答えが出ない悩み
ひとまず四人で集まってみたものの、特に情報はなかった。
ウルリーケとガーネットの姉弟は基本的にペアで動くかソロだったらしく、知り合いらしい知り合いもいないのだという。で、どちらもギルドにも入ったことがなかったのだそうだ。
追い出される悲哀を知らないのは、きっといいことだと思う……うん。
「四人で行動するのはいいとして、まずは拠点探しですね」
「拠点?」
「えぇ、サバイバルには必須の『拠点』です」
「サバイバルになるのだな、これは」
「そりゃそうでしょう。ぜんぜん違う場所――異世界に、僕らはいるわけですから」
ガーネットが、コーラを飲みながら言う。
あ、これ味がする、とすごく嬉しそうに笑って。
「宿代もバカにならないですし、ほら、こうして味覚があるってことは、やっぱり疲労とかも普通にあるんじゃないでしょうか。つまり寝床が必要なわけですよ、安心できる、ね」
「ふむ……」
考えこむブルー。
確かに味を感じるし、ここに歩いて来る時に軽く疲労もあった。となると、いずれは空腹や睡魔もやってくると考えるのは普通。その備えは、生きていくのに重要なものだ。
というか、そこら辺の問題があったから、僕は『冒険者組合』に向かったわけだし。
宿だって安くない、安いにしたって連泊すればお金がかかる。
だが僕の懐事情は悲惨の極み。数日ならいけるけど、それは宿代だけに限った話。腹が減ってはという言葉の通り、おそらく僕は明日にも空腹で力尽きるだろう。
ご飯を食べるにはお金を稼ぐしか無い、だけど現状、それは難しいことだろう。
あぁ、問題が山積だ……。
「ブルーさんはなにか物件持ってません? 寝泊まりできるようなヤツ」
「倉庫ならあるのだ。でも食材アイテムを貯めこんであるから、とても人が入れるようには思えない。そもそもああいう『存在しないけど存在している物件』は、どう入るやらなのだ」
「あぁ……そっか、その問題があった」
二人の会話にある倉庫というのは、『冒険者組合』の受付から画面を閲覧できた一部課金式の倉庫だ。課金ポイントは上限を増やすところ、ちなみに永続。わりと良心的だった。
転職用アイテムを筆頭に、元のゲームは課金システムが使われていた。
各プレイヤーが所有できるアイテム量の上限なんかも、その一つになる。一部の消耗品アイテムを除き、基本的に課金すればその効果は永続するというのが、ゲームの売りの一つだ。
ちなみに課金で手に入る消費アイテムは、難しいけれどゲーム中に好きなだけ取れる。プレイヤー同士での売買なんかもあるという。だから基本的に無課金でも問題ない。
とはいえ、かなりのレアアイテムではあるのだろうから、課金で入手する人は少なくなかったと思う。特に転職用のアイテムなんかは、消耗品では一番売れていたに違いない。
そういえば、ああいう課金が絡む部分はどうなっているんだろうか。
例えば話にあった倉庫もそうだし、荷物の上限だってそうだ。
アイテムは手元に残るとして、それ以外がどうなっているのかは気になる。
ゲームとの違い、この世界だけの何か。そういうものがあるなら、早めに知っておいた方がいいような気がする。例えばHPが底をついて起こる状態異常『死亡』なんかも、本当に絶命してしまうのか、それともゲームの時のように最寄りの都市などに飛ばされてしまうのか。
「確かめたいけど、それでガチ死亡とかヤだなぁ……」
ガーネットがつぶやき、ブルーも頷く。
同じ話題に行き着いたすべてのプレイヤーが、同じことを思うだろう。
冒険者は『冒険者組合』が発注する、各種依頼を受けて生きていくものだ。
その仕事には荒っぽいもの、例えば魔物を退治するとかいう類も多い。特定のダンジョンのボスを退治するとか、一定数の魔物を狩るとか。そういう感じの。
その時、もしも『死亡』して――そのまま、本当に死んでしまったとしたら。
それを恐れないでいられるほど、僕は単純になれない。
完全に話題も尽き、それぞれが注文した飲み物をただ味わう時間。
「お、ブルーじゃねぇか!」
そこに、暑苦しく割り込んでくる気配があった。
ずんずん、といった効果音を伴うように現れたのは半裸の男性。
見るからに肉体派な、むっきむきの筋肉を惜しげも無く晒していた。日に焼けた肌はとても健康的で、海辺が似合いそうな感じがする。にっと笑った表情を、薄茶色の瞳が彩った。
だけどそれより目を引くのは髪の色だ。鮮やかなオレンジ色をしているそれは、さっとまとめられる程度に長く、ヘアピンを使って前髪部分が後ろに流されていた。
声は若い、二十代ぐらいかな。
たぶん、成人済みなんだろうと思う。
その人がにこにこ笑いながら、こっちに近づいてきていた。
「ひっさしぶりだなー、元気だったかぁ? ん?」
大きくてゴツゴツした手が、ブルーの頭をわっしわっしと力任せに撫でた。
どうやら、ブルーの知り合いのようだけど。
乱暴に撫でられたブルーが、乱れた髪などを直しつつその巨体を見上げる。座っていることもあるのだけど、こうしてみると相手がかなり大きく思えた。
「……こんにちはなのだ、テッカイ殿」
「おぅ。それからレインの野郎もいるぜ。向こうで女を相手にしてるが」
腕を組んだテッカイさんが視線を向けた先、伸ばした金髪を首の後で結わえた細身の青年が立っているのが見える。背を向けているからわからないけど、周りには女性が何人もいた。
プレイヤー風の人もいれば、地域住民っぽい人も。
彼女らはどうも、レイン、という名前のその人に話しかけているようだ。
よく見えないけれどうっとりしているように見える、ような。
「……?」
ふと、レインと呼ばれた人が僕の方を向く。
にっこり、と目を細めて優しく、そして静かに微笑まれた。自分の頬が赤くなったような感じがして、慌ててうつむき視線をそらす。なんだろう、あの笑顔はなんか反則だと思う。
天性のアイドルって、ああいう人のことなんだな……。