違って、僕らは商いをしている。日々を生きるので精一杯で、騒動に関わっていられない。
目の前の女性が、どんな情報を僕らに出してくるのか。
「単刀直入に言うと――騎士団の主である『彼』の行方を、我々は探しています」
フェリニさんが懐から、一枚の紙を取り出した。
そこには、頭の上から足の先まで全てを鎧で覆った青年らしき人物が描かれている。美術のスケッチみたいなラフな線で、全身をそのままというより、胸から上、腕、足、と目立つ部分をバラバラに描いている。ゲームなんかである、設定画みたいな感じだなと僕は思った。
とはいえ、これではたぶん手がかりにはならない。
人を探すのに必要なものは、まず顔だ。
だけど装備をつけた状態じゃ、顔も何もわかったもんじゃない。おそらく装備品が結構レアなものなんだろうから、それを手がかりにあちこち巡って探しているのかもしれない。
装備品なんて外してしまえばわからない、とは思うけど、戦闘職なのだろうその失踪中の団長さんが、戦闘しないで生きている可能性を彼女らは微塵も考えていないようだ。
確かに地道に身に着けていくしかない現状、すでに育っているものを捨ててしまうのは余りにももったいない。正直、生産なり戦闘なりで生計を立てなければ、生きていけないし。
ヒロさんみたいに組合での登録を消していたら、と思うけど、その場合でもせっかくの装備なのだから使いまわすだろう。それもできないからこそ、彼はひどい目にあっていたわけで。
あ、そうか、と僕は何となく気づく。
たぶんその団長さんも、組合の登録を消してしまっているんだろう、と。
そうなったら冒険者という枠組みから出てしまうため、フレンド登録も意味が無い。見た目としてはにはログアウトしている感じらしく、連絡を取る以前に選択すらできないのだとか。
想像以上に手がかりがない。
少し悩み、僕はフェリニさんに質問する。
「参考までにお尋ねしますが、その団長さんのお名前は?」
「十六夜といいます」
「いざよい……っていうと、十六の夜、って書くあれですよね」
「はい。……ゲーム時代では、両脇に十字架がありました」
「十字架」
「記号のやつです」
「記号」
……つまり『†十六夜†』って感じかな。
確かにほとんど目にすることがないままだったゲーム画面でも、そんな感じに記号を使った名前はいくつか見た記憶がある。自分の名前普通すぎるなって思うくらいには、結構いた。
ありふれた単語だったりすると被ったりするのだろうから、記号とかを使って差別化しているんだろうと思う。現状では、一切何の意味がないものになっているけど。
それにしても、えっと、なんていうか。
名前、凄いな……。




