前途多難な僕とぼく
現地滞在数日。
今日も僕らはダンジョンにいる。
ダンジョンと言いつつも思ったより広くて、表に置きっぱなしにするしか無いかと思っていた荷馬車ごと、入ることができるくらいだった。かっぽかっぽ、と音を立てて馬は進む。
頻繁に利用されるだけあって、ところどころにはランプがぶら下がっていて、書物を読むのには少し苦労するけど、特別に光源を持ち込まなきゃいけないほど暗い場所じゃない。
つまりこの状況で、影響をうけるのは僕だけだ。
一応荷馬車のフックにランプをぶら下げて、手元は見えるようにしている。まぁ、僕は後方支援担当だから、荷馬車から離れることはないだろう。魔物の接近は怖いけど、テッカイさんにハヤイまでいるのだから大丈夫。ヒロさんだって武器を持っている、怖がることはない。
しかし、荷馬車ごとダンジョンに入るとか、少し横着すぎると言われそうだ。
だけどこればっかりは仕方ないこと。
それに魔物に襲われるとかして、馬が死んだりしたら帰り道が地獄。さらにレンタルしてきているから、当然そこら辺で賠償なんかもしなきゃいけない。レンタル料金から考えると結構な値段になりそうだから、とてもじゃないけどうっかりミスも許されない感じがした。
となってくると、どっちにしろ魔物の危険があるなら、目の届くところでしっかり守ってやれる方がいい、という結論になるのは当然だった。まぁがんばる、がんばれる、たぶん。
それなりに経験はある、大丈夫。
……そう思えたのはダンジョンに入ってすぐのところまで、だった。
テッカイさんは強い。
とても強い。
その腕力で魔物を遠くまでふっ飛ばし、壁に叩きつけて倒していく。小さく、ろうそくを吹き消すような短い息を吐きながら、武器を振るい、切り捨てながら魔物を遠くへ飛ばした。
ほとんど同じ場所から動かないまま、飛びかかる石のような鱗を持つトカゲを、次から次へと薙ぎ払った。テッカイさんはその時々で武器を変える人なんだけど、今日は大きなおののようなものを振り回している。柄は長くて、重さでふるうという使い方をする武器らしい。
とはいえ、テッカイさんの攻撃を逃れたり、避けたりする魔物も少なくない。
威力はあるけど、基本的に彼の攻撃は大振りだからだ。
大きく振って、広範囲を薙ぐ。だから避けようと思えば避けられる。
ただし、そこを逃れたからといって、助かるとは限らない。
なぜならハヤイがいるからだ。テッカイさんの猛攻から逃れたヤツも、ふっと現れては消えていくハヤイが、手足のように巧みに繰るナイフによって、次々と倒されていく。
ハヤイが言うところによると、魔物も所詮は動物なのだという。動物、というか生き物という感じかもしれない。どんな固い身体であろうとも、生き物であるかぎりは弱点がある、と。
魔物と言えど生き物なので、首の後だとかの急所を狙えば一発。
当然、魔物によって弱点となる部分は違うから、相手の動きを見ながら、あるいはその身体つきなどを観察しながら、弱い部分を探っていく目も必要。
――同タイプの魔物なら弱点も同じようなもんだし、一つ見破れば楽だぜ!
ハヤイにはそう説明されたけど、そういう問題では無いと思う。それができる人が、果たしてどれだけいるのだろうか。僕には無理だ、絶対に無理だ。そこまでの動体視力ないし。
ハヤイ、たまにムチャぶりしてくるんだよなぁ……。
「おっしゃーっ、後片付け任せたぜーっ」
「はーい」
壁に叩きつけられたりして絶命した魔物に、僕はひょこひょこと近づいていく。レインさんがご所望の磨き粉の材料は、この魔物の鱗を砕いたものらしい。ただ、鱗ならなんでもいいわけじゃなくて、欲しいのは腹の方にある、細かくて比較的柔らかいものなのだそうだ。
特殊な刃先をしたナイフを隙間に押し込んで、ぐりっとえぐるように鱗を剥ぐ。手の中に握りしめられる程度の大きさの、白い鱗を砕かないように。白は白でもどこか柔らかい色味をしたそれは、確かにレインさんの作業場で見かけたやたら細かい粉末に似ていた。
背中とか手足の鱗は、守るための鎧なのでとても固い。
灰色でゴツゴツしているから、本当に石のような見た目をしている。これも色々使い道があるのだろうけど、持って帰る余裕はないから諦めよう。石のようだけど石ではないから、自然と朽ちて消えてしまうだろうし、このままほっといても大丈夫そうだ。
ちなみに食用には向かないと聞いている。
くったくたに煮込んで出汁には使えるそうだけど……。
「だいぶ集まってきたね」
僕とは違うところで鱗を剥いでるヒロさんが笑う。持ってきたのは人が二人くらい余裕で収まりそうな袋が三つ。すでに一つは満杯になって、口を縛って荷馬車の中だ。
肝心の岩塩はほとんど見つかっていない。なければそれで、と言われているけど、あんまり中途半端な量では使いにくいだろうから、あと二倍か三倍くらいは盛って帰りたいと思う。
レインさんが個人的なツテから、どうにか安定的に買い取れるルートを探すって言っていたから、それが何とかなるまで持てばいい。しかし冒険者の動きが読めないから期待は禁物。
最終手段として依頼を出す、というのも考えているそうだ。
せめて僕だけでももう少し戦えれば、定期的に通ったりもできるんだけど……。
「そっち行ったぞ、気をつけろ!」
地面に座り込んで鱗をとっている、僕らの背中にテッカイさんの声が振る。振り返りながら見た先では、ハヤイが数匹の魔物に囲まれて動けない様子と、一体の魔物が迫る光景。
守る人がいない状況で、僕らはそれをエンカウントしてしまった。
「え、えっと、えっと」
腰の専用ポーチから本を取り出す、その手が震える。
ぱらぱらとページをめくるけど、どれをどうすればいいのかわからない。
眠らせるのか、それとも行動を止めるのか。
どれを選べばいいのか。
いつもはもっと余裕があった、いつもはもっと冷静だ。だけど一つの焦りが狂いを作って連鎖して、何を選ぶべきか頭の中が真っ白になる。どうしよう、なんてことを思う余裕もない。
みるみるうちに魔物が目の前に。
ヒロさんは僕の後ろに隠れて震えてるし、どうしよう逃げられな――。
「おらぁっ」
両手にナイフを、逆手に握ったハヤイが魔物の、さらに向こう側からのしかかるように飛びかかってくるのが見えた。その直後に目を閉じてしまったから、何がどうなったかわからないけれど、ひとまず僕は座り込むだけで住んでいるし、ヒロさんもそんな感じだし。
やばい、これはやばい。
僕もヒロさんも、まったくもって役に立ってない。