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ギルド『暇人工房』の割と穏やかで喧しい日常  作者: 若桜モドキ
捜索願 ~うちのマスター、知りませんか?~
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騎士団

 その人は強くて、優しく、かっこいい物言いをする人だった。彼の中には独自の『かっこいい』というものが存在しているようで、よくそれに則った言動をロールする人だった。

 見方によっては気取っている、かっこつけかもしれない。

 しかし彼女にとっては、あえて乱暴な口調で話しかけてくる者より、ずっとずっと礼儀正しくまともであるように思えた。だから彼がそのネットゲームを始めた時も後を追いかける用にアカウントを作ったし、しばらくして彼がギルドを作った時、当然のように参加した。


 無料スペースで作ったギルドメンバー専用のサイトを運営するのも、彼が徐々に増えていくメンバーとの対話でてんてこ舞いになっているのを見れば、少しも苦にはならなくて。

 二人と、みんなで、大きく育っていくギルドを眺めるのが日々の楽しみだった。

 彼の美学は、時として少しズレたところがある。例えば使い道のないギルドを象徴するような紋章を作ると言い出した時は、それはさすがにどうかと、と苦言がつい口から出てしまう。

 そうだよねぇ、という書き込みがあり、けれどそのすぐ後に。


『だけどかっこいいと思うんだよね』


 笑うような雰囲気を感じるその書き込みに、彼女はふっと目を細めた。

 本当にしょうがない。しょうがない人。

 自分が支えてあげなければと、確かにその時思ったのだ。

 なのに――彼女は、その誓いを守れなかった。自分をせめて落ち込んでいって、そしていなくなってしまった彼を守れなかった。誰より近くにいて、どうして気付かなかったのだろう。

 ある日、彼女の世界から彼は消えて、探せど探せど未だに見つからないでいる。

 街を廻り人を便り、彼の行方を求め続ける。


 ――私は、彼の名前も顔も知らないじゃないか。


 そんな当たり前のことに今更気づいたのは、失踪から半年経ってからだった。

 探していれば彼と繋がっていられる、そう思い込むような日々。手がかりがないとかいう以前の問題じゃないか、お前はバカなんじゃないかと思っても、彼女はまだ探している。

 表示するフレンド画面から名が消えた、彼を。


「団長! もうすぐメ・レネですよ!」


 ふと、外から新入りの少女が呼ぶ声がした。

 身体を休めていた荷馬車から、身を乗り出して外を見る。

 森そのものと言った不可思議な都市が、すぐそこに迫っていた。



   ■  □  ■



 引き返してきた涙目――たぶん泣いてたっぽい赤い目をしたヒロさんを、僕とハヤイで慰めつつ、目につくところにある岩塩という岩塩を片っ端から回収してダンジョンを脱出。

 キャンプ場所に残した荷物を回収し、その日のうちにどうにかこうにか第七都市に戻った。

 正直いつになく疲れて、熱が出た後のような気だるさがある。

 これまでは、童話のような『軽い』話や、伝承の一欠片を、物理的なものを伴わない形で扱うことが多かった。せいぜい、つる草で相手の動きを封じたりするくらいで、本格的な攻撃として扱ったことはたぶん数える程度だと思う。それだけ、みんなが強いというのもあるけど。

 あの、何かが自分から失われていく、吸い上げられる奇妙な感覚。

 思い出すと少しの高揚感があり、同時に頭の芯が冷めるような恐怖があった。

 だって僕は。


 ――僕は、槍を呼ぶつもりなんてなかった、から。


 ただ、刺し貫いた相手を泡にする、という現象だけを呼んだつもりだった。

 ゴーレムを泡にして、消してしまいたかっただけだった。

 だって来るなんて思わない、相手は神様。その一つとして名を挙げられる存在の槍だ。僕みたいな奴が呼べるなんて、この世の誰が思うだろう。僕だって思わない、妄想だってしない。

