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ギルド『暇人工房』の割と穏やかで喧しい日常  作者: 若桜モドキ
ごー とぅー だんじょん!
86/136

現地民と冒険者

 レンタルした荷馬車に荷物を乗せて、出発すること一時間と少し。

 僕らは目的地のそばにある広場で足を止めた。


「この辺でいい、のかな」

「他に良さそうな場所もないし、いいんじゃないか?」


 地図を参考にしつつ辿り着いたのは、ダンジョンまで徒歩で十分少々くらいの距離にある森の中だ。ぽっかりと木々がなくて開けた場所で、野宿するにはちょうどいい広さでもある。

 荷車を引く馬のエサになる草も豊富だし、ここに拠点を作ることにした。

 こっちのテントはだいたい似たような構造らしく、二人で一つを使う少し大きめのサイズのものにした。僕とハヤイ、テッカイさんとヒロさんが相部屋ならぬ相テントする。

 草がないところに火を起こすとして、入り口がそっちに向かうように配置。

 中に各々の荷物を放り込んだら、次は周辺の散策だ。

 火を起こそうにも、ただ枝を集めてファイヤーすればいいわけじゃない。それを使って煮炊きするわけだから、それ相応に考えてやらないと光源にしかならないものに成り果てる。


 まずは手頃な大きさの石を何個も集めてくる。

 それを適当に積み上げて壁のようなものを作り、風よけに。これはそのまま上に網を置いてものを焼くための台にもなる。鍋は石とは別に金属製の棒などを立てて、そこに置く感じだ。

 それとは別に食べ物なんかがあれば欲しいし、探すものはいくらでもある。

 まぁ、最優先するべきは、まずこれか。


「まずハヤイが周辺をぐるっと見て回って。その間に僕らで水を汲んでくるから」

「なんかあったら叫べよ、ぜってーすぐに助けてやっから」


 言い残し、しゅっと目の前から消える姿。視線を上に向けると、木の上に立ってこっちに手を振るハヤイの姿があった。それも一瞬のことで、僕が見た直後には再び消えてしまう。

 相変わらず素早いなぁ、と思いつつ、自分がするべきことに目を向ける。

 水は――まぁ、重いから頻繁に汲みに行くのも面倒だし、ということで結構大きめの樽を二つ買ってきた、らしい。任せたのはテッカイさんだから、僕は後から聞かされた。

 どう見てもすぐに水が貯まるものじゃないんだけど。


「ついでに魚でも釣ろうぜ」


 とのこと。

 それはテッカイさんに任せて、僕とヒロさんは残って石と枝集めだ。移動中にも気づいたけれど、例のダンジョンの影響なんだろうか、結構大ぶりの石がそこらにごろごろ転がってる森だしすぐ見つかると思う。組むのはキャンプ慣れしてるっぽいテッカイさんに任せよう。

 がらがらと荷車ごと移動するテッカイさんを見送り、僕らもすることをやらないと。

「あんまり離れないようにしましょう」

「うん、わかった」

 丈夫な布でできた袋を抱え、森の方へ向かった。



   ■  □  ■



 このへんは近くの人もよく来るのか、ところどころに人の手が入った痕跡がある。レーネの森と同じような感じで、例えば、木の実が不自然にあるところと無いところがあったりだ。

 動物が食べたにしては綺麗だから、たぶん誰かが取っていった後なんだろう。

 僕らがとってもいいのかな、と思うけど、全部取らなければいいかな。

 せいぜい、食後にちょっと口に含むデザート代わりだし。

 人の手が入っていることに、横にいるヒロさんも気づいたのだろう。


「……やっぱり、ここはゲームじゃないんだよね」


 小さく、そんなことをつぶやく。

 それは半年前、僕も何度となく思い知った言葉だ。

 どんなに否定しても現在はこの異世界こそが現実で、ゲームのようでゲームとは違う場所で生きていく以外の道はない。だけど、それでもちょっとだけ思ってしまうんだ。

 全部夢だろう。

 これがゲームだろう。

 もはや何の意味もない虚しいばかりの現実逃避。そうあったらどれだけいいのか、という擦り切れた期待とも言えない何か。僕もまだ、僕にもまだ、それは心のどこかにあると思う。

 ただ僕の場合は、あまりにも弱くて、何もできなさすぎて、ゲームだったらなんて逃げをする余裕すらなかったのがきっと幸いしたんだろう。僕は逃避する強さもなかった。


「ストラでは、まだゲーム感覚の人は多いと思うよ」


 ぷつり、と木の実を丁寧に積みながら、どこか遠い目をしたヒロさんは言う。

「依頼はそれこそ終わりがないくらいたくさんあるから、それをやっているうちはゲームそのものだからね。冒険者組合に行って、依頼を受けて、ダンジョンに行って、街に戻って報告したら、適当に何か飲み食いして宿とかで寝る。きっと、そんな日々を送っている人は多い」

 そして、それ以外をしない。

 例えば足を止めて花を見たりだとか。

 通りすがった雑貨屋を覗いてみたりだとか。

 あるいは、誰か冒険者じゃない人と話してみたりだとか。

 それをしたら現実だと受け入れなきゃいけなくなる。だってNPCは決まった言葉しか喋らないものだから。同じことを繰り返すだけなのに、そうじゃないと確かめたら、もう。

 自分がいる場所が現実になったと、受け入れる以外の道が消えてしまう。

 僕らからするとすでに当然になったことを、誰もがそのまま受け入れられるとは限らないのだと知った。受け入れるしかなくても、それでも逃げたくなる苦しみもあるのだと。


「……難しいこと、ですよね」


 悪いと言い切れないから、難しい。

 誰だって受け入れられないし、受け入れたくない。

 ただゲームをしてただけ。それだけなのに異世界に迷い込んだなんて。これでプレイヤー全てがそうだったら、まだ救いはあっただろう。だけどこの世界に来た人と来ていない人、そんな違いがすでに存在している。遊んでる最中だったプレイヤーなのかと思えば、長らく遊んでないような人まで来ているという話だから、もうどういう条件だったのかもわからない。

 この、ロシアンルーレットみたいな状況は怖い。

 この世界が現実になったからなんだ、飲み食いできるからどうした。そんなことどうでもいいから帰りたいと、思うことは決して悪いことじゃない、そう言われてはいけないことだ。

 だけど、それに固執することは良いとは言えなくて……あぁ、やっぱり難しい。


「うん。難しい。だけどいつまでもそうは言ってられない。だからストラはあんな、あんなことになってしまったんだ。冒険者が壁を作って、この世界の人を拒絶して、それで……」


 自分の生活を思い出しているだろうか、ヒロさんは再び無言になった。話でさっと聞くだけでもわかる環境の悪さ、その間に落とされてもみくちゃにされていたこの人は、きっと見たくないことも聞きたくないこともたくさん目にして聞いてきたんだろう。

 ヒロさんのような人は、今もまだたくさんいるはずだ。

 一歩間違えば僕もそうだった、だからきっとたくさんいる。ヒロさんみたいに助けてもらえないまま、どっちにも行けなくて苦しんでいる人。難しい問題だ、すぐに解決しないような。

 どうにかならないのだろうか。

 現地の人も、冒険者も、みんな幸せな大団円。

 都合のいい奇跡なんてないのに、そんなことを思ってしまった。

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