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いつもの朝

 僕の日課は、まず早起きしてブルーの仕込みの手伝いなどをすることだ。

 朝からフル稼働する食堂は、それだけ料理のストックが求められる。エリエナさんの農園に出勤する人だとか、朝早くから遠出する人などが、多く朝食を食べに来るからだ。

 ついでに大所帯といえば大所帯になった僕らのご飯も必要だし、彼女の華奢な身体にかかる仕事の量は多い。だから手伝える人が手伝う、というのが暗黙のルールになっている。

 といってもすることは簡単で、野菜を切ったり洗ったりだ。

 調理することはできなくてもそれくらいは、と僕はいつも手伝っている。

 特に朝はサラダだとかスープだとかで、野菜が乱れ飛ぶように消えていくので仕込みの量も半端ない。メニューによっては夜の分の仕込みも朝からするので、なかなか慌ただしいのだ。


「う……」


 眠い目をこすりつつ身体を起こし、窓の外を見る。

 雲ひとつ無い空が、綺麗なグラデーションに染まっていて綺麗だ。これなら今日もずっといい天気かなと、そう思いながら身支度を整える。昨日はちょっと遅寝だったから、眠い。

 寝間着を脱いで服に着替えて、少しだけ身支度をチェック。

 一応、人前にも出るから髪がはねてたりするとちょっとだけ困るからだ。

 ……寝ぐせはないようだから、よしとする。


 最後に窓を開けて、脱いだものやらシーツやらを抱えて部屋を出た。洗濯するものは一箇所にまとめて、後で何人か手の空いた人でジャブジャブと洗って干すのが日課だ。

 さすがに最初は遠慮と戸惑いと恥ずかしさもあったけど、そもそも洗濯機がないこの世界での洗濯はイコール板だし、ワガママ言ってる状況でもないからと自然とそうなった感じ。

 とはいえいろいろ思うところがあるのか、洗濯は女性陣に任されている。代わりに僕を含む男性陣は掃除を担当しているので、いい感じに作業分担できているんじゃないだろうか。

 ちなみに洗濯は専用の水路が作られていて、よくご近所のお母さん方が洗いながらおしゃべりしているのを見かける。井戸端会議的なものなんだろうな、あれは。

 そんな周辺のご家庭だけど、窓の外から見たそれぞれの家にはもう明かりが灯っている。


 そう、僕らが特別早起きというわけじゃない。どの家もこれくらいの時間には、起きて活動を始めている。子供は寝てるだろうけど、大人はせわしなく準備に追われているみたいだ。

 まぁ、エリエナさんの農園で働いてる人なんかは出発してる時間帯だし、市場が開くのは空がまだ暗い時間帯からだ。だから市場で何か買うなら、早起きしなきゃ間に合わない。

 食べ物じゃないものは昼ぐらいに行っても並んでるんだけど、そうでないものは売り切れゴメンの早い者勝ち。特に魚だとか肉、あとは野菜。農園からの産地直送なそれらは、レーネの民の胃袋を支えている。毎日結構な量がずらりと積み上がるけど、消えるのも早かったり。

 よって僕の朝は、とても慌ただしい。

 ある程度の準備をしてから、数人で市場に突撃するからだ。

 そのため、陣頭指揮を取るブルーは誰より早く起きて、台所に立っている。


「おはようブルー」

「うむ、おはようなのだ」


 ガーネット手作りのエプロンを身につけ、包丁を握っているブルー。

 彼女は作業用の机の家に、各種材料を並べてすでに戦っていた。

 今は自家製のハーブをざくざくと切っているようで、すごい匂いが台所に満ちている。悪い香りではないんだけど、むしろいい香りだけど、強すぎてちょっとむせそうだった。

 実際に料理の一部になる頃には、この香りも程よく飛んでるんだけど。


「それはドレッシング?」

「その通り。だから今日は」

「レモンを絞れ、だよね。知ってる」


 かごの中に盛られたレモンを見て、僕は笑う。

 棚から絞り器を取り出すと、次にレモンを半分に切った。当然、切る前に作業台の上でこねるようにゴロゴロと押し転がすのは忘れない。この世界の絞り器はよくある押し付けるタイプのやつで、あらかじめこうやっておくと少しだけ絞りやすくなるのだそうだ。

 ブルーが作るドレッシングはいくつか種類があって、基本的にはハーブを使ったシンプルなものだ。塩と胡椒とレモン汁を少々、適度な量のオイルにハーブ。それを全部ボウルに入れたら泡だて器を使って、シャカシャカとよく混ぜたら完成だ。ちなみに泡だて器は手動です。


 そしてさらに言うと混ぜるのは僕の仕事。

 その間にブルーはサラダに付け合わせる肉類の準備だ。

 切れ目を入れてこんがりカリカリに焼いたソーセージは美味しい。これもあるから、ドレッシングはサッパリ味なんだろう。今日は干し肉を直火で炙ったもののようだけど。

 あぁ、でもこれも美味しいからちょっとお腹が空いてきた。

 焼けてきた肉の香りを思うと、朝ごはんまで我慢できるか少し心配になる。

 ドレッシングの各種材料をボウルに入れてさぁ混ぜよう、というところでドタバタと騒がしい足音が上から響いてくる。しばらくして、台所に飛び込んできたのはハヤイだった。

 ジャージに似た服は、ガーネットに頼み込んで作ってもらったもの。

 まぁ、似たとかいう前にほぼジャージだ。

 デザインも、使われ方も。


「ちーっす、おっはよー」

「おはようハヤイ。今日も走ってくるの?」

「おうよ! 朝飯の頃には戻ってくるからなー!」


 いってらっしゃい、を伝えるより早くハヤイは背を向けた。そのまま扉を乱暴に開け閉めして工房から飛び出していく。ブルーが静かにしろとぷんすか怒っているけど、もはや諦めの滲んだ覇気のないものだ。言って聞く相手じゃないからなぁ、ハヤイは。

 それにしても、この世界に来てもジョギングを欠かさないっていうのだから、ハヤイは本当に走るのが好きなんだなと思う。たまにダンジョンとかに出かけても、戦ってる時――というよりも動いている時、ものすごく楽しそうな顔をしているし。

 動くのが好きなんだろうなぁ。


「お前はもっと動き回ったほうがいいのだ、ブタになるのだ」

「……手厳しいお言葉、受け止めます」


 横から突き刺さる現実に、思わず顔がひきつった。

 元々インドアだったのが最近読書やら何やらで悪化してるのは、わかってるんだ。

 わかってるんだけど、ねぇ……。

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