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今後とも宜しく

 結局カレーは全部食いつくされて、僕はヒロさんと一緒に外の水場で大鍋をがしがしと洗っていた。食堂で普段使っているヤツなので、一人で洗うのはちょっと大変だからだ。

 ブルーは地下に潜り、明日の仕込みの準備をしている。

 ハヤイはその手伝いだ。相談役かもしれない。


 旅から帰って疲れているから明日も工房はおやすみするんだけど、明後日からはいつもどおりに商いを始める予定だから、必要なものがあるのか無いのか吟味しているんだと思う。

 例えば店で出すメニューは定期的に入れ替えるけど、それは食材の有無が大きく絡んでくるわけだから。いくら出したい料理でも、材料がなきゃどうしようもないしね。

 ウルリーケやガーネットは、たぶん早めに寝てしまうと思う。

 二人共今日は頑張ってくれたし、掃除だとかは僕らでなんとかできるし。


 テッカイさんやレインさんは明日も作業するとかで、それぞれの作業場のチェックをしているようだ。それが終わったら食堂でちょっとお茶を飲んで話をして、部屋に戻って寝る。

 こういう時、お風呂を男女で分けて置いてよかったと思う。

 主に女性陣――ブルーからの意見だったけど、ゆったりと入れるのはいいことだ。一つしかなかったらどっちかから先に入るのか、とか順番で毎日もめることになりそう。

 その点、男湯と女湯で分かれてたら銭湯と同じようなものだし。

 鍋を洗い終わってちょっと休憩したら、たぶんまとめてお風呂に入って寝るんだろう。選択は明日の朝でいいかな。ブルーも疲れているっぽいし、レインさんやテッカイさんもそうだ。

 僕もなんだかんだで疲れたから、早めに寝てしまおうと思う。

 そんなことを思いつつ、焦げて張り付いた鍋の汚れをこすり落としていた時だ。


「……君は、ゲームはどれくらいやったんだい?」


 横で手伝いをしてくれているヒロさんが、不意に話しかけてくる。

 どれくらい、と言われてもちょっと困る感じだ。

 そんな言葉で区切れるほども、ゲームは経験していないし。


「チュートリアルが終わったぐらい……だった、と思います」

「じゃあ、ゲームより『こっち』のほうが長いんだね」

「そうなりますね……」


 なにせチョイスの悪さにゲームはあまりしない僕ですら『詰んでる』と思い、最初からやり直すためにメニュー画面に戻った辺りでこうなった。ゲームに関しての知識は最低限で、圧倒的にこの異世界についての知識が多い。むしろゲームについては、他のみんなの助言必須だ。

 ただ、その変わりに、僕は誰よりこの世界のことをまっすぐ見ていると思う。

 他の多くの人がゲーム越しに見てしまう世界を、僕はそのまま見れているはずだからだ。

 なにせゲームを知らないわけだから、比較しようもない。


 たまに差異で頭を抱えたり悩んでいるみんなを見ていると、これが僕の役割なのかもしれないなと思う。ちなみにもっぱら悩みの種は、普通に考えれば当たり前なんだけど物価の変動。

 ゲームじゃそんなものなかったので、よく考えて素材を買わないとお金が大変だ。

 食材とかはまだいいけど、特にテッカイさんとレインさんが大変そうで、紙に収支とかを書き留めて夜ごと並んだ数字を睨みつけ、三人で頭を抱え唸りながらなんとかしている。


 悩ましいのは仕入れ値だ。

 食材系は手に入りやすいここは、鉱物系が不足気味。

 それでいて農具などで需要はあるので、懐事情との相談は欠かせない。ダンジョンで岩石系の魔物から取ってくるのもありだけど、戦力的にそう頻繁に使えるわけじゃないし。

 さすがにハヤイ一人に、なんてことはさせられないから。


「本当はヒマな僕が引き受けて、全部やるべきなんでしょうけどね」


 数学苦手なので、と言いつつ苦笑が浮かぶ。

 エリエナさんに教わりながら勉強しているんだけど、一人じゃほとんど処理しきれないのが現状だ。専門的な知識もないから、前途は多難だし遠いけど、やれるところからやらなきゃ。

 幸いにも僕は周囲に恵まれているから、学んで覚えていくことができる。

 しいていうなら『商人』かな。

 ものを作れない分、裏からサポートするのが僕の役目だろう。


「凄いね」

「そんなことないですよ。他にできることがないだけですから」

「君は凄い。ぼくはそこまで頑張れないから」


 ため息混じりにそう言うヒロさんは、どこか遠い目をしている。

 この半年で、彼にもいろいろあったんだろうし、それを不躾に尋ねるような不用意さは僕にはないんだけれど、ここでの生活で少しでも元気になってくれたらいいなと思う。

 あぁ、いや、親くらいの年代の人に対して失礼だなとは思うけど。

 なんて言うんだろう、ほっとけない感じがした。



   ■  □  ■



 レーネという、話しに聞くばかりだった都市で出会ったのは、眩しいくらいに輝いている若い少年少女達だった。もう、自分には存在しない輝きに、直視すらためらってしまう。

 彼らは凄い、素直にそう思う。

 こんな状況で、大人すら足元がおぼつかないことが多々あるというのに、それぞれの力で支え合うようにして立っている。立って、ちゃんと前を見てゆっくりとでも歩いている。


 それに比べて、自分はなぜこんなところにいるのだろう。

 自分は、どうしてこんな有り様だというのか。


 ましてやここのギルドの長は、初めて間もなかった初心者だ。

 ゲームよりもこの世界の方をよく知っているくらい、彼は初心者。そして周囲はそれぞれの分野の手だれ揃い。拗ねて、いじけて、卑屈になってもなんらおかしくない状況だった。

 だけど彼は、前を見ている。

 ゆえに仲間達は、彼についていくのだろう。


「あの子、あんな若くて初心者なのに、なのにすごく大きくて強いなぁ……」


 与えられた部屋の中、羨むのではなく、ただただ感嘆の声を上げる。

 まだ高校生ぐらいだろうに、ゲームを本当に初めてすぐで、スキルなんてほとんど育っていないだろうに、それでもちゃんと前を向いて、行き場がないみんなをまとめている。

 ちがう、あまりにも違う。

 ぼくは同じようには、できなかった。

 同じように、ぼくはなれなかった。

 そんなぼくとは、彼らは何もかもが違っている。


 こんなにも惨めで弱くて情けない、呟いて、泣くようにうめいた。

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