 一瞬で消えたそれは、敵を貫いて終わった。

 泡にならず、ゴーレムは死んだ。

 物理的なもので、殺された。

 予定通りじゃない、予定調和にならない。おかしい、おかしい。この力はそんな、そういうものじゃないと思っていた、ゲームでいうなら支援特化。それは間違いだったのだろうか。

 僕、僕という存在は、何から何までイレギュラー。

 それを改めて、思い知らされる。


 こんな力は、たぶん誰も持っていない。前例はないと思う。冒険者という枠組みでも、この世界という範疇でも。手探りで進むしかないにも関わらず、何かあった場合の保証もない。

 もっと、違った方向での戦い方を、考えるべきなんじゃないだろうか。

 だけど僕の中で叫ぶ声が、確かにまだ息をしている。

 戦えるじゃないか。

 後ろで、隠れて、守られる役立たずじゃなくなったじゃないか。

 だけど僕はこれを扱いきれるのだろうか。自分でもよくわかっていない力を、手探りしながら使い道を模索して、今まではそれでうまくいっていた。だって直接攻撃しなかったから。

 もしも、そういうつもりじゃないのに、味方に、みんなに何かあったら。

 よくわからなかったから、なんてひどい理由を添えたくない。だけどそれ以外、きっと僕には言えないのだろう。そう思うとひどく惨めで、自分の役立たずさをただただ噛み締めた。


 荷馬車でよかったと思う。

 例えば――そもそも乗れないんだけど、馬でそれぞれ移動とかだったら、たぶん、僕は一足先に都市に強制送還されててもおかしくないくらいに、ぐるぐると物思いに耽っていたから。

「あー、今日は風呂に入って足伸ばせるかなー」

「水浴びはちょっと冷たいしね……」

 借りていた荷馬車を返した僕らは、人が増えた都市の中を歩いていた。

 夕方に入り、外に出ていた人や、外から宿を求めてきた人が、通りに溢れている。定期馬車の最終便も到着したところらしくって、冒険者らしい身なりの人が特に多い。


「――もし、そこの方々」


 宿は取れるのかなという、目先の不安に意識が移ろった時だ。

 がしゃん、というあまり聞き慣れない音と共に、背後から声をかけられた。僕より早く振り返ったヒロさんが、そのまま僕の後ろへと隠れてしまう。びっくりし過ぎだし怯えすぎだ。

 まぁ、でもわからないでもない。

 振り返った先には、同じような装いをした十人ほどの集団がいたのだから。

 その威圧感すらある立ち姿に、通行人も遠巻きにしている。


「あなた方も遠方から来られたのですか?」


 金属音を鳴らしながら、その女性は僕の前に立つ。

 長く伸ばされた金髪は結われず、動きに合わせて揺れていた。

 きれいな人だ。白銀の鎧がとても似合っている。元がゲームだからだろう、鎧はごついというよりも、装飾を施した金属を縫いつけたドレスって感じの作りだ。

 彼女の青い瞳は、テッカイさんへと向けられている。

 たぶん、この団体のリーダーを、彼だと思っているんだろう。

 しかたがないことだ。ヒロさんは僕の後ろに隠れているし、僕とハヤイはどう贔屓目に見てもせいぜい大学生ぐらいまでしか上に思われない感じで、実際は高校生なわけだから。


「……そうです、僕らはレーネから来ました」


 素材を探しにと告げると、彼女は少し驚いたような顔をする。

 この中では一番ひ弱に見える僕が答えたから、なんだろう。ヒロさんは隠れているけど、身体つきはしっかりしていて、背丈も日本人の平均よりはあるみたいだし。ハヤイは見るからに戦闘職という感じの出で立ちをしているから、普段着みたいな格好の僕が一番弱く見える。

「レーネ、ですか」

 何かを考えるように、小さくつぶやく彼女が、ストールのように防具の上からゆるく巻きつけている黒地の布。光沢がなくて生地も厚そうなそれには、銀糸で刺繍されたものがあった。


 月のように丸い円に、剣と盾をあしらった――あの騎士団の紋章が。

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