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お人好しの恩返し

「ってことで拾ってきた!」


 ひと通り説明を終えたハヤイは、にっこにこのごきげんな様子だ。

 いいことをしたつもりなんだろうと思うし、僕がその場にいたらきっと同じことをしたとは思う。けれどどうせなら、事前に連れ帰る連絡をしてほしかったような気が、少しだけ。


「あ、うん……えっと、すみません、ハヤイがご迷惑かけて」

「い、いいや。あんなことでもなきゃ、ストラからは出られなかったから……」


 ぺこりぺこりと頭を下げ合う僕と男性。

 男性――ヒロさんは、さんざんおっさんおっさんとハヤイに連呼されているけど、パっと見た感じでは三十代ぐらいだ。四十代だとしたら、とんでもなく若く見えるのではと思う。

 少しタレ気味の目尻といい、困ったように笑うところといい、失礼だとは思いつつもそこはかとないヘタレの気配を感じてしまう。おとなしい人なんだろう、たぶん。

 そうでなくても、伝え聞くだけでもアレな店とわかるところで働かなきゃいけない。

 だって無慈悲に睡魔と空腹は襲いかかり、お金がなければ満たされない。

 しかし冒険者家業をできるほど、この『世界』は優しくない。

 最後に残るのは、地道に普通に働くこと。


 それが初心者組とも呼ばれる、例えば僕のようにゲームを初めて間もなかったにもかかわらずこんなことに巻き込まれてしまった、行き場所のない冒険者の運命だった。



   ■  □  ■



 ハヤイが呼び出された第三都市ストラは、低レベルから高レベルまで、多種多様なダンジョンが周辺に多いことから、ゲーム時代から『冒険者の街』という扱いをされている場所だ。

 今は各種マイスターなどの工房のみならず、冒険者が運営する商店なども並び、帝都に勝るとも劣らない華やかさがあるという。魔物に由来する素材が一番集まるところでもあり、それ関係のマイスターを探すならとりあえずストラに行こう、がこの世界の合言葉なんだそうだ。


 シロネコ運送の面々は元々ストラに拠点――ギルドハウスっていうらしいけど、それを持っていたらしく、キャラバンにくっついてあちこち見て回った後は、そこを中心に冒険者家業をしているという。メンバーはあれから少し増え、中規模ギルドの下の方ぐらいの人数らしい。

 彼らが拠点にしているストラは、治安はいいけど雰囲気が悪い。

 現地にほとんどいなかったハヤイが言うくらいだから、相当なものだろう。

 というのもうちみたいなガチ生産職特化でもなきゃ、どう足掻いてもこの世界にいるマイスターには勝てないってことで、初期から率先して生産職切りが行われていた場所だからだ。


 切られた人は切られた同士で集まってギルドを作って、だけど戦闘系のギルドとの関係は当然極悪。街中での戦闘はしょっぴかれることもあり、今のところ血を見るような騒動にはなっていないそうだけど、武力を使わない騒動は後を絶たないというのが現状だそうだ。

 ここで一番ひどい目にあっているのが、僕のような初心者組。

 戦闘系でも生産職でもない、ただただレベルの低い冒険者なんかは、戦闘系のギルドには入れてもらえないし入っても生きていけないし、生産職で生きるにはこの世界は厳しいし。


 ハヤイが拾ってきてしまったヒロさんも、そんな初心者組の一人だった。

 初心者が取れる道は多くない。

 多くが、ヒロさんのように何らかの仕事をすることだ。冒険者としてやっていくには、初心者はとても厳しい。どこかのギルドに拾ってもらえればいいけど、あまり期待できないし。

 僕みたいなパターンなんて、たぶんほとんどないだろう。

 ヒロさんは、あったかもしれない僕の姿だ。

 そう思うと何かできないだろうかと、そんなことを思ってしまう。


「流行っておりまして……ちょっと、息抜きにならないかなって」


 カレーを食べながら、ヒロさんはぼそぼそと事情を説明してくれる。

 話を聞くにしてもまずは食事を、ということで、食堂で夕食をとっているところだ。食べながら聞く話としてはあまりふさわしくなく、消化が悪くなりそうだけど仕方ない。

 だけど聞けば聞くほど、僕は自分の幸運を思い知る。

 僕は、本当に運が良かったんだ、そう思う。

 ヒロさんはごく普通のサラリーマンをしていたらしく、仕事の後の楽しみとしてゲームに手を出したのだそうだ。本人が言ったように、ただ流行ってたから、という動機で。

 それでこの状況なんだから、たまったもんじゃないだろう。

 元々入っていた初心者歓迎のギルドからは追い出され、酒場でどうにか生活費を稼いでいたところにシロネコ運送の面々と出会ったのだという。まぁ、冒険者が酒場でアルバイトしてたらかなり目立つだろう。それも冒険者のではなく、現地民の店ともなれば。


「あぁ、なるほど」


 レインさんが何かを納得したような顔で、そうつぶやく。

「つまり安い人材として使い潰されていると……」

「ねーちゃんはそう言ってたなー。何とかしようって動きもあるけど」

「大手が乗り気ではない、と」

「乗り気になっても逆に逃げられちゃいそうですけどねー、大手のお陰でひどい目にあってるようなもんなんですし。あんなあからさまに切り捨てたら信用も何もないですよ」

「……うん、そうなんだ」

 ヒロさんが苦笑する。

 行き場も拠り所もない彼らは、頼る場所も見つからない。僕のように幸運にもギルドを創ることができたり、ヒロさんのように助けられたり、そういうことでもなければ。

 自力で何とかするには、難しい。

 ゲームによくある初心者特典なんてものも、ないんだし。


「んで、シロネコに入れるにしたってあそこは戦闘もやるギルドなもんでさ、素材は結構自分で取りに行くスタイルなんだよなー。なのになんでか狙い撃ったみたいに荒事担当の連中ばっかり巻き込まれ回避しやがってよ、下っ端の面倒を見るよゆーがあんまないんだよなぁ」

「それで連れてきた、と?」

「ここなら下積みするのにちょーどいいだろ。ストラよりは金もかかんねーし。これだけ多種多様な工房が集まってるから、何が向いてるか見つけるだけでもできるんじゃねーのって」

 ウタにぃが言ってた、と福神漬けをかじりながらハヤイが笑う。


 確かに宴さんの意見はもっともだ。料理に細工に錬金術に鍛冶に裁縫。これだけ揃ってれば何かしら向いてる分野も見つかるだろう。レインさんは狩人でもあるから狩猟も教わろうと思えば教われるし、第三都市でアルバイトしてるよりはずっとお金もかからない。

 戦闘の方もそんなに怖い魔物もいないから、レーネを拠点に地道に自分を鍛えている冒険者も多いし、うち以外のお店でもそういう初心者向けのアイテムセットを作っている。

 内訳はちょっとしたケガに使うお薬を数個、ちょっとお休め。

 ウルリーケ曰く、いい感じに売れるの、とのこと。


 話を戻して、ヒロさんのことだけど、部屋も余ってるし追い出すとかは考えられない。

 そう、これも人助け。お人好しかもしれないけど、僕だって一人で今の場所まで歩いてこれたわけじゃないんだから、同じ境遇の人を見捨てるなんてことできるわけがなかった。

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