第三都市ストラとは
ぞくぞく、する。
目の前を大きな爪が通り過ぎて行く、その光景。
身体をしならせるように、彼は魔物が繰り出す攻撃、そのすべてを避けた。それはまるで踊るようだったし、実際彼の感覚としては避けるよりは踊っていると言っていいくらいに近い。
ぬるりとした滑らかな動きで、彼は足を上げる。
目と同じ高さになったそれは身体に合わせて横へと振られ、そのまま一歩引く直前だった魔物の横っ面へとめり込んだ。崩れるように横へ飛ぶ魔物は、地面を転がって動かなくなる。
ふぅ、と息を吐き、次の獲物を彼は見た。
一瞬身を引くし、そのまま走りだす。そう遠くない未来に、新たな獲物も同じように華麗なる足技で倒されるのだろう。合間に服についた金属の飾りがシャンシャンと音を立て、彼が動くほどにそこはまるでダンスホールのようだ。少し大振りな腕の動きも、実にそれらしい。
少し離れたところで、別の魔物を蹴り飛ばしていた少年が。
「ウタにぃ、相変わらず戦ってる時すっげーたのしそーだなー」
あれが踊り子(物理)ってヤツかマジスゲー、とつぶやいていた。
■ □ ■
ギルド『シロネコ運送』。
それは、中規模の下の方に引っかかる人数で構成された、戦闘もそれ以外もこなせる万能型のギルドである。戦闘系、生産系双方の橋渡しをするギルドの一つで、サービス開始からやっていた古参プレイヤーである代表『トキ』と『宴』、そして彼らの妹弟の四人を中心にまとめられている。もっとも、弟で末っ子の『ハヤイ』は別のギルドにいるのだが。
とあるMMORPGのプレイヤーが、そのゲームと大まかな世界観が類似しつつもどこかが違う異世界に迷い込む、前代未聞の大事件。彼らが拠点にしている第三都市ストラは、名だたる大手ギルドが軒並み拠点を構え、ゲーム時代にもまして『冒険者の街』となっていた。
大通りには冒険者を相手にした店が並び、物が溢れて活気がある。
冒険者組合にはギルドの新メンバー募集の張り紙が、ところ狭しと並んでいるほどだ。
例の一件以降に生まれたギルドの、大半はここストラでの発足かもしれない。
しかし初期の頃にあった生産職並びに初心者切りの影響は強く、ギルド間の対立もまた日々強くなっている。国や、シロネコ運送のように双方に顔の広い中間ギルドが、睨み合う両者の間を繋ぐことで決定的な別離だけは回避しているが、それもいつまで続くかわからない。
歩み寄ろうにも、初期の動きがあまりにも影響が強すぎてお手上げだ。
互いに頑なになったまま、ギリギリ踏みとどまっている。
おそらく、双方ともわかっているのだろう。
どんな魔物を倒し素材を手に入れても、加工する技術がなければ意味がなく。
どれほど高い技術があっても、加工する素材がなければ発揮のしようもないことを。
もちろんストラにはマイスターと呼ばれる、一流職人も数多い。多いが、例えばこの世界には存在しないデザインだとか作り、仕組みを入れて欲しい場合は冒険者に頼むしかない。
そんな危うい状況にある都市ストラで、シロネコ運送は活動していた。
同規模のギルドに比べて生産職や初心者など、戦闘に向かないメンバーは多いため、それほど目立った仕事はしていないが、堅実に依頼をこなすスタイルは住民の支持を集めている。
なので、ここにはちょっと面倒で変わった依頼が直接持ち込まれることが多いのだが。
「戦力不足、なんとかしないといけませんね、兄さん」
ギルド会議も兼ねた酒場での打ち上げの席、参謀兼秘書を務める長女アイシャが、ズレたメガネの位置を直しつつつぶやく。知的美人である彼女だが、その右手には兄二人のどちらよりも大きなジョッキが握られ、そこにはビールに似た炭酸系アルコール飲料が注がれている。
実は兄弟で一番の酒豪である彼女は、しかし冷静に今後についての話題を兄に振った。
彼女の言葉通り、シロネコ運送は戦力不足が慢性的に続いている。
一度飛び出した弟を、連れ戻すだけでは賄えない程度に。
すべてのプレイヤーが『こうなった』わけではない。
それが、小中規模のギルドに重くのしかかる負担だった。
前衛を任せられる戦闘系の冒険者は大手に取られ、残っているのが初心者や生産職ばかりという現状で、シロネコ運送は戦闘職の不足具合に悩めるギルドの一つである。
それほど戦闘系の依頼を受けていたわけではないが、それでもたまにそういう依頼が名指しでやってくるから困りものだ。今日も他所に移動した弟を呼び戻し、頭数を揃えたのである。
一応、それとなく初心者を勧誘しては育成もしているが、ゲーム時代のようにアっという間になんとかなるものではない。地道な、現実的な修行で、やめてしまう者も少なくなかった。
そういう冒険者は何をするかというと、適当な店で働いて生きていく。冒険者らしいことは何もしない。登録抹消すらして、現地民と結婚したものもいる、という噂もあるくらいだ。
すでにことが起きて半年。
解決の糸口すら見つからない現状で、帰還を諦めることを責めるのは酷だろう。
「ねーちゃん、怖い顔してるとオトコが逃げるぜ?」
「……」
「あがががっ、いだだだだだだ」
口が過ぎる愚弟の頬をおもいっきり捻り上げつつ、アイシャはため息をこぼした。戦闘に関しては自分と兄二人、場合によっては他所から応援を招くなどすればいける。だがかなりギリギリの塩梅であることは無視できない。全体の三割なのだ、魔物と殺れる戦力になるのは。
毎回、ストラから遠いレーネにいる弟を呼び戻すわけにもいかない。向こうのほうがよっぽど戦力不足なのだ。こんな口が過ぎて軽くてどうしようもない、走ることだけが生きがいのような愚弟でも、あのひとの良さそうなギルドマスターは必要としてくれているはずだきっと。
「まぁまぁ、それくらいにしなさい、アイ」
「宴兄さんはこれに甘すぎます」
「ほら、この串揚げおいしいから、ね?」
「……いただきます」
差し出された串揚げを受け取り、頬張る。冒険者がオーナーをしているこの酒場、というか居酒屋は、冒険者向けの日本料理が多く毎夜大盛況だ。そのオーナーと宴がオフ会などで顔も合わせている知人ということもあり、食材運搬の護衛を筆頭に定期的な仕事も頂いている。
キャラバンにくっついて他国を見て回ったのも、そのオーナーによる依頼という側面も大きいのだろう。宴から他国の食事の話を聞き、イケルと思ったからこその居酒屋オープンだ。
料理も美味しく酒も美味しい、値段も手頃で実に良い店である。
シロネコ運送の四兄弟は、久しぶりの家族団らんのひとときを過ごしていた。
「あーっ、ねーちゃんその肉オレの! オ・レ・の!」
「これはアルコール使ってるから大人用です、っていうかさっきから肉ばっかりとか少しは自重というものを覚えなさいこの未成年! こっちの野菜炒めでも臓腑に叩き込んでなさい!」
「二人共、静かにしなさい。お兄さんのポケットマネーで肉はまだ買えるから、ね?」
「……」
団らんのひとときを、過ごしていた。