これはいわゆる厨二病
ひとまずヒロさんをギルド登録して、今度こそ穏やかな食事が始まった。
メニューは当然カレー。少し多めに作りすぎたかなと思ったけど、どうやら全部食いつくされる勢いだ。意外とヒロさんがよく食べる、というか泣いているようにも見える。
温め直す前にブルーに味を見てもらったんだけど、合格点はもらった。
だからあまりの不味さに、というのはない。
はずなんだけど、そんなに泣かれるとちょっと不安になる。全体的に野菜やフルーツたくさんいれて甘めとはいえ、スパイスも強い味付けだから、苦手な人は苦手かもしれないし。
「あ、あのヒロさん……鼻水」
「ごめんね、ストラでは日本食……あっちの食事、食べてなくて」
うちの店のオーナー、こっちの人だから。
そう言って、少し笑って、黒い目を細めるヒロさん。
冒険者の店ならまかないとかは食べ慣れたものが出されるけど、現地民の店だとそうもいかないらしい。ハヤイ曰く、ストラの郷土料理はちょっと独特の風味があるらしい。
ハーブやスパイスをふんだんに使っていたり、野菜もセロリみたいな好き嫌いの差が強い品種が多く使われていたり。そもそも手に入る食材がそういうものばかりで、ストラの冒険者が営む料理店も苦慮しているのだそうだ。ただ、それでも醤油だとかの和風の調味料が、キャラバンを介してそこそこ流れてくるからまだ食べやすい物が作られるのだとか。
ただ現地の人からすると、僕らが風味がきついと思うものが当たり前。
ヒロさんも、食べさせてもらっているのだから、と我慢をしていたらしい。
「他所の店で働くって手段はなかったのですか?」
レインさんのごもっともな質問に、ヒロさんは情けないことだけど、と続けて。
「ふらっと立ち入った店でね、ちょっと高価なコップを割ってしまって……」
「あー、なるほど……」
頭を抱えるように、テッカイさんが呟いた。
何となく説明されなくても想像がつく。ふらりと入った店で、たぶん飲むか食べるかしていたんだろう。そこでうっかりお高いガラスを割ってしまい、倍賞するため働いていた、と。
だから逃げられなかったし、へこへこということを聞くことしかできなかった。
だけどそんな都合よくコップが割れるのかという疑問はあるし、そもそもタダ働きさせるくらい高いコップを、荒っぽい人が多く来るだろう店に出すのだろうかという疑問もある。
僕なら飾るに留めるし、それか裏に隠してしまうだろう。
ってことは、やっぱりそういうことなんだろうな。
「おもいっきり騙されてませんか、それ」
「そう、なんだろうねぇ……」
ヒロさんもわかってはいたらしく、ガーネットの指摘に苦笑しか浮かべない。温和そうな顔にはよく見ると疲労がまだ残っているし、こげ茶色の髪は適当に切っていたのかボサボサだ。
身なりだけはちゃんとしているけど、それがアンバランスにすら思える。
というか服装はたぶん初期装備ってヤツなんだろうし、立派なのは当たり前か。
一応、初心者はその格好で魔物とやりあうわけなのだから。
「じゃあヒロさんってギルド入ったの、ここが初めてなんですね」
「え、あ……いや、実は」
言いよどむ様子から、僕を含む全員が何かを察した顔をする。たぶんヒロさん、何かしらのギルドに入っていたんだろう。だけどこの状況で追い出されるなりした、という感じかな。
パっとスキル見ただけでも凄い職人といえるブルー達さえ追い出されたんだし、初めて間もない初心者なんて、率先して叩きだされてても不思議じゃない。
「ヒロさん、どんなギルドにいたんです?」
ガーネットの無邪気な質問に、ぴしり、とヒロさんはスプーンを咥えたまま固まった。視線が不安定に左右へ踊って、どうしようどうしよう、という心の声が目に見えるよう。
ギルド名って結構変な――独特なセンスで命名されたものも少なくないし、もしかしてなんかそういうのに入ってたんだろうか。あとちょっと下品というか、子供には聞かせられないようなものとうか、口にだすのをちょっとどころじゃなくためらうようなものもあるらしいし。
だとすると、あんなふうに迷うのも当然だろう。
無理に聞かなくてもいいんじゃないかな、と言いかけた時だ。
「……騎士団」
「え?」
「だから、えっと、その――『冥刻の新月騎士団』です」
どこか恥ずかしそうにうつむく姿に、僕は言葉も出てこない。
なんか、すごい言葉を並べた名前を告げられた気がする、聞いているだけで何となく恥ずかしい気持ちになるような、それでいて心の何処かをえぐられるような、そんな。
身に覚えのあるそのネーミングセンスに、思わず目をそらした僕。
「おぉ、かっけぇ……」
「すごく、かっこいい……」
二人ほど食いついているのは、ほっとこう。そういうお年ごろのガーネットはともかくとして、同い年のハヤイが目を輝かせているのはなぜなのか。あぁ、でも実用性は置き去りにロマンだけでキャラメイクしたって聞いたし、ある意味すごく納得できる目の輝きだ。
前半部分はともかく、冒険者組合のコルクボードにある張り紙なんかを見ても『騎士団』とか、あと『旅団』辺りの名前がついたギルドは結構多かったし、人気のワードなんだろう。
いかにもギルドって感じだし。
それに比べたら、工房って地味だよな……別に問題はないんだけど。
「んー」
ヒロさんの話を聞いていたテッカイさんが、小さく唸っている。
しばらく唸った後、自分の中で何かしら結論が出たのか、横にいるレインさんの方を見た。
「なぁ、冥刻の新月騎士団っつーと、確か大手ギルドの一つじゃなかったか?」
「……あ、あぁ、あれか」
「有名なところなんですか?」
「人数も、戦力的にもおそらくトップクラスだったはずだよ。プレイヤー全てが巻き込まれたわけじゃない現状でも、たぶん今もそうだと思う。本拠地は……第三都市だったかな」
「ヒロさん、そんな大きいところにいたんですね」
「まぁ、ね」
苦笑するような顔で、ヒロさんは答えた。
「あそこは――初心者も受け入れるところだったから。だけど、あの一件の直後、ギルマスが初心者とか生産職とか、戦力的に劣るメンバーを切り捨ててしまって、それでこんなことに」
「……もしかして、初期にその層を切り始めた大手ギルドって」
「たぶん、冥刻の新月騎士団がはじめだと、思うよ」
他はそんなことにも頭が回ってなかったから、とヒロさんは言う。
おかしい、と感じることもあった。あんな前代未聞の状況で、冷静に戦力として頼りない層を切り捨てるなんて、冷酷だけど同時に冷静でもある行動を、一斉に行えるのかって。
だけどストラ――冒険者の街に根を張る巨大なギルドがそれをしたなら、右に倣えで動いてもおかしくない。良くも悪くも、長いものにヒトはくるくると巻かれてしまうものだし。
「……彼には、それでも信念があったんだよ」
「信念?」
「自分達ならきっと、この状態を何とかできるはずっていう、思い込み」
それは、いつか初めてシロネコ運送の人と出会った時、言われた言葉。
思い込んだ英雄譚。
それは未だ幻想以下の存在感で、僕らはこの異世界に留まっている。